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 30分後警察が来て現場は一気に慌ただしくなった。自分達3人は第一発見者として事情聴取をされる為待っているよう言われた。待っている間は何をしていても構わないと云う事だったので、吟嬢は遠慮なくジンを飲み始めた。斜向かいのコンビニから買ってきたようだ。自分達は大人しく缶コーヒーにした。

 1時間も経とうかとしていた時、聞き覚えのあるだみ声が聞こえてきた。

「なんだ!?またお前たちか?なんでこんな所にいやがる!」県警の中取警部だ。

「あら、中取警部。また会いましたね。どうです?何かわかった事はありましたか?」

「おいおい吟さんよ。それはこっちのセリフだよ。先ずはこっちの質問に答えてくれや」

 

 自分は久保田に依頼された経緯、佐浦とどのようにして出会ったか、久保田の発見時の状況を掻い摘んで説明した。

 自分の話を聞き終わると中取は深い溜息とともに大きくのけぞった。

「山崎さん、久保田から連絡があった時間に間違いはねぇのか?」

「はい。久保田さんから連絡があったのが昨日の15時丁度位です。時計を見たので間違いありません」

「本当にか?」

「絶対です」

「んー……」中取は心底困ったような声を出した。

「死亡推定時刻がおかしいのですね?」吟嬢が顔をほんのり紅くしながら聞いてきた。

「なんだ酔っ払い。まだ潰れてなかったのか」

「まだそんなに飲んでいません。それより時間が合わないのですね?」

「……」

「答えて下さい」

「死亡推定時刻は昨日の午前9時前後だ」

 周りが意味を理解するまで数秒の時間を要した。次に意味がわかると恐怖が襲ってくる。おかしい。どういうことだ?いったい吟嬢はと話していたのだ?吟嬢が電話をしていた時間にはもう既に久保田は死んでいた。

「間違いないのですか?」吟嬢が詰め寄る

「うちの鑑識を疑うなら俺はあんた等を疑うよ」中取は皮肉っぽくそう言った。そして続けて質問した。

「吟さん。あんたが喋った相手は確かに久保田さんだったのか?」

「どうでしょうね。あの時話したのが初めてだったので確認しようがないですが。ただ私のお父様とやり取りした話をしていたので、本人の可能性は高いと思いますよ。お父様の事ユーモアがあるって言ってましたから。あまり知られていない事ですので」

「……ふん」中取は納得がいかないといった態度だ。

「あと、密室の件はどうでしたか?鍵は見つかりましたか?」

「見つかったよ。久保田の部屋のカップボードの上にあった」

「合鍵の存在は?」

「あの鍵は特殊なやつらしくて、合鍵の作成は困難らしい。合わせて管理人の所の鍵は、佐浦さんが借りる前は持ち出し履歴は無しだ」

「じゃー、やっぱり密室殺人…」佐浦は思わず呟いた。

「佐浦さん。現実的にそんな事はあり得ないんだよ。こんな事は調べりゃ後々明らかになる」

「鍵に付いていた指紋はどうでしたか?久保田さん以外のが付着していませんでしたか?」吟嬢が尋ねる。

「鍵は勿論部屋からも久保田の指紋しか出てこなかったな。キレイなもんだ」

「そうですか……わかりました。後、凶器は見つかりましたか?」

「それもまだだ。バットとか、木刀みたいな長物じゃないかとか推測している。部屋にはそれらしき物も、代用できそうな物もない。持って行ったと言うのがこちらの考えだな」

「…でもそれじゃ目立ちませんか?白昼堂々そんなのを持って歩いたら、通報される危険性もあるのでは?」

「だから、それも踏まえての考え中だ。そろそろ俺が受ける尋問はいいだろ?今度はこちらの番だ。隣の部屋に1人づつ来てくれ」


 それから1人づつ事情聴取を受けた。しかし目新しい情報を得られなかった為か早々に開放された。

 その後は佐浦からの提案で3人で食事に行くことになった。知人の、仕事上のパートナーの死を目の当たりにて1人で居たくなかったのだろうか。気持ちはわからなくはない。


「こんな事になってしまいすいませんでした。久保田の依頼の件ですがここまでで結構です。勿論発生費用は全額お支払い致しますので。ありがとうございました」佐浦は深々と頭を下げた。

「佐浦さん。私は今回の脅迫と久保田さん殺害が、どうしても無関係とは思えないのです。いえ、無関係と言う方が無理があるでしょう。ですので御迷惑でなければこのまま調査を続けさせて貰えないでしょうか?」

