6

 翌日の9時、久保田の部屋には佐浦、県警から中取、発柴の2人。そして吟嬢と自分の計5人が集まった。

「皆さん。お集まり頂きありがとうございます。時間も限られていので手短に進めたいと思っています。

 では早速ですが、今回集まって頂いた理由は明確です。久保田さんの殺害の謎の解明に他なりません。その謎ですが、大きく分けて5つあります」

 吟嬢は周りを見渡した。言葉の意味が皆に染み渡るのを待っているようだ。

「1つ目。久保田さんの死亡推定時刻と、私と電話で話した時間のズレ。

 2つ目。殺害現場の密室の謎。

 3つ目。凶器は何だったのか?何処に行ったか。

 4つ目。このタイミングでの勝山さんの失踪。

 そして5つ目。そもそもか」

 何を言っているのだ?一気に場がざわつき始めた。

「吟さん。それはどう言う意味です?今回の話ですよね?あれはDNA判定でも久保田本人と判別されたんですよ!」

 捲し立てる佐浦をなだめる様に吟嬢は穏やかに話す。

「佐浦さん。順を追って説明しますので暫しお付き合い下さい。さあ、どれから説明しましょうか…」吟嬢はグラスの液体で口を湿らす。グラス形、色からして間違いなくワインの類と解る。

 「では凶器から行きましょうか。遺体の外傷から判断するに凶器は比較的長い物と考えられます。しかし、それらしき物は部屋にはありませんでした。ですので、警察は部屋に凶器は無いものと考えています。犯行後に持ち帰ったのだと。でも私は違うと考えます。何故ならそんな目立つ物を持って外を歩く筈がないからです」

「でもよ、実際ねーんだよ。こっちは隅から隅まで調べたんだ。断言できる。中にはない」中取は鋭く吟嬢を睨む。吟嬢は緩やかにその視線を受け流す。

「でも、あったんです」

「だから、どこにだよ」中取がイライラしながら言う。

「冷凍庫の中に」

「あのバカでかい冷凍庫か。でもねーよ。そこも調べた。凶器になりそうな長物は無かった」

「んー、言い方が悪かったですね。ではこう言い換えましょう。あの大きな冷凍庫でんです」

「えっー!!」発柴が驚きの声を上げる

「バスタオルなんかを水で濡らして固く絞って凍らせる。長さも元がタオルなので自由に調整できますし、重さも十分でしょう。作る時間は…そうですね…一晩経たないうちに出来上がるでしょう。

 終わった後に、溶かせばただのタオルです。部屋に置いておくのも不自然じゃないし、持っていったとしても目立つ事はないでしょう」

「なるほどな…。しかし、何故そう言い切れる?理屈は解った。ただ何故そう考えた?それと物証もねぇぞ」中取は慎重だ。

「あの遺体の殴られた跡に特徴的な模様があったんです。なんだろうとずっと気になっていました。絶対見た事あるのに思い出せない。ふと答えが浮かびました。あー、あれは朝起きて腕とかにつくタオルケットの跡に似てるなぁと。

 あれだけ強打されたのです。多分少し位は繊維が付着しているかもしれませんね」吟嬢は中取に目配せを送る。

「発柴。すぐに遺体を調べさせろ」

「了解」発柴は外に出ていった。電話を掛けるのだろう。

「3番目の謎は解けましたね」吟嬢はテンポよく話を進める。

「次は2番目の密室に行きましょうか。まずあの部屋ですが間違いなく全ての扉、窓に鍵が掛かっていました。私もちゃんと確認しました。あれは完全な密室です。……でもそれでも構わないのです。何故なら犯人は犯行後に内側から鍵を掛けて外へ出ていったからです。

 そして管理人の合鍵を使って中には入り、偶然を装って被害者を発見する。そして周りの目を盗んで部屋の中に本当の鍵を置けばいい」

 吟嬢は真っ直ぐ佐浦を見た。その吟嬢の話の意味を理解した佐浦は慌て始めた。

「ち、ちょっと待って下さい!それは僕が久保田殺しの犯人だという事ですか!そんな馬鹿な……」

「吟さん。それは流石に乱暴すぎやしねーか?それなら確かに密室を作る事が可能だ。しかし、それだけだ。それが直接佐浦さんが犯人と云う事にはならねぇ。

 もっと言うなら鍵の指紋はどうする?あれには久保田さんのしか出てないんだぞ。それとも佐浦さんとお前らが会った時佐浦さんは指紋防止の手袋でもしていたのか?違うだろ」確かにそうだ。佐浦はあの時素手だった。

「そうですよ!吟さん、ちょっと酷すぎますよ!」佐浦は抗議する。

「……みなさん。勘違いしないで下さい。私は一言も佐浦さんがとは言ってません。ただ密室に出来る方法を説明しただけです」彼女は全くぶれない。淡々としたペースで話を続ける。

