第五話
六日後。
フランシスたち特殊遊撃隊「大鷲」の面々は馬上の人となっていた。向かっているのは、シラーズから北東に二百キロほどの場所にあるヒークス平原だ。目的は、この平原に君臨する一匹の竜の討伐である。
フランシスがこの作戦に同行するよう告げられたのは、二日前のことである。
「無論、作戦に参加させることはありません。今回は見学のようなものと思ってください」
とは、ダイアナの弁である。
指揮官であるダイアナと他の兵士たちは、前日一足先に現地入りしている。フランシスたちは、最終の輸送隊と共に基地を出た。
「サイラスさんの剣はこの間見たけど……二人の武器も凄いなぁ」
クリスティ、エドガー、サイラスの武器が積まれた荷車を見て、フランシスが呟く。
エドガーの武器は、巨大な両刃斧だ。刃の部分の横幅は七十センチほどで、肉厚も普通の斧の倍はある。柄の部分は長さ約二メートルで、人間の指ほどの太さの鋼の棒を二十本以上束ねて作った特別製である。
とにかく重量が嵩む。エドガー自身の乗馬以外に輸送用の馬車を仕立てて運ばなければならないのだ。
「あのくらいじゃないと竜に歯が立たないからね」
フランシスの後ろから、パトリシアが答えた。
なるべく多く竜を自身の目で見たい、という意向で、彼女も今回の作戦に随行している。彼女自身は馬に乗れないので、比較的荷物が少ないフランシスの馬に同乗しているのだった。
「クリスの武器はあれよ。あの鞘に入っている剣二本」
剣は、約六十センチと長さこそ普通だが、厚みはやはりかなりのものだ。クリスティは、これを両手に一本ずつ持って戦うのだ。一撃の威力よりも、手数を重視した装備である。
「少佐の武器は? あ、少佐は指揮官だから直接戦闘には加わらないのか」
「そうでもないわよ。少佐の得物はあれ」
パトリシアが別の荷車を指差す。そこにあったのは銃のような大砲のような――フランシスの語彙では何とも説明ができない物体であった。
形としては、一般的なマスケット銃に近い。しかし、異常なのはそのサイズだ。銃身――いや砲身なのか――部分だけで二メートル近い。太さも直径二十センチ弱といったところか。それに比して、銃口の口径は小さく、三センチほどである。
「マンスフィールド
この銃が登場するまで、竜に対する決定的な武器というものは存在しなかった。歩兵が携行できる火器では威力が足りない。大口径の砲は破壊力は高いものの、竜に対して致命傷を与えることは難しかった。竜の鱗はただ硬いだけでなく、幾重にも重なった多層構造になっている。この構造が、大砲の砲弾の衝撃を吸収してしまうためである。全くの無傷で済むというわけではないので、大砲で竜を倒すことが不可能、というわけではないのだが。
竜の鱗を撃ち抜く――ただそのことのみに特化して造られたのが、「吼狼」である。
弾丸の貫通力には、その速度や重量などが関係してくる。しかし、ただいたずらにそれらを高めればいい、というわけでもない。
弾丸の重量を増やせば、それだけ速度が犠牲になる。それならばと炸薬を増やすと、今度は発射する銃身に耐久力が必要になってくる。しかし、現在の技術では一定以上の厚みを持つ銃身を造ろうとすると品質に問題がでてしまう。
そういった様々な要素を考慮に入れ、試行錯誤の上最良のバランスを実現させたのが「吼狼」なのだ。
「へぇ。でも、それなら皆アレを使えばいいんじゃないの」
「そうできればいいんだけどね。でもそれは無理ね。あれは量産が難しい武器だから」
「吼狼」は、現在の人類の銃火器製造技術の結晶だ。多くの熟練工が多大な時間をかけてようやく一丁完成するという代物だ。
「特に、あの銃身。そもそも肉厚の銃身を造ること自体が難しいの。加えて、命中精度を上げるために内側には螺旋状の溝が掘り込まれてるんだけど、あれがまた大変なのね」
他にも問題はある。「吼狼」は強力だが、目的を達するためにかなり無理をしている面がある。
たとえば、威力を高めるために耐久性が犠牲になっているのだ。一発撃つだけで各部に歪みが生じ、メンテナンスが必要となる。酷い場合は、一発で廃棄処分になる場合すらある。
