第4話 派遣のタネ子さん


 私の職場は図書館だ。 といっても、正規の職員ではない。


知らない方にご説明しよう。図書館で働いている正規のスタッフの方は、県や市に採用された公務員である。公務員採用試験に漏れたもの、またそれぞれ求めるものによっては、あえて非正規の道を選ぶものもいる。

それが民間委託の派遣スタッフだ。


 昨今の図書館は、民間委託しているところがほとんどで、安月給の有期雇用スタッフでまかなわれている。長期的にひとつの館に勤めることが非常に難しい為、契約切れがちらつく季節は気がきでない。


 世間一般の”派遣さん”と比べると、鼻水がちょちょぎれる程の収入の為、なかなか過酷な世界だと思う。


 そんな現実をひしと感じながら、今日も私はカウンターへ立つ。


 「大人の発達障害って分かります?」

 館内を見渡していた私に、エリーちゃんが話しかけてきた。

 エリーちゃんは、今年短大を卒業したばかりの女の子で、花嫁修業の片手間に司書になってみたという子だ。ともかくかわいい。かわいすぎて彼女目的の変なオジサンが湧き出してきてしまうくらいかわいい。

「最近新聞やテレビで見る機会増えたね。大人のADHDって。詳しくは分からないな。

 今度エリーちゃんが担当する、催事コーナーのテーマ?」

 大人の発達障害か。私は、精神的な病に近い印象を持つ。

大人のADHD、アダルトチルドレン、抑うつ・・・ 現代は病名なんだかよくわからない言葉があまりに氾濫しすぎて、”普通”が良く分からない。

「そうなんです。いくつか本を借りて帰って、自分なりに調べてみたんですけど。。

 フルタイムで仕事をしたり、結婚してお子さんもいる人もいて。何が健常者っていうのか  

 な、普通の人と違うのか分からなくて」

 返却された本を整理しながら、エリーちゃんは唇をとがらせた。

 こんなに至近距離なのに、肌がつるつるで眩しい。となりに並びたくないぜい。

「働いている人の中には、毎日薬を飲んでいる人もいるし、毎月検査に行ってる人もいる。

 普通と何が違うかは、そんなに重要じゃないと思うよ。利用者さんが何を知りたくて、うちで はどんな書籍があって、どう情報を提供できるか、が分かりやすく提示できればええんで  ないかな」

  私の答えに、エリーちゃんはますます唇をとがらせていた。

 

 なんだかんだ言って、エリーちゃんは真面目だ。我が館のアイドルの肩をポンポンと叩き、書庫へ戻す本の山に手を伸ばす。

「ほいじゃ書庫行ってきます」

 はい~とエリーちゃんの笑顔に見送られ、エレベーターへ足を進めた。


 私の契約期限まで、あと2か月だ。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悩みのタネ子さん @ayajun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