第4話 最終回

 「ちょ……お父さん。気は確かですか?」

 「冗談を言っている場合ではない。あの空にある青い星が惑星ウルネアだ。星の温度が上がった理由も不明。みなさん、大至急で情報の収集を!」

 指令を受け、エリザ、セグ、グラインが火山の中へと入って行き、一緒に司令官も走り去る。総隊長はドンと構えており、ゲイン王子の背中を叩きつつ、聞いてきた話を自慢する。

 「どうも奴ら、母星が黒コゲにならぬよう、この星を冷却しておったようだ」

 「彼らのマザーベースが一機、後に火山の近くへと移動してくるらしい。緊急事態である故、フレイムタウンの所有資源を提供すると司令官殿が決定した」

 「……総隊長!レッドスターってのについて、何か言ってなかった?」

 「む?う……う~む」

 よく憶えていないらしく、総隊長はメラの疑問をそのまま王子に流した。

 「レッドスターという名の気温補助装置が昔、この星には開発・設置されたようだ。それを彼らは捜索していたようだが、未だ手がかりがない。先に白銀峠を攻略された事でレッドスターのヒントを奪われたと見て、今回の対話をもちかけたそうだ」

 「レッドスターのレポートは僅かだけど、記憶にある。場所は黒の研究所……白銀峠の最深部。起動のキーは……これだと思う」

 ジェリーは研究所で見つけた石を取り出し、総隊長に手わたす。いぶかしげに石をのぞき込むも、総隊長は大きな手のひらに収めた。

 「一旦、これは預かる。指令のやつも見たかろう」

 「……でもさ。起動のカギは3つって書いてあるよね?一つは石だとして、データバンクに託された二つ目と、時間が有する三つ目はなんなんだ?」

 「レッドスターは大量の水を地下に溜めこみ、それを特殊な砲台から発射する装置なの。どうして使用されなかったのかっていうと、水が足りなくなったから。以来、一度も使われていないから、地下水のチャージは完了してるはず」

 「データバンクは?」

 「……それは記憶にないのだけど、私がレッドスターの場所を知ってるから、私の知識の事かも」

 「なるほど。総隊長!そうらしいです!」

 「情報は固まった!準備に行くぞ!」

 「援助いたします。共に参りましょう」

 猶予がないといわんばかり、王子に急かされ総隊長も仕事へ向かう。その姿が暗闇に消えると、メラとジェリーは背後にモーターの爆音を受け、細めた目で空を見た。そこには大量の水を放水しながら飛ぶ、巨大な戦艦があった。

 「……逃げよう!」

 「う……うん」

 迫りくる波から逃れようと、メラがジェリーの手を引いて走り出す。エレベータは偉い人たちが乗って行ってしまい、乗り場には残っていない。迷わず階段を上がり、火山の通路に押し寄せた水より免れた。

 火山の3合目にある横穴から外の景色を見て、視界を覆いかくす程の飛行戦艦と対面。その発射ポートには小さめの飛行機が幾つか乗っており、王国ガルで遭遇した氷を出す乗り物も発見できた。すると、ドラゴンとの2人旅を思い出してしまい、ジェリーは急いで顔を窓から引っ込めた。

 「すごいなぁ……火山と同じくらい大きいぞ」

 「……怖いから、奥に行きましょ」

 「そう?じゃあ、なんか手伝いに行こっか」

 着陸した敵船が全く動作しないのを確認した後、メラとジェリーは火山の奥へと向かった。とはいえ、レポートの調査も終了してしまったし、フレイムタウンの住民たちは敵船の襲来に大騒ぎ。何から手をつけようかも考えつかず、2人は壁際に立って様子を見ていた。

 「各隊長が総出で説得に当たってる……これを納めるのが、父さんたちの今の仕事かな」

 「大変そう……」

 『……ジェリー。たすけて。ジェリー』

 「……メラメラ、なにか言った?」

 「え?何を?」

 かぼそい声で名前を呼ばれた……ような気がして、ジェリーがメラに尋ねている。念入りに耳を澄ませてみると、やっぱり聞こえた。

 『ジェリー。たすけて。おねがい』

 「ドラゴンさんの声……下の方から聞こえたわ」

 「なんって?」

 「おねがいって」

 「どうせ、また何かをねだってるんだよ。大した事じゃない」

 『むむ……黄色コートのバカ!』

 「む。あたしにも聞こえたぞ!下だ!」

 悪口だけは耳に入るようで、メラもドラゴンの居場所を知った。上がったばかりの階段を降り、すでに水の引けた一階へ。資材置き場の扉を開き、その辺を探してみる。

 「……いないなぁ」

 「でも、この辺りから聞こえたわ……」

 「からかってたりしたら、しっぽつねりあげてやろうか……ん?」

 「ふ……ふんでる。いたいいたい」

 歩み出したメラの足の下には小さいトカゲが落ちていて、かつてのドラゴンである。しっぽをつまんでメラが高い所に乗せてみるも、無気力さながら腹を上にして落ちている。詳しく話を聞いてみようと、ジェリーが優しく声をかけてみる。

 「どうしたの?疲れたの?」

 「あ~あ、こんなに小さくなってしまって」

 「部屋で寝てたんだけど……目がさめたら、くさりでグルグル巻きにされてて、怖いオジサンが炎の石を食べさせたの……」

 「よかったじゃん。たくさん食べれて」

 「よくないの!無理に体あっためると、痛くなっちゃうの!あったかみはシッポから地面に流したけど……痛くて動けない……」

 「あの……怖いオジサンって誰?」

 「王子と一緒に来たオジサン!もうヤダって言っても、どんどん炎の石を食べさせるの!水の軍団を締め出すとか言って!」

 「なるほど。それで火山が噴火した訳か。この件は……父さんに言おう」

 「うん……言っておこう」

 ジェリーはドラゴンを頭の上に乗せて、メラと共に資材置き場を出た。今度はエレベータが下に降りており、上の階に戻るのも楽である。

 「このウスノロどもめがぁ!」

 と、人々がザワついていたフロアへ戻ってみると、聞きなれない怒声。人々に囲まれ、王子と一緒に来たオジサンが何かをわめいている。

 「この街の上官どもは、簡単な解決策を知りながら、今まで手をこまねいていた!私が腕を振るおうならば、火山活性、敵軍撤退!全て順風に事が進むのだ!あのような奴ら、失脚させるが街の為である!」

 「……あっ、司令官先生。いいとこに。話を聞いてやってくだせい」

 手柄話をふるっているオジサンに困り、炭鉱夫らしき男の人が司令官を呼ぶ。面倒そうな様子も見せず、司令官がオジサンの前まで歩いてくる。

 「貴様が知恵頭か!あれほどの情報が判明している現状、すぐに手を下せぬ者が指令を名乗ろうとは片腹が痛い!みなさん、このような若造に判断を任せていては危険です!いま一度、党首を威厳と実績により選定すべき……ふごぉ!」

 熱弁オジサンの右頬を殴って凹ませ、司令官は涼しい顔で場を後にした。周りの人々は嬉しそうな様子で拍手などしている。もちろん、おじさんとしては憤慨の事である。

 「ば……隊の一派が無能ならば、村人も習って無知であるか!救いようもない!」

 「デベル。もうやめないか」

 「あぁ、王子。私は民の……星の為を思い行動を起こしたのです。どうか、ご理解を……」

 司令官に代わり、王子がゼベルの対応にあたる。王子も立ち振る舞いは穏やかであるが、顔色こそ優れない。

 「慢心は、貴様の方だろう!常に人々の不安を煽り、地位にしがみついていたのだ!つくづく愛想が尽きた!」

 「……であらば、私を国より追放なさいますか。その暁、王国ガルの未来を暗く染めてやりましょうぞ!後悔はなさりませんな!」

 「貴様は王国ガル特攻隊長に推薦する!兵の見本となる生き様、期待しているぞ!」

 「……な!王子!貴様ぁ!」

 その問答を見て、フレイムタウンの人々は笑顔であった。結果は問わず、迷いのない判断は賞賛されるのだ。とはいえ、娘にも手を挙げた事がない父親が、知らないオジサンを殴っている光景は娘たちからすれば異様である。いまだにメラは感心した素振りで腕を組んでおり、ジェリーは特に驚いた表情であった。

 「ジェリー、話がある。至急、研究室へ来てくれ」

 「お父さん、手は大丈夫?」

 「少し痛むが、問題ない」

 手をグーパーグーパーしつつも、司令官は火山上層へと歩き出す。ついさっきの行動が父親らしくなかったせいか、父親の後ろを歩きつつも、メラが暴行の真意を尋ねている。

 「珍しいね。父さんが手を出すの」

 「……ん?あぁ、あれが一番、早い解決を望めたからな。彼は人々の精神をゆさぶる知恵こそ優れているが、その土地その土地の気風を理解していない」

 「ふ~ん。やっぱり、父さんもフレイムタウンの人だな」

 「すまない。私もフレイムタウンの人なんだ。ところで、ジェリーの上の生き物は?」

 「ドラゴンさん」

 「怖いオジサンにイジメられた……しょぼしょぼ」

 「……大方の事情は把握した。老岩石の声を調査していた部屋を戸締りしなかったのは、私のミスだな。さて、話というのはレッドスターについてだ。隊長から聞いたが、ジェリーは過去の記憶を取り戻したのか?」

 「取り戻した……はず」

 「ウルネア星団より聴取したレッドスターに関する情報と、ジェリーの記憶を照らし合わせ、私たちがしなければならない事を探し出す。惑星ウルネアの方々には火山の外で待機して頂いているが、彼らが星に滞在していられる時は長くないだろう」

 そんな話を聞かされている内にも、老岩石の声について調べていた部屋の扉が見えてくる。扉を開けると総隊長のみが大きな態度で座っており、待ちかねたとばかりに待ちかねたと言っている。

