第9話

鉄男が小学校に上がった頃には、母親の“女らしく育てたい病”は、完全に治った。

逆に、「鉄男は男らしくなければならない」という方面に、180度考え方を改めた。

これも上二人の申し出の賜物であろう。


母親は、鉄男の一人遊びをよしとはしなかった。

男らしくないし、社交性が築かれない。何より、世間に対してバツが悪いからだ。

PTAの会員だった母親は、近所の奥さん仲間に、自分の教育方針を度々熱弁していた。教育熱心をアピールすることで、自分の子供たちは皆優秀であると、暗にほのめかし、体裁を保っていた。長男の成績が優秀だったため、その説得力はあった。


「外でみんなと遊びなさい!」

この言葉がよく母親から発せられ、その度に鉄男は憂鬱になった。

別に、外で遊ぶ気持ちよさを知らないというのではない。怠慢や、臆病がないわけでもなかった。鉄男を憂鬱にさせる原因は、他にもあった。

鉄男の一家は、合同宿舎に住んでいて、同じ宿舎の子供たちが、近くの広場でよく遊んでいた。鉄男の同級生も多くいた。親同士も協力関係で結ばれていたので、母親は鉄男のために根回しを効かせていた。つまり、臆病で中々輪に入っていけない鉄男にも、優しく受け入れられる体制に向かっての根回しである。

しかし、それは親達の中だけで十分理解された取り計いで、内容が子供たちに伝えられたとしても、しょせんそれは又聞きに過ぎず、理解に及ばない子供たちは多かった。ただ、「あそこの子とも遊んであげて」とか、「皆で仲良く遊びなさい」とか、表面的に伝えられたことを表面的に受け止めるのが関の山で、それはむしろ、子供たちに、自分より駄目な人間を知ることによる優越を刺激した。

宿舎の子供たちは、広場でよくサッカーや野球をやった。毎日やっているような子供たちは、当然強かった。稀にやってくる鉄男が敵う筈がなく、度々つまらない思いをした。

子供たちは鉄男に優しく接したが、それは親達からの又聞きの、いわゆる義務であり、機械的行動であった。

そもそも、遊び盛りの子供たちに、そこまで気を回させることが酷な話であった。

鉄男がバッターボックスに立った時だけ、ピッチャーは手加減して投げた。

この集団の中で、自分は格下なのだと鉄男は思った。


鉄男は、サッカーや野球は嫌ったが、“鬼ごっこ”は嫌いではなかった。

足は遅くはなかったので、この遊びが劣等意識を与えることがなかったからだ。

しかし、毎日鬼ごっこという訳にもいかず、その提案をする勇気もなかったので、やはり外でみんなと遊ぶのは憂鬱になるのであった。


近所に、青島という、長男の同級生がいた。

青島の家は、かなり躾も厳しい教育一家で、有名だった。

青島は、その鬱憤を晴らすための生贄を、常に探していた。

夏の日に、長男と青島と鉄男とで、温水プールに行った。

青島は、泳ぐ鉄男の頭をいきなり鷲掴みにし、プールに沈めた。

苦しくて、獣のような声を上げながら頭を上げて酸素を貪ると、途端にまた沈められた。

小一と小五の体格差が、鉄男の抵抗を無効に等しくした。

青島は、幾度となくその虐待を繰り返し、目の前の生命が、自分のさじ加減でどうとでもなる様を楽しんだ。

長男が止めに入ることで虐待は収まったが、自分の弟の生命を案じる気持ちと同等に、友情にヒビが入ることを案じた慎重が見てとれた。

鉄男は、長男が青島に殴りかかってでも止めてくれようとしなかったことに、何かを感じたが、それが何なのかを確認するのが怖くて、心から眼を逸らした。


青島は、機嫌のいい時は、近所の子供たちに遊びを教えてくれるという、いい面もあった。

鉄男の印象に残ったのは、爆竹を使った遊びである。

青島は、近所の子供たちを6~7人集めて、うんこに爆竹を刺して、導火線に火をつけた。

「逃げろ!」

青島の声に子供たちが四方に散る。

パーン!

乾いた爆発音と共に、うんこも四方に散る。

その散るスピードは、子供たちのそれを大きく凌駕し、瞬く間に追いついてきた。

運の悪い子供は、うんこが身体のどこかに付着した。


また、青島は、爆竹をアマガエルの口に咥えさせて爆発させたりもした。

怖いもの見たさで集まった子供たちの中に、鉄男もいた。

ガン消しほどの大きさのガマガエルは、爆竹を咥えさせるのに、ちょうどいい大きさに見えた。

青島が火をつけ、子供たちが四方に散る。

パーン!

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