第21話(シュニッツェル)

<1AS=10円>



ホテルマリアヒルフはとっても快適な宿だった。私はバスにゆったりつかり、洗濯をすませ、YHで奪 取したパンを食べ久々にたっぷりと眠って体力を回復した。こんな宿には連泊したいところだが、あ いにくもう日程が残り少ない。私はその夜の夜行でスイスに移動することにした。ただ、ウィ-ン西 駅の目の前のこのホテルに、夜行列車の発車間際まで荷物を預けておけば移動が楽である。私は 翌朝のチェックアウトの時に昨夜私の値切りに応じたフロント係の老人に頼んでみて、快諾を得 た。






それからこのホテルの朝食バイキングだが、この旅行中に泊まった安ホテルの中では一番だった。 飲み物もパンも種類が多く、ボリュ-ムたっぷりのメニュ-でいろいろ選べ、私はまたその朝食の すきに、またしても携行用のパンを奪取していた。コ-ンフレ-クもあれば、たっぷりのヨ-グルトも チ-ズもある。チ-ズも数種類が選べる。飲み物もTea・コ-ヒ-以外にジュ-スも数種だ。たった 5000円で泊まらせてもらったのに、なんだか悪い気がしたよ。






ウィ-ン西駅のインフォメ-ションで無料の案内地図を手に入れた。ホテルの真ん前から路面電車 (TRUM)に乗り、街の中心部へ移動した。ウィ-ンはこうした路面電車や地下鉄が発達していて、 旅行者にはとても便利である。まず、いろんな音楽家の彫刻がある公園を歩く。ト音記号を型どっ た花壇とモ-ツァルト像があった。さっそく写真を撮る。シュ-ベルト像、ヨハン・シュトラウス像の前 でも撮った。公園は、ベンチでのんびりと過ごす老人たちでいっぱいだった。彼らはすることがない のだろうか? 実にヒマそうである。






何かを楽しむのではなく、ただ座っている多数の老人の群を見て私は不思議な気分に襲われてい た。ここにもこの国の現実が存在する。そうそう、手持ちのオ-ストリア・シリングが220ASしかな かったので歩いている途中で発見した銀行で、日本円千円を売って、97.5ASを手に入れた。3000 円分もあれば、一日分にはたぶんこれでもう大丈夫だろう。






「フィガロハウス」と呼ばれるモ-ツァルト生家に入った。映画、「アマデウス」ではもっとまともな広 い部屋だった気がしたがこうして実際に入ってみるととても狭い。そして、そんな昔の部屋や建物が こうして今も居住用に使えるというのが不思議でもある。フィガロハウスを出たところで、またしても アイスクリ-ム(8AS)を買ってしまった。軟らかい、いわゆる「ジェラ-ト」と呼ぶべきタイプである。






教会のある街の中央の広場に来た。目の前の教会の尖塔を見上げながら、どういう角度で写真を 撮るか悩んだ。多くの人が行き交っている。また、ジプシ-のような連中もいる。その広場に「自動 両替機」なるものが設置してあるのには驚いた。24時間営業で、DM(ドイツマルク)、LIT(リラ)、FF(フラン スフラン)、SFR(スイスフラン)を両替できる。こんなすぐれものの機械が日本にはあるだろうか。






やはり、国際的な観光都市は違うぞ! と思った。






また、昔の音楽家のような変なカツラをかぶったコスプレ野郎が今夜のコンサ-トに来て下さいとチ ケットを売っていた。興味はあったが、夜行列車の発車時刻と重なるのでやめた。教会前広場の近 くのレストラン(Chattauooga)に入った。ウィ-ンに来ればやはり「Schnitzel」を食べるべきだが、 私は写真メニュ-にあった、付け合わせにライスがくっついているハンバ-グを思わず注文してし まった。値段は日本のファミレスよりもやや「安い」という感じだった。味はずっとこちらの方が上だ った。






ウィ-ンのような古都では、やはり何か歴史や伝統の重みを感じさせるところに行くべきである。私 は王宮に向かった。入場料は30ASと少し高かったが、武器や楽器がたくさん展示してあった。古 いピアノはどうしてこんなに装飾過剰なのだろう。今の黒があたりまえの普通のピアノを見慣れてい るから違和感があるのだろうか。シュ-ベルトが愛用したピアノも展示してあった。彼が貧困と栄養 失調で短命だったことと、あまりにも華麗なこのピアノはちっとも似合わない。喰うや喰わずでどうし てこんなモノを所有できるのか?






それから私は、ふと思いたって、「プラタ-」に出かけた。そこは遊園地である。私はそこにある巨 大観覧車に乗りたくなったのだ。映画「第三の男」に登場するあの、箱が木でできた観覧車だ。私 は市街地図を見てプラタ-に行くTRUMに乗った。






プラタ-は入場無料だった。遊園地なのでいろんな乗り物がある。私はそれを丹念に見て回った。 お化け屋敷もあった。日本のお化け屋敷とどうちがうのか入ってみた。宗教心の薄い私には全然恐 くなかった。しかし、私が一番驚いたモノがある。それはなんとメリ-ゴ-ランドだ。ここ、プラタ-の メリ-ゴ-ランドは、機械の馬ではなくて本物の馬に乗れるのである(笑)。






円形の広場の中に、数頭の馬たちがいる。背中に子供を乗せて馬は軽やかに円いサ-クルの中 をぐるぐる歩くのである。なんだかおかしかった。ゴ-カ-トもあった。乗ってみてストレスを発散し た。それから、ちょっとした賭博性を楽しめるゲ-ムもあった。日本なら専用のコインに交換して行 うスロットマシンや、そのコインを使ったゲ-ムが、コインではなくて、5ASの硬貨でできるのであ る。うまく行くと本物のお金がウハウハ入ってくるのである。思わず熱中しそうになった。おっと今日 の予算は3000円だ。






夕方になってもう一度広場に戻ると、そこで一人でウロウロしている日本人の商社マンを見つけた。 ちょうど夕食の相手が欲しかったので彼を誘い、昼間に入った同じレストランに入り、今度は Schnitzelをちゃんと食べた。注文するときに私が全部ドイツ語で伝えたので、彼は「話せるのか?」 と驚いていたが、私は逆に「ただの旅行でもこれくらいは話せよ」と彼に対して心の中で思っていた よ。だって単語を並べて、数量をあげて、それに最後に、bitteとつけた、ただそれだけのことじゃな いか。






Schnitzelは昼に食べたハンバ-グの、おそらく100倍は美味だった(笑)。




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