第12話 格の違い

「やめろ、そんなことしても意味は無い」

 たまらず俺は立ち上がった。


「意味無くなんかないもん!」

 少し涙目になりながら優奈が言い返してくる。

 変な自棄を起さないうちに何とかこの考えを改めさせなければならない。


「いや、無い! だってあいつは女を好きになる事もあるから!」

「「……えっ」」

 俺の咄嗟の発言に、優奈のみならず、優司からも驚きの声が上がった。


 ……だってしょうがないじゃないか。

 こうでも言わないと、優奈が俺のせいでまた道を踏み外してしまうかも知れないのだから。


「いや、あいつ、前に女と付き合ってた時期もあるんだよ。だから……」

 ええいままよ、と俺は若干涙目になりつつ、でまかせを話す。


 だめだ、泣くな。

 今泣いたらこの涙のうまい言い訳をできる自信が無い。


「それ……どんな人?」

「今までのすばるさんの恋人の共通点とかある!?」

 一方、優司と優奈は俺の言葉に早速食いついてきた。


「いや、それも朝倉に聞いた話で恋人本人と会った事は俺も無いから……」

「話してた情報だけで良いから!」

 どんな人物かまでは実際に会った事が無いのでなんともと答えれば、優奈は俺の腕を逃がさないとばかりに掴んできた。


「えっ、えー……いや、でも朝倉の好みのタイプを知りたいって言うならあんまり参考にならないと思うぞ?」

「どうして?」


 気が付けば、優司も立ち上がっており、俺は優司と優奈に見下ろされる形となった。

 以前来た時よりも優奈の身長が大きくなっているような気もするが、それは別の意味で悲しくなるので深く考えないようにした。


「前に恋人に求める理想みたいな話した時に、朝倉は好きになった相手がタイプって言ってて、さっきの元カノとか過去の恋人の話もその時聞いて、話の中じゃその人達には全く共通点が見つからなかったんだ」


 俺の言葉を聞いた後、優奈は少し考えるような素振りをした後、小さくため息をついた。

「……でも、確かにそれだと性転換とか、あんまり意味無いかも……」

「だろ?」

 どうやらひとまず優奈が男になろうとするのは阻止できたようだと俺は胸をなで下ろした。


「つまり、私は今のままで頑張れば良いのね!」

 ところが、優奈は再び晴れやかな笑顔ではしゃぎだした。


「えっ、あー……うん、お前、さっきの俺の話聞いてた? なんというか、あいつは普通に友人として付き合うには良いが、深く付き合おうとすると色々と問題がある奴なんだよ」

 俺は再び先程の説明を繰り返したが、優奈は眉間に皺を寄せながら首を傾げた。


「問題って何?」

 優奈のその言葉を聞いた後、俺は悲しげな顔をしながら、静かに話し出した。


「重すぎて、他人の俺が言えるのはここまでだけどな、あいつは恋人になる相手には知っていて貰いたいらしくて、前に愛の告白された時に一緒にその事も告白されたよ。俺はその時恋人がいたからどっちにしろ付き合うのは無理だったんだけど、それがあいつなりのけじめの付け方だったんだと思う」


 もちろんコレは完全なるでまかせだが、それで優司と優奈に自分は現在すばるとは仲は良くてもそれほど深い仲ではないと壁を感じてもらえれば、二人ももう少し冷静になってくれるかもしれないという目論見もある。


 優司と優奈の様子を伺ってみれば、二人共ハッとしたように深刻な顔をしていたので、もう一押しだ。

「それだけあの告白には強い意味が込められていたのなら、それこそ俺が優司と優奈に話すのは違うと思う。二人共、突っ走る前にまずは相手との信頼関係の構築が大事なんじゃないか?」


 おれ自身そんな経験は無いので壮大なブーメランが刺さって非常に心が痛いのだが、コレで少しでも優司と優奈が冷静になってくれればと思う。

 言いながらチラリと二人の様子を盗み見れば、二人共その場に膝と両手を着いて、俺の思った以上に落ち込んでいた。


「えっ、優司? 優奈?」

 思わず声をかければ、優奈が低い声で俺に言った。


「お兄ちゃん、すばるさんと知り合ったのって、いつ……?」

「えっ……去年の夏だから、ちょうど一年くらい前、かな?」

 いつからと聞かれると非常に困るが、とりあえず、実際に女装コスプレしてイベントに参加した去年の夏あたりから、という事にした。


「つまり兄さんは、出会って一年も経たないうちにすばるさんとそれだけの信頼関係を築いて、告白されたって訳だね……」

「ま、まあそうなるけど、それは単純に接触する機会が多かったってのもあるし……」

 すると今度は優司が床に仰向けに寝転がりながら、死んだ魚のような目で俺を見上げながら言ってきた。

 俺は取って付けたようなフォローをするしかなかった。


「でも、私はもっと早くからすばるさんの事を知っていたし、実際に面識を持ったのだって同じ位だったのに、まんまとお兄ちゃんにすばるさんをかっさらわれたのよ……」


「いや、かっ攫ってはないだろ……断ってるんだから」

 床にごろごろと転がりながらぶつぶつと話す優奈に、俺はしゃがんでつっこみを入れる。

 どうしよう。思った以上に弟と妹が落ち込んでしまった。


「兄さんって、時々無自覚に格の違いを見せ付けてくるよね……」

「格とか無いからな、そんなの」


 優奈に便乗するように優司が言い出したが、俺からすれば、背も高くてイケメンで、子供の頃からの夢まで実現させている優司の方がよっぽど勝ち組に思える。

 というか、こいつにそんなこと言われても、もはや嫌味にしか聞こえない。


「だめだわーこのままだと嫉妬のあまりお兄ちゃんとの信頼関係が崩れてしまうわー」

「えぇ……抱きつきながらそんな事言われても……」

 優奈は優奈で、俺の腰辺りに抱きついてグリグリと俺の胸元に頭をこすりつけながら何やらシリアス風の事を棒読みで言ってくるが、何がしたいのかわからない。


「これはもうお兄ちゃんが女装でもしてとことん私達のお遊びに付き合ってくれないとこの心の傷は癒せないわー」

 優奈が抱きつきながら上目遣いで、悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。


「……は?」

 俺は固まった。

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