第3話
「王子たち、外に出て!」
「まさか、本当にドラゴンになって飛ぶとは。何事も信じてみるものだ」
火山の正面へと着地したドラゴンの口から、王子たち3人が抜け出してくる。王子はドラゴンの話を半分も信じていなかったようで、物珍しげに大きなドラゴンの姿を見上げていた。
「このような危険な兵器を小国が持っているなど、見過ごしてはおりませんがな」
「貴様!命の恩人に対し、その口ぶりは何事か!礼儀をわきまえなさい!」
「やや。申し上げますが、女王陛下は戦争を知らぬ身。知恵のない発言をされると、国の名誉に関わりますぞ」
「言わせておけば!」
女王とゼベルが喧嘩を始めようとするも、間に入り王子が止める。
「母上……このような輩と言葉をかわすと、頭の中に毒を入れられます。怒りを鎮めてください」
「そうであろう。私も大人げがなかった」
ドラゴンが大きな姿から子どもの姿へと戻り、上に乗っていたジェリーはドラゴンに抱きつきながらも地面へ下りた。ドラゴンの影を見た1人の防衛隊員が外へ駆けつけ、ジェリーの姿を見つけると急いで他の者へ知らせに向かった。
ジェリーたちが火山の入り口に立つと、今度は中からエリザが現れた。
「あなたたち!どうして勝手な事を!」
「ごめんなさい……」
「うわぁ……怒った人こわい……」
「その者たちは僕たちを救出くれた。どうか、叱責は穏やかに願いたい」
「誰ですか!あなたたちは!みんなを不安にさせたのですから、それは言って聞かせなくてはなりません!口をはさまないでください!」
「……え?あ……あぁ」
親にも怒られた事がないと言いたげな顔で、王子がエリザに怒られている。エリザの怒りが王子の方へと向いている間にも、火山の入り口からメラが現れた。
「じぇ……ジェリー……よかった」
「メラメラ……ううう」
メラの姿を見ると、ジェリーは体を支えていた線が切れたかのように脱力し、倒れ込みながらもメラの体に抱きついた。あれほど平然と戦っていたジェリーか弱さを見せており、その様子にドラゴンはビックリしていた。
「メラメラ……もう離れたくない……」
「甘えんぼだなぁ……でも、無事に帰ってきたから許そう」
「……うん」
「ジェリーたちが、帰ってきたというのは本当か!」
メラの父親らしき人物が大慌てで火山の中から現れた。しかし、またしても完全武装していて、顔がマスクで隠れて見えない。それでも視界は良好なようで、ジェリーとドラゴンの姿を目視で確認している。
「……そ……そちらは!王国ガルの王女様と王子様!どうして、このような場所に!」
安心したのも束の間、メラの父親は王子と王女を発見。王子も話の解る者がいたとみて、身分の書かれたプレートを差し出しながら、メラの父親に自己紹介を始めた。
「我々は王国ガルから参りました。僕は王子のゲイン。こちらは女王クリスタ。側近のゼベルでございます。この度は危機的状況の中でありながら、我が国の危機に救援を向けて頂き、誠に感謝の至りでございます」
「……そうでしたか。ぜひ、お話をお聞かせください。メラ、その子とジェリーを頼む。王国ガル御一行様は、こちらへ。エリザ君も、手伝いをお願いします」
初めはメラの父親を怪しんでいた王女も、マスクを外して顔が見えると、やや不信感は薄れたらしい。ドラゴンとジェリーが何をしでかしてきたのか、どのような戦いがフレイムタウンの外で起こっているのか、情報交換するべくメラの父親は火山の中へと客人をまねきいれた。
ジェリーとドラゴンの事を任されたメラだったが、ジェリーが抱きついて動こうとしない訳で、何もできずに抱きつかれている。
「中、入るわよ。そろそろ離れて」
「やだ……」
「ちっこいのも見てるし、こんな所で恥ずかしいでしょ」
「んん……離れたら死んじゃう」
「……しょうがないなぁ」
普段よりも3倍ほど聞き訳が悪い為、このままメラはジェリーを背負って中へと運ぶらしい。ただ、その前に。
「火山の人達が驚いちゃうでしょ。その敵の服は着替えなさい」
「う……うん」
それだけは従ってくれるようで、ジェリーは火山の入り口にて、ドラゴンに預けていたコートに着替える。しかし、やはりメラからは離れたくない素振りで、また後ろから抱きついていた。
「何があったのさ……」
「……戦ったら、とても怖い思いをしたわ。もう……メラメラに会えないかと思ったもの」
メラがジェリーを背負って歩き出し、その後ろをドラゴンがついてくる。ただ、ドラゴンの方もジェリーの落ち込みようにショックを隠せず、もじもじしながら近くをウロウロしていた。メラの方はドラゴンの心情が解ったらしく、足は止めずに面白がって冷やかしていた。
「こんな心か弱い娘を戦線に立たせるなんて、とんだ鬼ドラゴンだなあ」
「む!そんなに心通ってないから、大丈夫だと思って頼んじゃったの!たくさん、敵も倒してたから、勘違いしちゃったの!」
「勘違いですんだら、警察も防衛隊もいらないの」
「黄色コートきらい!」
「結構結構」
ケンカと言う程のものでもない口論をしつつ、3人はエレベータのあった場所まで到着。しかし、エレベータはメラの父親たちが乗っていった為、今はエレベータの置いてあった跡だけが残っている。ここで一旦、メラはジェリーを通路脇の岩に下ろし、自分も腰かけて事情聴取を開始する。
