第18話(ユ-ゲントヘルベルゲ)

<1DM=7円>



フュッセンの安ホテルの朝食は8時だった。パン(3個)とチ-ズ、Teaかコ-ヒ-という軽いモノだっ た。卵もハムも野菜サラダももちろんなし。まあ、値切ったのに文句は言えない。フュッセンからノイ シュバインシュタイン城まではTAXIで10DMなのでバスを待たずに、8人が2台のTAXIに分乗して 出発した。クルマを降りて、坂道を15分ほど登ると、そこが城だった。行列が出来ている。そして、 あまりにも近すぎて、絵はがきのような風景にはとても見えないので、感動の対面を期待していた のにいささか拍子抜けだ。






行列にはやたら団体客の日本人が多かったので、その中にまぎれこむ。その結果、日本語でガイ ドしたテ-プを聴くことができた。ラッキ-!(書かれた英語には自信があるが、テ-プで流れると 完全に聴く自信はない)






それにしても、内部の装飾のド派手さには驚かされた。ワ-グナ-のオペラの場面の絵が延々と続 く。ル-ドヴィッヒ2世についてもっと勉強してから来ればよかったと反省する。そういえば、「神々の 黄昏」という映画が彼を描いていたっけ……。「日本に帰ったら、ドイツ史の本を読もう!」と切実に 感じた。受験の時も世界史を選択しなかったので、こういう部分の知識が完全に私の頭からは欠落 しているのである。恥ずかしいことである。






巨大なシャンデリアを見ながら、いったい何百本のロ-ソクが必要なのだろう?どうやって全部に火 を灯したのだろう? と不思議に思った。そういうことをいちいち悩んでしまうのが、私の困った性格 であった。さて、城の見学を終え、眺めの美しい場所に行くためにマリエン橋に行く。そこからはノイ シュバインシュタイン城がよく見えるのだそうだ。15分ほど歩いてマリエン橋に着いた。写真を撮ろ うとして、そこからは城が横からしか見えないことに気が付いた。






あの、ガイドブックの写真なんかによくある、正面上方からの眺めはこの橋からではない。では、い ったいどこから見たものなのだろうか?その場所を求めて、一行8人はさらに山道を登り、道なき道 を、尾根を目指してがむしゃらによじ登った。進むこと約30分。尾根に出ると、眼下に見事にノイシ ュバインシュタイン城が見えたのだ。まさに「上方から見おろす」という構図だった。






みんなそこでカメラを出して、何枚も写真を撮った。






それから、駆け足で山を下りた。途中、わき水があって、そのおいしい水で喉を潤した。腸の丈夫な 私は、こうした生水にもアイスクリ-ムにも全然問題なかった。バス乗り場近くの売店では当然の儀 式として、アイスクリ-ムを買った。バスの時間を確かめようとして、案内板を見上げ、ふと前に立 っていた日本人らしい女性を見た。そ、それは、知っている人だった。






「ナ、ナッコやないか。なんでここにおんねん?」



「江草くんこそ、どうしてここに? 今日は8月15日でしょ。諏訪湖の花火は?」






彼女、ナッコとは、学生時代に毎年、8月15日の諏訪湖祭の花火の時に諏訪湖ユースホステルで 顔を合わせていたという関係だった。もちろん、それ以上でもそれ以下でもない。ただの「友人」で ある。ただ、私が大学4回生の時に、会社訪問のために上京していて、結局はまともに就職活動し ないで遊んでばかりいたときに何度か一緒に飲んだり騒いだりしたという因縁の関係であった。自 分がちゃんと就職できず、田舎教師になった責任の一端は彼女にもある(笑)。






自分がよく旅先で女性をナンパする時に使うフレ-ズで「奇遇だなー!」という言葉があるのだが、 日本を遠く離れた異国でこういう出会いがあるのは、まさに「奇遇」以外の何モノでもなかった。ナッ コも実は私同様に教職関係者で、同僚のグル-プで来ていると語った。






さて、列車の時間が迫っていたので、TAXIを捕まえようとしたがなかなか来ない。それで通りがかり のクルマをヒッチハイクして、フュッセン駅に向かった。クルマ(2台)を捕まえるときは、メンバ-の 女性が大いに活躍した。駅には発車20分前に余裕で到着した。さて、今夜の宿をとるためにミュン ヘンのYHに電話したが、満員で断られてしまったので、あきらめてとりあえず列車に乗った。ロ-カ ル線から、途中でEC(特急列車)に乗り換えてミュンヘンに向かうことにした。乗り換えの時、駅で またしても私はアイスクリ-ムを食べていた。また、その乗り換えた駅から私はプリ-ンのYHに電 話してみた。






プリ-ンというのは、ミュンヘンとザルツブルグの間の小さな街である。そこには湖があって、その 湖の中の小島に、ヘレンキムゼ-城というル-ドヴィッヒ2世の築いた城がある。このマイナ-な場 所に行ってみたくなったのだ。しかし、YHに電話しても話が通じない。独語で話しているつもりなの にどうも的を得ないのだ。イライラしていると、一部始終をそばで見ていた地元の女の子が英語で 我々に話しかけてきて、受話器をとってかわりに通訳して、ちゃんと予約を入れてくれた。






しかし、そこでメンバ-8人は4人と4人に別れたのである。どうしてもミュンヘンに泊まりビ-ルを 飲むのにこだわる4人(男3+女1)とこだわりも何もなくどうでもいい、私を含めた4人(男2+女2) はミュンヘン中央駅で、日本での再会を約して二方向に別れた。ロ-テンブルク以来の豪華メンバ -はついに分裂したのであった(笑)。






プリ-ンに向かう4人はミュンヘンからザルツブルク行きに乗った。コンパ-トメントを占領したかっ たが、すでに予約が入っていたりしてあきらめて開放型の車両に移った。プリ-ンで降りると、荷物 のやたら少ない乞食のような風体の日本人旅行者がいた。いかにも「旅慣れた」という雰囲気だっ たが、よく聞いてみると、「荷物を盗まれた」とのことだった(笑)。






ただ、この「旅慣れた」という表現はいつも私によくあてはまったらしい。私は旅先で日本人から、 「国を出て何年ですか?」とよく質問されたものだ。駅からYHまでは1.5キロ。しかし、近くまで来て 急にわからなくなった。一緒にいた明治大学のNくんが、通りがかりの人に「ユ-スホステル?」と 訊いている。おいおい? 通じるわけないだろ。ドイツ語じゃこうだ。






「ユ-ゲントヘルベルゲ?」 




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