 「待ちかねたぞ!司令官!わしの伝言通り、娘が事件解決のカギを知っていただろう」

 「総隊長が話を正確に伝える訳ないから、王子様が伝えたんだろう」

 「娘、何か言ったな?」

 「晩ご飯の話ですよ。気にしないでください」

 「なら良い。司令官、作戦会議を始めろ」

 「では、失礼して……ジェリー。レッドスターが白銀峠最深部に眠っていると聞くが、それで正しいかな?」

 「私の記憶では……そうなってる」

 ジェリーの答えを待ち、司令官は石版を取り出す。これには水の軍団から知り得た情報が書き記してあり、それを黒板に写しながら続ける。

 「レッドスターは大量の水を放出し、星の温度を現在の平均より下げるとある。ジェリーの話と照合がとれたので、間違いはないだろう。問題は……最深部への入り口は、どこなのか。誰が起動に向かうのか」

 「ちょっと待った。お父さん、レッドスターとやらを起動させる気まんまんだけど、それは罠なんじゃないの?」

 「メラ、良い質問だ。我々はレッドスター起動作戦の前夜、ウルネア唯一の惑星間飛行船内部へ、数種類の爆弾を計300個、場所を決めず散りばめて仕掛ける予定だ」

 「……お父さん、それはなんの解決になるんだろうか」

 「惑星間飛行船が一つしかない事実は、相手が口をすべらせた。飛行船を失えば、ウルネア星は我々の星の状況が解らず、手出しができない」

 「うむ。やつら、わしが乗り物を蹴とばしてやると、首の根をしめられるかのような面持ちで自白しおったわ!がはは!」

 「総隊長が脅したのか……それはいいとして、惑星間を行き来する乗り物くらい、また作ればいいだけじゃないの?今の来てる人達は捨て駒にして、違う人達が星を冷やしにくるかもしれない」

 「ジェリー、この星を脱出した人々が、どのような星に向かったか、知っているかな?」

 「うん。総面積でいうと、ここから炎の神殿までくらいしかない小さな星」

 「空に見える星影からも、非常に小さな惑星であると解る。総人口5万人、水の軍団の隊員は4000人。常識で考えたならば、人材を切り捨てる判断はできない」

 「とはいえ、100%ではないんじゃない?」

 「念には念を入れ、我々がレッドスター起動へ向かうのは、彼らが宇宙へ避難すると同時に行う。罠であれば、相手は実力行使に出る」

 「つまり……まだ相手側は、こちらがレッドスターを起動させに行くか」

 「約束はしていない。おそらく、相当に気をもんでいることだろう」

 質問攻めにするも、軽く受け返された。メラとジェリーは無言で顔を見合わせて頷き、司令官に話の続きを促した。

 「話を戻そう。白銀峠の最深部へは、どこから入るのか。それに伴い、どのような装備が好ましいのか。そちらについて、ジェリーから情報を仕入れたい」

 「白銀峠最深部へ侵入するには、白銀峠にあるメインコンピュータへログインした後、電子ロックを解除すれば大丈夫」

 「め……めんこをでんろく?ジェリー、なんだって?」

 「メラメラも見たと思うけど、白銀峠の壁の装置が作動すると、黒い窓に様々な情報が表示されるの。それ」

 「なるほど。あれを動かすのか……あ!じゃ……じゃあ、ジェリーも作戦に同行するの?」

 「……私、この星の人たちを助けたい。あと、私を作ってくれた人たちの仲間……水の軍団の人たちも。やれる事はなんでもしたい」

 「……うん。レッドスターが水を溜め込んでるって事は、白銀峠最深部は水浸しになってるかも。だったら、あたしも留守番はできないよ。お父さん」

 「あぁ……この戦い、最後の作戦だ。父親としては情けないが……私は戦力外ゆえに同行はできないだろう。ジェリー、そのコートの精製方法について、何か思い出せないだろうか?」

 「今なら、作れる。素材があれば。でも、完全に成分を付着させるまでに、朝晩二回くらいかかると思う。たぶん、クロルジャッぺルの量にもよるけど、きっと何着かは作れる」

 「クロルジャッぺルだな。取り急ぎ、かき集める。総隊長、私は武術の心を知りません。屈強な隊員を選出してください。お願いします」

 「よしきた!全て任せておけ!」

 得意分野を任せてもらい、総隊長は早速といわんばかり部屋を後に。司令官も資材の確保に動かねばならず、すぐさま総隊長に続く。ジェリーは弱ったトカゲ……ドラゴンを石の釜へと入れ、回復などを計っている。

 「うぁ~。じんわり温かい~」

 「ドラゴンさんは、ここで休んでいて。私も、行かないと」

 ドラゴンを安置し、ジェリーも行動に移る。話の流れとしては、コート作りの準備に入るのだが、メラは念入りに詳細を尋ねている。

 「コートを作るには、何が必要なんだろう」

 「大きなタライがあれば問題ないと思う。あとで、資材置き場から借りてきましょう。でも、その前に……」

 シロイモリが入っているビンをジェリーが取り出し、それを見たメラが2歩ばかり退いている。事情は通路を歩きながら聞く。

 「急に星が熱くなって、外の動物さんたちもビックリしてると思うの。だから、クネクネ君に情報の伝達を頼んでおきたいの」

 「……ま……待って。クネクネ君、他の動物と会話とかできるの?」

 「え?」

 「……えっ?」

 お互い、いまいち相手の意図が掴めず、無意識に足を止めている。再度、メラが確認しつつ、歩みも進める。

 「クネクネ君、他の動物と会話できるの?」

 「え?」

 「……あれなの?天然ボケなの?」

 「でも……してたでしょ?」

 「え?誰と?」

 「この火山に住んでる火ネズミさんとか、ファイアーフラワー地帯の動物さんとか」

 「なんで、会話してたって解るのさ」

 「え?聞こえなかったの?」

 「え?」

 エレベータが設置されている場所まで向かう途中、またしても足を止める。

 「ジェリー……動物の言葉、解るの?」

 「う……うん」

 「じゃあ、ザルバ渓谷のオオカミみたいなの、なんって言ってた?」

 「急に寒くなってヤダね~……って」

 「……なんとなく、他の人がジェリーをどう思ってるのか、理解できた気がする」

 「……そうなの?」

 メラは同じ屋根の下に住んでいて気づかなかったようだが、同居していた人が不思議系ヒロインであると遂に解ってしまった。すると、どことなくメラも意識してしまうようで、一歩後ろからジェリーの背中を見つめてみたりしていた。

 エレベータには土を運んでいる人が2人ほど乗っていて、一階に降りると濡れた部分に土をかけていた。メラとジェリーは火山の入り口から外へ出て、ずっとビンに入っていたシロイモリを解放する。

 「おねがい。みんなに星の危機を伝えて」

 注射器から汲み出した水をかけると、シロヤモリはグングンと大きくなり、すぐにジェリーたちよりも大きな体格を得る。声こそ出さないが、使命感を帯びた様子で駆けだした。

 「……あれ?あいつ、もしかしてドラゴンより立派なんじゃないか?言われた事できるし」

 「水の軍団が特殊機関で育成した、第一級生体兵器って自分で言ってたもの」

 「なんかイメージ変わるなぁ……」

 重大な仕事をエリート謎生物に託し、ついでに水対策のコートを作るためのタライも資材置き場より拝借。メラがタライの底をボンボンと叩いていると、鉄の大きな箱からススだらけの父親が出てきた。

 「はい……なんだ。メラとジェリーか」

 「……パパ。もしかして、コートの素材を探してくれてるの?」

 「あぁ。火山の上層でも発掘を続けているが、希少な鉱石だ。街でも高値で取引される」

 「ジェリーの、お小遣いをすりへらした犯人だからね」

 メラは鉱石など買った事がないが、これでジェリーが貧しくなったのだろうと推測はできた。

 「街の人たち、いつも頑張ってるねって言って、お小遣いくれるけど、ちゃんと断った」

 「ジェリー、えらいぞ」

 「えへへ……」

 教育の賜物であり、父親としても鼻高々である。しかし、隣の娘は街の人たちから食べ物をもらったりしているから、ここはダンマリをきめこんでいる。そこへ、壁の鉄管を通して、落ち着いた声の放送が響いてくる。

 『メラ隊員、武器が凄い事になったぜ。早いとこ高炉まで来てみなぁ』

 「エディさんだ。いい声だなぁ」

 「うん。いい声」

 「以前、アナウンサーにならないかと頼んだが、もっと華のある人に頼んだ方がいいと断られた」

 「いい声で、しかも謙虚だ。ああいう、お兄ちゃんが欲しかった」

 「私も」

 「私も若い頃に、ああいう兄貴分が欲しかった」

 この騒動の中、みんな誰かを頼りたい様子である。下っ端のメラは良いとして、司令官とジェリーは立場上、より所が少ないのだ。

 「あたし、ちょっと武器の様子を見てくる。エディさんに預けたんだ」

 「うん。行ってらっしゃい」

 凄い事になったらしい武器を見に行く用事で、メラが資材置き場から出て行った。タライにコートの素材をジャラジャラ入れて、司令官とジェリーで協力して運ぶ。メラは階段で行った訳で、エレベータは下に残っていた。

 火山の上層に出ると、そこで母親と対面する。やや気に病んだ顔であったが、司令官とタライを運んでいる娘を見て、安堵の息をついた。

 「ジェリー……記憶が戻ったのね」

 「うん。でも、それだけ」

 「よかった……」

 「ジェリーなら、この通りだ。今、手が空いているのであれば、ジェリーの手伝いをしてあげてくれないか?」

 コートの耐水とか練成とかより、まずはコート自体を作らないといけないのだ。その作業とは、薄くて軟い金属をホチキスでつむぐ栽法である。ジェリーは器用だが仕事は遅いので、そこは任せてしまうと多大な時間を要する。

 「皆さんが気をまわしてくれて、お暇を頂いたから……出発まで、家族でいるといいって」

 「そうか。私は総隊長と話をしてくる。晩には手をあけるよう努める」

 メラとジェリー、おまけでドラゴンが寝ていた個室までタライを運ぶと、ジェリーの事を母親に任せて、また司令官は総隊長の面倒を見に行く。ジェリーは一緒に持ってきたアルミを伸ばし始め、母親も手身近な切れを合わせ始める。どのくらいの大きさに作ろうかと、ジェリーに相談したりもする。

