第40話 保障は全く無い

「なんとかって、すばるは何をどうしたいにゃん?」

 中島かすみが俺の横で首を傾げる。


「美咲さんに、雨莉が実際は美咲さんの振る舞いをどう思っているのか伝えたい」

「伝えてどうするにゃん」

 隣から聞こえる声が低くなる。


「美咲さんの雨莉に対する認識を改めさせて、もう少し自重して欲しい」

「それこそ雨莉が美咲さんに直接言うべき事だし、雨莉本人がそれを望んでないんだから、周りがあれこれ言う事じゃないにゃん」

 再び中島かすみの顔が不機嫌そうにしかめられた。


 こんな事は俺のわがままだって事は十分にわかってる。

 そしてそれが必ずしも良い結果に結びつくとは限らない事も。


「そんな事はわかってる。わかった上でどうにかしたいの……私自身のために」

 だけど、このまま何もしないで、現状維持のような形でこの問題が解決されるのが、俺にはどうしても我慢なら無いのだ。


「……どういう事かにゃ?」

 目をしばたかせ、不思議そうに中島かすみが尋ねてくる。


「鰍、前に言ったでしょ、私は美咲さんに気に入られすぎてるせいで、いつか雨莉に刺されるかもしれないって。私はその心配をなくしたい。美咲さんが雨莉だけ見てた方が私にとっても都合がいいからそうしたいだけ」

 俺は平静を装いつつ、『朝倉すばる』として、自分の意見を述べた。


「それで、これは私のわがままなのだけど、もし良ければ、二人がその手伝いをしてくれると嬉しいです」

 姿勢を正し、中島かすみと一真さんに話す。


「……話を聞いて、面白そうだったら手伝ってあげるにゃん」

 小さくため息をついて、呆れたように中島かすみは言う。


「それは、手伝う事によって僕も何か見返りを期待しても良いんでしょうか?」

 一方、一真さんは相変わらずニコニコと笑顔を浮かべているが、やはり一筋縄ではいかないようだ。


 このカードを切るのはできるだけ先延ばしにしたかったが、もうそんな事は言ってられないだろう。

 俺は覚悟を決めた。


「一真さん、実は私、鰍の事が好きなんです。それで、稲葉と別れたら、付き合うことになってて……」

「にゃにゃ」


 俺は一真さんの方に向き直り、目を見て真面目に話す。

 すぐとなりで意外そうな中島かすみの声が聞こえた。

 こんな時までにゃん言葉とはさすがである。


「私、性別は男なんですが、普段はあんな格好してて、性自認は女だと思ってて、当然恋愛対象も男の人だとばかり思ってたんですけど……どういう訳か、鰍の事をそういう意味で好きになってしまいまして……」


本当はもう付き合っていると話したいが、それだとすばるが二股をかけている事になってしまうし、そうなると今までの『朝倉すばる』設定に齟齬そごが出てしまう。


 そうなってくると、こちらの言葉に説得力も無くなってしまうし、俺は不可抗力とはいえ、一度しずくちゃんと同衾どうきんしている。


 元々女もいけるのにそんな事していたとなると、そっちの方の問題も出てくるので、それだけは避けたい。


 結果、ここは『朝倉すばる』の設定に沿いつつ、もっともらしい理由を並べて説明するのが得策だろうと俺は考える。


「そうなんですか?」

 一真さんは一瞬、意外そうな顔をした後、中島かすみの方を見て尋ねる。

 確かに、いきなりこんな話をされても戸惑うだろう。


 「そうだけど、すばるはバラしちゃって良かったのかにゃん?」

 中島かすみは俺の話に合わせて、一真さんの問いかけに頷きながら、目をキラキラさせて俺の方を見る。


 一体これからどんな面白い事が起こるのだろうと、目が語っている。

 多分、相手が中島かすみでなかったのなら、こうはいかないだろう。


「ええ。私ももう腹をくくろうと思うわ。それで、鰍と付き合うにしても、鰍はアイドルですし、私は女性モデルという事になってますが、身体は男ですし、公表するのは色々と問題がありまして……」

 俺は中島かすみの言葉に頷きながら、一真さんに説明を始める。

 

「それに、その事を稲葉や美咲さん、雨莉に話すと、確実にもっと面倒な事になると思います」

「まあ、そうでしょうね」

 一真さんは俺の話の相槌を打ちながら、俺の真意を探るように俺を見つめてくる。


「だから、表向きはやはり稲葉と別れるにしても、恋愛対象は男の人だけで、他に好きな人ができたってことにした方が色々と楽なんです」

「……つまり?」


 なんとなく俺の言わんとした事を察したらしく、一真さんの目が細められる。


「一真さんに、私の彼氏のフリをしていただけると、とても助かるなあ、という話です。一真さんとしても、悪い話ではないと思うのですが、いかがでしょう?」


「それが見返りという訳ですか……ちなみに、僕が断った場合はどうなるんです?」

 一真さんはニッコリと笑った後、少し考えるような素振りを見せた後、小首を傾げて尋ねて来た。


「その場合は、今回のお願いも、偽の彼氏も、他の方に協力をお願いする事になると思います。私としては、一真さんが一番好ましいのですが……」


 あくまで無理強いする訳ではないが、そうしてくれると嬉しい、というように俺は答える。

 実際コレで断られると結構痛いのだが、一真さんもこの条件は美味しいはずだ。

 少なくとも、これでしずくちゃんからの一真さんの評価は上がる事だろう。


「そうですか……他にこの役が取られるのも惜しいですね」

「じゃあ……」

「ええ、確かに僕としても悪い話ではないですし、これからよろしくお願いしますね」


 なんとか一真さんの協力を取り付けられた俺は、ひとまず胸をなで下ろした。

「それで、何か考えがあるのかにゃん?」

 一安心した所で、中島かすみが俺の腕を引っ張りながら、ワクワクした様子で続きを急かしてくる。


 とりあえず、一真さんの協力は取り付けた。

 中島かすみも、なんだかんだで協力してくれる事だろう。


 後は、美咲さんが一宮雨莉の気持ちをおもんぱかって自重するようにしむけつつ、朝倉すばるへの恋愛方面の興味を削ぐとために、計画を詰めて、行動するだけだ。


 まあ、今、俺が考えている方法が上手くいく保障は全く無いのだが。

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