第6話(港町グダニスク)
グダニスクへ向かう列車のデッキのところで美女たちに囲まれながら、全然わからないポーランド 語に私はたじたじとなっていた。(ベッドの中まで行けば言葉なんかいらなくなるのだが……)私は 日本のお菓子を取り出して彼女たちにプレゼントした。彼女らが海に行くと言うことはわかった。水 着姿を見たかったものである。2時間ほど後、車掌が検札に来て私のファーストクラスのチケットを 発見して空席にむりやり私を拉致していった(泣)。そこに座らされたおかげで少し眠ることができ た。グダニスクに到着した。
駅に「WARS」というセルフサービスのカフェテリアがあって、そこでホットコーヒーとチーズをはさ んだパン2個をとった。360Ztグダニスクでは闇レートで1$=2000Zt と言われたから、異常に安 い。街の中心に向かって歩き出すと、弾痕がたくさん残る古い教会があった。日曜日ということで朝 のミサが行われていた。厳かな雰囲気に吸い込まれて私も着席した。そして、メロディーだけは聴き 覚えのある賛美歌を楽しむ。聖体拝領の時には、あつかましくも前に出ていって食べてしまった。 今、カトリックの学園に勤務してるのも、こういう因縁のせいかも知れない。
何かお祭りでもあるのか、街には多くの露店が並んでいた。わたがしや、ザピカンカやアイスクリー ムといった食べ物屋もあれば一枚2万Ztくらいで油絵を並べている店もある。私はいつものように アイスクリームを買って食べ歩きする。運河に沿った一帯は多くの人でにぎわっていた。旧市街でカ メラをかまえていたら、小学校高学年くらいに見える少年達が話しかけてきた。その後ろには引率 の先生もいた。どうやら学校の遠足みたいだ。2人の少年と一緒に、旧市街を見おろす塔に登っ た。この塔はずっと昔に「ブリキの太鼓」という映画で見た記憶があった。
街外れでTAXIを拾い、ベステルプラッツエに出かけた。そこは運河を隔てた街の対岸で、第二次大 戦の激戦地なのだ。小高い展望台から見おろすと、今夜乗る予定になっているポール・フェリーが 停泊しているのがわかった。ナチスドイツの攻撃に対して、果敢に抵抗したポーランドの無名戦士 の墓がその丘に巨大なモニュメントとなってそびえていた。ワレサ大統領で有名になった「レーニン 造船所」にもTAXIを回してもらった。でも、「ワレサ」という発音ではないそうだ。正しくは「ヴァベンッ ア」だ。私はそのように運転手から訂正された。
旧市街に戻ってきて、待ち時間も含めて2600Ztと表示された料金に対して、もうポーランド最後の 日ということでズロチの持ち合わせがないことにして(本当はあったのだが。)、ドル紙幣で支払っ た。チップも含めて3$差し出すと、運転手は「多すぎて受け取れない」という表情だったが「Thank you very much.」と私は繰り返して、無理に押しつけた。ほんの少しだけ英語を理解するその運転 手のおかげで、退屈しないですんだことのお礼の意味をこめたのだ。
私が乗ったTAXIは古い型のタテ目のベンツだった。グダニスクでは、ダイハツ・シャレードのTAXI が走っているのも目撃した。同じ料金なら、あんな狭いクルマはどうみても損である。他にもわけの わからないブサイクなクルマが走っていた。「LADA(ラーダ)」というロシアのクルマだった。そんな の誰が買うんだ。夕暮れ近くまでアイスクリームを立ち食いしたり、ザピカンカを喰ったり写真をとっ たりして過ごした。それから再度TAXIを拾ってフェリー乗り場に着いた。ズロチ紙幣を残すために、 ずいぶん多い目だが1$支払った。フェリー乗り場で出入国の審査があった。赤いパスポートを出 した。
そこで私は、滞在日数分の両替の証明書の提示を求められた。しかし、闇レートの1/3くらいにし かならない正規レートの両替なんかまじめにやっていられない。当然、私は規定金額の強制両替を 済ませていない。出入国係員の軍服を着た若者が怒ったようにそれを指摘した。私は、今日は日 曜日でBANKが休みで両替できなかったと言い訳して片目をつぶって、素早く彼の掌に百円ライタ ーを出した。それから持ち出し禁止のポーランドの通貨を500ズロチ見せて、「What shall I do?」と 訊ねると「No problem.」とのことだった。そんな少額はどうでもいいということだろう。
隠していたもっと巨額の分はもちろんお咎めナシである。ショパンの肖像画入りの5000ズロチ紙 幣ももちろん持ち出した。(笑)かくして社会主義国からの脱出は無事に成功したのである。
ヘルシンキ行きのポールフェリーに乗りこんだ。出航まではまだ間があった。乗船チケットはワルシ ャワですでに買った分である。2Fの座席に座ってウトウトしていると、検札が来た。私のチケットを 一瞥した乗務員は、そのチケットでは座れない旨を告げた。
「ええっ? どうしてなんだ。」
私は、船の通路や階段の下や、そこらでゴロゴロしている人たちの存在がそれまで不思議だったの だが、その時に謎は解けたのである。最低のチケットしか持っていないければ、ああするしかない のだ。座席にも、CABIN(船室)にも、別料金を払わないと入れないのである。私の持っているワル シャワで購入したチケットは、「最低料金」だったのだ。
最低料金(370FMK) + 座席料金(110FMK) or CABIN料金(200FMK)
私はヘルシンキまでの2泊3日の船旅を快適に過ごしたくて思い切ってファーストクラスのCABINを とることにした。追加料金を合わせてなんと130$(570FMK)も支払うことになったのだ。なんという 贅沢だ。貧乏旅行のはずなんだぞ。(注・FMKとはフィンランド・マルカの単位、1FMK=約31円 )
CABINには、当然ベッドがあり、シャワーも備え付けてあったのでいつでもシャワーを浴びることが できた。王侯貴族の気分だった(笑)。出航した船はバルト海を、一路北に向かっていた。
CABINをとるという贅沢をいましめるために、夕食は船内のレストランに行くのを自粛して、グダニ スクで買っておいたパンを食べた。昨夜が夜行列車でろくに眠っていなかったので、その夜はよく眠 れた。虎の子のカロリーメイトにはまだ手をつけないでおいておこう。私が3日を過ごすことになるこ の船には、日本人は一人も乗っていないのだろう。改めて不思議な感慨が自分を襲うのだった。
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