 「どのくらい必要なのかしら」

 「コートを作るのだけど、誰が着るか解らないから大きめに作っておかないと……強い人が作戦に参加してくれるって言ってた」

 「だったら、エリザさんとガルムさん、それとセグさんが任命されるはずよ。あの人たちに付いていける人が、今の防衛隊にいれば話は別だけど」

 「お母さん……昔、防衛隊にいたの?」

 「お母さんは、親の手伝いで食事を運んでいただけで、その時に隊員の人たちから話を聞いていたの。結婚してからは自分の店を持てたから、あんまり基地までは足を運んでいないけど……コハクちゃんや、エリザさんが夜に食事へ誘ってくれるからね」

 「会った事ないけど……おじいちゃんたち、どこに行ったの?」

 「ジェリーとメラの、おばあちゃん2人は、早くに亡くなってね。元々、仲の良かった、おじいちゃん2人は、隠居に合わせて2人で旅に出たのよ。郵便でメッセージは届くから、今頃は水の軍団もいない遠い場所にいるのかも」

 「遠いところ……この星の裏側、今頃どうなってるのかしら」

 「星の……裏側?」

 「うん。王国ガルより、黒鋼峠より、もっと向こう。何もなくなったかもしれない場所」

 「……いつか、見てみたいわね」

 「うん」

 昔の記憶と今の記憶が錯綜しており、ジェリーは夢とも現実とも境がない発言をしている。その真意こそ理解していないが、母親はジェリーの言葉を受け入れた。コートを繋ぐ作業は空が暗くなるまで続き、ジェリーが一着と母親が二着を作成した。コートの繋ぎ目が粗くないか確認した後、砕いた資材が入っているタライへコートをしずめる。そこへ、オケを両手に父親が入室してきた。

 「わずかだが、追加のクロルジャッペルだ。あとは発見される見込みが薄い」

 「ありがとう、お父さん」

 「……前々から謎だったのだが、どのような構造でコートは水を避けているのだろうか。浸水すれば、必ず肌に水が触れるはずだが」

 「コートが水を防いでるんじゃなくて、コートの素材が私たちの体に干渉して、性質を変化させてるの。普通の状態で水に触れると水が体に溜まって痛むのだけど、コートを着てると水を受け流す体になるから、一部に滞留しないの。つまり、ちょっと体が、ふっくらする」

 ふっくらしているようだが、ふっくらしたかは肉眼で認識できない。残念である。

 「では、コートの形でなくても、体に触れてさえいればいいのだろうか」

 「全身で水を受け流さないといけないし、体を包んでいないと体温が外へ流れて行くから、コートの形じゃないと上手くいなかったの」

 「……納得はした」

 納得だけはしたようだが、司令官は不可解そうにアゴをさすったりしている。あとは丁寧に説明する事もできず、ジェリーが困っている。それを見かねて、母親が簡単に締めくくる。

 「ジェリーの研究が、メラの事も守ってくれたのよね。ジェリー、よく頑張ったわね」

 「うん。がんばった」

 「そうだな。ところで、メラとジェリーが任務に就く可能性を高いと見て、隊の皆が一家団欒の時間を設けてくれるらしいのだが、どうしたいだろうか?」

 父親の提案を受けると、母親は腕を組みながら短めに黙り、簡潔に申し出た。

 「一家団欒なら、任務が終われば幾らでもできるもの。私は、メラとジェリー……それに同行してくれる隊の人たちが無事に帰って来られるよう、任務の直前まで何かしてあげたい」

 「……ジェリーは、どうしたい?」

 「私、絶対に帰ってくる。みんなで。それに……お母さんと久々に2人で話せて、満足」

 「……解った。私も作戦準備に尽力しよう」

 ここにいない娘の意見は聞かれず、家族の合意は得られた。あと、任務につくであろう隊員も目星がついている様子。

「どうやら総隊長の様子を見る限り、優先的に任務へ同行する隊員はエリザ君とガルム、セグ隊員となる見込みだ」

 「お母さんの言った通りだね」

 「だって、その人達しか考えられないもの。ガルムさんがいるなら、何が襲ってきても安心ね」

 「……しかし、ガルム隊員は配慮に欠ける。昔から頭も固い」

 「ガルムさんを褒めたからって、やきもち焼かなくてもいいの。こんなところで休んでると、また総隊長に呼ばれるわよ」

 『司令官!司令官!解らず屋どもが小うるさい!至急、収拾に来い!』

 「ほら。早く行ってあげなさい」

 「うむ。では、行ってくる」

 壁のパイプから総隊長の声がガンガンと鳴り、混乱を鎮めるよう頼み込んでいる。したら、さっさと行かねば問題が大きくなる訳で、小走りで司令官は部屋を後にした。父親が頑張っているのだからと、再びジェリーも装備を作る作業に移った。

 その後、なかなかメラは部屋に戻って来ず、とてもジェリーは作業が捗った。母親がコートを作りつつも、ジェリーはコートに別の鉱石をまぶしたりして、改良の余地を塗り潰している。したら、前触れもなく大きな地震が発生。

 「ジェリー、こっち!」

 「う……うんん」

 逆さにした大きなタライを母親が被っていて、そこへジェリーを呼び込む。部屋の天井から石が落ち、壁はヒビ割れ。それでも火山は形を保った。頑丈だ。

 「お母さんは外の様子を見てくるけど、一緒に来る?」

 「行く」

 2人で部屋を出る。通路にも所々に亀裂が見え、他の部屋の人たちも見物に出ている。ただ、フレイムタウンの人たちは土を掘る能力が高い為、生き埋めにされても自力で脱出を図れる訳で、あまり不安気ではない。ただ、この地形をいつまで維持できるかは、ジェリーの母親も問題点として挙げている。

 「ここも……住むには問題が出てくるかもね」

 「水を流されたり、急に噴火したり忙しかったから……大変だったね」

 ねぎらいの言葉を火山にかけたりしていると、ゴツさの増した武器を背に携えメラが駆けてきた。

 「お母さんたち、無事だったんだ……よかった。なんか下に水の軍団の人が来てさ。お父さんたちをつれていったんだよ」

 「え?どこに?」

 「あの大きな乗り物」

 ジェリーに聞かれて、メラが何処を指させばいいのか解らず、適当な方角を指さして言う。そして、次のセリフである。

 「……敵をジラしたから、処刑されるのかもしれない」

 「え?メラメラ、そうなの?」

 「解んないけど」

 「メラメラ、解らないの?」

 「いや、解んないけど」

 「いやね。あの人が、わざわざ処刑されについていかないでしょ」

 「それもそうだ。母さんの言う通り」

 とはいいつつ、3人で火山の入り口まで偵察へ。ただ、途中の道で見えた景観に違和感を覚え、ふとジェリーが足を止める。

 「……まぁ、地面がシワだらけ」

 「今にも星が割れそうだ……」

 「……メラメラ。星が割れたら、何が出てくるの?」

 「カチカチの黄身と白身かな」

 適当な会話をしつつエレベータで下まで降り、火山の出入り口へ。そこで父親と遭遇し、早速といった様子でメラが詳しい事情を尋ねる。

 「なにか用事だったの?」

 「う……あぁ、うん」

 「……?」

 「なんか……この星、このままでは大爆発するみたい」

 「……ええ?父さん、なに言ってんの?」

 「前回の対談にて、その可能性は提示されていたのだが……予兆が観測できなかったため、余裕はあると見ていた。しかし、このありさまだ……」

 腕組みしつつも司令官が体を寄せ、メラは火山の入り口から見える世界をのぞく。すでに地面は黒く焦がれて、随所の亀裂からは赤い光が漏れだしている。まがまがしく映る世界に気を取られていると、水の軍団が乗ってきた宇宙船より、メカニカルなスーツを着た人々が降りてくる。

 「事態の悪化は急速に進んでいる。そちら側も判断に悩む時間はないだろう」

 聞き覚えのある声を受け、ジェリーが顔を上げる。顔こそ見えないが、スーツの中にいるのは火山頂上で戦った隊長らしい。そんな人の事などメラは忘れているから、まったくの無反応である。メラの後ろに隠れてしまったジェリーに対して、父親はコート作成の進捗を確認する。

 「ジェリー、防水装備の完成には、まだかかるのだろうか?」

 「……3着は作ったけど、素材が馴染むまで一晩はかかるかも」

 「ならば、完成に一夜、黒鋼峠へ向かうまでに一昼夜、これは作戦開始までに必ず要する」

 「……回りくどいわ。私たちが星へ滞在していられる限界も近い。宇宙圏へ避難する前に、お前たちをレッドスターがある研究所へ置いて行けばいい。あとは青いコートの女がなんとかしなさい」

 今度は王国ガルで戦ったキツイ女の人の声を聞き、ジェリーが母親の後ろに隠れてしまう。司令官はジェリーの態度を気にしつつ、彼らの紹介をしたりしている。

 「こちら、惑星ウルネアより、お越しいただいたアマカゼ隊長、補佐のシャーベットさん。あと、メカニックと呼ばれる皆さんだ」

 「黄色いコートと青いコートの者、貴様らの姿は忘れん。このアマカゼを撃った技の数々、いつかは見破ってみせる」

 「まさか、青コートの娘が地球原住民の作ったプロトタイプだとはね。どおりで古臭い顔な訳だわ」

 「そっちの女の人……やけにジェリーにつっかかるけど、なんかあった?」

 「……いえ。な……なにも」

 そう言いつつジェリーは耳をふさいでしまい、メラは謎を溜め込んで腕組みなどしている。呑気な人達を急かす仕草で、司令官が話を進める。

 「彼らの言葉が信用に値するか、それは私には解らない。だが、私はジェリーの言葉ならば信用できる。ジェリー……レッドスターは我々にとって救いとなる存在なのだろうか」

 「……記憶が戻って、私も少しだけど、自分を作った人たちの事、思い出した。優しい声の人だったから……私も信じたい。あの人が作った装置の事」

 「……そうだな。解った。私は至急、作戦準備を進める。次、空が明るむ頃を見て、任務を決行する」

 「……ありがとう」

 司令官が火山の中へ入ると、熱くて外に居たくないとばかり、水の軍団も船に戻る。なにやらボーッとしているジェリーへ、メラが今の状況を説明している。

 「防衛隊の人たちが準備とか必要あるわけない……つまり。全員、ジェリー待ち」

 「大丈夫?おしゃれとかしない?」

 「……エリザさんはするかもしれない」

 「あの子は、絶対するわね。昔から、そうだった」

 エリザさんがオシャレしそうなので、あと少し余裕できた。とはいえ、くつろいでいる程の時間はない。部屋に戻ってコート作りに努めよう……と足を急がせていると、メラが炭鉱にてジータ隊員の姿を見つけた。

