第十話

 フランシスにとって、それは初めての作戦会議だった。

 会議室にはフランシスら「大鷲」のメンバーと、各部門の責任者たる仕官が勢ぞろいし、壇上のダイアナの説明を受ける。


「さて、今回の相手はバークリー大峡谷地帯の奥深くに棲息する、黒鉄竜です」


 会議室にどよめきが起こる。コルドアに住む竜は、その八割が炎竜である。黒鉄竜は炎竜に次いで多いとはいえ、その存在は希少だ。


「静かに。しかし、驚くのもわかります。この中には、黒鉄竜との対戦経験のない者もいるでしょう」


 クリスティも、炎竜以外見たことがないと言っていたのをフランシスは思い出す。


「今回は、特別に研究所のグラッドストーン主任に来てもらっています。では博士、黒鉄竜について説明をお願いします」


 パトリシアが、会議室前面の壇に登る。登壇してなお、その背丈は横に立つダイアナに届かない。


「それでは、黒鉄竜について解説させてもらうわね」


 体格に似合わず、よく通る声でパトリシアが語り始めた。


「体長は、現在観測されているものの中で最大二十メートル。成熟した炎竜の平均が二十四メートルといったところだから、体格は小ぶりね」


 炎竜と比べれば、一回りも二回りも小さい体。しかし、人間というちっぽけな存在の前では、それは充分な脅威である。


「鱗の強度は炎竜以上、というより竜の中で一番ね。ただ、その分鱗の重量も相当なもので動きは鈍重。と言っても、時速三十から四十キロは出るから普通の人間が逃げ切れる速度じゃないけど」


 次に、パトリシアが繋ぎ合わされた大きな紙を壁に貼り出そうとする。しかし、紙の大きさはパトリシアの身体よりも大きく、かなり悪戦苦闘している。小さな子供が背伸びして頑張っているかのような光景に、居合わせた者たちは暖かな視線を向ける。見かねたダイアナが脇の士官に視線を送り、パトリシアを手伝わせた。


「さて。これが、黒鉄竜の姿絵。頭の横から生える、羊のように曲がった角がチャーム・ポイントね」


 描かれていたのは、全身を黒光りする鱗で覆われた竜の姿である。全体に炎竜よりもがっちりとした身体つきだ。

 パトリシアは、その他の生物学的な特徴を挙げながら細かく竜の解説を続ける。しかし、話があまりに冗長になったため、ダイアナが先を促した。

 腰を折られたパトリシアは、いくぶん不満げである。


「……最大の武器は、やっぱり呼気。体内に取り込んだ大量の砂礫を、鞴腹の高圧空気で吹きつける『砂塵呼気サンドブレス』が強力よ」


 砂くらい大したことないじゃないか、と考えた者は多かった。フランシスもその内の一人である。そんなフランシスの内心を見透かすように、パトリシアが続ける。


「砂と言っても、その勢いは半端なものじゃないからね。岩だろうが鉄だろうが、あらゆる物を削り取るわ。人間の身体なんて、おろし金でおろしたみたいに削られて粉々になっちゃうわよ」


 吹きつけられた砂で、人間の身体が削り取られる――いまいちイメージが湧かないフランシスだったが、パトリシアの言うことだから間違いではないのだろうと考える。


「炎竜と違って厄介なのが、『砂塵呼気』は何度でも吐けるってこと。炎竜の場合はお腹の中の可燃性物質を使い切ったらオシマイだけど、『砂塵呼気』の材料となる砂はそこらじゅうにあるわけだから。じゃ、私の話はこんなところね」

「さて博士、ご苦労でした」


 続いて、ダイアナが登壇する。傍らの士官に命じ、竜の姿絵の横に大きな作戦地図を貼らせた。


「今回の標的は、体長十四メートル。黒鉄竜の中でも小型の個体です。動きもさほど速くなく、トラップで機動力を削ぎ集中砲火を加えれば問題はないのですが……ベイカー少尉」


