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「はい、ジョニーウォーカーです」

吟嬢は電話を取ると余所行きの声でそう答えた。

「あっ、もしもし、本日連絡を差し上げる予定でした久保田と申します」

「連絡お待ちしておりました。探偵の清水川吟といいます。宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しくお願いします。本来であれば直接伺うのが普通なのでしょうがすいません」

「いえいえ、そんな事ありませんので恐縮なさらないで下さい。逆にうちの父が大変お世話になっております。いつもありがとうございます。何か失礼な事を言っていませんでしたか?」

「いえいえ!お父様は物凄く博識でユーモアもある。こっちが勉強になる事が多くて」

「ふふっ。父が聞いたら喜びます。では

早速ですが本日はどういったご用件でしたでしょうか?」

「はい…。実は半年ほど前から脅迫を受けていまして…」

「……脅迫ですか…」

「…はい。1週間に一度位のペースで宛先人不明の手紙が届くんです。内容は大体『盗作は止めろ』と云う様な感じです」

「その手紙に消印はありましたか?」

「いえ、ありません。直接マンションのポストに入れられているようなので…」

「その手紙は手書きですか?」

「違います。パソコンの様です」

「そうですか。……失礼ですが盗作を疑われる様な心を当たりはありますか?」

 !? 吟嬢は何を言っているのだ。ストレートにも程がある。

「あっ、あるわけがありません!作品を書くにあたって、誰かと相談しながら書いた事もありませんし、ましてや過去の作品を参考にしたと云う事もありません。

 今の時代、この関係の問題に対しては物凄く敏感になっているので出版社も念入りに調べるのです。自分の作品は全てその審査にもパスしているので絶対に大丈夫な筈です」

「なるほど。失礼な事をお聞きして失礼致しました」

 久保田は余程心外だったのか上擦った口調でまくし立てた。

「最初はいたずらかと思ったんです。ほっておけばその内飽きるかなって。でも、全然無くならないんです!それどころか、内容もどんどん過激になっていくし…。

 『許さない』から、『マスコミにリークする』に。そして『お前に危害を加える』から『お前を殺す』に…。もう気が狂いそうで…」

「心中お察し致します」

「お金はいくらでも払います。だから早くこの状況を何とかして下さい!お願いします!」

「……わかりました。お引き受けします。ただ今の状況では余りにも情報が少なすぎます。

 御迷惑でなければこちらから伺いますので会ってお話させて頂けないでしょうか?実際の手紙も確認させて頂きたいので。宜しいでしょうか?」

「えっと、明日の14時頃であれば大丈夫です」

「承知いたしました。ではその時間に伺いますので宜しくお願いします」



 電話が終わった後、吟嬢から大体の話を聞き、2人でこの件に付いて話し合っていた。自分の前にはコーヒー、吟嬢の前には熱燗と刺身。先程の続きだそうだ。

「悪戯と言う線はないんですかね?同業者の僻みじゃないですけど」

「それはどうかしらね。悪戯にしては期間が長すぎるような気もする。それに直接ポストに入れていると云う所も手が込んでいるし。一概には決め付けられないわね」

「確かにそうですね。話してみた感じはどうでしたか?嘘を付いている様な感じはありました?」

「うーん、普通ね。自分の立場を自慢するでもなく低姿勢だったわ。嘘も電話で話した感じでは無しね。普通に怯えていた」

 酒をチビチビ呑みながら答える。それと、どことなくつまらなそうにも見える。

「そうですか。吟嬢の話を聞いて1番疑問に思った事があるんですが」

「あに?」刺身を頬張りながら首を傾げる。

「なんで吟嬢なんですかね?いや、勿論お父様の紹介と云うのもあると思いますが、普通なら警察ですよね?」

「はかはかいいほこをふくひゃない」頬張りすぎだ。

「吟嬢、はしたないですよ。飲み込んでから喋って下さい」

「ゴクン…ふぅー。なかなか良い事付くじゃない。私もそこが1番気になっていたのよ。

 警察に頼むことで話が大きくなり、ベストセラー作家の名前に傷がつくのが単に嫌なのか。世間の噂なんて勝手だからね。話に尾ヒレ背ビレが付く、何て事は良くあるしね。…それとも警察に探られると不味い事でもあるとか?」彼女は悪戯っぽく微笑む。酔いが回ってきたか…。

「まぁ、どちらせよ情報が足りないわね。明日本人に会ってから確認しなきゃ。

 よし!今日は終わり!難しい顔しながら飲むなんてお酒に失礼だわ。山崎君!もう一本だけ熱燗おねがーい!」


 やれやれ。結局下調べは自分だけでやる事になりそうだ。まぁ、大抵はいつもそうだから慣れてきたが。残業代と特別手当をしっかり請求せねば。

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