 「何してるんだろう……」

 「ジータおめぇ、ずっと土けずってるが、防衛隊ん仕事やんねぇでいいのかよぉ!」

 「……俺、戦ったら強くないけど、こつこつやるのは得意なんだ!鉱石を探すの、手伝わせてくれよ!」

 「……もしかして、パパが持ってきてくれたクロルジャッペル、あの人が探してくれたのかも」

 その懸命な姿と炭鉱夫の言葉を知り、ジェリーとメラが感心している。

 「おめぇ、その割に何も見つけてねぇぞ!石の臭いとか解ってんのか!」

 「しらねぇ!」

 「とにかく、きたねぇから体は洗ってこい!な!」

 何も見つかっていないが、頑張ってクロルジャッペルを探しているのだ。汚いオジサンたちに心配されるレベルで穴を掘っているので、メラもジェリーも心の中で応援しつつ、ただ通り過ぎる事とした。

 「また、私は、お弁当を作りに行くわね。ジェリー、がんばって」

 「……うん」

 母親は弁当を作りに行く目的から、火山の中層で別れた。コート作りを再開しようと、ジェリーとメラは部屋に戻る。

 「ジェリー、あと何する予定なの?」

 「コートをホチキスでパチパチする。手伝ってくれるの?」

 「手伝うと仕事が増えるからな~」

 「じゃあ、一人でやる」

 メラが手伝った場合、仕事が増えるのではなく、仕事を増やされるのである。メラは迷惑をかけないよう、ベッドに横たわってしまう。それから10分くらいはメラの睡眠とジェリーの作業が並行線であったが、何か重要な事に気づいたとばかり、メラが起き上がって質問を投げる。

 「ジェリー、どこまで思い出したの」

 「……なにを?」

 「ほら。あたしたち、これから黒鋼峠最深部を攻略にかかるわけじゃん?具体的な攻略情報が知りたいわけよ」

 「……レッドスターは私にデータが移植された後に完成したみたいで、私はログイン方法と起動の手順、大雑把なシステムについてしか解らないの……あ、でも重大な事を思い出した」

 「なになに?」

 「私、ザラじゃなかった。凶暴じゃなかった」

 「そ……そうですか」

 この際、ジェリーの本名など大した情報ではないのだ。

 「メラメラ……私の事、興味ない?」

 「……や。あの……あたしにとっては、ジェリーはジェリーだから」

 「……そっか」

 言ったら言ったでメラも照れてしまうし、ジェリーはメラが好きすぎるので照れている。結局、残りの時間は静かに流れた。

 「ねぇ。ジェリー」

 「なに?」

 「……うちに来てくれて、ありがとうね」

 「……メラメラ。優しくしてくれて、ありがとう」

 「……いや、別に優しくしてないよ」

 「これからも、よろしくね」

 「……うん」

 やはり出発までにコートは完成せず、ジェリーは最後の仕上げに金の粉を振りまいている。様々な鉱物でゴロゴロと満たされているタライを2人で持ち上げ、メラとジェリーは火山の入り口まで移動を開始する。総重量300キロは固いが、運ぶには2人で事足りた。

 エレベータの近くへはフレイムタウンの人たちが押しかけていて、水の軍団が乗ってきた宇宙船をながめている者や、これから出かける隊員を送り出そうとしている者、楽しそうだから来てみた者、目的は様々である。ただ、楽しそうだから来た人が最も多い。

 「ジェリー!星を救いに行くんだろう!がんばれよぉ!」

 「ジェリー!古代人の生き残りなんだって?応援してるぞ!」

 「ジェリージェリーって、あたしも行くっつーの」

 「メラ!迷惑かけるなよぉ!」

 「メラ!行くのやめるなら、今の内だぜ?」

 「道を開けろ!道を!」

 やかましいとばかり、メラが声を振り切って人々をどかせている。エレベータで最下層まで降りるも、やはり人だかり。それでも何とか火山の入り口へ到達すると、そこでガルムと会った。

 「収拾つかねぇ!さっさと飛行船に乗り込め!」

 「えぇ?まだ、父さんにもアイサツしてないよ?そんなに急いでるの?」

 「これじゃ、絶対に来れないだろ……諦めろ」

 2人の運んでいるタライを奪い取って、ガルムが一人で持っていく。半ば強制的に宇宙船へ乗るよう勧められ、メラとジェリーも水の軍団の人が待っている場所へと向かう。水の軍団の兵隊を見つけ、また街の人たちがエキサイトしている。

 「あっ!水の軍団の隊員だ!よくも、俺たちの街を!」

 「謝れ!とりあえず謝れコラ!」

 「いやいや、こっちも必死な訳よ。上に参りますー」

 逃げるようにしてゴンドラを作動させ、足場を宇宙船内部へと移動させる。その際に噴出した水を避けて、フレイムタウンの人々も宇宙船から離れる。宇宙船の中は水の軍団に適温であり、中に入ったら入ったで寒い。

 「なんだよ……おい。どこか温かい場所を教えろ」

 「そこの階段を上がった窓際が、こころなしか温かいぞ」

 「そうか……じゃあな」

 ガルムは兵隊の言う通り、タライを持ったまま、日向を求めて上の階へ。その後、兵隊は知った様子でメラとジェリーに関わってくる。

 「よう。無事だったようだな。おかげさまで、俺も無事だ」

 「……誰だっけ?」

 「……もしかして、炎の神殿に行く途中で会った人?」

 「そうそう。あのあと。俺も仲間と合流できた訳。青コートと黄色コートが船に来ると聞いて、俺が接待に来たのよ」

 やはりメラは記憶にないが、ジェリーは微かに彼の存在をおぼえていた。そんな彼は何か見せたいものがあるらしく、カバンから紙の包みを取り出した。

 「せっかくだから、お前らにパンを見せてやろうと思ってな。これがパンだ」

 「茶色い……石か?」

 メラが包みの中身を受け取ると、怪しい手つきでパンをもみ始めた。その感触に驚きつつ、パンをジェリーに渡す。

 「ジェ……ジェリー!これ、やらかいよ!やらかしいよ!」

 「……あら、本当」

 「ガルムさんにも見せよう!」

 喜びを分かち合おうと、メラとジェリーはパンを持ったまま、急いで階段を上がって行った。水の軍団の人は役目を終えたとばかり、満足げに腕など組んで置いてけぼりにされていた。

 上の階には広めの通路があり、壁の右手一面がガラス張り。ここにしか居場所がないとばかり、ガルムとセグ隊員、エリザが座りこんでいる。メラがガルムにパンを手わたすと、彼は寒さをまぎらわす仕草で、適当にパンを握っていた。

 「炎の民の諸君、我が隊の船へ歓迎する」

 近くのエレベータが開き、アマカゼ隊長を筆頭に数人が現れる。歓迎されてはいるが、そちらを見たのはジェリーだけである。

 「……事情は理解してくれているだろう。我々は今、君たちの力に頼る他ない。必要とあらば、最大の助力は惜しまない。遠慮せずに言って欲しい」

 「……部屋の温度、もっと上がらないですか?」

 「……右に同じ」

 「早く発進してほしい」

 遠慮せず、エリザが室温を上げて欲しい言っており、ガルムも同じ。セグに至っては早く帰りたいのか、体を震わせながら発進を促している。とはいえ、アマカゼ隊長も言いたい事はある。

 「そちらの司令官より必要最低限の情報は受けているが、いま一度の確認である。レッドスターの起動条件は満たしているか」

 「えーと……一つはジェリーの記憶でしょ。一つは研究所の地下で見つけた石でしょ。あとは地下に溜まってる水。これで、OK?」

 「……うん。今のところ、それしか考えつかないもん。でも……地下の研究所で見つけた石、今どこ?」

 「あ……そういえば、総隊長に渡したままだ」

 メラとジェリーは呑気だが、忘れ物をしかけたのかと水の軍団は青ざめている。しかし、探し物はセグ隊員が受け取っており、それを静かに掲げている。

 「司令官殿より授かった。だが、戦闘態勢になれば肌身に邪魔だ。誰かに託す」

 周りの面子をグルッと見て、手わたす相手を探す。ジェリーは黒鋼峠の最深部に降りない為、他の3人から選ぶ他ない。

「ガルムでいいか……ほら」

 「……あぁ」

 「持ったまま死ぬなよ」

 「お前より先には死なねぇよ」

 などと挑発しあいつつ、ゆっくりとした動作で石は持ち主を移動する。忘れ物はない……と断定しようも、そこで一つだけメラが思い出す。

 「……お弁当。お弁当をもらってない!」

 「アマカゼ隊長!地面がヤバいです!ここに留まれません!」

 「なにぃー!?緊急発進!上空へ避難せよ!」

 お弁当を待つ余裕もなく、宇宙船は大量の水を噴射しながら浮かび上がる。水に押され、地面は土砂となって下へと流れる。水しぶきを避けようと、下にいるフレイムタウン住民も火山へ避難している。そんな様子を窓から見下ろしていると、火山の中層通路にいる両親と総隊長の姿をジェリーがを発見した。

 「お父さんと、お母さんだ」

 「あの大きい箱が、お弁当の入ってる箱だなぁ」

 ジェリーは両親を見ているが、メラは弁当が気になって仕方ない。どちらにせよ、星を救わないと爆発する訳で、爆発したら帰って来られない。宇宙船が高くまで上がってしまうと、2人も作戦に向けて気を改めた。

 タライに入れたコートをかきまわしつつ、どのくらいで着くのかとジェリーがメラに聞く。

 「どのくらいで着くのかしら」

 「なんで、あたしに聞くんだ……あの、隊長。どのくらいで着くんですか?」

 「ん。20分で到着の予定である」

 「……20分って、どのくらいなのさ」

 「昼飯の買いだしに行き、帰ってくる程度の経過だ」

 「解りました!」

 的確な例えをもらい、メラも満足である。残りの時間は少しあると解り、ガルムやエリザと同様に窓際へ座りこんで、武器の銃口などをのぞいていた。

 メラ以外の出撃メンバーは面持ちが重く、それなりに緊張している。緊張していたのだが、ガルムは居眠りを始めた。エリザは吐きそうな顔をしていて無口。セグは暇を潰しに硬い小石を噛み潰し、ジェリーはタライに入ったコートをながめている。そうしていたら、窓から外を見ていたメラがジェリーを手まねき。

