第6話 ハッピーエンド?

「話は聞かせてもらったにゃん」

 声のする方を見れば、上機嫌な様子の中島かすみと稲葉と美咲さん、そして恐らく霧華さんと思われる女の人が部屋に入ってきた。


 話を聞く限りではもっと遊んでそうな感じかと思っていたのだが、実際に目の前に現れた霧華さんは確かに美人ではあるが、至って普通の女の人に見える。


 まあ、見た目に騙されてはいけないのは今までの経験で嫌という程体験しているので、今まで聞かされた話を疑う訳ではないが。


「……話?」

 ニコニコと笑っている中島かすみと霧華さん以外、新たに部屋に部屋に入ってきた二人は深刻な顔して黙っているし、一宮雨莉と千秋さんも固まっている。


 あえて何も知らない顔をして、首をかしげながら尋ねてみる。

 すると、霧華さんが一人前に出てきて、千秋さんの前に立ち止まった。


「美咲ちゃんも雨莉ちゃんの携帯に盗聴アプリ仕掛けてたんだって。それで稲葉君とかすみちゃんに、上で今、雨莉ちゃんと稲葉君の彼女が秋ちゃんに話しに行ってるって聞いたから、四人でさっきまでの話を聞いてたの」


 霧華さんが千秋さんの前に座り込んで、笑顔で説明する。

 苦笑いを浮かべる千秋さんの頬を、一筋の汗が伝った。


「あの、どのあたりから……?」

 恐る恐る俺は尋ねる。


「うーん、秋ちゃんがなんか私が離婚しようって言い出したら、頑張って説得するって言ってた辺り?」

 小首を傾げて雑談でもするかのように霧華さんが答える。

 結構前の辺りから聞かれている。


「秋ちゃんが私を監視してるのは結構前から知ってたんだ。たまに明らかに知らないはずの話とかも知ってるし。最初は浮気を疑ってるのかなって思ったけど、秋ちゃんって、全然私のこと束縛しないじゃない?」


 霧華さんはなおも軽い調子で話し続ける。

 それに反比例するかのごとく、部屋の空気が下がっていくような気がする。


「私が何をしてもいつも笑って怒らないけど、喜びそうな事しても言葉は違うけどほぼ同じ反応だし、小学生の頃からの付き合いだけど、昔から何考えてるのかわからなかった。結婚したらわかるかと思ったけど、全然わかんなかった」


 自嘲するように霧華さんは言う。

 だったらなんでそんな相手と結婚したのだろうか。

 何をしても同じような反応しか返ってこないなんて、不気味ささえ感じる。


「実は秋ちゃんが私と結婚した事を後悔してて、私が浮気して離婚したがるのを待ってるんじゃないかと思って、秋ちゃんも知ってる美咲ちゃんにお願いしてワザと家で会ったり一緒に出かけたりしたけど、相変わらず不機嫌にも上機嫌にもならないし」


 不満そうな顔で霧華さんが言う。

 なぜ不満そうなのか。

 実は霧華さん自身、そもそも千秋さんとの結婚は満更ではなかったのだろうか?

 というか、さっきからずっとそういう口ぶりである。


 千秋さんはお金も持ってそうだし、優しそうだし、容姿や身なりも悪くは無い。

 むしろ良い部類に入るのだろうが、俺は自分が霧華さんの立場なら、この人と結婚したいとは全く思わない。


 常に監視されている生活なんて息が詰まるし、そもそも何考えているのか全く読めなくて恐い。

 だけど、さっきからの発言を考えると、少なくとも霧華さんはそうは思っていないらしい。


「いっそもう逆にこっちから秋ちゃんを観察してみようかって話になって、その事をスマホのメモ帳を使った筆談で美咲ちゃんと話してたら、ちょうど稲葉君達が来て、美咲ちゃんの浮気を疑った雨莉ちゃんが秋ちゃんに会いに来たって言うもんだから……」


 霧華さんが稲葉と中島かすみの方を振り向けば、稲葉は居心地悪そうに身じろぎし、中島かすみはニコニコと手を振った。

 稲葉はさて置き、中島かすみは非常に楽しそうである。


「あっちゃんが私の携帯に盗聴とか位置送信のアプリを入れてる事は知ってたし、それならこっちもと思って、前に私の携帯に入ってるのと同じアプリをこっそり入れたんだけどそのままになってたのを、せっかくだから起動してみたのよ」


 ずっと黙って霧華さんが話すのを見ていた美咲さんが補足を入れる。

 視界の端で、一宮雨莉の肩がビクリと跳ねるのが見えた。


「ああ、まいったな……」

 ため息をつき、困ったように笑いながら千秋さんが呟くように言った。


「一つ確認したいんだけど、秋ちゃんって私の事好きなの?」

「もちろん」

 霧華さんが念を押すように尋ねれば、千秋さんは穏やかに笑って答えた。


「私と別れたくない?」

「死に際を看取ってもらいたいと思ってる」

 ニコニコと、子供に言い聞かせるように千秋さんは答えるが、態度とは裏腹にその答えは随分と重い。


「だったら、なんで私が浮気しそうになっても怒ったり止めようとしないの?」

「色んな君が見たいと思って」


 不満そうに言う霧華さんに、なおも千秋さんは笑顔で答える。

 先程の苦笑いではない、随分と穏やかな笑顔だ。


「私が他の人好きになってもいいの?」

「たとえば、君に嫌われたとしても、僕は君が好きだよ」


 霧華さんの手をとって、千秋さんは答える。

 言葉だけだととてもハートフルなはずなのに、この人が言うと、妙に生々しくてホラーにしか思えない。


「もし、今私が離婚したいって言ったら、どうする?」

 霧華さんの声が、真剣なものに変わった。

 同時に部屋全体に緊張が走る。


「盗撮とかがばれちゃった以上、僕が有責側だからなぁ、でもこの趣味を止めるつもりはないし……最後だけでも看取ってもらおうかな。そうしたら、僕の持ってる不動産の権利は君に行くし、悪い話ではないだろう?」


 こう言われる事はわかっていた。とでも言うように、まるで既に覚悟はできているとでも言わんばかりに千秋さんは答える。


 なぜだろう、千秋さんとはさっき初めて会ったばかりなのに、まだそんなに言葉を交わしていないはずなのに、本当にこの人なら今すぐにでも自ら命を絶ちそうな気がする。


「………………この歳で、未亡人にはまだなりたくないかな」

 しばらくの沈黙の後、霧華さんはくすりと小さく笑った。


「……そっか。じゃあまだ死ねないね」

 千秋さんもそれに釣られたように笑う。


「これからは、その趣味を認める代わりに、私も好き勝手するけどいい?」

「最初からそのつもりだったけど、この趣味を認めてもらえるのは嬉しいな」

 楽しそうに二人が笑い合う。


 俺はまさかのハッピーエンドな展開について行けず、絶句した。

 この人達の考えに、何一つ共感できない。


「……なんだかこっちは丸く収まったみたいだけど、美咲さん達はどうするにゃん?」

 そして、そんな俺を他所に、中島かすみが美咲さんに話しかける。

 すぐ隣で一宮雨莉が息をのんだのを感じた。


「うん。私、あっちゃんと籍を入れたいと思うんだけど、どう思う?」

 俺は最初、美咲さんが何を言い出したのか理解できなかった。

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