第46話 快く協力してくれました

 その日、俺は一真さんの部屋で二日前の結婚式での出来事を一真さんに説明していた。


「……という感じです」

「だからそんな事になってるんですか」

 一通り結婚式での出来事を俺が話せば、テーブルを挟んで向かい合う一真さんが呆れたように俺の鎖骨の辺りを見た。


 俺の今着ている部屋着のTシャツのえりぐりからは二日前にブーケトスでできた残念な青痣あおあざがのぞいている。


 一昨日、というか昨日は、明け方までオールで打ち上げに参加し、美咲さんにタクシーを用意してもらって家に帰ったはいいが、さすがに疲れて風呂にも入らず化粧だけ落として寝てしまった。


 昼過ぎに起きて前日から着ていたノースリーブのブラウスを脱いでシャワーでも浴びようとボタンを外していったら、なぜか左側の鎖骨の少し下に500円玉位の大きさの痣があってびっくりした。

 痛かったのはブーケが直撃した直後だけで、その後は痛みも引いたので、すっかり忘れていた。


「それより、そろそろ教えてくださいよ」

「はて、教えるとは何の事でしょう?」


「とぼけないでくださいよ。一真さんがどうやって美咲さんが雨莉を心配するように仕向けたかですよ。この前聞いたら二人の結婚式が終るまで教えられないって言ってたじゃないですか」


「ああ、そういえばそうでしたね」

「あれから美咲さん、妙に雨莉の事をいたわるというか、若干過保護な感じになってるんですが……」


 そう、雨莉と仲直りした辺りから、美咲さんは妙に雨莉を気遣うようになった。


 公私問わず普段からよく一緒にいるのは前からだが、少し雨莉と離れたりするとソワソワしたり、戻ってきたら毎回ハグして向かえたりする。


 雨莉から聞いた話だと、今度旅行に行こう、あの店で食事しようなどと、やたら先の約束を作りたがったり、ちょっと怪我しただけでやたら何があったのかと心配してきたりするらしい。


 もっとも、当の雨莉は満更でもないどころか、随分と嬉しそうにその事を話してくるので、まあ本人達が幸せならそれで良いのだけれど、美咲さんの急な変わりようが気になる。


「想像以上に効果覿面てきめんでしたね」

「何したんですか?」

 俺の話を聞いた一真さんは、意外そうに頷いた。


「既存のお友達経由で、新しいお友達を紹介しただけですよ」

「既存の……霧華さんですか? それで、霧華さんを通じて美咲さんに、どんな人を紹介したんですか?」

 もったいぶったように言う一真さんに若干じれったさを感じつつ、先を促す。


「察しがいいですね。僕の同僚に当たる女性を二人程、紹介しました」

「つまり、しずくちゃんの所で働いている女の人?」

 ニコニコと話す一真さんに、俺は首を傾げながら確認する。


「はい。一人はすばるさんも会った事あるはずですよ。すばるさんが一番初めにしずく嬢の家に来た時に給仕をしていた女性です。まあその後も何度か顔を合わせてるはずですが」


 一真さんの言葉を聞いて、いつだったかしずくちゃんが部屋から出てこなくなった時の事を思い出す。

 そしてその時の給仕のお姉さんの顔を思い出す。


 私服姿だったからすぐには気付かなかったけれど、結婚式で同じテーブルだった見覚えのあったお姉さんだ。

「あの人……!」


 霧華さんと親しそうに話していたので、霧華さんの友人なのだろうとしか認識していなかったが、つまりあの人達が一真さんから霧華さんに紹介され、その後霧華さんから美咲さんに紹介された二人なのだろう。


「思い出したみたいですね。そしてもう一人は、すばるさんの彼氏の株を下げて木下氏に報告させようと画策していた中心人物です」

「なんでそんな人達があの計画に協力してくれるんですか……」


 当たり前のように一真さんは人物紹介をするが、二人が俺の計画に協力する理由もわからない。

 一真さんに弱みでも握られているのだろうか?


