第3話(ワルシャワ物語)
さて、飛び乗ったモスクワ行き列車の中を埋めていたのは、モスクワに留学する目的で来ていた黒 人学生の一群だった。デッキで私を引っ張り上げてくれた人たちとたちまち仲良くなる。私はザック から煎餅などを出して彼らにすすめた。やっぱりコミュニケ-ションをはかるには食い物が重要だ。 (笑)
すると一人のポ-ランド人が話の輪に加わってきた。しかし、彼はロシア語しか話せない。私と直接 話すのは不可能だ。留学生の黒人たちが翻訳してくれた。つまり、私の英語が一度ロシア語に訳さ れて、ポ-ランド人に伝えられたのだ。生まれて初めてのなかなか感動的な体験であった。(あとか ら考えたら普通のことなんだけど……)
そのポ-ランド人がコンパ-トメントを回って、空いてる(強引に空けた)席を発見して、私に座らせ てくれた。おかげで私は眠ることができ、彼にお礼に百円ライタ-をあげた。とても喜んでいたぞ。 朝になって、列車はワルシャワ中央駅についた。私は極度の空腹に襲われていた。おいしそうなチ -ズの焼ける匂いがする。露店で、細長いピザのようなものを売っている。(後にザピカンカという 名を知る)それが喰いたかった。しかし、ドルしか持っていない。あたりに銀行らしきものはない。弱 ったな……と思っていると、怪しい男が近づいてきた。「チェンジマネ-?」と言いながら近づいてく る。「渡りに船」とはこのことである。しかし怪しいので1$だけにした。(笑)公定レ-トでは 1$= 450Zt(ズロチ)なのに なんとその1$は1200Ztになった。(しかし、闇両替の本当のレ-トは1500 ~2000ZTになるそうだった。)
その金で、ザピカンカを買った。130Ztだった。15円ほどだ。3本も喰うとお腹いっぱいになった。あ と、ビニ-ル袋に入れてストロ-で吸うあやしげな色つきジュ-スを飲んだ。宿を探してホテルめぐ りをすることにした。しかし、1時間近く歩き回っても、どこでも私は断られてしまったのだ。やっぱり 人相風体が怪しいせいだろうか?「地球の歩き方」に載っていた「アロマツア-」という代理店に行 って「安宿」を頼むと、なんとYHに電話してくれた。もう少し高くてもよかったが。予約がとれ、私は そこに荷物を預けて、意気揚々と街を歩いた。銀行で正規レ-トで両替した証明をもらい(強制両 替の制度があった。)15Ztの路面電車のキップをたくさん買って、適当に来た電車に乗って旧市街 の広場になっているところに出かけた。
街の広場でアイスクリ-ムを喰いながらブラブラしていると、所在なげに固まる若者の一団がいて、 ピンクのバンダナを頭に巻いた私と思わず目があった。簡単な挨拶をして、たちまち打ち解けた。 彼らは始め私を韓国人か中国人かフィリピン人と思ったらしい。日本人だというと「信じられない!」 と口を揃えた。いつもこういう調子だ(笑)。
いつしか、国家の体制やイデオロギ-についての話が盛り上がってしまった。。
「We hate Russian!」
「We never forget katyn!」
彼らの反ロシア感情は噂に聞いていたが、ことばのはしばしにこれほどまで出てくるとは思わなか った。また、「カティンの森事件」について私はこの時全く知らず、あとで不勉強を恥じた。(カティン の森事件:捕虜になったポ-ランド軍将校が大量に虐殺された事件、スタ-リンはナチスの仕業だ と戦後ずっと語り続け、自国の犯罪を否定した。)
自分たちが心の底から憎悪する、自分たちの同胞を虐殺した敵国の言語を、学校で無理矢理 にみんなが習わされる悲劇は、日本人が英語の受験勉強をさせられる比ではない。(もちろん、日 本でも同様の感情を持つ人もいるだろうが)数人のポ-ランド人の若者達との会話が楽しく、暑くて 喉がかわいたので、傍で売られているアイスクリ-ム(日本円で1本5円くらい)をみんなに買ってあ げようと思ったら、彼らから断られた。「好意には感謝するよ。でも自分で買う。」「日本人から見れ ば安いものかも知れないが、我々にはそうではないんだ。」そういう意味のことを彼らは語った。私 は自分の傲慢さを恥ずかしく思った。
物価の安い国で、自分が大金持ちや王侯貴族のように振る舞えるからといってそれを露骨に態度 に現すのは醜悪だ。そして、多くの日本人が海外旅行先で醜悪に映るのは、まさにそうした行動の せいではないのか。ポ-ランドで訪問予定の都市をいくつか私が列挙すると、その若者たちの一人 が「ポズナニではぼくの家に泊まればいい……」と言ってくれた。私はその青年、「ト-マス・パセッ ク君」のアドレスを手帳にメモした。また、彼らから「ポ-ランドの女の子をどう思う」と訊かれて、ち ょうど目の前にすっげえかわいい子が何人もいて、答えにこまったよ。まさか「すぐに日本に連れて 帰りたいくらいだ!」と本当のことも言えない……。
しかし、旧市街での出会いは、ポ-ランド人とだけではなかったのだ。手塚理美のような美少女が こちらを見ていた。彼女も私が日本人であるのに気が付いていたのである。さっそく話しかけて、一 緒にワジェンキ公園に行く。公園の入り口にあったカフェテリアで、コ-ラ(まずい)とケ-キ(美味) を注文した。(2人で1000Ztだ。安いぞ!)彼女はワルシャワにもう1カ月も滞在しているということ だった。
彼女は言った。
「親しくなった黒人の留学生の人たちって、必ず部屋に遊びに来いというけど それって、純粋に親 しみの表現なのか、それとも特別な意味があるのか 日本人同士じゃないから、言葉で細かいニュ アンスが伝わらなくて困る……」
私は、美しい彼女の肢体が、屈強な黒人に組み敷かれて、巨大なモノで犯される様を想像してしま った。そんなことは許せないぞ。
「絶対部屋には行かない方がいいよ。危ないよ。やめたら!」
もしかしたら私の偏見から、彼女はひとつのチャンスを失ったのかも知れない。公園の入り口で彼 女と別れ、私はワジェンキ公園を歩いた。またアイスクリ-ムを買ったり、(この日は15回は買っ た。)あちこちで写真を撮ったりして歩いた。荷物を取りに戻り、YHに入り、1200Ztの宿泊料金を支 払った。私は、歓楽街(あるいは悪い遊び)を求めて、再度街を歩いたがどこにそれが存在するの かわからなかった。あきらめてYHに帰った。翌朝6:15のザコパネ行きの特急に乗るために、その 夜は早々と眠ったのだった。
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