第2話 (魔の退屈)
30時間の「魔の退屈」をなんとか乗り越えて、私はフランクフルトの空港に降り立った。ベルトの 上を流れる自分の巨大な荷物を受け取って、そいつを背負い、空港の銀行でドイツマルクの CHECKを現金に両替して鉄道で町の中心部に出ることにした。そこで、ポ-ランドに飛ぶためのデ ィスカウントの航空券を手に入れようと思っていたのだが、あいにくその日は日曜日で代理店は全 部しまっていた。あきらめてそのままYHまで移動し、荷物を降ろしてその日の宿に決めた。学生の 頃、日本でYH(ユースホステル)をよく利用していた私にとって見知らぬ異国でとりあえずそういうと ころに泊まったのは無難な選択である。しかし、そこは日本人だらけであった。(笑)
私はピンクのバンダナを頭に巻き、濃い色のサングラスをかけ口ヒゲを生やし、国籍不明という 雰囲気を漂わせていたせいか悲しいことに日本人は(特に学生風の女の子たちは)誰も話しかけて きてくれず仕方なしに私は、変なイスラム教徒とか、変なパキスタン人とか、変なイタリア人と日本 人の女の子たちの品定めをしていた。(笑)どうも日本人は幼く見えるようだ。
私が、「彼女らは学生、20歳以上と思う」と力説しても彼らは「いや、どうみても15歳以上には見 えない……」と語る。試しに自分の年齢がどう見えるかを尋ねてみたら、「30歳?」と言われた。男 は損だ。(当時私は27歳だった。)
私は荷物を降ろして身軽になってから、街をブラブラしてみた。日曜日ということで商店は閉まっ ているが、レストランなどは開いていた。皿からはみ出している巨大なピザを一人で必死で喰った り、そこら中に犬のフンが散乱していて踏んづけそうになったり
(ドイツではフンの始末をする飼い主はいないようだ。)どの信号でもやたらたくさんのBMWが信号 待ちしてることに驚いたり(笑)、「海外初心者」らしく、物珍しそうに見物して回った。そして、翌日の ために電話帳で調べた旅行代理店の位置を下見しておいた。翌日の月曜日にはちゃんとワルシャ ワ入りするためのチケットを入手しないといけないからだ。結局、YHの2段ベッドで、いびきとはぎし りの騒音に苦しみながら、そして水しか出ない壊れたシャワ-にふるえながら、異国の第一夜は終 わった。
さて、翌日は代理店めぐりである。さっそく見当をつけていた事務所に入った。ルフトハンザ(LH) でワルシャワまでの片道チケットが550DM(38500円) ワルシャワ経由でヘルシンキまでの片道が 1000DM(70000円)とのことだった。高い! 高すぎる。オレの旅行の予算はそんな贅沢じゃない ぞ。私の夢は一気に挫折した。LOT(ポ-ランド航空)とかの安いチケットはいったいどこで買える のだ?別に飛行機だけがワルシャワ入りの方法ではない。ちゃんと鉄道がつながっているのだか ら、鉄道でもいけるはずだ。ただし時間はかかってしまうけど……。まあ、それも旅の楽しみだ。私 は飛行機を最終的にはあきらめて、トランスアルピ-ノという代理店でフランクフルト→ワルシャワ 間の鉄道のチケットを入手した。「査証を持っているか?」と訊ねられたので、日本で入手したのを 見せた。フランクフルト→ワルシャワ間を移動する時に、ベルリンを通過することになる。私は夜行 列車を二夜連続で利用して間にベルリンで一日いられるようにした。ベルリンでは「壁」をしっかりと 見て来ようと思った。ヴィム・ベンダ-ス監督の映画「ベルリン天使の詩」を旅立つ前にちゃんと見 ている。その中のいくつかの場面や光景を自分の目で確かめたかったのだ。
ベルリン行きの夜行列車では日本人の商社マンH氏と一緒になった。彼は、なんとベルリンの宿 がインタ-コンチネンタルだった。リッチだ。夜行列車内ではホモのドイツ人にケツを撫でられると いう事件もあったが関西弁でまくしたてると相手は退散した。荷物を持ってH氏のホテルに同行しそ のまま夜行列車の時間まで荷物を部屋に置かせてもらった。H氏は慣れた手つきでチップを渡して いた。そして、ホテルを出て二人で東ベルリンを見るために地下鉄に乗った。地下鉄を降りて街角 のカフェテリアで朝食をとった時、a-haの「Take on me」が流れていた。後にこの曲はノルウェ-で 死ぬほど聴かされることになる。
東ドイツへの入国続きを完了し、とりあえず東ベルリンの街を歩いてみた。強制両替があって、強 引に25マルクだったか、価値のない東の通貨に交換させられてしまった。しかも残っても再両替は できないとか。全部使わないといけないのだ。森鴎外の「舞姫」に出てくる「ウンテル・デン・リンデ ン」も歩いたしブランデンブルグ門も見上げた。喉が乾いたので何か飲もうと思ってBARに入った。 とりあえずみんながビ-ルを飲んでいたので、二人でビ-ルを注文した。円錐状の細長いグラスに 入ったその液体を飲み干したと思ったらすぐに2杯目が注がれてしまった。おい、待ってくれよ。し かし、油断したために、3杯目も注がれてしまう(笑)。わんこそば状態である。このまま泥酔すると 街を見ることができない。逃げるように店を出る。支払いは二人分合計しても日本円で200円ほど だった。歩いていると今度は行列を発見した。アイスクリ-ム屋だった。迷わず並んで
買ってしまう。安いのに異常に量が多い。(笑)両替した分の金が全然減らないので、思いっきり高 級なレストランに入ることにした。そこで豪華な食事をすれば、価値のない東ドイツの通貨を消費で きる。しかしその考えは失敗だった。運ばれてくるまでやたら時間のかかったステ-キに東ベルリン 観光に費やすつもりの時間の多くが、奪われてしまったのである。食事時間は二時間を超えた。
H氏の投宿したホテルに戻り、そこでシャワ-を借り、シャンパンを飲みそれから気まぐれでTAXI を拾ってベルリンのZOO駅まで出た。ワルシャワ行きの夜行に乗るためである。酔って気分のいい 私はTAXIの釣り銭をチップとして運転手にあげてしまい、すぐにホ-ムに上がった。おりしも列車 が動き出したところだった。その列車はモスクワ行きだった。
「しまったぁ。この列車じゃないか!」
なんと、ト-マスクック時刻表の時間と実際の時間が20分違っていたのである。
私は重いザックを背負ったままダッシュして列車に追いついた。そして、必死の思いでデッキに飛び 乗った。列車の中から黒い手が伸びて私のザックを掴んで引き上げてくれた。その列車の中は黒 人で埋まっていた。通路までぎっしりと肌の黒い黒い人々が立ち並んでいたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます