第11話(セウラサ-リ2)

<1FMK=31円>



「セウラサ-リ、それってどんな場所?」


私の問いにN子は、「ヘルシンキで一番気に入っているところよ。」と答えた。何がなんだか全然わ からないままにN子のあとをくっついてバスに乗りN子が自分の持っていた回数券で私の分まで払 ってくれた。セウラサ-リというのは、ヘルシンキの街の郊外にある小さな島(半島?)でもちろん橋 でつながっていて行き来できるのだが、何もない、ただの島である。そこが自然公園となっているの だった。そうそう、中に入る前に、「何か買っていかないと……」とN子に言われ入り口のところの売 店でいろいろはさんだパンをまたしても買った。「何か」と言われても、あまり選択の幅がないぞ。コ ンビニなんかないし。






「小さな島」のはずだが、けっこう中は広かった。そして、何より私が驚いたことは、たくさん「リス」が いた。もっとも、野山にリスがいることは別段おかしくはない。このセウラサ-リのリスは、人間をこ わがらないのである。近づいてきて、エサをもらうのだ。私が持っていたビスケットを、N子は掌にの せて、リスに近づけた。すると、掌に跳び乗って食べるのである。私はN子のななめ後ろから次々と シャッタ-を切った。






後から考えると、彼女の顔も写るように前から撮るべきだったと思う。でも、しゃがんでいるスカ-ト 姿の女性を前方から狙うのはついでに余分なモノを写す恐れもある。私はN子のあまりに無防備な 体制に前に回ることを思わずためらってしまったのだった。






後から考えると惜しいことをしたと思う。(笑)






そのチャンスを失った結果、真っ白なブラウスに鮮やかなブル-のスカ-ト、それに全然マッチして いない、小汚いスニ-カ-(笑)のN子の全身写真は結局、別れ際にヘルシンキ駅で写した1枚し かないのである。






「どうしてフィンランドに来たの?」



「大学で西洋史学やってて、フィンランドに興味あったからです。」



「フィンランドって、随分マイナ-だと思うんやけど。」



「でも、フィンランドでは、日本はとてもメジャ-ですよ。」






そうなのだ。フィンランドから見れば、日本とは「遠くて近い国」なのだ。スウェ-デン・ロシアの2つ の強国の支配を受けてきたその歴史が、日露戦争でロシアを破った日本に対する好意につながる のだ。バルト海をヘルシンキに向かうフェリ-で、知り合った人たちと飲んだとき、彼らは日本の国 旗についてこう語ってくれたことを思い出す。






「日本の国旗はライジング・サンという意味だろう。国名と同じなんだ。」






日の丸に対して否定的な発言ばかりするどこかの革新政党の方たちがフィンランドを旅してこのよ うに言われたらなんと答えるだろうか?日本をとても愛し、そして日本という東洋の国にあこがれる 彼らは日の丸という国旗を「ナイスなもの」ととらえているのだ。






N子は自分の留学に関してこんなふうに語った。






「私が留学先にフィンランドを選んだのは、もちろん、人と同じところには 行きたくなかったという理 由もあるんですけど、何より、この国の人たち のことが好きになったからです。もしも自分に人生 が2回用意されている のなら、一度はこの国の人と結婚して、この国でずっと暮らしたい。本気で そう思うくらいですから、どれだけ私がここを愛してるかわかるでしょ。」






ほ-ら、やっぱり本音は日本に帰りたいのじゃないか。人生は1回だけだ。2回用意されていない から、結局日本に帰って日本人と結婚するんだろ。(笑)そう私は心の中で思った。






「これだけ社会保障の完備した国なら、未婚の母になっても心配いらないし。誰かフィンランドの男 が私を騙して子供を産ませてくれたら、それこそ本当にこの国でずっとすごせそうですよね。」






おいおい、本気かよ。やっぱり男よりも女の方が考えることが過激だぞ(笑)。でも、その発想自体、 なかなかすばらしいじゃないか……と私はほんの一瞬前にN子のことを誤解した自分を恥ずかしく 思った。






カレリア地方の民家を復元した建物のそばに座って、買ってきたものを広げてランチタイムにした。 フィンランドに馴染んだN子もあの魚の切り身をのっけたオ-プンサンドには馴染まないとのことだ った。茨城県東海村出身のN子は、ヘルシンキに住んでいて一番困るのは満足に納豆が食えない ことだと語った。納豆を生まれてこのかた一度も喰ったことのないコテコテの関西人の私は二人の 間に大きな食文化の壁が存在することを知った。(笑)






「これからどこを旅行する予定ですか?」



「今夜の船で、ストックホルムに移動するつもりやねん。」



「ヘルシンキにもう1泊しないのですか?」



「ノ-ルカップに往復して時間を無駄にしすぎたからなあ……。」



「やっぱりノ-ルカップ行ったんですね。よかったですか?」



「よくないよ。ただの崖やから。あんなもん。」






自分のヨ-ロッパ放浪の中で、この「ノ-ルカップ往復」だけはひとつの汚点だ。別にそんなところ に行く必要はなかったのだし、別段自慢にもならない。ただ、もしも何かそこに意味を見いだすとし たら、それはそんなつまらないところに出かけたから、むしょうにN子に逢いたくなったというそういう 意味で、やはり旅の中では意義があったということなのだろうか。






N子とはヘルシンキ発の列車の時刻まぎわまで、いろんなことを話した。自分の仕事のこととか、大 学生活のこと。趣味のこと。ここまでの旅のこと。しかし、旅立ちの理由については最後まで話さな かった。もし、自分がN子を好きになったのならいつかは語らなければならないと思った。






ストックホルム行き「シリヤライン」は、フェリ-というよりは豪華客船だった。私はあまりの大きさに びっくりしてしまったよ。この船にも、ヨ-ロッパ周遊券のユ-レイルパスで乗れてしまうのだった。

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