第10話(セウラサ-リ)  

<1FMK=31円>






朝、起きると随分蚊に刺されていた。持ってきたムヒが役に立った。カラショクから南へとバスで向 かう。なんと、そのバスに日本人の熟年夫婦が乗っていた。バスの中でいろいろと話をしただけでな く、イバロでなんとお昼をごちそうになってしまった。彼らはちゃんとごはんを炊いてお弁当を作って いた。






昆布の入ったおにぎり、玉子焼き、甘く味付けしたニンジン、肉の生姜焼き






日本を出てから2週間ぶりにこういう食事をとったことになる。まるで生き返ったような気分だった。 ごはんがこんなにおいしく感じるとは……



自分がもしも年をとって、定年後の人生を気ままに過ごすようになったときこの熟年夫婦のように素 敵な過ごし方ができるだろうか。しかし、観察している私にはだんだんひとつの疑惑が生じてきたの であった。






「この人たちは、本当に夫婦なのだろうか?」






夫と思われた男性は、妻と見えた女性に向かって、○○さんという姓らしきものを呼んでいた。実に 怪しい。私が大きなアイスクリ-ムを食べていると、彼は写真を撮ってくれた。それで帰国後に何か お礼をしようと思って住所を聞くと、彼は勤務先の住所だけを教えてくれた。その勤務先は病院とな っていた。医師なのだろうか?





自宅の住所を教えてくれなかったことで、私の疑惑はほぼ確信に変わった。






ロバニエミからヘルシンキ行きの夜行寝台に乗ることにした。往路と全く同じである。ただ、今日は 日曜日だったので寝台券が高かった。行きは50FMKだったのが、なんと70FMKになっていた。金 が足りない!あわてふためく私に、ちょうど駅にいた、革ジャンを着て税理士と称する埼玉の兄ちゃ んが、「端数は負けてやる!」と300円で10FMK売ってくれた。おかげで寝台券を買えたが、手持ち のフィンランド通貨がとうとう底をつく。これでは何も喰えないじゃないか。ひええ-っ!






ロバニエミ18:50発 ヘルシンキ8:30 着 である。






私の手に入れた寝台券は、今度は三段式の最上段だった。ロバニエミからコンパ-トメントに乗り 込んだのは私一人だった。残った二つの寝台に乗るのはどんな連中だろうか? と期待しつつ待っ た。しかし、コンパ-トメントはほとんど密室状態である。まさか、女性が乗ってくることはないだろ う。危ないじゃないか(笑)。もしも、偶然同室になった乗客に襲われたらどうするんだ。そんなことを 不謹慎にも考えていた。






ヘルシンキについたら、N子さんに電話をしよう。でも、彼女と行動を共にしていたあの、やたら BEERを飲む雰囲気もガサツなタバコを吸いまくる女性もまだ一緒なのだろうか? そっちには興味 ないぞ。






ノ-ルカップまで往復して確かにわかったことがひとつある。自分の旅の目的は、美しい景色を見 ることでも、どこか遠くに行くことでもない。いろんな人と出会い、そして話をすることではないだろう か。いろんな国の人と語り合うことで、自分と違う価値観に触れることこそが、自分の望んだことで はなかったのだろうか。改めてそのことを確認する。






ケミから乗り込んできたのは、案の定、毛深い男二人組だった。しかし、彼らから私は多くの情報を 聞き出すことになったのだ。彼らは全く英語を理解しなかった。私との会話は、もっぱら絵文字によ る筆談で行われた。彼らはカ-マニアで、自動車の雑誌を持っていた。その雑誌の付録としてフィ ンランドで販売されているいろんな自動車の価格も掲載されていた。日本車も多数掲載されてお り、日本国内の2倍くらいの値段だった。高い関税と輸送費のせいだろうか?当時私の所有してい た58年式パルサ-EXAも、フィンランドではボルボ並の価格で販売されているのを知り嬉しくなっ た。私はその行をしっかりと指さしてそれが自分のクルマであることを彼らに伝えた。






以下が彼らに教えてもらったフィンランドの物価だ。






フィンランド人の 平均月収 1万FMK (31万円)

税金       所得の35%

180平方メ-トルの敷地の家、40万FMK (1240万円)

(首都ヘルシンキでは約2倍の価格になる。)

NISSAN 300ZX  289500 FMK (900万円)

TOYOTA ス-プラ   283000 FMK (880万円)

牛乳  1L   3.3FMK (100円)     






こうして比較すると、フィンランドでは日本車はとてつもない高級品なのだ。






予定通りの時刻に列車はヘルシンキについた。私はさっそくN子のホ-ムステイ先に電話した。な んといきなり彼女が出た。自分がノ-ルカップまで往復して、今ヘルシンキに戻った旨を伝えると、 彼女は「ヘルシンキ駅まで1時間あれば行ける。」とのことだった。私は心の中で小さく「やった あ!」と叫んだ。そして、とりあえず駅構内で両替を済ませて、昨夜からの空腹を満たすべくいろい ろ具を載せたパンを買って、待合い室のベンチに座り込んで食べた。実は、北欧はどこでもそうだ ったのだが、パンに魚の切り身や、エビなどを乗せたオ-プンサンドがよく売られていた。しかし、 どうも私の味覚にはなじまなかった、米のメシの上に魚が乗っているのは「寿司」だからいい。しか し、パンの上に魚はやっぱり似合わないと思った。食べてみたら美味しかったのかも知れないが、 結局私は挑戦しなかった。






ちゃんと1時間後にN子は現れ、私はヘルシンキを彼女に案内してもらうことにした。「あのヘビ-ス モ-カ-の人は?」と聞くと、まだ滞在中とのこと。






「そういえば、今日、ロンドンに発つと言ってた!」






彼女の滞在しているホテルに行き、二人で部屋を訪れると、SMOKING姉ちゃんは大きなス-ツケ -スに荷造りをし終わったところだった。私は空港行きのバス乗り場まで、ス-ツケ-スを押す役 目を与えられた。(笑)






N子と二人になってから、私が、どこに案内してくれるの?と訊ねたらN子は一言、「セウラサ-リ」 と答えた。それがどんな場所か、私は全然知らなかった。

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