5
今、自分達は出版社の集合社まで来ていた。編集者の勝山に会う為だ。
「吟嬢。勝山に会ってどうするんですか?」
「ちょっと確かめたい事があってね。それがハッキリすれば事件は大分進展すると思うの」
「それはなに……いえ。何でもないです。中途半端な所では教えてくれませんもんね」
彼女は目を丸くし、心底驚いたように言った。
「へぇー!山崎君成長したじゃない!少しは見直したわ。ほんの少しだけどね。変わるか変らないか解らないくらい微妙な位ね!」
「……きっと自分は馬鹿にされているんでしょうね…」
「違うわよ!本当に見直したって言ってるでしょ?ほんの少しだ…」
「吟嬢もういいです…。ありがとうございます。もっと良い助手になれる様日々精進しますよ。
それより受付はあそこです。早く勝山に取り次いで貰いましょう」
吟嬢は受付で少し話してこちらに戻ってきた。しかし表情は冴えない。門前払いでも食らったか。
「勝山は暫く前から無断欠勤をしてるんですって。携帯も繋がらず、部屋にも帰ってきた様子は無いそうよ。実家に連絡しても同じみたい。逆に場所を知らないか聞かれちゃった」
「そうですか…。参りましたね。これからどうしましょう?このタイミングで居なくなるのも怪しいですしね」
吟嬢は暫く何も言わずに考え込んでいた。
どれ位経っただろう。急に手帳に何かを書き込むと乱暴にページを破り自分に渡した。そして自分を真っ直ぐ見ると、
「手詰まりって訳じゃないわ。山崎君、このメモ紙に書いてある事を調べてきて!私は久保田のマンションに行ってくるから。調べが終わったら連絡頂戴」
自分はメモ紙を見て顔をしかめた。なんでこんな事を調べるのだろう?
「…了解です。理由は聞きません。意味がある事なんですよね?」
「勿論よ!山崎君私を誰だと思ってるの??」
「はいはい。吟嬢くれぐれも気を付けてくださいよ。この前みたいな事もあるんですからね」
「はいはい。気を付けますよ。山崎君ありがとね」口の端を軽く上げながら彼女は言った。
一時間後、吟嬢は久保田のマンションにいた。ある疑問を確認するる為だ。
吟嬢は管理人室に向い扉をノックした。中から出てきたのは如何にも人の良さそうな60歳位の男性が出てきた。
「はいはい。何か御用ですか?」
「すいません。突然ですがこちらで部屋の合鍵を貸してもらうことは可能ですか?」
「なんですか、突然。その部屋の住人以外の他人には貸せるわけないでしょう。もっと言えば本人と確認出来るものを提示できなきゃ無理ですよ」
「例外は無いのですか」
「そりゃ警察とかは例外だけど、その他は無理だね。私にも管理人と云う立場がある。幾らお嬢さんが綺麗だとしても私はルールを守りますよ」おじさんはニコッと笑った。
「そうですか…わかりました。お手数おかけしました」吟嬢は深々と頭を下げるとその場を立ち去った。
吟嬢はすぐに中取電話を入れた。
「中取警部、今お時間宜しいですか」
「なんだ吟さんよ、とうとう自首する気にでもなったか」吟嬢はそんな憎まれ口を無視して話を続ける。
「確認させて下さい。久保田さんの部屋で亡くなっていた人は間違いなく久保田さん本人でしたか?」
「あぁ?何言ってやがる。警察をなめてるのか。間違いねえよ」
「検査方法は?」
「面倒臭い野郎だな。DNA検査だよ。本人のと部屋に落ちてた髪の毛数本と照らし合わせたんだよ。全てドンピシャだ。これで文句はないだろ」
「……部屋の指紋と本人の指紋は照合して無いのですね?」
「してねーよ」
「今すぐしてもらえますか?多分面白い結果が得られると思います」
「なに?」
「では失礼します」
「お前ちょっ……」ガチャ
吟嬢は電話を切ると1人呟いた。
「…さて、後は待つだけね」
数時間後、山崎から連絡が来た。
「もしもし、吟嬢の言った通りでした。両親は亡くなっていたんですけど、近所の親切なおばさんから話を聞けたので間違いないかと思います」
「そう、ありがとね。お疲れ様」
「でも、なんでわかったんですか?」
「女の勘よ。その女が私だって所が『勘』を更に確実な物にしているんだけどねー」
「………勘ですか…。吟嬢飲んでますよね?」
「当たり前じゃない。5時過ぎているのよ。飲まない人なんていないでしょ?何かつまむ物作ってほしいから欲しいから早く山崎君帰ってきてねー!」
山崎の電話の数分後、今度は中取から電話があった。
「おう。中取だ。今ちょっといいか?話がある。良い報告と悪い報告どっちから先に聞きたい?」
「では良い方からお願いします」
「指紋の件だ。お前さんの言う通りだったよ。しかしあれはどういう事だ。いや、それ以前になんでお前はそれに気付いた?」
「…そうですか。ありがとうございます。これで大体の全体図は見えました。後日日程を調整してそこで説明いたします」
「ったく、お前はいつもそれだな!しかし、今回はそんな悠長な事言ってる場合じゃねーぞ」
「…それが悪い話の方ですか」
「そうだ。勝山の遺書が見つかったんだ。それで久保田殺しの件も白状している。自分は人目につかない所で命を絶つとも言ってやがる。隣県にも捜索依頼をしているが望みは薄いだろう」
「動機は?現段階では解らないのでは?」
「急かすな。それも出てきやがったんだ。久保田の日記だ。作品に対する意見の相違があったらしい。上はこのままだと情況証拠もあり、自白もあり、動機もありと犯人不在のまま逮捕に踏み切るぞ」
「不味いですね」
「吟さんよ、お前の描いてる絵は違うんだろ?」
「はい。全く」
「…明日の午前までだ!それまでに何とかしろ。それまでなら俺が上を説得する。出来るか?」
「…わかりました。迷惑ついでにもう一つ、明日の9時に久保田さんのマンションに佐浦さんを呼んで貰えますか。そこで全てを説明します」
「へっ!人使いが荒いな。これで納得行くような答えじゃぁなけりゃ承知しねぇぞ!」
中取は乱暴に電話を切った。
さて、明日は朝が早い。晩酌の続きは魅力的だが今日はこれ位にしておこう。
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