番外編1 お引越し~Diary No.1~
ある金曜日の放送終了後。次の日が土曜日と言うこともあり、私は南条さんとだべっていた。
「むーん……」
「どうしたの姫ちゃん?なんか悩み事?」
「はい……実は私、アパート探してるんですよ。」
「アパート?だけど、もうとっくに学校始まってるよね?」
「そうなんですよぉ。私、色々あって3月下旬くらいから部屋探し始めたんですよ。そしたら、なんか今年高校生の入居者が増えたらしくて、どこも満室だったんですよ。」
「下旬で満室?さすがにそれは珍しいね。人気のとこならともかく、どこも高校生で満室って……ああ、そゆことか。」
「南条さん、何か知ってるんですか?」
「今年さ、この辺に私立の高校できたじゃん。楠学園高校。あそこの寮に入れなかった子たちがこの辺のいろんなアパートに入居したとは風のうわさで聞いてたけど……しかしまさか、身近に被害者がいたとは。」
「そうだったんですかあ!?あーん、どうしてもっと早く探し始めなかったんだろ……」
「ちなみに今はどうしてるの?まさかネットカフェを転々と、なんてことはないよね?」
「はい。今は高校時代の先輩の家に居候させてもらってるんですけど……そろそろ部屋見つけないと、先輩に迷惑かけっぱなしだし……」
「ふむ。」
南条さんが考え込んだ。そして唐突に言った。
「ねえ姫ちゃん。いい物件あるんだけど。」
「へ?」
「ここから車で20分くらい、近くには湊台駅があるから大学やこの局への通勤通学も便利。建物はそんなに新しくないけど、インターネット回線とケーブルテレビ付き。風呂とトイレはみんなで共用、キッチン……というか食堂もみんなで共用なんだけど、その代わり家賃と光熱費と諸々の経費、さらに朝昼晩のまかない付きで……いくらだと思う?」
「うーん…なんだか学生の下宿とか寮みたいですけど、一応アパートなんで、7万とか8万とか?下手したら10万くらい?」
「ふふふ……なんと、3万円!」
「さ、さんまん!?」
嘘でしょ……格安すぎる!
「……南条さん。」
「ん?」
「もしかしてそれいわくつきの物件だったりしませんよね私そういうの無理なんですお化けとか妖怪とかそういうの!」
「ひ、姫ちゃん落ち着いてよ。別にそんないわくつきの物件じゃないって。昔の大家さんが結構お金持ちでさ。あ、といっても別に大財閥の家系とかじゃないからね?大家さんの夫さんが大学教授で、それなりの給料もらってたの。もう亡くなっちゃったけどね。で、この土地、というか建物が売り出しになってたところを買い取ってアパートにしたんだよ。」
「買い取った!?」
「そ。まあ、その建物の歴史はちょっといわくつきだけどね。
で、姫ちゃんどうする?」
「……明日。」
「へ?」
「明日、引っ越させていただきます!」
次の日の夕方。私は南条さんと大きなワゴン車に乗っていた。
「しっかし、荷物少ないね。もっと多いかと思ってたけど。」
「ああ、居候だったんで極力荷物減らしてたんです。」
「へえ。健気だねえ。」
「ところで、そのアパートの名前って?」
「名前?ああ、さいかち荘っていうんだ。」
「さいかち、ですか…確か、すくすく育つ木らしいですけど。」
「そう。そしてそれこそ、ここのいわくの肝だ。このアパート、もともとは県が運営する児童養護施設だったんだよ。」
「児童養護施設!?」
「そう。すくすく育つさいかちの木みたいに、みんなが育ってほしいって思いを込めて作られたんだけど……もともと利用者が少なかったらしくてね。たった5年で閉鎖されて、建物ごと売りに出された。それを買ったのが、前に話した大学教授さ。正確に言えば、あの頃はもう隠居してたんだっけ。その教授、児童心理学が専門だったから。5年とはいえ子供たちの思い出が詰まったこの建物を、守りたかったんだろうね。
で、この建物を何かに有効利用したいって考えて、先代の大家さんと話し合ってここを格安のアパートにすることに決めたんだ。幸い、子供たちの思い出の品は全部関係者や元職員、それから施設で暮らした子たちに渡されてたから、改装は楽に済んだみたいだよ。
それからもう10年。教授はとっくに亡くなったし、2年前に昔の大家さんも亡くなった。今は孫が大家を引き継いでるんだよ。」
「…なんか、すごいですね……」
「でしょ?だけど、家賃が格安なところも、3食出てくるところも、昔と全く変わらない。なんかいいよね、そういうの……おっ、着いた。」
やがて車はアパートについた。私たちは荷物を持って車から降り、アパートに入った。
「もえちゃん、ただいま!」
「あー、里志くん!おかえりなさい!」
ん?もえちゃん?ただいま?
