第43話 もう大丈夫
まずい。
既に、一宮雨莉には美咲さん達がすばるの部屋に来ているとバレている。
美咲さん達に麦茶を出しつつ、どうしたものかと俺は考えた。
「すばるちゃん、顔色悪いけど、どうかしたの?」
美咲さんが心配そうに尋ねてくる。
とにかく、美咲さんに一宮雨莉が俺と美咲さんが浮気していると誤解している事は伝えた方が良いだろう。
俺は美咲さんに、今一宮雨莉がこちらに向かっているらしいが、どうも俺と美咲さんが浮気していると思っているらしいと伝えた。
美咲さん達も一緒になって話すことになってしまった以上、ここはなんとかその重大さを美咲さんに認識してもらわなくては、また話が噛み合わなくて、余計に話がこじれてしまう。
しかし、どうせ美咲さんの事だから、緊張感も無く、そこまでコレを重要な事とも捉えないだろう。
「そうなの? なんでそうなってるかはわからないけれど、まあそれは雨莉が来てから話せばいいわよね」
実際、美咲さんの反応はこんなものだった。
美咲さんの隣に座る稲葉を見れば、どうするんだよ……と言わんばかりの顔で俺の方を見てくる。
「だけど、良かったわ……」
これからどうするかと悩んでいた俺の思考は、ポツリと呟かれた美咲さんの言葉に遮られた。
「雨莉、もしかしたらもう私と話したくないんじゃないかと思ってたから……」
少し困ったように笑って言う美咲さんに、俺は自分の眼と耳を疑った。
前回とはエラい変わりようである。
「どうしたんですか? 急に……」
「私は今まで特に問題を感じていなかったのだけれど、実は最近、雨莉の方はどうだったのかなって考えてしまって……」
内心かなり驚きながら尋ねれば、普段の美咲さんなら絶対に言わないようなしおらしいセリフが出てきて、思わず稲葉の方を見れば、稲葉も俺と同様かなり驚いているようだった。
「すばるちゃんは雨莉が嫉妬深いなんて言っていたけれど、私の前では全くそんな素振り見せたことないし、私には愚痴の一つも言わないの……ここに来る途中で稲葉と話して、私以外には普通に話してるって、初めて知ったの」
どこか気落ちした様子で美咲さんが言う。
「あのっ! それは雨莉が美咲さんに嫌われたくなくて言わないだけで、むしろ雨莉としては美咲さんの事、大好きですから!」
自分は雨莉に信用されていないのではないかとでも言い出しそうな雰囲気の美咲さんに、慌てて俺は口を挟む。
勢いで席から立ち上がってしまったが、美咲さんは動じる事も無く、小さく俺に微笑んだ。
「ありがとう。でもね、それって雨莉に無理させてたって事じゃないかなって思うの。私は雨莉と一緒にいて楽しいし、気を使わないでいつものびのびできて、全くストレスがたまらなくて、雨莉もそうなんだと思ってた」
対して美咲さんは、どこか遠くを見るような目で語る。
「確かに、雨莉は美咲さんと付き合ってて、裏で結構我慢したり、辛い思いをしています。だけど、それでもずっと美咲さんと一緒にいるのは、それを補って余りあるくらい美咲さんが好きだからなんだと思います」
このままでは、雨莉が到着した瞬間、別れ話を始めそうな気配すらある。
絶対にそれだけは阻止しなくてはならないと、俺は一宮雨莉がいかに美咲さんの事が好きであるかを話す事にした。
「雨莉は、美咲さんが自分以外の女の人に手を出そうとするのを本気で嫌がってて、私も裏でけん制されたりもしました。なのに美咲さんには少しでも良く見られようとして、やせ我慢してるんです」
美咲さんは、黙って俺の話を真剣に聞いている。
話すごとに明確なリアクションが無いので、美咲さんがどう思っているかわからないが、それでも今は話すしかない。
「美咲さんに籍を入れようって言われてから、雨莉は本当に丸くなったんです。きっと、これからは美咲さんが自分だけを見てくれるようになると、お互いがお互いにとっての唯一無二のパートナーになれると思ったから」
言いながら、あの日、女子トイレで俺と美咲さんを信じていると微笑んだ一宮雨莉の顔が浮かんだ。
あいつは今、その信頼を打ち砕かれ、それどころか、何かあった時に身を寄せる程信用していた稲葉にも裏切られたと思っているはずだ。
その痛みは俺には計り知れない。
だからこそ、せめてこの事だけは美咲さんに伝えなければならないだろう。
「あの日、雨莉がショックだったのは、美咲さんに全く浮気を心配されてない所じゃなくて、美咲さんの中に雨莉への執着が全く見えなかったから。美咲さんに愛されて、必要とされてるって、確信を持てなくなったからなんじゃないでしょうか」
「……私は」
美咲さんが何か言おうとした時だった。
インターフォンが鳴り、画面に雨莉の顔が映る。
ロックを解除し、一宮雨莉を招き入れ、受話器を戻して振り向けば、美咲さんがいそいそと席から立ち上がっていた。
せめて玄関まででも一宮雨莉を迎えに行きたいと言うので、俺は美咲さんと一緒に玄関で呼び鈴が鳴ったらすぐに迎えられるようにと二人で向かう事になった。
残された稲葉は自分もついて言ったほうが良いのか一人そわそわしていたので、大人しくリビングで待っているように言っておいた。
玄関に四人は、さすがにキツイ。
俺と美咲さんが玄関に着いて少しすると、玄関の呼び鈴が鳴った。
内心俺は不意打ちでに2、3発貰うのではないかと内心ビクビクしながら迎え入れたが、特にそんな事は起こらなかった。
「あら、迎えに来てくれたのね」
室内に入り、玄関で待っていた美咲さんを見つけた一宮雨莉は、意外そうな顔をした。
「雨莉、私ね……」
「もう大丈夫よ。気にしないで」
何か言おうと口を開いた美咲さんだったが、その言葉は笑顔で美咲さんの前に手を出して制止する一宮雨莉によって阻まれてしまった。
もう大丈夫とは、何がもう大丈夫なのか。
「私達、もう別れましょう?」
一宮雨莉は、それはそれは穏やかな笑顔で言った。
あんまりにも優しい声で言うものだから、俺は一瞬、コイツが何を言ってるのか理解できなかった。
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