第3話

「あの二人、結構がんばるじゃない?」

 探査ヘリから中継されるTV画面に見入りながら、アルビレオはアンバー名産のポテト・クランチバーを齧っていた。まだ普段着──男のようなランニングシャツとスラックス姿だ。

「ロケット弾を無駄に使い過ぎよ。あの派手なやり方は、あなたの悪影響ね」

 シービイはタービンを体内に戻し、プラスチック表皮を高周波ウェルダーで縫合し終えたところだった。

「いいじゃない。どうせ必要経費で落とせるんでしょ?」

「だからって、やたらに射ちまくればいいってもんじゃない──ほらほら、食べ滓をそこらにこぼさないでって言ったでしょ!」

 その時、ミリ波メーザー通信器のブザーが鳴った。衛星軌道上で見守っているリズベスからのメッセージだ。

『アルビレオ、〈ジレル〉をスタンバっておきなさい」

「どうして?」

『機能停止が偽装だとすれば、敵はいつまでもじっとしてはいません。いずれ何か新しい動きを見せるでしょう。そうなったら、あの二人では押さえきれないかも』

「要するに信用されてないわけだ、あの二人」アルビレオは皮肉っぽく目を細めた。

『信用はしています。でも、過大評価はしていません』

「相変わらずシビアなこと──じゃ、準備させてもらいます」

 アルビレオは大儀そうに席を離れ、でたらめな鼻唄を口ずさみながら、コクピット後部の貨物区画ペイロード・ベイに通じる階段に姿を消した。

『彼女、素直になってきたわね』

「ああいうの、素直って言うんですか?」

『良い子ぶるのが素直とは限らないわ』

「はあん?」

 人間の言葉や態度に含まれる複雑怪奇なニュアンスなど、シービイはとっくに理解することをあきらめている。

 シービイは眉をひそめた。パイロット席から身を乗り出し、ナビゲーター席に置き忘れられたクランチバーの空き袋を、ぐしゃりと握り潰す。

「もう、あん畜生……ゴミぐらい捨てて行け!」


「ほんとにそんなので役に立つの?」

 ユッカが即席にこしらえた、二本の針金をL字形に曲げてパイプに通したたけの、オーソドックスな水脈占い棒ダウジング・ロッドを見て、ミユは疑わしそうに言った。

「セントべリシモ・ホームにいた時、これでよく宝探しごっこして遊んだわ。なまじ機械よりか信用できるんだから」

 ユッカは気圧を調整し、キャノピーを開いた。ひりひりするような乾いた風が、髪をさっとかき上げる。大気中にはわずかながら一酸化炭素や硫化水素が含まれているが、短時間ならマスク無しでもどうということはない。人体に有害な微生物も存在しない。

 機首側面のラダーを降りる途中、ユッカはふと、ミユの顔を見上げた。

「もしあたしが沈んじゃったら……分かってるわね、ミユ?」

「うん、お葬式は陽気にね」

「馬鹿! 助け上げてって言ってるのよ!」

「分かってる。ユッカを死なせやしない。死人の血なんておいしくないし」

「もう……あんたのは冗談か何なのか分かんないのよねっ」

 伸縮式ラダーの最下段に片足をかけ、もう一方の足で砂の固さを探る。大丈夫。沈まない。ユッカはひょいと砂の上に飛び降りた。ミユもコクピットから虹色の流体となって滑り落ち、地面に降り立つ。

 ダウジング・ロッドを両手で軽く握り、ユッカは潜砂艇の沈んでいるあたりに向かって、おもむろに歩き出した。遠くを旋回する探査ヘリの爆音の他は、物音ひとつ聞こえない。不思議なほど長閑のどかな情景だ。

 大股で五〇歩ほど進んだところで、二本の針金の先端が、すうっと斥け合うように開いた。

「ほら、ーっけ」

 ユッカは立ち止まって足許の砂を蹴り、目印を付けた。五、六歩あとずさり、少し横に移動して、再び慎重に前進する。ダウジング・ロッドが開いたところに、第二の印をつける。後退して同じことを繰り返す。

 二〇分近くかかって、ユッカは砂の表面に大きな図形を描き上げた。全長約四〇メートル。マンドリンのような形で、涙滴形の胴体の左右から何本もの線が放射状に突き出ている。どこも壊れているようには見えない。

「思ったより大きいなあ」

 ユッカは左手首にはめたインストルメント・カフを使って、〈ブリュンヒルデ〉のコンピュータに収められた潜砂艇の記録と照合した。解答はすぐに出た。カフのディスプレイに表示されたのは、太古の首長竜を思わせる奇抜な形状のメカで、スクリューは無く、ガレー船のオールのような四対のフィンを備えている。非ニュートン流体である砂の中では、スクリューは抵抗が大きすぎて使えないのだ。

 マルムラードSDーA03〈サンドヴィラン〉──戦争末期に八台だけ生産された最大級の重潜砂艇である。最大時速二四キロ。動力源には再解釈原理機関リンタープリンを使用しており、航続距離はほとんど無限大。武装は〈サルテイター〉型潜対地ミサイル一八基の他、船首部分にソリトン砲一門と、三〇ミリの三連装対空砲塔一甚、それに接近戦用のオーバーサージ・ビルを備えた伸縮式のマニピュレーターを内蔵している。