 「ジェリー。こっち来てよ」

 「うん。今いく」

 手についた粉を落としながら、ジェリーが広い窓から視線を落とす。

 「うわぁ……」

 宇宙船の高さはドラゴンが飛ぶ高度を遥かに超えて、この世界を見渡せる高さ。雲のない星を遠く見通すと、大陸の果てがクリーンに映る。そこには高い壁が、そびえていて、その向こうには何もない。底の見えない暗闇が、星の裏側に広がっている。すると、なにか不満げにメラが文句を言いだす。

 「星の裏側って、ああなってるんだなぁ。もっとこう……華やかな自然を想像してたから、なんか物足りない」

 「……昔は海っていうのがあったの。今は大きな穴になってるのね」

 「海?」

 「大きな水たまり……でも、惑星ウルネアを移住地として開拓するため、ここの水は使い果たしちゃった」

 「ふ~ん」

 あまり理解していない様子で、メラが視線を下げている。ジェリーは無表情のまま、遠くの暗闇を見物していた。すると、横で座り込んでいたセグ隊員が外を指さし、小さな声でメラに何か聞いている。

 「……あれが、黒鋼峠か」

 「……そうですね。セグさん、行った事あるんですか?」

 「ない。だって僕、ガルムと交代で火山の裏の警備でしょ?」

 「あぁ……そうですね」

 「どうせ敵など来ないからと、司令官殿が食事に連れ出してくれるのが唯一の救いだ」

 「……あぁ。だから、うちの父さんには優しいのか」

 父親が隊員のケアに勤しんでいると解ったところで、水の軍団の一人が駆けてきた。

 「み……みなさん、そろそろ目的地です。こちらへ」

 男の人が足を震えさせながら呼んでいるものの、フレイムタウンの人たちはマイペース。エリザはムッとしていて、ガルムは半分くらい寝ていて、セグ隊員は腕や指を鳴らしている。メラはコートの出来栄えについて、ジェリーにインタビュー。

 「到着したみたいだ。そうそう、コートが完成した心境は?」

 「……大丈夫。満足です」

 タライから出した3着のコートは緑、赤、白の色をしており、それぞれサイズが違う。母親の手伝いもあって、緑のコートはエリザ。赤はセグ、白はガルムの体にフィットした。それでも、ガルムは文句を言ってみる。

 「体にピッタリしすぎじゃねぇか?」

 「ガルムさん、なんで恥ずかしそうなんですか?」

 「俺は昔から、ファッションにコダワリねぇから」

 「うちの父さんとは逆だ……なるほど」

 「だから、なんなんだよ……」

 この期に及んで、先輩にケンカをうっていくメラ。その横で、コートの色に不服ある様子のエリザ。待ちくたびれているセグ。とにかく、準備が整った次第、水の軍団の隊員に続いて階段を降りた。

 先程、宇宙船に入った場所へと戻ると、手すり越しにハッチが開いている。外からは吹き荒れる風の音。

 「ちょっと失礼」

 「……なに?」

 安全そうなジェリーを選んで、水の軍団の隊員が後ろから近づく。背中に何か背負わされ、それをジェリーはメラ達に見せている。

 「そちらは、落下スピードを落とす装置です。ここから飛び降りた後、風が弱まった場所で、そちらを起動させて着地に備えてください」

 「……え?落下するの?」

 「着地って……飛び降りろと?」

 簡単な説明を聞くと、メラとジェリーは顔を見合わせながら、2人で疑問符を浮かべている。すぐに状況が解ると、それをメラが他の3人に呼びかけた。

 「……あ……あたしたち、ここから飛び降りる事になってるみたいなんですけど、だ……大丈夫なんですか!?」

 「あぁ?早く行けよ」

 「……そうですよ。早く降りましょう」

 「どこに降りればいい?」

 ガルムとエリザは早く降りたい様子で、セグ隊員も降りる場所をジェリーに聞いている。

 「黒鋼峠のテッペンの、大きな穴から白銀峠に入れるの……」

 「行こう」

 真っ先、セグ隊員が飛び降りて行き、ガルムとエリザも装置を受け取ると、セグの後を追っていく。意外とジェリーも物怖気せず、もはや行く気は満々。

 「ジェリー……怖くないの?」

 「……もしかして、怖いのメラメラ?」

 「……ちょ……ちょっと」

 「……」

 「……」

 「メラメラ、私を守ってくれるって言ってたのに……し……し……しつぼうしちゃうわ!」

 「ちょ……」

 わざとらしいセリフを残して、ジェリーが棒立ちのままピョンと外へ出て行った。こうなると、行くしかない。

 「あの……あたしの背中、おお……お……押してください」

 「え?なに?」

 装置をつけてくれた男の人に対し、メラが何か願い出ている。

 「自分じゃ行けないんです!お願いします!」

 「や……やだよ。これで、あんた死んだら、後味が悪いじゃん」

 「呪ったり、たたったりしないから!お願い!」

 「……しょうがないなぁ。それ」

 「……え。うわ」

 両手で肩を押され、メラは足をすべらせるように落ちて行った。もうジェリーの姿は遠く、開いたパラシュートが見える。落下を遅らせる装置がアナログな事に落胆しつつ、メラも風が弱まったところでパラシュートを開く。

 ウルネア星人よりも体重が重い事から、パラシュート落下する精度は高く、メラもジェリーも無事に黒鋼峠の山頂から内部へ入る。そのまま景色を見つつ、今は喋らない老岩石の場所まで到着した。

 「……はぁ。ジェ……ジェリー。見捨てないで」

 「……あ……うん。大丈夫?」

 「……おい。来るのが遅すぎて、眠っちまいそうだったぜ」

 ゆかには3つの窪みがあり、ガルムもエリザもセグ隊員もパラシュートは開いていない。そんな人たちに遅いと言いがかりをつけられつつも、ジェリーはコンピュータに手をかざす。すると、壁についている複数の21インチディスプレイが起動。目の前の巨大モニターが光り、意味があるのかないのかも解らない文字列がラッシュされる。

 「……よく解んねぇが、明るくなって助かる」

 「うちにも一枚、欲しいですね」

 「エリザさん……外さないでください」

 エリザがディスプレイをカタカタ揺らして、取れないか試しているので珍しくメラが注意している。その間にも、ジェリーはログインとメニュー選択を済ませ、最深部への入り口を開きにかかる。

 「気をつけて。どこかが開くから……」

 そう言われて他の4人が身構えるも、どこも開かなかった。

 「……う~ん……ジェリー。なんか間違ってるんじゃないの?」

 「……でも、画面には開いたって書いてあるし」

 黙りこんでいると、腕組したままセグが尋ねてくる。

 「……そこの、穴が空いている場所じゃないのか?」

 「そこは……前にジェリーが怪物を吹き飛ばした時、開いた穴だったよね」

 「……やっぱり、そこみたい」

 最深部への入り口は以前、ジェリーが力づくで空けていた。そうと解り、セグが作戦の概要をまとめる。

 「僕たちは最深部を目指す。ジェリーは、ここで何をするんだ?」

 「……レッドスターを起動するブースターは最深部にあるのだけど、その途中には何枚ものセキュリティがあるの。ここで私は、それを止める係。メラメラ、研究所で見つけた石、持ってきた?」

 「セグさんが持ってたはず」

 「僕はガルムに渡した」

 「……あぁ、俺だ」

 雑にポケットから取り出し、ガルムが手のひらで転がしている。準備は整った。武器の柄に手をかざしながら、ジェリーを残して4人で道を進む。したら、メラだけ戻ってきた。

 「……一緒にいた方がいい?さみしくない?」

 「……正直、今は大丈夫そう」

 「よかった」

 その返事が欲しかったのか、それだけ聞くとメラは戻っていった。他に誰もいなくなった部屋で、ジェリーがトラックボールらしきものをを転がしている。

 「……今、大事な仕事をしているの。近づかないでね」

 前の調査で来た時に作りだされた怪獣が、影からジェリーの様子をうかがっている。ただ、ジェリーに拒絶の言葉を投げかけられると、白銀峠の隅に、うずくまってしまった。

 一方、メラ達4人は塗装がなされていない鉄色の道を行き、行き止まり壁へと辿りついた。すかさず、エリザが砲火器を引きぬく。

 「道を切り開きましょう」

 「待て。監視機能がある以上、無闇に傷つけるのは危険だ。お前がリタイアするのは構わんが……というか、前に来た事あるんならガルムが止めろよ」

 「なんか出てきた方が退屈しねぇし、俺はいい」

 トラブルを欲しているガルムはともかく、エリザは愚直である。あまり好かれていないとはいえ、セグ隊員がいてくれるおかげで、メラは横で頷いているだけでいいから助かっている。そうこうしていると、壁が中央から分かれ、勝手に道が開けた。今度はセグ隊員が、ジェリーの仕事ぶりをほめている。

 「さすが、司令官殿の教育した娘。ジェリーは優秀だ」

 「……どうやら、司令官には優秀な娘が2人いるみたいですよ」

 「知らん」

 メラは自分の噂を流してみるも、やはりセグ隊員に流されてしまった。自動扉の先は幅30mほどもありそうな広い通路になっており、その先は再び行き止まり。周りを見渡しつつ、ジェリーを信じて待つ。

 「……うわ!」

 ガンと床が動き、エレベータとなって降下する。手すりこそ現れたものの、それの登場が遅くてメラだけ尻もちをついている。

 エレベータは白銀峠を下っているのだが、壁ガラスの向こうに映る黒鋼峠の景色は上がっている。窓をのぞいていたエリザが目元をおさえて、メラの肩に手をついている。

 「う……気持ち悪い……」

 「酔っちゃったんですか?う~ん……白銀峠が変形してるんですかね」

 「そうみたいだな」

 セグ隊員はエレベータの上部についている画面を見つめていて、そこには黒鋼峠全体が映像として流れている。エレベータが動作を停止すると、画面の中の黒鋼峠は先端を広げて花のように広がった。

