放課後の議論

@baitoyarou

放課後の議論

「ねぇ、どうして私は私以外にはなれないんだろうね」

 放課後、スマートフォンを弄りながら、彼女はこう切り出した。

「なんだよ、急に。変身願望とか、そういう話か?」

「ん、まぁそれに近いかも」

 流し目でこちらを少し見てから、画面へと再度視線を戻す彼女。

 俺も覗き見をする。画面には、眉目秀麗な美少女イラスト達が映っていた。

「このキャラ達ってさ、一人一人に名前があるわけじゃない?」

「そうだな」

「で、一人一人に設定があって、一人一人に性格があって……」

「それがキャラクターってもんだろ」

「そう、そうなの。でも、私思うのよ」

 顔をバッとこちらに向け、目をこれでもかという程に見開いて、彼女は語り出す。

「このキャラ達の髪型を変えて、口調を変えて、服装を変えて、性格も変えて、そして完成したものが元のキャラなのかなって」

「それは……どうなんだろうな」

 思うに、キャラクターっていうのは記号の詰め合わせだ。生い立ちや性格なんてのも、記号にしか過ぎない。

「俺は、それを別のキャラクターとして認識するだろう」

「名前はそのまんまでも?」

「それでもそうだ。もしくはキャラ崩壊といって叩くだろう。それをそれと認識する記号を改変されていたら、元のキャラクターと認識出来ない」

「ふーむ」

 彼女は俺の見解を聞いて、顎に手を当て考え出した。 

 こういう事はたまにある。哲学的というか、意味ありげというか、そのような疑問を突然投げ出してくるのだ。

 もっとも、俺も彼女も、お互い哲学とか心理学とかには詳しくないようで、大抵は着地に失敗して終わるのだが。

 そんな悩める彼女をほっといて俺もスマートフォンを取り出そうとする。

 しかしポケットに手を突っ込んだ瞬間、彼女は不意にこう呟いた。

「じゃあ……キャラに自我があったら?」

「は?」

 意味が良く分からない。

「キャラクターの自我って、そのキャラクターを動かしてる人間だろ」

「あっ、ごめんごめん、そういう事じゃなくて」

 わざとらしく手をぶんぶん振る彼女。こういうあざとい仕草を、俺は好きじゃなかった。

「私がもしキャラだったとして、私には私が私であるという自覚があるわけじゃない? 全く別の性格、見た目、口調になっても、私は私を私として認識出来ると思うの」

「うん、何となく言いたい事は分かるぞ」

 『私』がゲシュタルト崩壊してきそうなので、そこで一旦切り上げさせる。

 こいつは熱くなると、こうやって矢継ぎ早に言いたいことを言い出す癖もあるらしい。

「そういうのって良く分からんがアイデンティティー? ってやつが無くなってるんじゃないのか。自分が自分だと認識出来る物が」

「じゃあ、私の自意識は無くなっちゃうのかな。私は私である筈だったのに」

「知らないよ、俺達はそんな簡単に見た目や性格を弄れるキャラクターじゃないんだ。もう、帰ろうぜ。」

 

 席を立ち教室のドアの方へと向かう。

「帰らないのか? 家、確か近いだろ。一緒に帰ろうぜ」

「うーん、ちょっと用事があるんだ、この後」

「……そっか、また明日な」

「うん、じゃあね、また明日」

 ドアをガラリと開け、帰路につく。

 彼女とはたまに話す程度で、名前も知らなかった。ただ、朝の登校時に近所で見かけた事が何度かあったから家が近いというのは知っていたのだ。

 親しくない人間と帰るというのも気まずいものだし、やんわりとお断りされたのだろうか。

 なんとも言えない複雑な気持ちになりながら、俺は靴箱に上靴をぶちこんだ。




 翌日。気持ちの良い朝だった。

 靴を履き、ドアを開け、学校に向かう。

 途中、何だか見覚えのある後ろ姿を見つけた。

 あのポニーテールと、長めのスカート、そして背丈から察するに議論好きの彼女だろうと判断する。

「おーい!」

 呼び声に気付いた彼女はこちらを振り向き、俺の姿に一瞥くれた後に

「……おはよ」

 ――と冷静に、淡白に、端的に言い放った。

 誰だ、コイツは。コイツは誰なんだ。

「……今日は良い天気ね」

 彼女はその話し方が常のように振舞っている。

「あ、あぁ……ところであんた、その話し方は……?」

「話し方? 何の事を言ってるの?」

「だ、だって、あんた、もっと、その、元気の良い話し方だっただろ」

「……いえ、知りません、私がこういう喋り方なのは小学生の頃からでしたし、この喋り方に対してあなたから4回ほど苛々するという忠告を受けました」

「それは!」

 違う、俺が忠告したのはあざとい仕草とか、そういうのだ。

「……とにかく、何度注意されようと私の喋り方を変えるつもりはありませんので、では」

 そういって先に学校へと向かう彼女。

 演技をしているような素振りは無かった。二重人格? 俺が寝てる間に異世界に来たとか?

 ――違う、これは……正に馬鹿げた発想で、昨日の発言の影響を受けまくりで、非常に痛々しい、突拍子も無い、一種の可能性だが。

 つまり、俺達は何かのキャラクターで、彼女は設定を急に変えられ、俺は何かの影響でそれを認識出来るようになっている、とか。

 なんてな、そんなこt、あrうわああfじゃfかjかふぁ……





「……暇ね」

 放課後、少女はスマートフォンから目を離す。

「暇ッスか? 俺ッチも暇なんスよ! 映画とか行かないッスか?」

 ボサボサに伸びた髪、気怠そうな見た目の彼は、それに反して、ハツラツとした口調で彼女を遊びに誘った。

「……行かない、ゲームの方が好きだわ」

「えー、残念ッス。何やってるんスか? それ」

「……ソシャゲ」

「ソシャゲってのは分かるッスよ! ……まぁ良いや、俺ッチは帰るッス」

「……そう、それじゃあね」


 こうして物語は始まることもなく、終わる。そして繰り返す。『誰か』が納得の行く設定になるまで――


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