「…南条さん、もしかして…」
「あ、言い忘れてたね。僕もここの住人だよ。僕が家出したころからだから……うん、ほんとに初期からの住人さ。」
「ええええええええ!?南条さんも住人!?まさか、ここを紹介できたのも……」
「そういうことさ。」
私が混乱していると、奥から女の子が出てきた。背丈は私より低い。150㎝くらいだろうか。なんとなく、小動物や猫を思わせるような雰囲気の女の子。中学生とか高校生って言っても通じそうな感じ。
「もえちゃん、こちらが姫宮明日香ちゃん。ここの新しい住人だよ。」
「わー、初めまして!ようこそさいかち荘へ!ここの大家の
「……お、大家あ!?」
ええええええええ!こんなかわいい子が、大家!?嘘でしょ!?
「あ、あの……失礼ですけど、おいくつですか?」
「ああ、姫ちゃんと同じ18歳だよ。だから二人とも、敬語で話さなくて大丈夫だよ。というかもえちゃんはいつも敬語使ってないでしょ?」
「……てへ。」
「え、同い年!?」
「そ。詳しい話はまた別の機会にするけど、もえちゃんは高校を出た後、正式にここの大家になったんだ。だから大学には行ってない。」
「へえー!すごいね、大家さんなんて!」
「えへへ、ありがとう!ねえねえ、里志くんは姫ちゃんっていつも呼んでるの?」
「うん。そうだよ。」
「じゃあ私も姫ちゃんって呼んじゃお!早速姫ちゃんの部屋に案内するね!」
まだ完全には状況を整理しきれないまま、私たちは2階に上がった。
「あの、山本さん…」
「萌香でいいよ。もえちゃんでもいいし。」
「……もえちゃん、ここって、本当にお化けとか出ない?」
「あれ?姫ちゃんまだそれ気にしてるの?」
「あはははははっ!真面目な子かと思ってたけど、姫ちゃん結構かわいいね!だいじょうぶだいじょうぶ!幽霊なんて出ないから。」
「……ほんとに?」
「うん!私が保証するよ。」
そんなことを話している間に、私たちはある部屋に入った。中は意外と広かった。
「202号室。ここが姫ちゃんの部屋だよ。養護施設だったころは2人部屋だったから、結構広いんだよ。もとはマックスさんっていう人の部屋で、今は里志くんが物置として使ってるんだ。」
「マックスさんって、もしや!?」
「そう。DJマックスさん。僕もあの人からここを紹介されたんだ。実を言うと、この部屋誰にも渡したくなかったんだ。なんとなく、マックスさんの思い出が消えちゃいそうで。それもあって、今までは僕が物置に使ってたんだけど……姫ちゃんみたいな子だったら、マックスさんもきっと喜んでくれると思って。」
「そんな大切な部屋を……本当にいいんですか?」
「うん。まあ、物置だから時々僕が物取りに来ることはあるけど、それでもいいなら。」
壁には南条さんのものと思われる本やCDが棚に入れられていた。
「あ、もちろんこの部屋のCDとかは、聞きたかったらいつでも聞いていいよ。本とかも読んでいいし。」
「うわあ…ありがとうございます!」
「ふふ、喜んでくれてよかった。で、家賃の話なんだけど。」
「え?たしか家賃って3万円でしたよね?」
「うん。そうなんだけど、この部屋の管理費として、毎月1万円をもえちゃんに払ってるんだ。ということで、3万-1万で、月2万円払ってもらえる?」
「え!いや、なんか申し訳ないですよ。ちゃんと3万円払います。」
「いや、そうもいかないよ。一応僕も使わせてもらうんだし。ね?」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。」
「ありがと。ということでいいかな、もえちゃん?」
