第10話

カエルの肉片が四方に散った。

鉄男が鮮明に記憶している映像は、まず、千切れて転がるカエルの“手”である。

それまで生命体の一部として躍動していた、もっともカエルに対して、“人間に近い”と見た部分だった。それが、千切れて無造作に地面に転がっているのである。自分や周囲の人間の手と、嫌でも重なってしまい、恐怖を覚えた。

次に、どこのものか分からない、赤い臓物。

それは、ダランと力なく横たわり、ヌラヌラとしたテカリを見せた。触るまでもなく、ゴムのような弾力が感じられた。

初めは何なのか分からず、近づいて不思議そうに見ていたら、青島に「それ内臓だで」と言われ、青ざめて咄嗟に身を引いた。


鉄男が始めて目の当たりにしたグロテスクは、動悸を覚えるほどの恐怖を感じさせたが、動悸の原因は恐怖ばかりではなく、初めて嗜虐をくすぐられたことによる、興奮によるものもないまぜになっていた。

残虐行為に加担した自分は、“弱い者”ではなかった。弱い者を高いところから見下ろす優越が、加害者の優越があった。

爆竹の硝煙が漂う奥に、仄かに香る、カエルの内側の“ニオイ”が、嫌悪と甘美のカクテルとなって、五感へと注がれた。


鉄男は、カエルの命を軽く見るようになった。

歳下の友達を連れて、カエルを高いとこから落として見せた。

白くて丸い腹は裂けたが、中から覗く赤い臓物が「トクントクン」と脈打つ様が見てとれ、生命の維持を確認した。しばらくしゃがんで観察すると、立ち上がって思いっきり踏み潰した。

親指と人差し指でつまんで、徐々に力を入れていき、圧死させることもあった。

指サックのように、口の奥まで指を突っ込んで、窒死させたりもした。


昆虫も多く殺した。

ショウリョウバッタの首をもぎ取った。中からハリガネムシが「ズルッ」と、首と一緒についてきて、コイツがバッタの正体だと思った。

木に止まっているセミを、手製の剣でブっ叩いた。セミは樹液を吸っていたのか、頭部だけそこに残して、それ以外は下に落とした。

カミキリとカナブンを戦わせたこともあった。カミキリを左手に持って、カナブンを右手に持って、取っ組み合いをする格好で絡ませあった。歯の付いているカミキリが勝つことは分かっていた。その証拠が欲しかった。カミキリの歯を、カナブンの首の付け根に誘導した。思った通り、カナブンの首が落ちた。気味が悪くなって、右手のカナブンを振り払うように手放した。カナブンは、まだ息があったようで、首が無いままどこかへ飛んでいった。


これらは、自然との戯れ、昆虫の生態に対しての興味もあったかもしれない。生命を軽んじる背徳の意識の裏に潜む、嗜虐と優越に酩酊する気持ちもあった。そしてやはり、青島と同じように、鬱憤のはけ口の意味もあったのだ。


小学校一〜二年までの担任は、四十歳ぐらいの女教師だった。

スラッとした体型で、肩幅は割とガッチリとして、髪が肩ぐらいの長さまであった。

いつも怒ったような表情が印象的で、この先生が笑ったところを見たことがない。

この先生は、体罰をした。

顔にはあまり手を出さないが、座った相手の両脚、前大腿部あたりを、大きな両手で思いっきり「バシン!」と叩くのである。

鉄男は、この体罰を受ける常連だった。

勉強は誰よりもできなかったし、注意力散漫で、授業中は、他の生徒の邪魔をするか、机いっぱいに落書きで埋めるかしていたからだ。


鉄男は体罰を受けるたびに泣かされた。それが嫌で、学校に行きたくなくなった。朝起きるたびに「お腹が痛い〜学校休みたい〜」と駄々をこねるようになった。

なぜ「お腹が痛い」ことを学校に行きたくない理由にしたのかというと、“男らしくあらねばならない”からだった。

体罰に屈する自分は、母親に“男らしくないと思われる”と恐怖したからだった。

母親は、“女らしく育てたい病”が完治すると同時に、鉄男が男らしくあることを極端に求めだした。これによって、鉄男は、男らしくあらねば母親に拒絶されるという恐怖心が芽生えたのだ。


そうして溜まった鬱憤のはけ口が、罪もないカエルや虫に向けられたのだった。

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