「……いいんですか?」

「はい。お願い致します」

「わかりました。じゃあ引き続き宜しくお願いします」

「では佐浦さん。久保田さんに付いて出来るだけ詳しく教えて頂けないでしょうか。なぜあんなにも人前に出るのを拒むのでしょうか?」

「はい。まず人前に出ないのは会う理由がないからと言っていました。この時代に会わなければ出来ない仕事など無い、と言うのが口癖でしたから。

 そんな無駄な事に時間を割くなら創作活動に当てたかったのかもしれません」

「なるほど、人嫌いと云う訳では無かったのですね。後、作風を急に変えられたのは何故ですか?」

「これは本人でなければ本当の所は解らないんですが、私の所為でもあるのです。あの頃は毎日の生活も覚束ない程お金が無かったので。

 僕もその事で何度も久保田とやり取りをしました。書きたい事、伝えたい事を書くのもいいが、それを誰かに読んでもらわなければ秘密の日記と変わらないじゃないかって」佐浦は自嘲気味に笑った。

「元々文才はあったし、目の付け所も面白い物があったんです。只それを面白い物語として作る力だけは無かった。…違いますね。敢えて万人受けするように作ってなかったと行った方がいいかもしれません。

 それを無理やり僕が説得したんです。書きたいものは売れてからでも遅くない、まず今の状況を抜け出さなければ本を書くこと自体出来なくなるぞと。そして本格的に編集者をつけてもらい、アドバイスを受けながら出来たのが『無いシリーズ』なんです」

「そんな事があったのですか。その編集者というのは?」

「はい。今の編集者の勝山さんです。その時の恩があったので、ヒットしてからは勝山さんの所での専属作家みたいになりました」

「久保田さんは佐浦さんを恨んでいると思いますか?」

 急に何を言うんだ。慌ててフォローに入ろうとすると、佐浦は別段怒るでも慌てるでもなく冷静に

「そうですね。それはあるかもしれません。好きな作品を書かせず、売れる作品だけを書かせたのですから。挙句殺されてしまったのですからね。僕だったら死んでも死にきれないでしょうね」と言い切った。


 気不味い沈黙が場を包む。何か喋らなきゃと思い自分は話を切り出した。

「あの密室はどういう事なんでしょうね。中取警部は調べれば何とかなる、みたいな事を言ってましたが。自分には全く解らないですよ。吟嬢も流石に解らないですよね?」

 少しからかう調子で言ってみた。この気不味い雰囲気を作った罰だ。しかし彼女は逆にこちらを憐れむように見返してきた。

「心外だわ。山崎君が、自分が解らないからって私も解らない筈と思っているなんて。はぁー、本当悲しくなるわぁー」そう言ってワインを1口飲んだ。

「えっ、ちょっ吟嬢わかってるんですか?」

「ほっ本当ですか!吟さん!」佐浦も身を乗り出してきた。

「なになにー。二人とも慌てちゃって面白い」

「吟嬢笑ってないで答えて下さい!解ってるんですか!」

「解ってないわよー。これだけなのに解るわけないじゃなーい。ふふっ」

 ダメだこの人は相当酔っている。素面になったらちゃんと注意しなければ。

「…なんだ…驚いた…」佐浦も気が抜けた様だった。

「真相は解らないけど、こうやれば密室は出来るって方法なら解るわよー!ふふっ!なんか楽しいわねー」

「えっ!」

「えっ!」

自分と佐浦は同時に驚いた。

「吟嬢今なんて……」

「だから密室にする方法なら2つ位ならあるって言ったのよー」

「本当ですか!」

「簡単よーあんなのー。…まず犯人が中で…久保田…さんを…ころ…し………スースー……」

「吟さん!吟さん!どうしたんですか?急に寝てないで教えて下さい!吟さん!」佐浦は吟嬢の肩を揺さぶるがそんな事では彼女は起きない。

「…佐浦さん。大変申し訳ありません…。こうなったら吟嬢は絶対起きません。自然に起きるのを待つしか無いのです。改めてこちらから連絡をしますので、あのー…今日の所は諦めて頂けませんか?」

「えー…」

「本当にすいません。本人にはきつく言っておきますので」


 その後すぐに食事会は解散となった。自分は車に彼女を乗せて事務所に帰っている途中だ。佐浦は酷くがっかりしていた。それはそうだろ。目の前でお預けを食らったような物なのだから。

 彼女は横で大人しく寝息をたてている。この姿だけを見ていると普通の女性なのだが。どうしてやる事成す事が破天荒なのだろう。迷惑が掛かるこっちの身にもなって欲しいものだ。

 ……違うな。そんな状況を自分は好ましくも思ってきている。気が抜けない相手、放っておけない相手。それ以上の感情でも芽生えてるとでもいうのか。この枯れかけた自分に?馬鹿馬鹿しいと思い、首を振っていると


「解せないわね」彼女が呟いた。聞かれた?鼓動が早くなる。

「め、珍しい。早い御目覚めですね」

「寝ていないわよ。演技よ演技」

嘘だ。自分にはわかる。

「気持ち良さそうに寝息まで立ててましたが?」

「……うるさい!最初は間違いなく演技よ!最後の方は少し覚えてないけど…」

これは本当だ。自分にはわかる。

「でもなんでそんな事したんです?」 

「まだ話す段階じゃないわ。それより山崎君、安全運転宜しくね。余計な事考えてると事故るわよ」

 ……自分の心の中を見透かされた様で変な汗をかいてしまった。……やはりこの人は気が抜けない…。




 

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