第五章 僕と彼女の恋の形は
第一話 別れよう
「話があるんだ」
「…ああ」
ある日の放課後、夕日に照らされた教室で俺と双葉は向かい合って立っていた。
お互いその表情は夕日に当たりながらも影が差しているように暗かった。
双葉は絞り出したように俺に言う。
「どうして…っ」
その目はうるんでいた。今にも涙が零れ落ちてしまいそうなほどうるんでいた。こんな彼女は見たことがない。こんなひどく心が痛む姿を見たことはない。
「どうして…わかってくれないの?」
ついに涙は零れ落ち、頬を伝って床へと落ちる。ぼろぼろと止めどなく零れ落ちていく。それを俺はただ見ている。声をかけたり抱きしめたりするわけでもなく、ひたすら静かに見つめている。
「こんなにもっ…武野のことが好きなのに…っ」
抑えきれなくなった涙をこれ以上零さないように、双葉は両の手で顔を覆った。しかし、それでも涙は止まらない。手の隙間から這い出るようにして涙がまた伝っていく。
震えて、鼻声になって、嗚咽が混じり、呂律が回らなくなっていても双葉は声を絞り出した。
「別れ、よう…?」
言われる日が訪れるかもしれないと思いながら、どこかで絶対に訪れないと思っていたその言葉が、双葉の口から放たれていた。
だが、俺にはわからない。なぜこんなことになってしまっているのか、なぜ別れを告げられているのか、そして、なぜ俺は動こうとしないのか。
一言「ごめん」と謝りたい。そうしなければ、きっと彼女は俺から離れていってしまう。理由はわからない。けど、せめて一言「ごめん」と言いたい。
膝から崩れ落ちる双葉を見て、なぜか俺はなにも動こうとしない。動けと心の中で唱えても、俺はただ泣き崩れる双葉を静かに見つめ続けている。
待って、お願いだから待ってくれ。
俺だって双葉が好きだ。その気持ちに偽りはない。ただ粋に彼女のことが好きだ。
俺が心の中で伸ばした手は、しかし双葉には届かなかった。彼女に触れることは、できなかった――。
「…っ!」
目を覚ますと、俺はベッドの上で寝そべったまま右手を天井に向かって伸ばしていた。体中には汗がじんわりと出ていて、べとべとして気持ち悪い。
俺は伸ばしていた右腕を無造作にベッドの上に投げ、左腕で額に滲んだ汗を拭きとった。
「夢、だったのか…」
俺はやっとのことで安堵の声を吐き出した。突然のことに動転していた頭が次第にさえていくのがわかる。
しかし、夢にしては妙にしっかりとしたものだった。衝撃的だったからかもしれないが、目が覚めた後でも鮮明に夢の内容が思い出せる。ふつう、夢と言ったら曖昧でめちゃくちゃなものが多いのにだ。
これが、予知夢と言うやつなのだろうか。
そう思うと、途端に不安が押し寄せてくる。心の中に生まれていた安心感が、押しつぶされてなくなっていく。
「嫌な朝だな…」
窓の向こうから聞こえてくるのが小鳥の優しいさえずりではなく、カラスたちの騒々しい鳴き声であることに、不吉ななにかを感じてしまった。
三月の初め、三学期の終業式も間近といったある日のことだった。
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