第5話 ダメな人だった

「こういうのは、相手に責任を求めるのは違うと思うんだ」

「……おっしゃる意味がわからないのですが」

 思わず俺は千秋さんに尋ねた。


「たとえば、このヘビ、ボールパイソンという種類で元々大人しい種類なんだけど、育て方によっては結構攻撃的になったりもするんだ。子供の時から丁重に扱っていれば、まずそうはならないんだけどね」


「はあ……」

 突如として始まったヘビ語りに、なにを言いだすんだこの人と俺達は言葉を失う。


「ヘビは人に懐きはしないけど、慣れはするんだ。室温を適温よりも1,2度下げると、こうやってケージの外に出した時に暖を求めて自分から人間にくっついてきたりもする。こうしている事が心地良いと思わせることも大切なんだけどね」


 千秋さんが話している間も、ヘビは肩に乗って大人しくしている。

 確かに人に慣れているようではある。


「つまり僕が何を言いたいのかというと、大事なのはまず自分が相手を受け入れて慣れる事で、相手に受け入れてもらうのはそれからじゃないかと思うんだ」


 なんとなく、千秋さんが言いたい事はわからないでもないが、それにしても哺乳類の人間との付き合い方と、爬虫類であるヘビの飼育方法を同じように語るとは、中々の暴論である。


「結婚前の彼女を思えば、むしろ今までよく浮気をしなかったなと思うよ。元々僕は彼女がそうなっても受け入れるつもりで結婚を申し込んだのだし、その辺をどうこう言うつもりは無いよ」


 あんまりにも堂々と爽やかに言い放つ千秋さんに、だんだん、あれ? もしかしてこの人はものすごく懐の深い人なんじゃないか? と混乱しそうになる。


「だったら、なんで霧華さんを監視するようなマネをしてるんです?」

 一宮雨莉が眉間に皺を寄せて尋ねる。

 その疑問は最もではあるが、お前がそれを言うのかよ! とも思う。


「ああ、別にコレは結婚前からの僕の習慣だし、彼女を観察するのは僕の趣味なんだ。離婚事由にもなりうるから彼女には秘密だけどね」

 だが、千秋さんは俺達の疑問などものともしない様子で答える。


 あっ、やっぱりこの人もダメな人だった。

 この時、俺はそう確信した。


 流石、十年来のストーカーというのは伊達ではないようだ。

 ここまで来ると、もはや感心する。


「それじゃあ、私が困るんです!」

 直後、一宮雨莉は机を叩いて声を荒げた。


 部屋の中をしばしの沈黙が支配し、千秋さんの肩に乗っていた蛇がゆるゆると彼の膝の方へと降りて行った。


「あまり大きな音を立てないでくれるかな、この子達のストレスになるから」

 千秋さんはそう言うと膝の上でとぐろを巻いていたらしいヘビを、奥の部屋のケージへとしまった。


「っ! ……失礼しました。でも、二人の仲が進展してしまうのは、私が困るんです」

 一宮雨莉は何か言いたそうではあったが堪えたようで、頭を下げて謝罪した。


「まあ感じ方は人それぞれだからね。否定はしないよ」

「あなたは、夫婦という絶対的な繋がりがあるからそんな事が言えるんです」


 席に戻って一宮雨莉をフォローするように言う千秋さんに、一宮雨莉は怒りを抑えるように静かに言った。

「確かに法律上は確かな繋がりではあるけれど、実態的な繋がりという意味では、夫婦も絶対とは言えないけどね」


「私は、その法律上の繋がりだって手に入れられません……」


 搾り出すように一宮雨莉がそう言った時、俺は今までの彼女の言動の数々に合点がいった気がした。

 美咲さんと一宮雨莉は同性である場合、日本では結婚できない。


 つまり夫婦になる事ができず、内縁関係も男と女でなければ認められないので、実際の関係を問わず、一宮雨莉と美咲さんは法律上いつまでも他人のままなのだ。

 別れるのも夫婦より簡単で、どちらに原因があるだとか、そんな事に関わらず、別れたらそれでお終いだ。


 しかし、だからこそ一宮雨莉はその夫婦よりは不安定な関係に固執することになるし、美咲さんに拒絶される事が恐いから彼女が浮気したとしてもその拳はその相手へと向けられるのだろう。


 結果、全ての行動が美咲さん中心になって、たまに被害を被る事になるのは、正直はた迷惑な話ではあるが、だからと言って、俺はそれを否定することもできない。


 俺はここまで強く誰かを好きになった事も無いので、一宮雨莉の気持ちをわかる事はできないが、案外こいつも強がっているだけで、余裕なんて無いんだなと、妙な親しみを覚えた。


 そんな時だった。

 突然ガチャリと玄関のドアが開いた音がして、

「おじゃましますにゃ~ん」

 と、妙に上機嫌な声が聞こえてきたのは。

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