 指名されたのは、砲兵隊長スコット・ベイカーである。


「はっ。検討はしましたが……どうにも難しいですな。こう凹凸の激しい地形だと、射角を取るには崖の上に砲を設置する必要があります。しかし、そのためには砲の輸送に数倍の人員が必要となり、現実的ではありません。もし設置できたとしても、高低差がありますから命中率は大幅に下がるものとお考え頂きたい」


 作戦予定地であるバークリー大峡谷地帯は、深さ数百メートルもの切り立った谷が縦横に大地を引き裂く険しい地形である。平地では大いに力を発揮する大砲も、起伏の激しいこの土地では運用が難しいのだ。


「起伏の激しい地形というのはしかし、トラップに適した土地であると言えます。ノックス曹長」


 次に名指しされたのは、工兵隊長のサムソン・ノックスである。


「はっ。この地形ならば、高低差を利用したトラップがいくらでも設置できるでしょう。崖の上から岩を転がすだけでも、相当な威力が期待できます」

「致命打を与えることはできますか?」

「お任せを、と申し上げたいところですが……こればかりは、やってみなくてはわかりません。私自身黒鉄竜との対戦経験が少ないので、無責任な発言は控えます」


 ダイアナは、手にした資料を机に置くと、会議室に集まった面々を見渡す。


「さて、今の説明でおおむね作戦のイメージはできたでしょう。峡谷の地形を利用し竜を足止め、然るのちトラップで打撃を与える。それで仕留めきれない場合は、『大鷲』と私の『吼狼』の出番となります」


 至ってシンプルな作戦ではあるが、竜に対しては単純な作戦こそが最も効果的であることは前回の炎竜との戦いでも証明されている。


「この地形では、騎馬での『釣り出し』は不可能。よって、竜人の脚力をもって『釣り出し』を行います。本来はモーガン中尉が適任なのですが、現在彼は別命で基地を離れています。キーツ少尉」

「はい」

「今回はあなたに任せます」

「了解――でもあたし、『釣り餌』ってやったことないですよ」

「心配は無用。目標の足は遅い。あなたのスピードならば、『燃料切れ』にさえ気を付ければ危険はありません」

「わかりました」


 そして、行軍ルートやトラップの具体的な設置方法などについて詳細な擦り合わせが行われたのち、会議は終了した。

 会議が終わり、皆が会議室を出て行く中、フランシスはダイアナに呼び止められた。


「ファウラー少尉、今回はあなたにも戦闘に参加してもらう可能性があります」

「それは……はい、覚悟しています」


 会議に参加せよと命じられて時点で、それはわかっていたことだ。覚悟しているというのは本心からの言葉であるが――しかし、胸中に抱えた不安が消えていないのもまた事実であった。


「では、武器工廠の倉庫にて自分の武器を選ぶのです」

「訓練で使っていたものではいけませんか?」


 フランシスは、部隊に入って以来サイラスに付いて剣術の訓練を積んでいる。訓練中はサイラスと同じタイプの両手大剣を使っていた。


「竜人も、個人によって膂力や瞬発力が異なります。個々の特性に合った武器を使うことで、その力を最大限に発揮することができるのです」


 考えてみれば、一般の兵士は制式化された同じ型の武器を使っているのに対し、「大鷲」は各自戦い方に合わせた別の武器を使っている。腕力に優れるエドガーは重量は嵩むが一撃の威力が大きい大戦斧、速度に優れるクリスティは適度な重さで速度を損なわず、かつ手数が増える双剣、といった具合だ。

