第7話(ぼくはニンジャ)
<1FMK=31円>
私は、グダニスクからヘルシンキへ向かうフェリ-の1等CABINにいる。私は考える。国境とは一体 なんだろう。私たちは日本に住み、日本語を使い、それを当然と考えている。日本人以外がほとん どいないところで暮らしながら、自分たちにとってのさまざまなル-ルが自分たちの世界の真実だと 思いこむ。でも、それは本当にそうなのだろうか?
この、グダニスクからヘルシンキへ向かう船は週に2便しかない。そしてもちろん、船内にいる日本 人は自分一人だけだろう。もしもこのフェリ-が事故で転覆したり遭難したりしたときもしも私が乗っ ていなければ、TVのニュ-スは「乗客に・日本人は・いませんでした。」と繰り返すのだろう。乗って いれば、私の顔写真が大きく出るのだろう。母はどの写真を出すのだろうか?
合計570FMKの料金を払って、快適なCABINを手に入れられたからこそ、自分はこうして日記をつ け、シャワ-を浴びて過ごすことが出来る。その一方で船内には、通路や階段の下のスキマで横に なる人々もいる。そして私は、「豊かさ」とは何かを考える。
日本が豊かな国であるのは、何も自分が「豊か」なのではなく、また自分の心の中味が「豊か」なの でもない。ポ-ランドの人々が相対的に「貧しく」見えても、彼らの心の中味は生活に疲れ日々を惰 性で過ごす日本人に比べれば、ずっと豊かに見える。我々日本人は、祖国が消滅するような危機 を体験したこともなければ異民族の支配(?)を受けた歴史も、戦後の一瞬を除いてほとんどない。
大きな船なので、船内にはレストランもあれば売店もあるし、ディスコもある。そしてゲ-ムコ-ナ- もあった。ゲ-ムコ-ナ-にはやはり、セガとかナムコという日本で遊んだなつかしのゲ-ム機が 多数あった。ゲ-ム代はポ-ランドほどバカ安ではないが、それでもまあまあ安かった。ヒマつぶし にゲ-ムでもすることにした。「タイムパイロット」という、私が得意にしたゲ-ムがあって嬉しくなっ た。熱中してやっていると、いつのまにか周囲に人が集まってきた。みんな画面を必死で覗き込ん でいる。注目されるとこちらも必死でやるしかない。
いろんな技をくりだしながら、次々と面をクリアして見せる。ひとしきり遊んでから、私は喉がかわい たのでジュ-スでも買おうとしてゲ-ム機の前を離れた。すると、顔を赤くした酔っぱらっいのオッ サンからいきなり声をかけられた。
>「Japanese Samurai?」
>「Oh! I'm Japanese. But……Why?」
なぜ、私が「日本人」だといきなりわかったのか? 初めての経験だったよ。彼は私の頭に巻いてあ る「バンダナ」を指さした。それは日本の伝統的な風俗、「はちまき」というものに、見えないこともな かった。(笑)
他の人々も、私に注目している。小さな声で「Ninja」とか話す子供もいる。私はおかしくなった。しか し、ちょうどその当時、ヘルシンキでアメリカ映画「ザ・ニンジャ」が封切られていたとは夢にも思わ なかったよ。そして、子供のおもちゃとして、手裏剣や刀などがパッケ-ジされた「ニンジャSET」と いうものがヘルシンキの街角で売られていたこともフィンランド入りしてからわかったのだ。実物を 見たときは思わず笑った。
私はいきなり酒をすすめられ、透明な口当たりのいい液体を飲んだ。フィンランド産のウォッカだそ うだ。そんなに強烈には感じなかったけどね。(でも後でやっぱり足にきたよ。ちゃんと歩けなくなっ た。) その酔っぱらいの連れが大勢居て、ワインやコニャックやビ-ルなどいろいろ勧められ、「こ こは飲むしかない」と思ってつきあった。彼らはハンガリ-でバカンスを過ごして、フィンランドに帰 る途中ということだった。つまみはチ-ズやクッキ-やチョコだったので平凡だ。柿の種が欲しい。
中に一人子供がいて、私のバンダナを欲しがったのには閉口した。これは困るんだ。とっても大切 なモノなのだ。「恋人からの贈り物だから」と説明して、その子の親から説得してもらった。
一行の中の女性(30歳くらいかな?)が、私をディスコに誘ってくれたので一緒に踊りに行った。 「何事も体験!」だ。船内のディスコは日本とは違って、みんなちゃんと服は着ていた。(笑)ただ、 みんなやたら元気で動きが激しかった。1時間近く踊ってから、帰るときに、彼女は私にKISS(ほっ ぺただよ)してくれ私は突然のことに思わず真っ赤になってしまったが、すでに酔って真っ赤だった ので悟られずに済んだのかも知れない。(笑)
一緒に踊った彼女とは、随分後にストックホルムで再会した。彼女は私のバンダナを覚えていて、 いきなり声をかけてきて、びっくりしたよ。その夜よく眠れたのは酔いのおかげだろう。
朝食は船内の食堂でバイキング形式になっていた。たった20FMKでパンも飲み物もその他の料理 も取り放題である。私はいろんな種類のパンを皿に載せて、ゆで玉子やハムやサラダも満載し久々 に心ゆくまで喰った。しかも、取り放題のパンを密かにサブザックの中に隠すことも忘れなかった。 これが昼食になるのだ。
そうそう、船の中で両替をした場合、 1$=4.26FMKというレ-トでフィンランドの通貨を手に入 れられた。しかし、CHECK1枚につき、手数料を5FMK(約150円)とられる。50$のCHECKの場 合、日本円で7000円ほどだ。そのうち150円を手数料で取られてしまうのならけっこう痛い金額で ある。このCHECKからCASHへの両替時の手数料というものが、この後も悩みのタネだった。日本 からの出国時は、CASHを買うよりもCHECKの方が若干レ-トはいい。しかし、空港やドイツの VOLKS・BANKなどを別として、通常は両替時に手数料を取られてしまうことが多い。その分を考慮 するとレ-トはよくない。これ以後、両替時に手数料を確認し、高ければ「やめる」という行動が私 の行動の鉄則となったのである。
あと一晩眠れば、もうヘルシンキにつく。豊かな自由主義陣営の国だ。(笑)まわりが全部日本人の 飛行機では「魔の退屈」を味わい、日本人など一人も存在しないこのフェリ-で、楽しくて仕方ない 時間をすごせたのはなぜだろう?
私は、明日ヘルシンキについたらまずどこに行くべきかと、ト-マスクックの欧州列車時刻表を一生 懸命調べていた。
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