「もし、しずく嬢が彼と結婚した場合、美咲さんとは親戚関係になる訳ですが、今の奔放な性格ではいつ何かの拍子にしずく嬢がその毒牙にかかってしまうとも限らないと話したら、快く協力してくれました」

「えっ」


 俺の邪推を知ってか知らずか、一真さんはあっさりと種明かしをした。

 しかし、中々に強引な理由である。


 よくそれで快諾してくれたな、というか、今回の事は言ってみれば雇い主個人の問題であって、その事を直接本人からどうこう言われない限りは金も動かないと思うのだが、どうなのだろう。


「彼女達は使用人の中でも特にしずく嬢の事を熱狂的なまでに好ましく思っているようだったので……歳の離れた妹を猫可愛がりするような感じでしょうか」


 そんな俺の疑問を見透かしたように一真さんは二人の事を俺に説明する。

 心酔というよりは、熱狂的なアイドルのファンに近い感じらしい。


 その心理も良くわからないが、妹に変な虫が付きそうなので、何とかできるならしたいという事だろうか、と考えると納得はできる。


「……その人達に何をさせたんですか?」

 だとして、問題は彼女達に一体何をさせたかだ。

 恐る恐る俺は尋ねる。


「美咲さんと友人として仲よくなってもらい、相手が無理して自分に合わせてくれているのに気付けなかったり、あまりにも恋人追い詰めてしまった結果、悲しい結末になってしまったという作り話を実体験として語ってもらったりしました」


 返って来た回答に、俺は素直にドン引いた。

「思った以上にゲスいですね……というか、仮に仲良くなったとして、そんな踏み込んだ話しますか?」


「ラブホテルで開く女子会というのは、場所も相まって普段人に言えないような赤裸々な内容も話せるらしいですよ。僕の大学時代からの友人が、女同士で色んな話ができるような友達が欲しいと言っていたので……ニーズの一致ですね」


 俺が更なる疑問をぶつければ、なんでもないように一真さんは言い放つ。

 そういえば、結婚してから遊び相手がいないと言っていた。


 ここで言う遊び相手というのは、恐らく肉体関係を持たない普通の女友達を指すのだろう。

 前回雨莉をラブホに誘ったのも、本当に話し相手になってくれる女友達が欲しかっただけなのかも知れないが、今までの経歴と美咲さんと雨莉の性癖のせいでこじれてしまったのだろう。


「霧華さん……」

 なんだろう、多分悪い人ではないと思うのだけれど、もう少し交友関係には気をつけた方がいいと思う。

 いや、それこそ俺が口を出す話ではないのだが。


「そのメンバー4人でだと、浮気に肯定的な美咲さんは、どう足掻いても多数派にはなれませんし、自分の考えと違っても、その考えに至る納得できるだけの理由を熱心に自分抜きで語り合われると、同調したくなってしまうのでしょう」


 つまり、大人数で食事に言った時、周りの人間が全員ザル蕎麦を頼んでいる中、一人だけうどんを頼むのが憚られたりするような感覚に近いものだろうか。


 霧華さんもかなり奔放な性格ではあるが、結婚したら浮気はしたらいけないとは言っていた。

 そうなると美咲さんは3対1の状態になる。

 まあ、実際その4人でどんな会話をしていたのかわからないので細かい事はわからないが。


「元々、自分の周りの人間は大切にする人だったみたいですし、自分が知らない間に恋人を追い詰めていて、そのせいで恋人が自らに危害を加えるような事になってしまったら、という考えを植えつけたら、後は早かったですね」


 平然と話す一真さんに、俺はなんとも言えない恐ろしさを感じた。

 直接自分では手を出さず、なんて事してるんだこの人は。

 目の前に座っている一真さんが、実はとんでもない怪物のような錯覚を起こしそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る