使う弾丸も特別製だ。通常のマスケットや大砲で使われるのは球形の弾だが、「吼狼」で使われるのは細長い円錐形に削り出されている。また鉛の上に鉄が被せられた二重構造で、これらの工夫はすべて弾丸の貫通力を高めるためのものだ。この弾丸も、量産が難しい。
「なるほどね。でも――今回は二丁しか持ってきてないってことは、撃てるのは二発ってことか」
「そうね。強力とはいえ、当たる場所や角度が悪いとダメージを与えられないから、部隊で一番射撃が上手い少佐が使うことになってるの」
たった二発に、作戦の成否がかかりかねないということだ。ダイアナの双肩にどれほどの重圧がかかっているか、フランシスには想像もつかなかった。
野営を挟みつつ、フランシスたちが作戦予定地であるヒークス平原に辿り着いたのはさらに五日後の早朝だった。
ヒークス平原は、コルドア内陸部に広がる
そこでは、先行した工兵、砲兵部隊が急ピッチで作戦の準備を進めていた。
平原を見渡せる小高い丘の上に本陣である
「エドガー・ノリス中尉以下『大鷲』隊員三名、ただ今到着しました」
「ご苦労。作戦開始は一四〇〇です。あなたたちは食事と休息を取りなさい」
大きな戦力である竜人。万全のコンディションを保つことが、作戦開始前の最大の仕事なのだ。
「少佐、僕はどうすれば」
フランシスが挙手した。
「あなたは今回することがありません。しかし……そうですね。我々の作戦がどういうものか見て回るのも一つの勉強でしょう」
「わかりました」
そうして一行は天幕を出る。
「じゃ、あたしたちはご飯食べてひと眠りするけど。フラン一人で大丈夫?」
「あ、うん。多分」
「それなら、私が付いて行ってあげるわよ」
案内役を買って出たのはパトリシアである。
「私も、実際竜が出てくるまではやることないしね。さあ、行きましょう」
二人はまず、丘の一番高い場所に向かった。平原で兵たちが何をしているのか、一目瞭然に見渡せる。
「ええと、ここが本陣――『
地図を見ながら、フランシスが平原の地形を確認する。「嵐の丘」、「稲妻の丘」というのは正式な地名ではなく、作戦上便宜的につけられたものだ。
「そうね。この二箇所に設置された大砲による砲撃が、この作戦の柱ってことになるわ」
二つの丘にはそれぞれ大砲が三十門ずつ設置されおり、動員された砲兵は二百名を超える。
竜をその棲家からこの平原に誘導し、集中砲火を加える。作戦は単純なものだ。砲撃で決着がつきそうにない場合は「大鷲」の出番となる。
「でも、竜ってそう簡単にこっちの思い通りに動いてくれるの?」
「まあ、竜はあまり頭が良くない――というより、人間という存在に対して無警戒だからね」
竜は、他の生物と比べると桁外れに強い。自らに危害を加えうる存在がいない、という環境に慣れてしまっているため、他者に対する警戒心というものを持たないのだ。
「ちょっと挑発すれば真っ直ぐ追いかけてくるから、誘導自体はそれほど難しいものじゃないわ。あとは『釣り餌』の技量次第ね」
竜を誘い出す行為を釣りにたとえ、その誘導役のことを「釣り餌」と呼ぶ。高い走力を持つ竜人がこの「釣り餌」をやることが多いのだが、このヒークス平原は平坦で馬が走りやすいため、騎兵が「釣り餌」になるという。
「竜人って大変なんだなぁ」
人事のようにフランシスが漏らす。
「そうねぇ。万一退却を余儀なくされた場合、しんがりで時間稼ぎするもの『大鷲』の役目だから」
このヒークス平原は、作戦目標である竜の縄張りの境界線上にある。竜には自らの縄張りから出ないという習性があるため、この場所で戦えば退却が容易となる。竜は、縄張りを大きく外れた場所までは追ってこないのだ。
「まあ、例外と言える出来事が最近起きてしまったわけだけど……」
「結局、あれの原因はなんだったのかな」
それがわからなければ、同じことが繰り返される可能性がある。そして、「竜は縄張りから出ない」ことを前提としているフロンティアの人々の暮らしも脅かされることになるのだ。
