第8話

蓼崎家の母親は、三人目の子供は女の子を望んでいた。しかし、三人目も男だった。それも、小憎らしいスネ夫面である。

それでも諦めきれない母親は、このスネ夫に女装を施したり、可愛らしい人形を与えたりした。

父親は、この異常に口を挟まなかったし、挟めなかった。

外向的で、溌剌としていて、自分の意見を、やや強引にでも押し通そうとする性格の母親に対して、父親は内向的で、大人しく、無関心・無気力といった言葉がよく似合う、唐変木のような男だった。

家のことに関するイニシアチブは、完全に母が握っていたのだ。

しかし、二人の兄が黙っていなかった。

「鉄男は男だ!」と言って、母親に講義を申し出た。自分の行いの異常なことを薄々感づいていた母親に、この声は届いた。

しかし、芯までは届き切っていなかったようで、忘れた頃にまたそれが再発したりした。その度に兄達が声を上げた。


鉄男の四歳の誕生日に、手編みの可愛らしい、ぬいぐるみの人形が母親からプレゼントされた。

この人形の遊び方を、次男はサンドバッグとして教えた。

次男が一発殴って見せ、「鉄男もやれ」と言った。鉄男はこれを『踏み絵』のような気持ちで実行した。殴ると兄が褒めてくれて嬉しかったが、別の気持ちもあった。それを出すのは恐ろしかった。

大笑いしてプレゼントに虐待する兄に、大笑いで応えねばならなかった。

最後には首がもげ、中身から白いハラワタを覗かせる誕生日プレゼントを、複雑な思いで見つめた。

鉄男は、序盤、女路線で育てたせいか、元々持って生まれた性格なのか、気弱で臆病で、自己主張のできない子供だった。


幼稚園まで母親に送ってもらった時、離れるのが嫌で、下駄箱までついてきてもらい、それでも離れるのが嫌で、最後には母親が帰ろうとするのを、泣きながら抗議したことがあった。

また、六歳のインフルエンザ注射の時は、一歳下の女の子が平然と注射を受けている中、泣きながら逃げようとし、母と医者を困らせた。

夏の日に、一家で動物園に行ったことがあった。狭くてボロい軽自動車に、運転する母親、助手席に次男、後部座席の運転席側に長男、真ん中に父親、その隣に鉄男の並びで座った。

道中、次男が「暑い」というので冷房がかけられた。鉄男は寒かった。次男が更に暑いと言いって冷房は強められた。鉄男は寒くて仕方なかったが、それを主張することができなかった。次男と意見が衝突することが恐かったのだ。

ついには、ガタガタと震え出し、シートの下に潜り込んだ。異常を察知した大人が「どうした?」と聞くと、小さな声で、恥ずかしそうに「さむい…」と、やっと言うのであった。


遊びも地味を極めた。

これは鉄男が小学校低学年に熱狂していた遊びである。

縦約二十センチ、横約十センチの、プラスチック製のルーレットのオモチャがあった。レバーを弾くと、ルーレットが回転する仕組みになっている。

ルーレット上に、どこかでで拾ってきたBB弾を二つ乗せ、これを回転させる。弾き出された方の負け。

これでひたすら家の中をカラカラいわせていた。

玉の色合いで好き嫌いがあるようで、鉄男はどこにでもありそうな真っ白な玉を一番贔屓にしていた。対して、汚れた緑の玉には敵対心を抱いていて、これが白い玉に勝つことは許されなかった。もし、緑が勝つようなことになれば、「今のは回転が甘かったから」とか「土台が傾いてた」とか何とか理由をつけて、白が勝つまで仕切り直しをした。

ゴム製の玉が一つあって、回転中にピョンピョン跳ねるような奇怪な動きをして、鉄男を喜ばせた。これに白が負けることは、甘んじていた。

この遊びは、耳触りという理由で、彼の知らない間にルーレットをぶっ壊され、完全にできなくなってしまった。

この次に熱狂したのが、ガン消し相撲。

ガン消し二体を指一本分ぐらい離して向かい合わせて置いて、腕部を軽くデコピンして、対面にぶつけるようにして、これを攻撃とする。攻撃を交互に繰り返し、倒れた方の負け。

これは素材がゴム製のため、音が静かで迷惑にならなかったためか、長続きした。

ここでもやはり、お気に入りと、そうでないものに分けられ、ルーレットのときと同じように、お気に入りを無理矢理勝たせる遊びをするのであった。

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