「これで2番目の謎も解けました。残るは1、4、5ですがこれは全てがリンクしているのでまとめて行きます」心無しか皆少し身構えたようだ。

「まず4番目の失踪した勝山さんのですが、残念ながらもう死んでいると思われます」

「えっ、えっー!」発柴は電話を終えて帰ってきた途端に驚きの声を上げた。忙しい男だ。

「何処から仕入れた情報だ?」中取が問いかける。

「いいえ。状況からの推測です。でも間違いないかと思います。更に言うなら死亡時刻は、3日前の朝が9時頃です」

「てめぇ、適当な事は言ってんじゃねぇぞ!なんでそんな事まで解る!」

「ん……!ちょ、ちょっと中さん待って下さい!その死亡時刻って」

「なんだ発、慌てやがって。その時刻がどう………!!まさか…」


「はい。そのまさかです。久保田さんの部屋で殺されていたのは、久保田さんではなく勝山さんだった様です」


「おいおいおい!そんな訳あるか!いや、しかし色々辻褄があうのか…?おい!どうなんだ!わかるように説明しやがれ!」

中取は怒鳴り散らし、発柴は半ば呆けている。佐浦は……冷静に聞いている?しかしなんだ、あの表情は。無表情だがゾッとする程冷めた目をしている。しかし口元は……笑っているのか?何を考えているのだ?そんな中吟嬢は話を続ける。

「繰り返しますが部屋で死んでいたのは勝山さんです。そう考えれば全ての謎が綺麗に消えるのです。

 勝山さんと連絡が取れなくなったのは丁度3日前からです。そして死亡推定時刻に私が久保田さんと話しているのも矛盾がありません。だって久保田さんは生きているのですから。なにも難しい事はありませんでした」なぞなぞが解けて嬉しそうな子供みたいに微笑む。

「ちょっ、ちょっと待て!じゃあ勝山さんを殺したのは誰だ?……お、おい、もしかして…」

「はい。中取警部の考えている通りです」

 空気が張り詰める。そして彼女は静かに答える。


     「久保田さんです」


「あっ………………!」既に発柴の驚きは声になっていない。さっきから驚いてばかりだ。この男警官には向いていないのではないか。

「ぎ、吟さんよ。その推理が本当だとして久保田さん、いや久保田は何処に居るんだ?もう何処かに高飛びでもしたか、それとも顔でも変えてどっかに潜っているのか?」

「いいえ。中取警部、高飛びはしていませんし、顔も変えていません」さも当たり前のように吟嬢は答える。

「なんでそう言い切れる!お前さんには何がわかっているんだ!」中取が再度吠える。

「だって、ほら皆さんの前にいらっしゃるじゃないですか」


 ………えっ。何を言ってるのだ?皆言葉の意味を解りかねている。皆が顔を見合わせている。すると吟嬢の手がゆっくりと上がり、1人を指差した。


「貴方が久保田さんですね。さん」

 

 背中に冷たい物が伝わる。一体どう云う事だ。この目の前にいる男は一体誰なのだ?自分も中取も全く思考が追い付いていない。発柴に至っては驚き過ぎて白目を剥いている。この男やはりダメかもしれない。  

 佐浦いや久保田は否定も肯定もせず吟嬢を見つめ返している。先程と同様の冷たい目で。

「おっ、おい!本物の佐浦はどこに行ったんだ!もっ、もしかして佐浦も殺されて……」

「いいえ。その必要はありません。何故なら最初から佐浦と云う人物は居なかったのですから。久保田さんの1人2役です」彼女は右手で1、左手で2を出して答える。

「なっ、なんだとぉ!?」

「2人いる様に見せ掛けてただけです。だっておかしいじゃないですか?佐浦さんはマネージャーなのに久保田さんの部屋からは久保田さん以外の指紋が一切出てこなかったのでしょう?打ち合わせは確か久保田さんの部屋で行っていた筈です。それなのにです。

 中取警部?そうで間違いありませんよね?優秀な鑑識が調べたのですよね?部屋からは久保田さん以外の指紋は出なかったって。ふふっ」

 いたずらっぽく吟嬢は中取を挑発する。酔いもいい感じに回ってきた様だ。

 しかし、吟嬢はそんな最初から疑いを持っていたのか?彼女は一体どこまで先を読んでいたのだ?

