第19話(ベルサイユ宮殿)

<1DM=70円>





プリーンのYHの宿泊料は17DM、もっとも私が26歳以上だからで26歳以下は14DMだった。これ で朝食込みだからメチャ安である。やはり北欧とは大違いだ。夕食を食べるために4人で外出し た。港に向かって少し歩いたところに、イタリア料理店があり、メシを食べたかった私は「リゾット」を 注文した。ドイツ(南部)、オーストリア、スイスではけっこう「米」が食べられているので、こうして食 べるチャンスがある。もちろん、日本の米とは違って、あの細長い外米だが。






リゾット7DM、アプフェルザフト3DM(ミネラルウォータ-は2.5DM)女性2名はPIZZA(8DM)を注文 したが、その巨大さに苦しみ、結局私とN君が喰いきれない分をほとんど食べてしまうことになっ た。10:30にYHに戻ったが、門限は10時だったので随分叱られた。これで彼等はますます「日本人 はルールを守らない」と思っただろう。そんな日本人は自分たちのような一部の人間だけだと言い たいのだが。






なお、玄関の所から、半地下式になった部屋が見おろせて、そこで少女達が着替えているのが覗 けたのを、私はしっかりと見逃さずに目の保養をしていた。明治大学のN君には部屋に戻ってから 教えてあげた。彼は涙を流して悔しがった。






シャワーを浴びたが、ほとんど水に近いようなぬるま湯しか出ずカゼをひきそうだ。後からシャワー を浴びたN君は「これは水だ!」と言った。ただ、宿泊客の中にガキがやたら多く(学校の合宿か何 かだったのか)、そいつらがギャアギャア騒がしくて、なかなか眠れない。ついに私はブチ切れた。し かし、こんな時に、ドイツ語ではどう言えばいいのか?そういう語彙を私は持ち合わせていなかっ た。こんな時は、自分の一番得意な言葉で罵倒するしかない。私はそのガキどもの部屋の前へ行 って怒鳴った。






「やかましいんじゃボケ! おまえらええかげんにせえよ」






言葉の意味が理解できなくとも、私の怒った口調と表情は伝わったのかその一言でガキどもはおと なしくなった。やっと私たちは眠ることができた。






朝食は普通のスタイル、Teaまたはコーヒー、パン、ヨーグルト、コーンフレーク、チーズもあった。 パンは当然ながら取り放題だったので、私は大量に貯め込む。昼に食べるパンだけではなくて、そ れ以上に数個キープした。これが夜行列車に乗り込む時の貴重な備えになるのだ。






さて、お目当ての城(ヘレンキムゼー)は湖の中の小島にあり、船で渡ることになる。船の時刻は9: 20だったので、港までブラブラ歩いた。港で荷物を預けようとすると、預かってくれる所がない。しか たなしに、そのまま荷物を持って船に乗った。甲板から景色を眺めているうちに、15分ほどで到着 した。






島の港で大きな荷物を抱えてウロウロしていると、船から降りてきた乗務員のおじさんが、そばの 小屋の扉をあけて、「ここに入れろ!」と手招きしてくれた。安心して城に向かって歩き出したのだ が、その前に私は、目の前の売店でしっかりアイスクリームを買っていた。私がその時夢中になっ ていたのは、オレンジ味の0.9DMで買える果汁バーである。いろいろ入ったアイスクリームのケース の中から、必ずこれを選んで買った。






城の前の広場に噴水があって、水は出ていなかったが、カメやカエルを型どった彫刻がユーモラス で何枚も写真を撮った。庭園の花も美しかった。それから城に入ろうとしたが、英語ツアーが10:30 にスタートなので(こんなマイナーな場所で日本語ツアーはない。)時間潰しに1DM払ってミュージア ムに入った。ルードヴィッヒⅡ世の小さい頃の写真、ワーグナーのオペラ(「タンホイザー」や「マイス タージンガー」)に関するさまざまな展示があった。時間ぎりぎりに城に戻り、英語ツアーに参加し た。聴き取れるのは半分くらい。でも説明は不要だ。その荘厳さに圧倒されっぱなしだったからだ。






大理石作りの階段や、随所に見られる華麗なばかりの装飾に、これでもかこれでもかと私は打ちの めされた。私は溜息をつくばかりだった。交通が不便というだけでこれほどの場所に日本人がほと んど来ないというのも惜しいと思った。ノイシュバインシュタイン城だけが城じゃない。






ルイ14世に心酔し、ベルサイユ宮殿をコピーしたとされるこのヘレンキムゼーに、ルードヴィッヒ2 世はほとんど滞在することがなかったという。この豪華さにはそうした彼の怨念のようなものが、も しかしたら漂っているのかも知れない。寝室には秘密の扉があって、ひとつはトイレだが、もうひと つは螺旋階段でプールのある部屋に通じていた。こういう遊び心は好きだ。もうひとつ、テーブルが 沈む仕掛けだ。床が割れて、そこからテーブルがせり上がってくるようになっている。料理人と顔を 合わさずに済む工夫とか。「人を驚かせて楽しみたい」という彼の無邪気さが感じられて面白い。






城の半分は未完成である。レンガがむき出しのままの部屋もある。それが完成した部分と対照的な のも面白い。






城から出ると、今度は噴水が水を吹き上げていた。あわててまた写真を撮る。船着き場に行って、 小屋の扉をあけて荷物を取ろうとしたが、扉が開かない。カギがかかっているのだろうか? あわて ているうちに船が出てしまい不幸にも20分増えた待ち時間に、私はアイスを2本喰うことになった。 (実は小屋の扉にカギはかかっていなくて、ひっかかっていただけだった。)






船を降りて、25分歩いてプリーンの駅からザルツブルク行きに乗った。2等に乗ったのだが、実は 女性2名の持っているユーレイスパスは2等だった。ほんのわずかな差額なのに、今回の旅で知り 合った日本人の女性は2等のチケットを持っていることが多かった。(また、その分、盗難などの被 害に遭っていることも多かった。)






ザルツブルグで降りて、ここで私はみんなと別れた。「YHには泊まりたくない、ホテルがいい」と言っ た明治のN君は女性2名がYHに泊まると言ったのでたちまち前言を翻してYHへ行くことにし、昨夜 プリーン駅で知り合った乞食のような男もやはりYHへ行くと言った。私は旅の残りの日程が少なか ったので、ザルツブルグをパスして一気にウィーンまで行ってしまうことにした。






駅前の銀行でとりあえずドイツマルクを売ってオーストリアの通貨を手に入れた。150DM(10500 円)=1036AS(オーストリアシリング)になった。1ASが日本円にして10円くらいになるので計算 が楽だ。しかし、表示をよく確かめずにウィーン行きだと思って私が乗った列車は実はインスブルッ ク行きだった。私は正反対の方向へ運ばれていった。

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