 「あれが今現在の光景だとすれば、黒鋼峠が主砲のような形状に変形している」

 「セグさん。じゃあ、これがレッドスターなんですか?」

 「僕に聞かれても困る。そもそも、レッドスターが何かなど、ジェリーにしか解らない」

 メラ達がエレベータで降りているのと時を同じくして、ジェリーは次のセキュリティを解除し終わる。一息ついたところで、ディスプレイの中央に素っ気ない丸のアイコンが表示された。

 『リディアへ』

 「……なに?」

 画面のアイコンに指をつけると、画面が暗転。その後、40代半ばと思われる女の人が映り、何度かカメラの位置を直しつつ、メッセージを声で発する。

 『……この映像が再生されたという事は、無事に目覚めたのね。おめでとう、リディア』

 「リディア……私の、昔の名前」

 すると、女の人の正体に勘が働き、ジェリーは姿勢を前へ。次の声を待った。

 『久しぶり……いや、顔をあわせるのは、はじめてね。私はジルベ・グライガ―。どこまで……あなたは、知っているのかしら。今……いえ、あなたにとっての遥か昔、地球は気温が急激に上昇し、人間の暮らせる場所ではなくなってしまった。そこで立ち上がったのが、人間の肉体改造計画。そして、地球の一斉冷却を行う装置の開発。これらプロジェクトの統括をしていたのが、私。そして……』

 カメラを動かし、地球儀のようなものを見せる。

 『別件として動いていたのが、惑星間移民計画。これは人類が生活可能な星を人工的に開拓し、地球を捨て、移住する計画。しかし、もちろん全ての地球人が宇宙船に乗れる訳じゃあない。なるべく多くの人を救おうと、私たちはプロジェクトを推し進めた。でも……想定した成果を上げられなかった。私たちの詰めが甘いせいで、あなたが目を覚ます事もなく……でも、これだけは信じて欲しい。私たちは、あなたの幸せを望んで、最後まで研究を続けた。地球人たちが宇宙へ旅立ったあとも……』

 「……博士は、この星に残ったんだ」

 食い入るように見つめていたジェリーが、一歩だけ下がって視線を下げる。再び、画面の中の人物が声を出すと、ゆっくり顔を上げた。

 『話が長くなって、ごめんなさい。ここからが本題。ここにリディアがいるとなれば、この星は最期の時を迎えようとしているはず。たしかにレッドスターは水の膜で空を覆い、星の温度を一定に保つ機能を持つ。システムは完成、可動テストも終了している。ただ……そのままの状態で起動したとしても、恐らくは100%の力を発揮しない。なぜなら、私たちでは知り得ない……』

 鈍い響きが白銀峠を揺らし、部屋の全てが大きく傾く。斜めになった床を上り、ジェリーが画面を見つめる。映像は続いているが、音声が消えている。

 「スピーカーが……映像を他の機器に転送。ううん……ネットワークが独立してる……」

 すぐさま、外部記録装置を探す。しかし、不要なデータは消去されており、近くの引き出しを開けても何一つ入っていない。

 「……どうしよう」

 ジェリーが立ち往生している頃、メラたちの乗っているエレベータは下降を終えていた。開きっぱなしの扉をガルムが進むと、そこは果ての見えないプールの真ん中であった。プールの上に鉄の橋が掛けられており、それだけが道らしき道である。やはり、ガルムは足を止めている。

 「……水の地獄だ」

 「あたし、もう見慣れちゃったなぁ」

 臆せずして、メラが橋に足をかける。その矢先、何かの崩れる音が聞こえ、世界が30度ほど傾く。

 「ガルムさん、冗談はやめてくださいよ……」

 「なにもしてねぇよ……」

 などとメラとガルムが混乱している内、見るからに危なっかしげな兵器が水の中から顔を出す。時間がないとばかり、セグ隊員が橋の上へと駆けだす。

 「緊急事態だ!急げ!」

 部屋に赤いランプが灯り、砲台が弾丸を撃ちだしてくる。対人用装置だが、炎の民の人々は体が硬く、痛くても傷はできない。

 「……排除します!」

 手すりを一部だけ切り取り、棒状にしてエリザが投げ込む。砲台の根元に攻撃が刺さり、折れた砲台はプールに落ち込む。だが、すぐに別の砲台が現れた。

 「手すりが幾つあってもキリがない……足場も使いましょう」

 「おい、無視して行こうぜ……」

 足場が斜めな事もあり、手すりが少なくなるとガルムは心細いのである。プールのある部屋は広大で出口が見えないものの、もはや進むしかない。全力進行すると、しだいに砲台は姿を消した。

 「……終わりか?手優しいな」

 セグ隊員のセリフを待っていたとばかり、プールの水が大きく動く。メラが下をのぞくと、大岩を思わせる形の魚ロボットが遊泳している。

 「下!銀色の魚だ!」

 魚ロボットは3体おり、2体は金網を飛び越しながら、重たい水の弾を放つ。後の1体は金網に下から当たり、侵入者を振り落としにかかる。

 「フレイムガン!」

 水の弾を避けつつ手すりに乗りかかり、水へ戻ろうとする魚をメラが追撃。鎧となるウロコを焼き切り、尻尾を撃ち飛ばした。

 「強くなってる!さすが、エディさんが見てくれただけの事はある!」

 「逃がすか!」

 水の中で影となっているロボットへ目がけ、セグ隊員がバズーカを構える。曲線を描いて大玉が撃たれ、数秒後に爆風が飛沫を上げた。散り散り、魚ロボットの部品がプールに浮かぶ。

 「……おい。一発、俺に当たったぞ」

 「そんなところにいるからだ」

 流れ弾はガルムに当たったが、セグ隊員は反省しない。魚ロボットを撃退して間もなく、天井の模様が動き出す。それに気づき、エリザが気持ち悪くなっている。

 「天井が……酔いそうです」

 「なんとなく、エリザさんが遠出しない理由は解りました……それはそれとして、あれ敵の隊群です!ファイアーオーケストラ!」

 などと言いながら、メラは砲火器を分断。細い銃を両手に持ち、長く伸びる炎で、天井を狙い撃つ。動いていた天井は飛行兵器の隊群で、メラが炎で弧を描くと、一斉に引火して大爆発した。

 火の粉が舞い、赤く点滅していたランプも割れる。薄暗い部屋の中、4人は息も荒げず次の攻撃を待つ。

 「……落ち着いたようですね」

 「なら、早いとこ行こうぜ」

 エリザの確認を得て、ガルムが走り出す。すると、遥か遠くで光が円を描き、瞳のように輝いた。エネルギーが集約される。フラッシュ、目の前を覆い尽くすほどのレーザーが放たれた。

 「おらっ!」

 ガルムが目の前の足場を切断し、切れ目から力づくで持ち上げる。レーザーは持ち上げられた足場に沿って上方へ飛び上がった。レーザーが消え去るのを待ち、エリザがガルムを踏み台にしてジャンプ。レーザーの発射台へ目がけて、炎を発射する。

 「ファーストブレッド!」

 光の瞳は中央に槍のような炎を受け、クモの巣の如くヒビを広げる。遥か遠く、壁が崩れ去った。ゴールを見つけ、メラが勝手に一安心している。

 「あそこで終わりだ。助かった……」

 「この調子では、ジェリーが警備を解除していても無駄だな。急ごう」

 先程のレーザーのせいで、更に白銀峠は足場が揺れている。セグ隊員は真っ先に走り出すと、他の3人も後れをとらず、壁に穴のある場所を目指した。

 その一方、なんとかして映像の音声を再生しようと頑張っているジェリー。その目途も立たず、ひとまずメインコンピュータの前へと戻ってきた。

 「……あ」

 白銀峠全体に異常信号が出ており、解除したはずのセキュリティが全て稼働している。このままにしていては、道が閉ざされたままである。

 「……最終防衛壁を開くには……警備システムをシャットダウンしないと。でも……うう」

 恐ろしいものが脳裏をよぎり、ジェリーが悩ましく目を閉じる。

 「信じないと……みんなだから、大丈夫。大丈夫……」

 決心の指先で、一文字ずつパスワードを入力する。警告メッセージが表示される。

 「……お願い。メラメラに……みんなに手を出さないで」

 息を一つついてから、一拍おいて、中央のボタンを押しこむ。画面で赤くなっていた場所が黒くなり、レッドスターの機能制御についてのみ継続して情報が展開されている。

 「……やらなきゃ。私も」

 目の前にある問題をかたづけなければと、ジェリーはディスプレイをマップモードからメインモードへ変更。過去からのメッセージにヒントを探すため、音声のない映像を再生した。

 『……』

 「……システム、ハードは完成してる。でも、このままではダメ。何が足りないの?」

 映像にシロヤモリが映り、博士が何かを計測している。

 「水。水は……可動基準値に達してる。地下に溜め続けてた水の事?いえ……でも、さっき。私たちでは解らないって言ってた。データ……なんの?今と昔で違うもの……あっ!」

 はっきり、自信をもって解ってしまった。手早く、ディスプレイの画面をメインメニューへ。その最上段に環境設定という項目があり、選択すると各種パラメータを入力する画面が現れた。湿度、温度、干ばつの状況、地形の起伏差など、設定値がズラリと並ぶ。

 「ええと……」

 各観測機器は生きており、データベースを見れば星のステータスは知り得る事ができる。ただし、一部の値は明らかに数値が狂っており、勘を研ぎ澄ませる必要に迫られた。

自分で踏みしめた事、吸い込んだ事、飲み込んだ事、肌に触れた事、感じ取った全て。この星で生きてきた、ジェリーの十数年を頼り、一つ一つ空白を埋める。機械では計れない、何より間違いのない答えだ。思い出を。記憶を辿り、ふとマブタを閉じる。

「お父さん……お母さん……この星の、みんな……メラメラ……今度は、私が守るから……」

ジェリーが数字と悪戦苦闘している時、メラ達はプール部屋の壁際へ行きついていた。自動ではなくなっている自動ドアをガルムが無理やり開き、暗闇の縦穴となったドアの向こうを見降ろしている。