「なんてこった……。吟さんよ、いつから気付いていた?」

「はいっ」吟嬢は小気味よく、そしてあくまでも優雅に答える。

「私がこの考えに至ったのは、最初に佐浦さんに会った時です。あの時部屋に入る為に佐浦さんは管理人から合鍵を借りてきました。セキュリティがしっかりしてそうなマンションなのに簡単に鍵を借りれる事に違和感を覚えました。

 何故なのか?頻繁に出入りしているから管理人に顔を覚えられた?久保田さんのマネージャーだから?その場ではなにもわかりませんでした。

 後日どうしても気になりマンションの管理人に確認しました。そこで気の良いお爺さんは教えてくれました。部屋の住人以外には絶対貸すことはないと。それも本人と証明できるものがなければ貸すことはありえないと」

 彼女はグラスを傾け中の液体を少し飲む。

「それと部屋の鍵です。あれに久保田さんの指紋しか付いていないのも気になりました。私はあの密室を見た時から佐浦さんを怪しんでました。何故なら、さっきの説明通りあの密室を作れるのが佐浦さんしか居なかったからです。

 それなのに鍵からは久保田さんの指紋しか出てこない。これには悩みました。それは絶対に有り得ない事だからです。暫く悩んだ後、ふと思い付きました。発想の逆転です。久保田さんしか使ってないから本人の指紋しか出で来ない。じゃあ、密室を作ったのも久保田さんしか有り得ないのでないか?

 以上2つの理由から私は判断しました。佐浦さんは本当は久保田さんなのではないかと」


 この異様な雰囲気に皆飲まれていた。誰も物音1つ立てようとしない。

「ちょっ、ちょっと待て、あんたの理屈は解った。しかしあの遺体のDNA判定はどうなる。あれは間違いなく久保田のと一致していたぞ。それがある限り俺はあんたを支持は出来ねぇぞ」

「ふっ、そうですよ吟さん。刑事さんの言う通りだ。それは科学的に証明されてる。そこがある限り貴方のはただの空想だ」

 佐浦は冷ややかに吟嬢を見る。

 そんな佐浦を無視して彼女はまたグラスを傾ける。ペースが上がってきな。顔がほんのり紅くなってきた。

「中取警部、それは間違っていません。やはり警部の所の鑑識は優秀ですね」にこりと微笑む。

「茶化すな。どう云う事だ」ギラリと睨む。

「この世には同じDNAを持つ人も居ると云う事です」

「そんな奴居るわけないだろ!」

「いますよ。兄弟なら」

「馬鹿いうな!兄弟でも………まさか!……双子か!」

「御名答。勝山さんと久保田さんは双子です。正式には一卵性双生児です」

「………………バタン」遂に発柴が倒れた。驚き過ぎたのだろう。発柴よ、暫し安らかに眠るが良い。

「…………っ」初めて佐浦が動揺を見せた。

「これが最後ピースになります。これなら勝山さんと久保田さんのDNA判定が同じでも不思議はありません。

 しかし、指紋までは同じとは行きません。昨日中取警部に調べて貰った理由がそれです。部屋の指紋と遺体の指紋は違がかったはずです。双子と言えども指紋は違うのです。指紋の形成には生活環境などが大きく関わるのです。

 そして勝山さんの顔を何故あの様に潰さなければならなかったのかも説明が付きます」

「……なるほどな。発見した時に被害者と自分が同じ顔なら嫌でも疑いが掛けられちまうか。お前さんの事だ。もう証拠は固めているだろ?」中取は尋ねる。

「はい、勿論です。山崎君お願い」

 自分に視線が集まる。鼓動が一気に速くなる。

「昨日勝山さんの実家に行ってきました。家は残っていましたが御両親は大分前に他界されていたようです。

 しかし近所の人が覚えていました。大変よく似た双子の兄弟だったと。名前は真一さんと、真二さんです。真一さんは出版関係の仕事に付き、真二さんは物書きの仕事をしていると教えてくれました。ここ迄話を聞ければ充分です。後は…」

「…後は久保田のDNAを調べれば解るってことか」中取が後を引き継ぐ。

「そうですね」吟嬢が微笑む。見惚れそうになるのをじっと堪える。

「始まりは久保田さんが小説家としての売れる為に2人で画策したのが始まりでしょう。作家と編集者、この立場を上手く使えば何とかなると思ったのでは?贔屓もできますしね。

 そして作家が表に出ずマネージャーだけがメディアに対応すると云うのも大変面白いアイデアでした。ミステリアスさが引き立ちますので。秘密にされる程知りたくなるのが人の性ですね。更にそのマネージャーも本人その人の自作自演だと云うのもちゃんとオチになってて良いですね!」手を胸の前で祈る様に絡めながら吟嬢は話す。間違いなく楽しんでいる。


 「その後予定通りに売れ始めて、2人の間に確執が色々出てきたのでしょう。それは詳しくはわかりませんし、知りたくもありません。そこは中取警部にお任せします」

「では、……あの日記は何なんだ?」

「あれは元々は本当の日記だったのでしょう。久保田さんのお兄様に対する複雑な感情も書いてありますし。その内容を少しづつ変えて捜査の目を勝山さんにに向けようとしたのだと思います。まさに小説家らしいトリックですね」

「くそっ、俺等はまんまと踊らされていたという訳か…」


 

 全ての謎が明らかになり参加者は皆気が抜けていた。その一瞬の空きを付いて久保田は吟嬢に飛び掛かった。






 


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