「あくまで仮説なんだけど――脳に与えたダメージが原因と私は考えているわ」
「脳?」
「うん。生物の脳について私たちがわかっていることは少ないんだけど――ものを考えたり身体の動きを制御したりする機能がある、ってことは昔から知られているわ。あのときの竜は、脳に負った負傷の影響で本能を司る機能を失ったんじゃないか、って」
頭に重い怪我を負った人間が、言葉を話せなくなったり過去の出来事を忘れてしまったりする事例は数多く存在する。フランシスを襲った竜も、それと同様に本能が失われてしまった、というわけだ。
「とにかく、最後まで油断せずに止めを刺すことができれば問題はない、ってことね。少佐も今回ばかりは気合が入ってるわよ」
パトリシアが指差した先では、ダイアナが各部署の責任者を集めて指示をしている。その表情は固く引き締まり、時折叱責の声が飛ぶ。
厳しい態度は、責任感の裏返しであることはフランシスも理解している。今回は作戦に参加しないフランシスには、作戦の成功を祈ることしかできない。
正午には、全ての準備は完了した。作戦開始まで、あと二時間。兵士たちは、最後の休息をとっている。
フランシスもクリスティたちと合流したが、いつもは陽気な三人が今日は妙に口数が少ない。それは、他の兵士たちも同様であった。三百人からなる軍勢が、不自然なほどに静かだ。
張り詰めた空気の中、じりじりと時が過ぎていく。と、平原の彼方から一頭の馬が駆けてきた。
「伝令だな」
サイラスが呟く。
「本陣に戻るか」
エドガーが立ち上がる。サイラス、クリスティもそれに続いた。
本陣には、既に士官たちが勢ぞろいしている。
「斥侯部隊より伝令! 休眠状態の竜の覚醒に成功! フレッチャー兵長による『釣り出し』は、予定通り一三〇〇に開始されました」
「ご苦労。では……
ダイアナの号令に、全員が姿勢を正す。
「斥侯隊は予定通りその役割を果たそうとしています。最も危険な『釣り餌』となった兵長の働きに、我々は答えねばなりません。工兵隊長!」
「はっ!
「砲兵隊長!」
「はっ! 六十門、すべて照準合わせと発射準備完了済みであります、マム!」
「歩兵隊長!」
「はっ! 塹壕の掘削は完了! 兵の士気も上々であります!」
「騎兵隊長!」
「はっ! 騎兵三十、人馬共にいつでも出撃できます!」
「では特殊遊撃隊『大鷲』、ノリス中尉! 我々の役割は何か!」
「はっ! 竜を貫く槍となり、竜から皆を守る堤となることであります!」
敬礼しながら、エドガーが叫ぶ。
「よろしい。では、勇猛なるシラーズ独立大隊の諸君、肝に銘じよ! これは単なる害獣駆除ではない。竜という脅威を排除し、祖国の明日を切り開くための戦争である! 竜に敬意を! 而して全身全霊をもってこれに対すべし!」
「イエス、マム!」
全員が声を揃え、ダイアナに答えた。
「国王陛下とパーシヴァル閣下の名の下に、これより作戦を開始する! 総員、戦闘配置!」
「イエス、マム!」
背筋を正して敬礼すると、兵士たちは駆け足で持ち場に向かった。
その場に残ったのはダイアナと作戦参謀の士官数人、そして「大鷲」の隊員のみである。
「ファウラー准尉!」
「は、はい!」
「『切り替え』はできるようになりましたか」
「はい、多少時間はかかりますけど……」
「では、一三五〇までに『切り替え』を済ませておくように。なに、重ねて言うようですが戦闘に参加させるわけではありません。場合によっては、その竜人の目と耳を役立ててもらうことになるかもしれない、というだけの話です」
竜人の鋭敏な感覚――特に視覚と聴覚は、情報収集に大いに役立つ。その目と耳は多いに越したことはない。
クリスティ、サイラス、エドガーの三人は、本陣近くでダイアナと並んで待機する。
フランシスはパトリシアと二人、「大鷲」の背中を眺めながら時が経つのを待つ。
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