酩探酊 吟嬢 〜酔う 様 YOU〜

たて こりき

1

 雪でも降ってきそうな空模様。そういえば日に日に朝晩の冷え込みが厳しくなってきた様だ。平年より温かい日が続いていたが、流石に冬の装いが強くなってきた。

 こちらの地方では冬支度が色々あり、冬へ向けて街中が少しづつ忙しなくなっていく。衣替え、タイヤ交換などなど。

 しかしそんな事など露知らず。世間から浮世離れした人がここに1人いる……


「あー……。美味しい!やっぱり寒くなってくると熱燗で決まりね。日本酒に刺身!ホント日本人に生まれて良かったと思う瞬間よねー」

 ぐい呑片手に刺身をつつく、女性がいる。タンクトップにショートパンツと云う格好だ。正直目のやり場に困るのだが、本人は全く気にしていない。酒と刺身に夢中なのだ。まるでオッサンそのままである。

「ほら、山崎君も付き合いなさいよ!これを楽しめなきゃ、貴方モグリよ」

 なにを持ってのモグリなのか?聞くと長くなりそうなので流して置く。

「吟嬢、格好がだらしないです。昼間からいい年した女性が飲み過ぎないで下さいよ。弱いんですから。

それに言っちゃなんですが、飲み方が既にオッサンですよ、それじゃ。」

「山崎君バカねー。私くらいになると、何時、何処で、どの様に飲んでも様になるのよ」そう言って長い足をスッと上へ上げる。悔しいが綺麗だ。

 「あとこれは純米酒だから平気。変なアルコールを添加してないから悪酔いしないの。けど大吟醸だからついついペースが上がっちゃうのが困りものだけどね。うふふっ」笑いながらぐい呑を空ける。

「うふふじゃないですよ、うふふじゃ。どうなっても知りませんからね」ため息混じりに自分はキッチンへと向かった。


 申し遅れました。ここはある地方都市にある古びれた探偵事務所ジョニーウォーカー。主は自称、頭脳明晰、容姿端麗、健康優良お嬢の清水川吟でございます。

 彼女は自分で言うだけあり、某国立大学を主席で卒業、容姿はモデル並み、スポーツは国体クラスと非の打ち所がない。加えてあの大企業の清水川コーポレーションの社長令嬢である。

 なんともまぁ恵まれた境遇である。しかし、その境遇に驕ることなく働いている所は素直に褒めるべき所でもあるでしょう。その職種が探偵と云う所が若干ズレて無くもないのだが。

 驚くことに、この探偵事務所そこそこ評判もよく繁盛しているのだ。加えて彼女は探偵としての腕は確かなようで依頼は殆ど解決している。

 しかし彼女は絶対に名探偵とは呼ばれない。その理由は酒癖の悪さだ。仕事中だろうが何だろうが、所構わず飲むのだ。そして酔っ払う。そして、酔っ払いながら事件を解決してしまう。そんな型破りな探偵だから名探偵ではないのだ。

 ではそんな彼女を世間じゃなんと呼ぶのか?それは、驚きと皮肉を込めて、酩探酊めいたんていと呼ぶのだ。

 そんな渾名を彼女自身も気に入っているのか、嫌な顔は全くしない。彼女曰く良くも悪くも世間から注目されるのは良いことなのだそうだ。好きの反対は嫌いではない。無関心なのだ、と。


「吟嬢。最近依頼はないのですか?ここ数日まともに働いてる所を見てないのですが?まっ、無いから昼間から飲んでるんでしょうけど」

「はぁー、山崎君。貴方私に仕えて何年になる?ただ飲んでるように見える?」

大きな瞳が自分を射抜く様に睨む。

「吟嬢、失礼ですが私は仕えてはいませんが。あくまでも助手として働かせて貰っているだけです。

 そして重ねて失礼ですが、ただ飲んでいるだけではないのですか?そうしか見えない私の配慮が足りないのか、吟嬢の伝え方が足りないのかどちらでしょうか?」

「……相変わらずの減らず口ね…。憎まれ口もそこまで行けば大したものだわ……。

 依頼は受けているわよ!今日依頼主から連絡があるの。だからこうして事務所で待機してるんじゃないの」

……物は言いようである。

「そうでしたか。全く知らず、すいませんでした。どちらの方ですか?それに直接来ないで電話での依頼なんですね」

「お父様から連絡があったのよ。ほら家のお父様、大の小説好きって前説明したじゃない?ファンレターとか普通に出すぐらいにのめり込んじゃうって。いい年したおじさんがファンレターよ?恐れ入るわ。それで作者と仲良くなっちゃうって所がお父様の凄い所なんだけどね。

 それでこの前、贔屓にしている小説家から頼まれごとをしたらしいの。ある事で悩んでいるから誰かいい人を紹介してくれって。その人がベストセラー作家の久保田だっていうのよ?山崎君わかる?私余り本読まないから知らないんだけど。まぁ良くわからないんだけど、つまりは忙しくて来れないから電話での依頼みたい。詳しくはそこで聞いてくれって事みたい」


 相変わらず清水川家の交友関係には驚かされる。久保田と言えば今をときめくミステリー作家である。最新刊の『死体の無い密室殺人』は100万部突破で映画化も決定された話題作である。

 久保田人気がここまで過熱しているのは作品の出来がいいからだけではない。久保田は一切人前に姿を表さない事で有名だ。若い日本人男性ということはわかっているのだが、それ以外は全く謎なのだ。そのミステリアスさが人気に拍車をかけたのだ。

 更に久保田の代わりにマスコミの前に出てくるのがマネージャー兼アシスタントの佐浦という若い男性だ。これもまたテレビ写りの良い好青年で、やたらと弁も立つ。そこをマスコミは無責任に面白可笑しく想像を掻き立てる様な事を流す。

 それに見事に載せられた奥様方、淑女方が作ったのが今の久保田ブームなのだ。


「また凄い方からの依頼ですね。自分も久保田作品は読んでいるので、仕事と言っても会うのは楽しみですね」

「あら、山崎君も以外とミーハーなのね」

「吟嬢は知らないからそんな事が言えるんですよ。ホント凄い人気なんですから」

「はいはい。凄い凄い。でも実際に読んでいないから正確な判断は出来ないけどね。それに私は人の判断に便乗する程、軽くないだけよ」

そう言って口の端を軽くあげた。

「何時くらいに連絡が来る予定なんですか?」

「15時くらいって聞いたからそろそろじゃ……」

 その時事務所の電話が鳴り響いた。


 

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