「……道か?これ」

「……千切れたワイヤーが上にあります。きっと、エレベータのようなものがあったのでしょう」

エリザが上を指さしており、それを見て他の3人が納得。すると、そのタイミングで部屋が揺れ、更に10度ほど増して白銀峠が傾く。

「早く行こう」

「セグさん……行ったら戻れないかもしれないですけど」

「行かなくても、勝手に星が滅びる」

「……ですね。解りました!行きます!」

そう言われてしまったら、もう行くしかない。意を決して、メラが穴に飛び込む。続いてガルム、エリザが飛び込み、最後にセグが後を追った。

ひたすら穴は下へと続いていて、ところどころに赤いランプと、閉まった扉がついている。そろそろスピードを落とそうと、メラが壁に突き刺す為のナイフへ手をかけると……なにか下の方で、ぶよぶよとした物体が動いているのを見つけた。

「ガルムさん!なにあれ!?」

「しらねぇよ!つっきれ!」

「ヒートブラスター!」

メラの武器から熱光線が発され、柔らかな何かを貫き通す。男の悲鳴にも似た音が響き、その中をメラとガルムとエリザが突き抜けた。3人が下へと落ちて行ったあと、セグ隊員だけは異変を感じ、近くの扉に掴まって制止。見降ろすと、謎の物体が苦しげに渦を巻いていた。

「……生きて会おう」

下へ落ちるのを諦め、セグ隊員は横の扉を開いた。急がば回れである。その頃、突き進んだメラ達3人は下に落ちたエレベータの天井を壊し、無理やり最深部へと到達した。

「おらぁ!」

ガルムがエレベータの扉を破壊し、速やかに薄暗い通路へと出る。先程の物体が追ってこないよう、すぐに走り出し……ぬかるんでいる床に足を取られて、3人で仲良く転がっていた。

「うわぁ!なんか、ぬるぬるしてるぞ!」

「さっきの物体が通ったあとでしょうか……あっ!セグさんがいませんよ!」

「くわれたんだろ……惜しいやつをなくした」

心にもない発言をしつつ、ガルムは立ち上がって壁の案内板を見る。さすがにレッドスターの場所までは書かれていない。

「どこ行きゃあいいんだよ……」

「ここが最下層で、一つ上の階が研究室。ふむ……お手洗い、聞きおぼえのない場所ですね。ここにレッドスターが……」

「エリザさん……ちょっと部屋が、せますぎるんじゃないですか?」

近くの部屋だったので開けてみたが、どうも違う。エリザが案内板の前へ戻ってきた。じっと案内を見つめて、今度はメラが提案。

「……むしろ、道があるのに何も書いてない場所とか、どうなんですか?」

「面倒だ……とにかく、そこ行こうぜ」

考えていても埒があかないと見て、3人はメラの示した場所へと移動を開始した。途中の扉などは開いており、セキュリティは全く稼働していない。横長いカプセルのような形の部屋からは外が見え、歯車や謎の装置がジャングルのように入り組んでいる。

「ガルムさん……あれ、レッドスターの一部ですか?」

「お前……俺に質問して、答え出た事あるか?」

「ジェリーがいないから……せめて誰かに声かけないと落ち着かないんです」

「あいついないとダメなのか、お前……」

「とはいえ、2人でデートまでするのは限度があるかと……」

「この隊、そんなに良い男いねぇの?」

エリザとガルムが隊を憂いているが、メラは気にしない。次の扉を開くと、下に機械群が敷かれている広い通路に出た。向こう側の巨大な扉にはレッドスターと大きく書かれており、その先にあるものを確証している。

「ありましたよ!」

「あとは石をはめ込めば、任務は完了という訳ですね」

メラとエリザが走り出すのだが、足場の横から何か出てきたのを察し、エリザがメラを抱え込んで転がり戻ってくる。それを足で止めつつ、ガルムが剣をさやから抜き取る。

「……さっきのが追ってきたみたいだぜ。最後の一仕事だ」

同じ頃、セグ隊員は下へと降りる階段を探し、暗い通路を駆け抜けている。バズーカの先から赤い炎を出していて、視界に問題はない。角を曲がった先で、炎とは別の光を見つけた。

「……なんだ?」

ドア上の板には生体薬品……なんとかと消えかかった文字で書かれており、そのドアは開いている。電灯が2つだけチカチカと点滅していて、そのまた奥で緑色のランプが輝いている。近寄ってみると、ランプのついたボンベには瞬殺剤と印刷されていた。

物騒な文字に釣られてセグ隊員が見まわしてみると、部屋は謎の液体が入った瓶が陳列されていて、しかし他のビンは汚れて使い物にならない。まるで、そのボンベのみが特別に保管されているようで、自然と近くにあるボタンへ触れる。メモらしきものが、小さな画面の中に光る。

『試験体の多くは健全な体と心を持ち、研究員たちからは子供のように扱われた。全ての試験体が、そうではない。急な温度変化に耐えられる身体と引き換え、現在の平均気温では成長せず、目覚めないリディア。そして、人の姿すら持つ事のできなかったザラ』

「リディア……ザラ……?」

機器の使い方は解らないながらも、右側についている小さなローラーを指で回すと、なめらかに画面がスクロールする。

『我々は、責任をとらねばならない。おそらく、地球に残った人間は死に絶える。試験体には生活する空間を残そう。リディアは遠く、別の場所に送り管理する。ザラ。彼に我々が可能な処置は、命を止める事。その名目上、薬は完成した』

ここで文字は終わっていて、これ以上は画面が変わらない。画面つき機械を近くの台に置くと、セグ隊員はボンベを小脇に抱えて部屋から出た。

出動したメンバーが、それぞれ忙しい中、フレイムタウン近くの火山では防衛隊員たちが空を見上げており、その先には空の大半を隠す大きな星。水の膜に覆われた惑星ウルネアを必死で指さしながら、ジータ隊員が総隊長に呼びかけている。

「総隊長!あれが落ちてくるって本当なのか!」

「なに。我が隊が総力を結集しさえすれば、両手で押し返すも容易!総員!両手を上げろ!」

「やっぱり、そうなのか!おーしっ!任せとけ!」

「ガルムたちが帰ってくるまで、なんとしてでも食い止める!」

隊員たちは他に案もないとみて、全力でトスする姿勢。そうして隊員たちが懸命に対応しているのをよそ、一人だけ火山の中で釜を探っている人がいる。横で見ている妻が、その行動に疑問を浮かべている。

「あなた。何をしているの?」

「……レッドスターを起動後、メラやジェリーを徒歩で帰還させる訳にもいかない。他のメンバーは自力で帰ってきそうだが……そこで、移動手段の確保だ」

「うわ……くすぐったい」

司令官は釜の中へ両手を入れ、中型犬くらいの大きさまで回復したドラゴンを持ち出す。それを奥さんへ見せると、彼女も合点がいったとばかり両手を合わせた。

そして、こちらはレッドスター起動エンジン近く。道をふさぐ程の体積をもつ紫色の泥っぽいものが、意思を持って流れる。その形が人間の腕にも似て、近くのものをなぎはらおうとする。そこへ一足だけ歩み出て、ガルムが謎の物体を叩き斬る。

「二の太刀、豪覇!」

剣が炎をはじき上げ、ブツリと真っ二つに敵を分ける。すると、液状の物体が飛び散り、中央にある核が一瞬だけ目に見えた。それは漆黒の肌を持ち、顔らしきものをうつむかせている。口のような穴からは紫色の泥が流れ出ていて、同時に低い声で、うめいている。

「……あれが弱点だな」

「そうに違いありません。セカンドブレッド!」

右に同じと意見をあわせ、すぐさまエリザが仕掛ける。弾力のあるネバネバが炎に焼かれ、中央に渦状の穴が空く。勢いのまま、エリザが中の本体を狙う。

「サードブレッド!」

熱を帯びた刃で、中の黒い体をくだく。それは細かな欠片となり、周りの液体に吸収された。

「……わ!」

足場に落ちている泥が緩み、そこへエリザが足をつける。すると、分裂した敵の体が宙へ浮いた。

「エリザさん!くらえ……ブレイズシューター!」

メラの武器からヘビに似た炎が飛び出て、星くずのような光を散らしながらエリザの周りを撃つ。体についた泥を武器で払いながら、エリザがメラたちの元へと急いで戻ってきた。

「本体をくだきましたが……まだ生きています」

「ありゃ、なんだ?生き物か?」

「……」

ガルムが誰にともなく聞いているが、誰も答えられない。ただ、メラは一人、悩ましげな顔をしていた。逃げ場を探しつつ立ち往生していると、今度は泥が合体し、人型になって襲いかかった。その数、ゆうに30体は超えている。

「お前ら!別んとこ行け!」

敵の大群をガルムが一手に引き受け、エリザがメラを抱えて壁へと飛ぶ。壁の下にはガラス板があり、透明な足場を透かして遥か下が見える。壁から生えている謎の機材にエリザとメラがつかまっているものの、そのガラスゆかから先には敵が来ない。

「……意外と臆病なようで」

「エリザさん。ここを伝って、とびらのとこまでいけないですか?」

「……すると、あれは倒さないのですか?」

「いや、あたしたちの目的、あれを倒す事じゃないですし……たぶん、あれは……おっと!」

会話などしていると、上から紫の泥が垂れてきた。ガルムは近づく謎の泥を払うだけで手いっぱい。見るからに助けは期待できない。エリザとメラは壁伝い、レッドスターと書かれた巨大な扉を目指す。

部屋の反対側まで来ると、いっせーのでメラとエリザは壁から飛び降り、扉の元へと駆けだした。

「ファーストブレッド!」

「いけ!フレイムガン!」

攻撃と同時に走り、敵を蹴散らしながら目的地へ。エリザの攻撃が危険だった為、メラは少し後ろを走って扉の元へと到達。自然とエリザが敵の撃退を、メラが扉の開放を担う。

「うりゃ~……開きません!お願いします!」

「交代します」

交替し、今度はエリザが扉の突起に手をかけた。扉は片側にスライドする一枚板で、白銀峠全体が扉の動く方向と逆に傾いているせいか、なかなか動いてくれない。

「はあーっ……!」

わずか、10cmほど開き、エリザが踏ん張っている。レッドスターを起動する石はガルムが持っているのを思い出し、メラが手を振りながら呼んでいる。

「開きました!ガルムさん!石くださいー!」

「ほらよ!」

ガルムが放った石はメラの方へと的確に飛んだ……それと同時に部屋の中央で、謎のブヨブヨが爆発。部屋全体に飛び散る。すぐにエリザは扉から手を放し、メラの前に飛び出す。