 ちなみにパトリシアによると、フランシスの能力はどれを取っても竜人の平均値のど真ん中あたり、ということらしい。


「わかりました」

「ガーランド少尉、ファウラーに付いてアドバイスをしてやりなさい」

「え? 俺っすか?」

「武器の扱いならあなたが部隊で一番でしょう。お願いしましたよ」

「……了解です。じゃあフランシス、行くぞ」


 不承不承といった面持ちで、サイラスが会議室を出て行く。フランシスはダイアナに一礼し、それに続いた。




「まったく、訓練サボって街でナンパでもしようと思ってたんだがな」


 武器庫への道すがら、サイラスがぼやいた。


「済みません、サイラスさん」

「まあ、お前が謝ることじゃないさ……ほれ、見えてきた。あそこだ」


 サイラスが顎でしゃくった先には、大きな煉瓦造りの倉庫が四棟、やや小ぶりな倉庫が一棟並んでいた。二人は、その内の小さい倉庫に向かう。

 倉庫番の兵士はサイラスの姿を認めると、敬礼して鍵を開けた。


「ここには主に白兵戦用の武器が入ってるんだ。竜人向けのは――そっちの壁際に並んでるやつだな」


 そこには、様々な種類の武器が並んでいた。共通しているのは、どれも野太く、分厚い造りであることだ。


「とりあえず、色々と手に取ってみろ」


 言われて一番手前にあった剣を手に取ろうとしたが、あまりの重さにびくともしない。「あっ、そうか」と呟き、「切り替え」する。


「それにしても、色んな武器があるんですね」


 剣を軽く振りながら、フランシスが感想を漏らす。剣に槍、斧といった一般的な近接戦闘用の武器に、弓・弩弓、他にもフランシスが名前も知らないような武器の数々が並べられている。


「これなんか、どうやって使うんですか?」


 それは、直角に折れ曲がった大きな刃であった。しかし、柄らしきものはどこにも付いていない。


「なんつったかな、旧大陸のどこぞの部族の伝統的な武器で、うまく回転かけて投げると自分の手元に戻って来るらしい。でもそれはやめとけ、牛や馬の首程度なら飛ばせるかもしれんが、竜にはまるで歯が立たん。クリスティのやつが実証済みだ」


 その他、巨大なハンマーや鎌はフランシスにも武器としての使い道が想像できるが、家庭で使うはさみやコルク抜きをそのまま大きくしたものなどはさっぱりわけがわからない。


「まあ、ここの職人が半ば面白がって作った武器も混じってるからな」


 竜人の力は強い。武器職人が頭の中で思い描きながら、重量などの問題で実用化に至らなかったような武器も、竜人ならば扱えてしまう。制限が取っ払われた結果、職人が悪乗りしすぎることもあるというのだ。


「まあ、結局はオーソドックスな武器に落ち着くんだよな。剣とか槍とか」

「なるほど……」


 いくつもの武器を試してはみたが、なかなかピンと来るものは見つからない。


「これだ、ってのがなければ、今まで使ってきた両手大剣でいいんじゃないか」

「ええ、そうですね……ん、これは」


 目に入ったのは、刃渡りがフランシスの片手の長さほどの刃物だ。刃は幅広の長方形。先端部には、軽く湾曲した「返し」が付いている。陳列棚には、「重鉈ヘヴィ・ハチェット」と書かれている。

 右手で握り、二、三度軽く振ってみる。普通の鉈なら、故郷の村にいた時も薪を割ったり潅木を払ったりするのに良く使っていた。そのためか、これが意外にしっくり来る。


「その重さの武器なら、左手に同じのをもう一本持ってみろ。そのほうがバランスがいいと思うぜ」


 クリスティの戦いぶりを思い出し、身体を回転させて両手の重鉈を振るう。ぶん、と風を切る音が倉庫内に響き、床に溜まった埃が舞い上がる。


「これ、いいかもしれないです」

「よし。じゃあ、それで決まりだな。あとは、出撃までにひたすらその武器に慣れることだ。今まで使ってきた両手大剣とは使い勝手が違うだろうが、基本のところはそう変わらない。この二ヶ月間、お前には剣の基礎を叩き込んできたからな。あとは応用だよ」


 フランシスは、サイラスにとにかく素振りと基本の型を繰り返しやらされてきた。「重量のある長物を振り回す」ための身体感覚は、どんな武器でもある程度共通するというのがサイラスの持論であった。


「お前の命を預ける相棒になるんだ。大事にしろよ」


 そう言われ、フランシスは改めて重鉈の刃を見つめる。不思議なもので、早くも愛着が湧いてきた。


「そうと決まりゃ、早速訓練だ。行くぞ!」

「はい!」


 街でナンパすると言っていたことも忘れ、サイラスが走り出した。なんだかんだで、剣に関しては真面目な男なのである。

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