「うん!姫ちゃんは2万円ね。わかった。じゃあ、荷物置いたら下にいこっか。今日の夕ご飯はハンバーグだよ!」
「おおおおおおっ!やったあ!もえちゃんのハンバーグ、絶品なんだよなあ…よし行こう姫ちゃん!すぐ行こう!ハンバーグが僕を待っている!」
「は、はい!」
私たちはあわただしく階段を下り、食堂に向かった。
「お、おいしいいいいいいいっ!」
結論。ハンバーグはおいしかった。いや、おいしかったというレベルではない。もはやお店で出せるレベル。
「うーん!今日のハンバーグもおいしいね!だけどもえちゃん、今日結構いい肉使ったでしょ?」
「うん!肉屋のおじちゃんから、牛肉の切り落とし貰って。」
「牛肉の切り落とし!?え、普通ハンバーグってミンチ肉使うんじゃないんですか?」
「うん。普通はね。だけど本物のハンバーグはミンチだけじゃない。肉の切れ端とかを集めても作れるのさ。これはまさ婆直伝の技だね。」
「まさ婆?」
「ああ、昔の大家さん。山本まさ。ここ始める前は小料理屋やっててさ。何でも作れたんだよ。」
「へえ~!」
「…そういえば、みんなを紹介するのを忘れてたね。」
そう。食堂には私たち以外にも4人の人がいた。
南条さんはまず、優しそうな若い男の人を指さした。
「彼の名前は、
「うん。それでいいよ。初めまして、明日香チャン。」
「あ、はじめまして。」
「ここの住人はみんな一癖もふた癖もあるやつばかりだからねえ。慣れるまで時間はかかると思うけど、ま、ゆっくり慣れてってヨ。」
「はい。よろしくお願いします。」
次に南条さんは、近山さんの隣にいる、体格のいい、見るからにヤンキーっぽい人を見る。
「こいつは
「よう!お前が里志が連れてきたっていう子か。よろしくな!」
「よ、よろしくお願いします!」
「あ?もしかして怖がってんのか?大丈夫だ。俺は悪いことをした奴以外には一切手を出さねえ。安心しな。」
「馳は外見はこんなんだけど、性格は真面目で、繊細な一面も持ってるんだ。で、こいつは一応高校の美術と家庭科の教員免許を持ってる。今はこの辺の私立高校で教師をやってるんだよ。」
「へえ……」
「昔は個展とかも開いてなかった?」
「ああ。今も次の個展に向けて製作中だ。もっとも、ここ2年くらいは仕事が忙しくてなかなか時間取れてねえんだけどな。今年こそやりてえなあ……」
「で、この二人はどっちも湊台学院高校の1年生。
「初めまして!須崎薫平っす!よろしくお願いします!」
「初めまして。武田智美です。」
「二人とも初めまして。これからよろしくね。ところで南条さん、志望って?」
「ああ、あの学校は基本的に入学時に学科がわかれて、2年生になるとそこからさらに専門のコースに分かれるんだ。音楽科は例外で最初から専攻する楽器が決まってるけど、それでもより専門的な勉強は2年生からだね。ざっきーは情報処理、すなわちパソコン事務やプログラミング系統の勉強をしたいんだって。」
「へえ~、学校によっていろいろ違うんですね。」
そんな話をしていると、玄関だろうか、ガチャリとドアの開く音がした。それと同時に、異様な気配が部屋を包み込んだ。なんというか、まるで、ただの人間じゃないような。
「おっ、あいつのご帰還かな。」
南条さんは笑いながら、食堂の入り口を見る。
入り口から入ってきたのは、すらっとした長身の男の人だった。とても大人っぽい、かっこいい人だった。しかし、その人こそが、異様な気配の正体だった。優しそうな雰囲気なのに、人間離れした威圧感を感じさせる人だった。
「ただいま、みんな。この人は?里志の連れかい?」
「ああ、紹介するよ。彼女は姫宮明日香ちゃん。今日からここの新しい住人だよ。」