「シールド!」

炎の渦がメラとエリザを囲み、弾丸の如く飛ぶ液体を散らす。安全を確かめ、メラが石を拾い上げる。そして、振り返る。しかし、扉は見えない。天井から壁まで、全てが謎の液体で覆われている。3人は急いで集合し、重く波うつ部屋を見上げた。

「おい、石はあんのか?」

「あります……うわ。スーパーノヴァ!」

天井を模した粘着物体が、重力に任せて落ちてくる。逃げ場はない。メラが銃口を上げ、音のない大爆発を起こした。落ちてきた物体は壁へと飛び散り、光を避ける動きで壁を厚くする。扉が見えない為に見動きはできないが、敵の攻撃を一時だけ退け、3人は次の攻撃に備えた。

「切っても切ってもきりがねぇな。なんなんだ、ありゃ」

「……あれ、きっとジェリーの兄弟です。ザラって言ったかな」

「ジェリーさんの?」

「たぶん……」

メラの答えを聞き、ガルムとエリザは思いこむ様子で紫色を見つめている。メラも自分の見解に自信があるようで、心が空白になったような面持ちだ。ただ、壁の液体が鋭利な形状に変わると、思い直し視線を上げる。

「……俺たちの目的は、レッドスターとかいうのを起動させる事だよなぁ?」

「……え?う……うん」

「なら、一人でも先へ進めばいい。エリザ!」

「はい」

「わ……え……エリザさん?」

ガルムが刀を逆手に持っており、エリザも自分の役割を得てメラをかつぐ。

「五の太刀・空牙!」

炎をまとった刀をガルムが力の限り投げ込み、紫の液体ごと、扉に小さな穴を開けた。液体から、鈍い悲鳴が聞こえる。

「あなたなら小さ……通れるはず!頼みました!」

「ちょっと……うわっ!」

すかさず、貫通した部分を液体が覆い隠そうとする。それより早く、エリザがメラを投げ飛ばし、間一髪で扉を通過させた。

「……いてて。乱暴だ」

真っ赤な部屋に転がり込み、打った頭を抑えながらメラが置きあがる。横にはガルムの刀が落ちていて、背後からは鉄の千切れる音。振り返らず、メラは前を見て走り出した。

すぐ先には行き止まり、壁には何が通るのかも解らないパイプが入り組む。小さな金庫らしきものが壁についていて、取っ手を引くと簡単に開いた。カギ穴にも似た小さな穴、そこへメラは手にした石を押し付ける。

「これでいいのか……ん?あれ?」

キレイにハマりはした。が、どこか緩く、やや違和感がある。しかも、何も起きない。

「……何か動いた?」

周りを見渡してみるも、明らかに動いていない。うんともすんともしない。何度も石を入れ直してみるが、何事も起きない。

「……うわぁ。ダメじゃん。もう……どうしようもないじゃん」

一気に力が抜けたのか、メラは尻もちをつく仕草で座り込んでしまった。遠く、ガルムとエリザが戦っていると思しき音を聞く。その甲斐あってか、紫の物体はメラを追ってこない。それが一層、メラの悔しさに拍車をかけた。

「……どうしよう。ジェリー」

そんな事態とは知らず、ジェリーは数値の入力に集中している。一通りのパラメータチェックを終え、ふと上を見てみる。

「……あ」

何か、気づきそうである。

「……あ!かたむいてる!」

ようやく、黒鋼峠が大きく傾いている事実と、それがレッドスターの効果へ及ぼす影響について、頭の中で結びついた。こうしてはいられないと、ジェリーは巨大注射器を持ち上げる。その後、山頂の穴を目指して飛び上がった。

入った時と比べて、3倍近くも黒鋼峠の先端は長く変形していて、脱出にも幾らかの時間がかかった。

「……ハイドロホバー!」

上空へと抜けだし、そこで水の噴射をもちいて空中浮遊。どちらへ黒鋼峠が傾いているのか確認し、倒れ掛かっている方の根元を目指して降下した。

「メラメラ……もう少しだけ待ってて」

待っているというか、まだメラは落ち込んでいる。

「ごめんね。ジェリー。あたし……」

力なく呟き、メラはコートの胸元から、ジェリーに貰ったペンダントを取り出した。しばらく、ぎゅっとペンダントを握りしめていたメラだったが、次第に心のモヤが晴れてくる。

「……」

心が穏やかになると同時、悩みの中に光が差した。

「……あっ!これ!」

さっきハメ込んだ石を取り出し、ワイヤーを外したペンダントと組み合わせてみる。

「やっぱり合わないや……」

それはメラが不器用だっただけで、見るからに形は合致している。よしと気合を入れ、再びメラは工作を始めた。

その頃、ジェリーは傾いている黒鋼峠の根元へ降り立ち、早急に注射器の先を巨大な岩の塊へ向ける。

「ハイドロ……プレッシャー!」

一撃。地響きと共にジェリーは後ろに吹き飛び、黒鋼峠が重い動きで揺れ上がる。この状態を保とうと、ジェリーは追撃を向ける。

「ハイドロポンプ!」

水を黒鋼峠の壁面に押しあてつつ、傾きから生まれた溝に水を流し込む。しかし、徐々に押され、黒鋼峠の下に溜まった水が押し出される。

「……うう!」

次第に黒鋼峠が揺れ、角度を元に戻し始める。そのような状況の中で、ジェリーは思い出したようにバッグへ手を入れ、粉の入ったビンを取り出した。

「一か八か……えいっ!」

ビンのフタを開け、水の中へと投げ入れる。水は注射器の半分を切っており、この威力で放出を続ければ3分ほどで空になる。続けるしかない。自分を、仲間を信じて、水を流し続けた。

「ダメ……かな」

諦めかけるも、次第に黒鋼峠の動きが止まる。下を見る。すると、水が半固体に柔らかくなっており、潰されながらも黒鋼峠を支えていた。もう一息。押し返す。

「やった。ハイドロ……インパクト!」

擬音にもできない音が一鳴りし、黒鋼峠が垂直に戻る。同じくして、メラも石のカギを完成させる。

「よしっ!これでどうだ!」

石の先にペンダントが挿しこまれていて、今度は穴にブレなく挿しこまれた。左、動きそうな方向へカギを回す。一瞬の沈黙。そして、部屋のパイプ群が大きく振動を始めた。

「……やった!あ……うわっ!」

ザザという音が聞こえ、まもなくメラの足元に水が渦巻く。見る見る間に水は量を増し、メラの体を飲み込んだ。

黒鋼峠の山頂より、水の柱が上がる。その勢いは凄まじく、噴き出した飛沫は霧か小雨となり、発射された水は星を覆う膜となった。誰も傷つけず、零れず、うるおいを優しく与えた。その光景を、ジェリーは地上より眺めていた。

「……迎えに行かないと」

次第に雨が弱まると、ジェリーは再び飛び立つ。メラを、仲間を迎えに行く。どこへ行こうか考えず、とにかく黒鋼峠の山頂を目的地とした。

どこまでも、雲を追い越し上がり続け、レッドスターの発射口となった場所へ。そこで、倒れている、黄色いコートの人物が見えた。ジェリーは顔を近づけ、背を持って助け起こす。

「……メラメラ。大丈夫?」

「……あ……ジェリー。あたし、やったよ」

「……」

「最後に助けてくれたの……やっぱりジェリーだった。ありがとう……」

「……メラメラ……よかった。大好き!」

「う……くるし」

ジェリーに抱きしめられ、メラが苦しそうに、だけど嬉しそうにしている。そこへ、レッドスター主砲に溜まっている水を泳いで、ガルムたちが上まで脱出してきた。

「お前ら。帰るまで気は抜くなよ」

「……僕も、早く帰りたいよ」

そういうガルムとセグ隊員は見慣れない、黒い肌の人を支えている。その正体をメラとジェリーが聞きた気にしていると、エリザが困惑の表情で教えてくれる。

「地下で対峙した謎の生物に薬を投入したところ、このように姿が定まりまして……」

「眠っているが、体温もある。ジェリーの兄弟……ザラといったな。つれてきた」

セグ隊員がザラを横たわらせ、命の有無を確認。ザラの顔を見て、ジェリーは不可思議そうにメラへ尋ねた。

「……私の、おにいちゃん?」

「見た目、お父さんって感じだけどね」

ザラが薄く、眼を開く。何人もに顔をのぞかれているのを知ると、ビクリとした仕草で後ずさった。

「……な……お……俺は。くるしくない……痛くない。もう、こわく……ない」

「変わったやつだな。しっかりしろ」

「あ……あぁ」

なぜかセグ隊員にザラが渇を入れられていると、今度は空からグオオォという音が聞こえた。見上げると、星の周りを包みこんだ水の膜へ、惑星ウルネアが不時着していた。

すべてが終わった。それを感じ取り、その場の全員が座りこんだ。見慣れない景色と、空を見つめ、疲れたような、安心したような、清々しい表情をしていた。息をする。少しずつ、体についた水が引ける。

「……ガルム隊員。これから、どうして帰りましょう」

「エリザ……お前に任せる」

「任せられましても……」

「お~い!ジェリー!黄色コート!」

エリザとガルムの会話を割って、どこからかドラゴンの声。メラが座っている方へ眼をやると、バサバサと飛んでくるドラゴンがいた。開いた口の中から、司令官と総隊長の姿も見えた。

こうしてドラゴンタクシーに乗り、無事に全員が火山へ帰った。星を押し返そうと全力で待機していた隊員たちも、腰を抜かしたように倒れ込んで、楽しそうにドラゴンの帰りを待っていた。

こうして、水の軍団が攻めてきた、大事件は幕を閉じた。未知の惑星との交流、環境保全、ザラの看病、これからの問題は山積みだ。しかし、そんな事は考えず、今はメラもジェリーも、大好きな人たちに囲まれて笑っていた。

「ジェリー……ありがとうね」

「メラメラ……いつも助けてくれて、ありがとう」

「……別に助けてないよ」

「これからも、よろしくね……」

「……うん」


                                     おわり

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どきどき防衛戦争 最中杏湖 @sainaka-kyoko

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