第二話 ある放課後
「武野のこと、好きな人いるよ?」
十二月の上旬。学生にとって最大の敵と言っても過言ではない期末テストを通り抜け、それと同時に冬の訪れを知らせるようにして、凍てつくような寒さが目立つようになってきた今日この頃。放課後の教室で友達と三人で談笑していた途中、その言葉は俺の動きを停止させた。
それとは裏腹に、頭の中は高速回転していた。本当の事だったらと頬が緩みそうになる反面、嘘に決まっていると、静かな怒りのような、悲しみのようなものが俺の心の中をぐるぐると回っていた。
そうしてやっと絞り出した声は、少し笑ってしまっていたかもしれない。
「…冗談だろ?」
「いや、マジで」
俺の反応が面白くて仕方がないように、俺が座る席の真横でにやにやとしている少女は、
赤みのかかった、長い髪を無造作におろし、少し丸みを帯びた体型の可愛い女子で、人懐っこい笑顔をよく浮かべている。あまり異性としての意識を感じさせないやつで、気兼ねなく話せるのが、彼女のいいところだと俺は思う。
相坂と話すことで俺は少し落ち着きを取り戻し、おどけた口調で言った。
「いやいや、いるわけないじゃん。あの、武野遙々だぞ。友達としてはいいけど、異性としては絶対に無理な人ランキング堂々の一位である、武野遙々くんですよ? あり得ないでしょ」
「そんなランキング初めて聞いたんだけど…まあ、否定はしないけど」
しないんだ。わかってたけど。
「普通にキモいしな、武野」
「さらっとディスるんじゃねえよ、傷ついただろマジで」
前の席からそうちゃちゃを入れてきたのは、もう一人の友達である
仁徳があって、社会常識がきちんと備わっている人格者だが、少々変な挙動を見せることがある。でも、いいやつには変わりない。コンピューターやイラストにも精通しており、多彩な才能を発揮しているすごいやつだと俺は思う。
同級生の中では身長が高い方でうらやましいことこの上ないが、イケメンというわけでもないので、彼の容姿に対してひがむことはなかった。
そんな千堂は、相坂ともども俺に対する態度がややドライである。これがいじられキャラの定めとは分かってはいるものの…お兄さん、ちょっと悲しいわ。
「でも、本当に俺のこと好きなやつとか考えられないんだけど。もしいたとしても、絶対おかしいって」
「いや、マジでいるって。割と身近に」
相坂にそう言われ、何人かの女子を頭の中に思い浮かべてみるも、心当たりは全くなかった。心当たりの欠片もない。
「センは誰か知ってんのかー?」
考えては見るも誰かわからず、俺は千堂――センというあだ名がある――に助けを求めるようにして聞いた。
「いや、俺も初めて聞いたし…分かんねえな」
千堂も眉を顰めて難しそうな顔を作るが、彼のインターフェイスに引っ掛かる女子はいないようだった。
だが、ここまで聞いたら気になる。このままで終わらせてしまったら、きっと気になって夜も眠れなくなることだろう。何より、真横でにやにやとしている相坂に腹が立つ。
俺はその好奇心に駆られ、相坂に懇願するようにして頼んだ。
「頼む! ヒント頂戴!」
「えー?」
頭を下げ、掌を合わせる俺に対し、嗜虐的な笑みを浮かべて困ったような表情を浮かべる相坂。本当に意地が悪いなこいつは。
「じゃあ、教えてあげたら何してくれるの?」
あろうことかこんなことまで言ってくる。
「ふざけんな、何でお前に何かしなくちゃいけねえんだよ」
「それが何かをお願いする立場の人の態度なの?」
「くっ…!」
俺は口喧嘩が苦手だ。というか、全然舌が回らない。理屈をこねくり回して誰かを説き伏せたりするやつはマジで尊敬している。
つまるところ、俺はこれ以上相坂に反論することができない。
「お前、弱過ぎだろ…」
千堂の言葉が深々と俺の心の中に刺さってくる。分かってるよ、畜生め。
俺が悔しさのあまり歯噛みしていると、やれやれと言った様子で、相坂が声をかけてきた。
「仕方ないなあ…じゃあ、一つだけヒントあげる。大ヒントだからね」
「え、ああ、ありがとう…」
案外、あっさりと教えてくれる運びになって、俺はいささか拍子抜けした。…っていうか、こいつ、ただ俺にそのこと話したいだけなんじゃないだろうか。
優位に立っているからと、偉そうにふんぞり返った相坂は、その大ヒントやらを俺に告げた。
「ヒント、その人は武野に告白したことがあります」
「え」
相坂から告げられたそのヒントは、俺の思考をさらにこんがらがらせた。
「それ、答え言ってるようなもんじゃん。ってか、告白されたことあったのかよ武野」
「いや、その覚えがなくて混乱してるんだけど…」
確かに、千堂の言う通り、相坂はほとんど答えを言っているようなものである。しかし、俺にとってその言葉は全く答えに繋がらないものである。
だって、告白された覚え、ないんだもん。
俺は告白を人生で五度経験しているが、全て能動的に行ったものであり、受ける側になったことは一度としてない…はずなんだけど。
「え、武野、告白されたこと忘れてんの…?」
「うわ、サイテー…」
そうこうして悩んでいるうちに、二人からあらぬ誤解を受けていた。
「ちょ、待てって! 確かに俺、忘れっぽいけど、さすがに告白なんて重要イベント、忘れようがないだろ!」
「でも、実際覚えてないんじゃん」
「それはそうだけどさ……ってかそもそも、告白したって話、本当なのかよ?」
俺は相坂にそう聞くと、彼女はしばしうんうんと唸ってから、白けたような顔で言った。
「あー…もしかしたら、武野に分からないくらいさらっとしたのかも…」
「そんな告白、あるのかよ…」
「うーん、それがあり得そうな人だからなあ…」
「…あ、俺分かったかも」
あまりの事態に、驚きを通り越して呆れた心境になっていた俺だったが、千堂が放った言葉で、俺はまた好奇心に駆られることになった。
「え、マジで! ちょ、誰だよ、教えろよ!」
「自分で考えろって。しっかしなるほどね、理解できたわ。確かにあり得る」
「相坂に確認しなくてもいいのかよ?」
「たぶん合ってるし、思いついたらそいつ以外あり得ないかなって思う。ほら、そもそも武野のこと好きになるってこと自体イレギュラーなことなんだから」
心外だ、非常に。
「まあ、考えてみろって。割とすぐ思いつくぞ。お前に好意を示してるやつなんて片手の指に入りきるくらいなんだから」
いちいち言い方がとげとげしいが、言われて考えてみる。
俺の身近にいて、好意を示していて、なおかつ俺が気付かないレベルで告白してきたことがありそうな女子。
俺はその条件で再び頭を巡らせてみる。
そして、ある女子の名前が引っ掛かった時、俺の頭の中は自然とクリアになっていった。
「あー…分かったわ」
「お、分かったの?」
相坂が興味深々と言わんばかりに体を乗り出してくる。
俺は自分でも意外なほど冷静に、その女子の名前を相坂に言ってやった。
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