第七話 鍋パ
端島と相坂がゲームを楽しんでいるのを見ている間に、鍋の準備ができたらしく、俺たちはダイニングに集まった。
さて、鍋と言えば、古来よりコミュニケーションの場として大いに活躍してきたもののひとつである。そして、鍋を囲む人の中に、誰か話したい人がいるという場合、その座る位置というのはとても重要なものとなってくる。つまり、俺が何を言いたいのかというと…。
双葉の横に座りたいなあ、と。
だが、困った。双葉が席に着いてから座ってしまうと、俺が双葉の気持ちを知っていることを知っている相坂と一香に怪しまれてしまう。だからといって、俺が先に座ってしまうと、下手したら双葉が俺の横に座らないというパターンが生まれてしまう。
俺がどうしたものかとうんうん唸っていると、先ほどまでゲームに興じていた端島が、てくてくと一番奥側のイスへ座った。
「俺、あんま食べる気ないからここでいいよ」
「はあ? 作ったんだから食べてよ」
「…ああ、食べる食べる」
一香が少し怒った様子で端島を咎めるが、彼は何食わぬ顔で流した。俺が座る場所で悩んでいるのに、いい気なものだ。
余談だが、端島と一香は付き合っている。リア充というやつだ。死ね。消えろ。爆散しろ。
もともと中二のころに二か月間付き合っていたのだが、とあることがきっかけで別れ、今年の十一月に復縁したという運びだ。
ぶっちゃけ、続くかどうかは微妙なところだと俺は思うが、それは二人次第だろう。
閑話休題。
俺がいの一番に座った端島のことを複雑な心境で見ていると、突然、相坂から背中を叩かれた。
「ほら、さっさと座りなよ」
「え、あ、おい!」
相坂はなぜか俺を、有無を言わせないように無理やり、端島の向かい側の真ん中の席に座らせた。そして、自分は俺の左隣に座ると、一瞬、一香と目配せを交わし、お互いに怪しげな笑みを浮かべた。
…一体なんだってんだ?
俺は二人が何をしたいのかわからなかったが、次の一香の一言で、全てを理解するのであった。
「ねえ、双葉、武野の隣に座りなよ!」
「え!?」
佐野と共に佇んでいた双葉は、手を口に当て、一香の言葉に驚きを表していた。
ここらへんで双葉のことをもう少し話しておこうか。
双葉は一香と容姿がほとんど変わらない。一卵性の双子なので、当然と言えばそうなのだけれども。髪型は一香より少し長めのショートボブ。ここにいるメンバーのなかで一番華奢な体つきをしており、触れれば壊れてしまうガラスのようだった。
俺から見る一香と双葉の違いは、その雰囲気だと俺は思う。一香からはそこはかとなく大人っぽさを感じるが、双葉からはあどけなさを感じる。綺麗と可愛い、どっちの形容詞が似合うかといったような話だ。
ともあれ、二人の目的は分かった。双葉を俺の横へと座らせる気なのだろう。しかし、俺が事情を知っているからといって、少し大胆な行動に出すぎではないだろうか。
一瞬、驚きに固まっていた双葉だったが、じたいを徐々に呑み込んでいったのか、顔を赤くして笑い始めた。
「あっはっは、ちょ、何でそうなるの!」
「私は綾と座るから。ねー、綾」
「そうだね。ウチらこっち座るから」
そう言って二人は端島の隣に、一香、佐野の順番で座っていった。
いよいよ逃げ場が無くなった双葉は、観念したようにゆっくりと俺の右隣に座った。
「…よろしく!」
「お、おう…」
双葉がやけくそのように、はたまた照れ隠しのように、シュタっと手を上げてそう言ってきたので、つい俺の返しが歯切れの悪いものになってしまった。…不覚だ。予想していなかった彼女の行動にたじろいでしまった。…可愛い。とにかく、その一言に尽きる。
それにしても、考え方がひとつ変わるだけで、こうも見方が変わるのかと、俺は今更ながらに思った。
恋とは、人を幸せにする魔法か、あるいは人を惑わす毒薬なのかもしれない。この気持ちが正しいのか間違っているのかは俺にはわからないが、ただ心が満たされていくのだけは確かだ。
それと同時に…さっそく平常心が崩れかかっているのも分かる。
(やばいぞ、俺! 平常心、平常心だ!)
結局、俺は自制をするのに精いっぱいで、鍋の味も皆との会話も、終わったころにはどこかへと吹っ飛んで行ってしまったのだった。
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