第8話(スオミ・フィンランド)

<1FMK=31円>




ヘルシンキの街が前方に見えてきた。私はフェリ-の甲板から何枚も写真を撮っていた。自分がい つか来てみたいと思っていたフィンランドにとうとう降り立つのである。ヘルシンキはガイドブックに は「バルト海の真珠」と書かれるほどの美しい街だそうだが、船から眺める限り、それは嘘ではない と思った。






上陸して、入国手続きをして、それから街の中心に向かって歩き出した。目の前にあった店で誘わ れるままにパンやアップルパイや飲み物を買った。パンの種類がいろいろあるので選ぶのに苦労し た。共産圏なら、「選ぶ」以前に「それしかない」という状態だったのだ。「どのパンにしようか悩む」 というのが自由ということなのだろうか?しかし、値段の高さを思うと、自由にはやはり別の痛みも 伴うのである。日本円にして1000円近い金額がいきなり吹っ飛んだ。駅のコインロッカ-に荷物を 入れた。ロッカ-は10FMKもした。300円以上だ!






フィンランドの通貨を手に入れたくて、銀行に入って手数料を聞くとなんとCHECK1枚あたり15 FMKもとられる。50$のCHECKの5%になるぞ。(フィンランドはとにかくこの手数料が高かった。 郵便局もそうだった。)結局、どこかで両替しないといけないのだが、あまりの高さにびっくりしてや めてしまった。そのまま歩き出す。ガイドブックにある美術館、博物館、テンペラオキ教会などを見 学しそれからYHに電話をかけて予約し、TRUMで移動した。YHは大きな競技場の一角にあった。 そういえば、20FMK紙幣はフィンランド人の陸上競技選手、ヌルミの肖像画であった。この競技場 は、ヘルシンキ五輪の会場だったのだろうか?






YHには日本人が大勢いた。彼らはみんな、シベリア鉄道経由で日本から来た連中だった。シベリ ア鉄道でモスクワまで来て、そこからさらに乗り継いで鉄道でヘルシンキ着というパタ-ンでヨ-ロ ッパ入りするル-トがあったのだ。私のようにフェリ-でポ-ランドからやってくるという日本人はさ すがにいないようだった。






2段ベッドが100個くらいある大部屋に入れられてしまった。28FMK(宿泊費)+18FMK(シ-ツ 代)+19FMK(朝食代)どう考えても日本並の値段であった。その日本人旅行者たちと街に出かけ て夕食を共にする。豪華なものを喰おうと思ったが(笑)、彼らは私の上を行く貧乏旅行者だった。 彼らに合わせてハンバ-ガ-、パン2個、ビ-ルで33FMK、約1000円だった。






さて、五木寛之の文庫本「白夜物語」に「霧のカレリア」という短編がある。フィンランドが、先の第二 次大戦で、日本と同じくドイツの同盟国であったのを知っている日本人はどれだけいるだろうか? 強大なソ連軍は、何度もフィンランドに侵入したが、ゲリラ戦と激しい抵抗にあって、そのたびに撃 退された。しかし、ドイツはフィンランドから撤退するときに、首都ヘルシンキを徹底的に破壊して去 っていく。ソ連軍に利用されたくなかったからである。戦争が終わって、フィンランドはソ連に対して、 巨額の賠償金を支払わされ、東部のカレリア地方を割譲させられた。カレリアの住民はすべて土地 を捨てた。戦争からの復興と賠償金の支払いのために、フィンランドの国民は苦しい生活に耐え た、そして、予定の期限よりも早く賠償金を完済したのである。






私は翌朝早い列車で、カレリア地方に近いフィンランド東部の湖沼地帯に向かうことにした。ヘルシ ンキ7:30発だった。座席の指定を受けずに乗ったので切符を持っている人がやってくるたびに席を 替わらないといけなかった。21日間有効のユ-レイルパス(1等)は今日から使用開始にした。






2度目に代わった席は、上品そうな老貴婦人の隣だった。彼女は英語が全然話せなかった。「68 歳」と年齢は紙に書いてくれた。フィンランド語でゆっくりゆっくり語りかけてくれるのだがいくらゆっく りでも「フィンランド語」は私には全然わからない(笑)。私が、不二家のミルキ-を1粒あげると、彼 女は板チョコをくれた。彼女に教えてもらった場所をいくつかメモする。何度も勧められた「オラビン リンナ城」には絶対行こうと決めた。






私はソ連との国境に一番近い町イマトラで途中下車した。カレリア地方を肌で感じるために、川沿 いの道を国境に向かって4キロほど歩いた。なんでもない普通の道なのだが、小鳥がいて、花がい っぱい咲いていて心がなごむ。老夫婦がベンチに座っていたので挨拶をすると、いきなりタバコを勧 めてくれた。タバコは吸わないので断ったけど、少し申し訳なかった。冬になったら、このあたりも全 部雪に覆われるのだろう。こうして緑に包まれた時期は一年の中のほんの一時期だけなのだと思 う。






ソ連との国境を望む場所までやってきた。誰がここを越えようと思うのか。なんのために緊張状態 を作る必要があるのか。こうして人為的に作られた線が、カレリア地方をフィンランド領・ソ連領に分 割してしまった。自然には境界などどこにも存在しないのに。






フィンランドではヒッチハイクが簡単と聞いていたので、駅まで戻るのに試しにクルマを停めてみ た。すると、最初に通ったホンダ・アコ-ドがいきなり停まってくれた。1時間歩くつもりだったので助 かったよ。浮いた時間で、駅のカフェテリアでのんびりと昼食をとった。(28.5FMK)ついでにサボリ ンナのYHに電話して、予約を入れておいた。






イマトラ13:57発、サボリンナへ向かう。森と湖の国、フィンランドらしい所に行こうと思ったから、避 暑地として名高いサボリンナを選んだのだ。サボリンナに到着して、駅のインフォメ-ションに立ち 寄った。その時、日本人の女性二人連れと出会った。一人は丸顔で髪の長い、全く私好みの美女 だった。YHがとれなかったので(私のせいかも知れない)別のホテルに泊まるそうだ。彼女たちと一 緒にオラビンリンナ城に入った。ロビンフッドの映画にでも出てきそうな実戦的な雰囲気の城だっ た。






ホテルの前まで彼女らを送ったあと、私はバスでYHに向かった。夕食を3人で共にするためにもう 一度夜に逢うことを約束して別れた。約束した時間に待ち合わせて、彼女らと一緒にレストランに入 り、私は調子に乗っていろいろ注文したが彼女らはそれを横目で見て笑っていた。その笑いの意味 は支払いの時にわかった。






彼女らは1000円程度に押さえていたが、私は3000円近い分を食べていたのだ。北欧入りして早くも 物価の高さからやってくる危機が私を襲っていた。




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