第7話 もしもの時は……
「形的には私の両親の養子になって、私の妹って事になるけど、それなら同じ苗字になるし、法律的にももう他人なんかじゃないわ。それで、知り合いも呼んで
どうかしら? なんて小首を傾げながら美咲さんは一宮雨莉を見つめる。
思わず一宮雨莉の方を振り向けば、呆気にとられたようで、ポカンと口を開けていた。
「……いいの?」
しばらく呆けた後、一宮雨莉は恐る恐るといった様子で美咲さんに聞いた。
声も顔も、今にも泣きそうになっている。
「私がそうしたいの。ごめんね、私あっちゃんがそんなに思いつめているなんて知らなかった。あっちゃんはいつも私を助けてくれてるのに……こんな私だけど、これからも側にいてくれるかな?」
美咲さんは一宮雨莉の元に歩み寄ると、しゃがみこんで彼女の顔を覗き込んだ。
「はい……!」
目に涙を溜めながら、一宮雨莉は心底嬉しそうに頷いた。
百舌谷夫妻には、おかげでお互いの事を理解するいいきっかけになったと感謝され、美咲さんと雨莉は近々籍を入れることになった。
あんまりな超展開についていけず、俺は終始目の前の出来事に現実味を感じられなかった。
「それにしても、霧華さんはフリじゃなくて本当に浮気しようとか、考えなかったのかにゃん?」
不思議そうに中島かすみが霧華さんに問いかける。
「結婚したら、浮気しちゃダメなんだよ? なんで私がそんなことするの?」
対して、霧華さんも不思議そうに首を傾げた。
その答えを聞いて、俺は中島かすみの言葉を思い出していた。
『霧華さんは色々自由過ぎるくらい自由だけど、法律や条例は守る人だったにゃん』
どうやら日本の法律、一夫一婦制というルールを霧華さんは律儀に守っていたらしい。
「……どうして霧華さんは千秋さんと結婚したのかにゃん?」
続けて中島かすみは尋ねた。
「うーん、昔から秋ちゃんの事は結構好きだったし、秋ちゃん以上に長い付き合いの友達っていなかったし、秋ちゃんなら良いかなって。それに、結婚したら秋ちゃんの事もうちょっとわかるようになるかなって思って」
なんだろう、納得できるような、できないような……というか、本当に色々とこの人はふわっとし過ぎというか、ゆるすぎじゃないだろうか。
千秋さんも大概だが、霧華さんも相当なもののような気がする。
「えっ、僕の事好きだったの?」
そして、そんな霧華さんの言葉に、千秋さんが意外そうな顔をした。
そこからなのか……。
「嫌いだと思ってたの?」
「いや、嫌いではない、くらいの感じだと思ってた……そうか、知らなかった」
「私も、そう思われてるなんて知らなかった」
二人はしばらくきょとんとした顔で見つめあった後、どちらともなく笑い合った。
なんかもう、末永く爆発したら良いと思う。
中心人物のほとんどが盗聴やら盗撮やら手を染めているという、かなり混沌に満ちた修羅場のような何かは、どういう訳か大団円っぽい結末を迎えた。
「まさかの大団円でびっくりだったにゃん」
マンションからの帰り、俺と稲葉と中島かすみ以外誰もいないバス停で、中島かすみがポツリと呟いた。
一宮雨莉は美咲さんと上機嫌でどこかへと消えた。
「二人共、今日は付き合ってもらってごめんな……」
すっかりやつれた様子の稲葉が言う。
「というか稲葉、お前はアレで良かったのか?」
俺が尋ねれば、まあな。と稲葉は答えた。
「元々雨莉はほとんど俺の家に入り浸ってるような状態だったし、父さん達は姉ちゃんの言いなりだし、良いんじゃないか? あいつとは昔から兄弟みたいな感じだったし」
「まあ、これで一宮も少しは丸くなるだろうし、稲葉が良いなら俺は何も言う事は無いけどな」
「……本当にそう思うかにゃん?」
そういうものだろうかとも思いつつ、俺が稲葉の言葉に頷けば、すぐ隣で中島かすみがニヤリと笑った。
「へ?」
「どういうことだよ?」
俺と稲葉は中島かすみの方を振り返って首を傾げた。
「結婚だったら一人としかできないけど、養子縁組による義理の妹なら何人でも迎え入れられるにゃん」
「……いやいや、だからと言って姉ちゃんが新しい妹を更に迎え入れるとは限らないだろ?」
中島かすみの説明に、嫌な予感を感じたが、稲葉が流石にそれはないと否定する。
「例えば、鰍がすばると一緒に美咲さんの妹になったら、きっと毎日楽しいにゃん」
「おまえ、まさか……」
ニッコリと、心底愉快そうな顔で中島かすみが言う。
今回、中島かすみに助けを求める代わりに、俺は何でも一つ、中島かすみの願いを聞くと約束した。
まさか、その願いというのは……。
「冗談だにゃん」
一瞬緊張が走ったが、直後中島かすみはケラケラと笑いながらそれを否定した。
なんだ冗談かと胸をなで下ろしつつも、全く安心できない。
「それにしても、すばるに何をやってもらうか、考えるだけで今からわくわくするにゃん」
はしゃいだ様子で笑う中島かすみに、俺が戦慄していると、後ろから稲葉がポン、と肩を叩いてきた。
「もしもの時は……膝枕して慰めてやるよ」
「いらねーよ!」
俺はその日一番の大きな声で否定した。
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