日記2

 僕の小説家人生の始まりは決して順風満帆ではなかった。それはそうだ。読書感想文が人より多少得意というだけで始めたのだから。僕より面白い物をかける奴は沢山いる。けど、辞めるわけにはいかなかった。僕にはこれしかないのだから。


 自伝的な物を書き続けて数年がたった。自費出版をしながら、賞やコンテストなんかにも応募をしていたが全くダメだった。貯金もとっくに無くなり、親からも金の工面が難しくなってきた。さらには借金も段々と笑えない額に増えている。

 親と顔を合わせれば『現実を見ろ、そろそろ真面目に働け』と言われる始末。何故こうにも上手く行かないのだろう。僕的には真面目に働いた結果がこれなのに。

 兄が悩んでいる弟を見て哀れに思ったのか、知り合いの編集者を紹介してくれるというのだ。そこにパイプが出来れば、作品のアドバイスなりして貰えるし、出版への近道になるそうだ。好きな作品は売れてから書けばいい、今は売れる作品を書くべきだと。なんとも出来た兄様だ。こんな愚弟の為にそこまでしてくれるなんて。しかし、卑屈になっても仕方ない。ここまでしてくれたのも事実。なんとか結果を出して兄に報いなければ。


 人生変われば変わるものだ。少し前まで悩んでいたのが嘘のようだ。書き方をちょいと変え、万人受けする様に意識しただけで社会の反応はガラッと変わり、本が売れに売れた。借金も無くなり、親から借りた金も返した。

 僕の紹介文には、数年に一度の人材、○○の再来など、聞いてるこっちが恥ずかしくなる様な文字が踊っている。書いている人は変わっていないのに、ここまで評価が変わるのも面白い。所詮流行りなんてこんなものなんだろう。

 しかし、困った事も出てきた。取材や、テレビへの出演依頼だ。僕はそういったものが大嫌いだ。今は静かに創作活動をしていたい。取材を断り続けて数ヶ月が立った頃兄から連絡があった。編集者の勝山から連絡が来たらしい。なんとか弟を説得してくれと頼まれたそうだ。兄の事は小さい時から慕っている、今までの恩もある。けど嫌なものは嫌だと、僕は頑なに断った。

 そこで兄は提案してきた。僕の代わりに兄がマネージャーと云う体で引き受けるのはどうだと。僕は2つ返事OKをした。本当に頼りになる兄だ。困っていると必ず助けてくれる。ただ変な詮索をされるのも嫌だったので兄弟だと云うことは公表しないのを条件に出した。


 兄の取材の返答、記者会見の受け答えは完璧だった。元々出来る人なのであれ位は当然なのだろう。今じゃ兄個人のファンクラブまで在るという噂だ。これには兄も呆れ顔だった。そんなこんなでこの作戦は上手く行き順調にお互いの役割をこなしていった。


 ただ、最近少し気になる事がある。少し前から勝山が作品に対して必要以上に口を出し来る様になってきた。俺だったらこう書くとか、このトリックはイマイチじゃないかとか。最初はアドバイスと思い受け入れていたが、僕にも作家としてのプライドがある。たかが編集者如きが作家に意見していい筈が無い。このままではいけないと思い、勝山に僕の気持ちを打ち明けた。


『もうそろそろ僕の好きな物を書かせてくれ。あと作品に口を出さないでくれ。勝山さんは編集業だけをやってくれればいい』と。


 あの時の勝山の顔を僕は一生忘れる事はないだろう。今まで子飼いにしてた作家にここまで言われたのだ。その心境は測り兼ねる。怒り、嫉妬、妬み、僻み、恨み、辛み、様々な負の感情をごちゃまぜにして僕を睨んできた。まるで僕を殺そうとするかの如く。

 

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