「ああ、グリーンウェーブの!いつも聞いてるよ。初めまして、
「あ、は、初めまして。姫宮明日香です。」
「大神は私立探偵なんだ。ペット探しから浮気調査、さらにはテロ団体の壊滅までなんでもこなしてしまう、最強の探偵さ。」
「え、とてもそんな風には見えませんけど…あ、でもなんか、さっきすごい威圧感を感じました。」
「あ~、やっぱ威圧感出ちゃってるんだ……」
「大神は平和主義で住人の中で一番優しい性格なんだ。だから必死で威圧感を感じさせないように努めてるんだけど……やっぱ、慣れない人は感じちゃうんだね。まあそりゃそうか!常に多機能ツールナイフと、グロック18Cのガスブローバック・フルオートエアガンを携帯してるんだから。」
「え!そんな物騒なの持ってるんですか!」
「…まあね。探偵の仕事も時には危険を伴うからね。まして俺なんかは結構危ない事件に首突っ込んだりもしてるからな……」
「でもそれって銃刀法いは」
「姫ちゃん、それは触れてはいけない領域です。というか一応銃刀法違反はクリアしてるんだよ。エアガンだってあくまでも威嚇用だし。だから安心して。」
「…はい。」
この時、私は内心で思った。安心できるかああああ!
「ところで萌香さん、なんか今日料理少なくないっすか?」
「ああ、それはね、新しく姫ちゃんが仲間になったからね……大人組はわかるでしょう?」
「……アレかな?」
「……アレだな。」
「……アレだね。」
南条さん以外の三人が口をそろえる。
「ということで里志くん、あとは任せていいかな?」
「うんいいよ。んじゃあ早速、つまみを作ろうか。」
南条さんが立ち上がった。つまみ?まさか……
「イヤッホオオウ!宴会だああ!」
「今日はジャンジャン飲みまくるぜええ!」
「里志の料理……ふふふ、楽しみだなあ!」
暴走する大人3人組。それをよそに、南条さんは慣れた手つきで料理を作っていく。
30分後。ちょうどみんながご飯を食べ終わったころ。私たちの目の前には、南条さんが作ったおつまみが揃っていた。
メインの大きな皿には鯛のカルパッチョ。その隣にはアボカドの生ハム巻き。トマトはただ輪切りにスライスしてオリーブオイルとバジル、塩をかけたものと、輪切りのモッツァレラチーズとバジルソースを合わせたものの2種類。そして極めつけは、特製のポテトチップス!ガーリックソルトで味付けがしてある。
近山さんは日本酒、馳さんはワイン、大神さんはビール、南条さんはチューハイ、それ以外の人はぶどうジュースを手に持っていた。
「ってぶどうジュース?なんでまた?」
「姫ちゃん知らないの?このジュース、ただのぶどうジュースじゃないんだ。なんと、ワイン用のブドウを使ったジュースなんだよ!農家と生産者の本気だよ。」
「へえー!」
「そんじゃあ、姫ちゃんの仲間入りを記念して、乾杯!」
「かんぱーい!」
「ところで星野ちゃんは?いつも通りラジオかい?」
南条さんはもえちゃんに尋ねる。
「うんそうだよ。聞く?」
「う~ん……いや、今日はやめとく。どうせ後で同録のコピー聞かせてもらえばいいしね。」
「あの、星野さんって?」
「ああ、
「え、パーソナリティーやってるのって南条さんだけじゃないんですか?」
「そうなんだよ。ま、これは全くの偶然なんだけどね。今日は帰り遅いだろうから、明日にでも会ってみたら?」
「はい!そうします!」
どうやらまだ、私の知らない人がいるみたいだ。
新たな出会いを楽しみにしながら、私はぶどうジュースを飲んだ。
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