第四話 ずれた独占欲

 二月のある日、俺はいつものように友達と食堂で昼ご飯を食べていた。


 この学校では、昼食を学食か弁当かのどちらかを選ぶことができる。俺は寮生のため、選択の余地なく学食だ。

 ただ、その質についてはあまり評判がよくない。冷めているだとかおいしくないだとか言われていて、学食を利用している人は全体の三分の一くらいだと思う。

 でも、弁当の場合でも食堂は利用できるため、教室で食べずにこちらに来る人も多い。

 そんなわけで、今日も食堂はたくさんの生徒たちでにぎわっていた。


「いっただっきまーす」


 俺がいつも昼を共にしている面子は二人いて、忘年会に来た端島と、光浦みつうら大也だいやだ。


 光浦も、一香たちが言ういつメンのメンバーの一人である。忘年会には、用事があったらしく来られなかったけれども。

 千堂にも引けを取らない身長。少し赤みのかかった短髪に、青色の眼鏡。顔も整っている方で、羨ましい。皆からは「ゴッド」と親しまれ、頼られる存在だ。


 また、頭脳明晰、運動神経抜群ときているから、どんな完璧超人だと俺は思う。

 学年一位を死守しており、模試でも東大のA判定を取ることができるレベル。どんなスポーツでも人一倍活躍することができる。


 性格も優しく、ノリもよく、話しやすいときたものだから、非の打ちどころがない。


 しかも、彼女持ちだ。何を隠そう、相坂の彼氏である。確か現時点で三年と八か月くらいだったと思う。俺から見たら、まだまだはるか遠い数字だ。


 光浦は俺の前の席に座り、行儀よくご飯を食べていた。


「なんだよ、そんなに見て」

「いや…なんでも」


 なんとなく光浦の粗探しをしていると、どうやら彼をガン見していたらしく、いぶかしげな目で見られてしまった。


「そういえば、お前と杉下が付き合ったって聞いたときはマジでびっくりしたよ」

「あー…うん、俺もびっくりしたよ」


 光浦は俺と双葉が付き合っていることを知っている。付き合うことが決まった時、端島が真っ先に電話で伝えたのだ。

 光浦は感慨深いように続けた。


「でも、杉下か…大変じゃないのか?」

「そうそう、すぐに飽きられて捨てられるかもよ?」


 横から端島が余計な事を言ってくる。しかし、そのことは俺の心の片隅にあったことだったので、あまり強く言い返せなかった。


「たぶん…大丈夫だよ。…まあ、三か月は続いてほしいかな」


 きっと無理だけど。


 俺の中でそう言葉が続いたが、口には出さなかった。言ってしまえば、本当のことになってしまうような気がして、怖かったから。

 俺が心の中で陰りを見せていると、それとは真逆な心底楽しそうな様子で、端島が聞いてくる。


「なあなあ、お前、杉下のこと好きなんだろ?」

「ああ、そりゃあな」

「じゃあ、杉下の好きなところ三個挙げてみろよ」

「…は?」


 なぜそんなことを聞いてくるのか分からないと、俺は眉を顰めた。


「本当に好きだったら言えるだろ、なあ、ゴッド?」

「うん、まあ…」


 光浦は特に興味なさそうに黙々とご飯を食べており、端島を適当にあしらっていた。


「で、言えないの? あ、もしかして言えないの? 言えないようなこと?」

「…」

「あー、本当は好きじゃないんだ? それとも体目当て? ん?」


 俺がだんまりを決め込んでいると、端島は煽るように言ってきた。

 こうなった時の端島は本当に鬱陶しい。とても腹が立つし、はっきり言ってうざい。

 だけど、無視しているわけにもいかないので、嫌々対応した。


「違えよ。お前に言う必要性を全く感じないからだ」

「必要性とかじゃなくて、これくらいなら簡単に言えるでしょー」

「…」


 確かに、無理して隠す必要はないと思う。

 だけど、俺はどうしても――




 ――双葉の魅力を、人に喋るのが嫌だった。




 今さら、誰かが双葉のことを狙い始めてしまうなんていう理由でビビッているわけじゃないけど、彼女を誰かが評価をしてしまうことに、どこか腹立たしい思いが溶岩のように沸々と湧き上がってくるのだ。


 きっとこれは独占欲なんだと思う。


 束縛とかをしたいとは思わない。他の男子と喋っていても特に何も思わないし、それだけで怒ったりすることも全くないと思う。


 でも、誰かが彼女を異性として称賛することは、なぜだか許せなかった。

 俺が双葉の好きなところを端島に言うと同調されそうで、絶対に言いたくなかった。


 その後も執拗に聞かれたが、ずっと無視を極めこんでやった。

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