「うへえ、装甲が二四〇ミリだって。これじゃロケット弾が通じない筈だわ」

 ミユはユッカの手許を覗きこんだ。「でも、この記録によれば、このタイプは終戦後すべて廃棄処分になったって。どこから手に入れたんだろ?」

「知るもんですか、そんなこと――あー、参ったなあ、寄りに寄ってとんでもない化け物にぶち当たっちゃった」

 ナスカの地上絵を連想させる潜砂艇の輪郭図を見渡し、ユッカは頭を掻いた。深度は一〇メートルとない筈だ。それなのに、何ひとつ攻撃する手段かないのである。相手が動いてくれるのを待つしかない。

「この上にでっかい高周波コイルを運んできて、誘導加熱で蒸し焼きにしたらどうかな?」ミユが提案する。「それともレーザー・ビットを使うか……」

「あんたねえ、そんなことしてる間、敵さんがじっとしてると思うの?」

「だって、長期戦に持ちこまれると面倒よ。ロケット弾も残り少ないし……」

「それなのよねえ。何かもっと強力な武器を持ってこないと……」

「アルビたちに応援たのむ?」

「だめ! これはあたしが任された仕事なんだから!」ユッカは苛立って、足許の砂を強く蹴った。「この臆病者! 出て来て堂々と勝負したらどうなのよ!」

 と、急に彼女の表情が変わった。

「わ、やばい」

「どしたの?」

「ほんとに出てくる!」

 足許から不気味な鳴動が伝わってきた。巨大な地上絵がみるみる薄れ、消えてゆく。逃げる暇もなく、ユッカの脚はたちまちふくら脛まで砂にめりこんだ。

「ミユーっ!」

 ユッカは絶叫した。ミユはいち早く、彼女本来の姿である数十億匹の微小昆虫の群れに分散し、虹色の霧となって空中に逃がれていた。しばらく原生動物のようにうごめいていたが、やがてユッカの頭上に移動し、凝集して鳥の姿になった。翼長四メートルはある白い巨鳥だ。爪が異常に大きく、首が無い。

 巨鳥はユッカの肩を掴んだ。すでに彼女は腰まで沈んでいる。純白の翼が力強くはばたき、風切り羽が地を打った。けたたましい羽音がユッカの悲痛な呻き声をかき消し、舞い上がる砂煙が苦悶する表情を包み隠す。ユッカの体はじりじりと持ち上がりはじめた。

 いきなり全身が砂の中からすっぽ抜けた。飛行服のブーツが両方とも脱げている。気がついた時には、彼女は地上一〇メートルの宙空にぶら下がっていた。肩から生えた白い翼が文字通り天使のようだが、ファンタスティックなムードを味わっている気分ではない。

「く……助けるなら、もっと優しくしてよ」

 ユッカは歯ぎしりし、苦痛に耐えた。パイロットスーツの肩の部分が裂け、血が滲んでいる。

「いろいと注文が多いんだから」ミユがくぐもった声で言う。

「あんたなんかに痛みがどんなものか分かんないわよ──あっ、あれーっ!」

 ユッカは〈ブリュンヒルデ〉を指さし、素頓狂すっとんきょうな声をあげた。三基のスキッドが砂にめりこみ、支柱の部分はほとんど埋まってしまっている。ミユは一直線に滑空し、ユッカをパイロット席に乱暴に放りこむと、自分も人間の姿に戻って席に着いた。

「間に合うかな」

 ユッカはあせっていた。大急ぎでキャノピーを閉じ、ハーネスを締め、スターターをひねる──始動しない。慌ててハンドルをがちゃがちゃとやるが、まるで反応がない。

「かからない!?」

「セーフティが下りてるのよ。キャノピーがロックしてないんじゃない?」

「そんな筈は──えーい、このドジ!」

 自分の失敗に気づき、ユッカは毒づいた。頭の中が熱くなる。ハーネスをはずし、キャノピーを開いて、コクピットのすぐ外にあるラダー収納ボタンを押した。ラダーが機内に吸いこまれるように消える。

 再びキャノピーを閉じ、スターターを引くと、今度こそエンジンはかかった。

「そんなに慌てなくても、これ以上沈みやしないわよ、軽いから」

「何言ってんの! こんなとこにじっとしてたら、いい標的でしょ!」

 怒鳴りながちスロットルを押し出した。四基の垂直噴射管が吠える。砂塵が荒々しく吹き上がり、機の腹の下の砂が摺り鉢状にえぐれてゆく。しかし、砂はスキッドをくわえこんで、なかなか放さない。激しい異常振動が機体を揺さぶり、歯がガチガチと鳴る。ストレス警告灯が明滅する。

「行けーっ、〈ブリュンヒルデ〉!」

 その叱責が通じたかのように、〈ブリュンヒルデ〉はいきなり飛び上がった。瞬問的に加速度計の針が跳ね上がり、ユッカはシートに叩きつけられ、ミユの体はぐしゃりと潰れた。乗員保護のための緊急制御回路が作動し、推力比が一・〇〇に戻った時には、機は五〇〇メートル近くも上昇していた。

 ユッカは息を吹き返した。「ひ……引っこ抜けた?」

「と言うより、スキッドが根元から引きちぎれたみたいよ」

 ミユは人間の姿に戻り、平然としている。あの程度のGでは、アミティア族は殺せはしない。

「うう……あんちきしょう!」ブラックアウトの影響でくらくらする頭を振り、ユッカは再び操縦桿を握りしめた。「思い知らせてる──ミユ、行くわよ!」

〈ブリュンヒルデ〉は急降下し、ありったけのロケット弾を発射した。

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