「……何があったのさ」
「……私たちがいなくなって、メラメラは怒られたりしなかった?」
「怒られはしなかったけど、防衛隊の活動が停止したぞ。総隊長は食事中なのに出動しようとするし、お父さんは火山の地下道を調べると言いだして、なぜか台所の棚をかき回していたし、エリザさんは数少ないジェリーとの思い出を指折り数え始めた」
「……」
混沌とした隊の様子を想像して、どういう顔をしていいのかジェリーが迷っている。そこまで心配されているという自覚もなかったようで、不思議な感情にも襲われている。
「防衛隊の人達、年配の隊員ほど、なぜかジェリーの事を気にかけてるんだよね。うちの父さんも、いなくなったのがジェリーじゃなければ、あそこまで動揺はしなかったはずだ」
「……本当の娘じゃないのに」
「どっちにしろ、娘は娘だからね」
「……そっか。うん」
ここでエレベータが下に戻ってきた。3人で乗り込むと、上に着くまでの時間を使って、今度はメラがジェリーたちの冒険を聞く。
「何が、どうして、君たちは王子や女王や、しらないオジサンをつれてきたのか。そこの事情を聞きたいものだ」
「うん。ドラゴンさんとトロッコに乗っていったら、王国ガルという国があったの。そこは水の軍団に制圧されていて……もう、城に潜入するしか脱出する方法がなくて」
「……大胆な作戦に出たなぁ」
「お城に炎の石の匂いがしたから、取りに言ったけど、なかなか見つからなくて大変!」
「食い意地のはったドラゴンだなあ」
「またバカにした!真面目な話なのよ!もう!」
そうは言いつつも、どうやって火山まで戻ってきたのかは理解できたらしい。続いて、王子たちとの接触について……は興味がないのか、メラはジェリーが何と対峙したのか質問する。
「敵は?」
「……敵の隊長さんと戦う事になって、死んでしまうかと思ったわ。もうメラメラに会えないと思ったら、とても悲しかった」
「ううう……ごめんなさい。ジェリーなら戦っても大丈夫だと思ったの」
「とにかく、あんたはジェリーに無理させない。解った?」
「解った!」
詳細はメラの父親が王子たちから聞くだろうと予想し、それより深くはメラも詮索しない。エレベータが上まで到達すると、エレベータを待っていたのか、メラたちを待っていたのか、メラの母親と対面した。
「……本当に帰ってきていたのね。お帰りなさい」
「ご心配をおかけしました……」
「メラも、これで、ご飯が喉を通るわね」
「だね」
ご飯が喉を通らない程度には、メラも心配していたとの事。なにはともあれ、防衛隊をかき乱していた問題は解決した。同時にジェリーは別の心配事が頭をよぎり、背筋を伸ばしたままメラに打ち明けている。
「地下が別の国に繋がってるから、水の軍団の人達が地下を通って来てしまうかも……とても危険だわ……」
「それは無理じゃないかな」
「どうして?」
「また気温が上がって、地下が高温のサウナ状態になってるんだ。多分、何人か暖まりがてらに地下を警備してる」
「いいなあ」
「きっと、ジェリーが化け物を倒したから、星が温かくなったのよ!」
メラはドラゴンの推理に無関心だが、ジェリーが変な物と戦ってきた事実だけは、しんと受け止めた。
「ジェリーは、また化け物を退治したの?ハンターなの?」
「育ててもいるわ」
フレイムタウンで捕まえた、ヌルヌル怪獣入りのビンをジェリーが取りだす。
「気持ち悪いから見せなくていい……」
「何を育てているの?」
「一緒に見よう!私も見るよ!」
「あたしのいないところでやりなさいよ……」
意外とメラの母親が見たがりで、便乗してドラゴンも見たがっていて、メラは見るに耐えがたく壁を見つめている。すると、通りかかった老人が会話に加わり、奇妙な生物鑑賞が長引く事となった。
「……おや、もしや……シロヤモリというやつかあ?」
「ジジイさん、知ってるの?」
「この星にも、まだいたのかあ。初めて見たあ」
「初めて見たのに知ってるの?」
「しかし、思っていたより真っ白でないなあ」
「むむ」
ドラゴンが質問を繰り出すも、その度に疑問は深くなる不思議。知らない人に話しかけるのを億劫にしていたジェリーも、さすがに問い掛けざるを得ない。
「お……おじいさんは、どこでピッピロちゃんの事を知ったの?」
「老岩石に聞いただけだあ」
「老……岩石?」
「白銀峠の奈落の穴の下にいるだあ。昔、聞いたから知っとるんだあ」
「白銀峠?」
「あごが疲れたあ。ああ……あ……」
声を出し過ぎて、老人はアゴを震わせながら去って行った。残された疑問を無言でジェリーがメラの母親に差し出すが、こちらも言葉すらなく首をふる始末。ドラゴンも長く生きているだけで知識は乏しく、ジェリーの期待には応えられそうにない。すると、メラが釘をさすような口調で始める。
「どこにあるか解ったら、探しに行っちゃうんでしょ」
「心当たりはあるの?」
「お父さんなら、少しくらいは知ってるんじゃない?」
「……そう」
「……聞くなら、後にした方がいいよ。今は接待で忙しいだろうし」
ジェリーは心配をかけた人であるから、メラの父親に話しかけるのが怖いのだ。怒られた事がないせいで、余計に怖い。ちなみに母親からも叱られた事がなく、その理由はジェリーが他人に迷惑をかけた事がないからである。
「メラの言う通りよ。ジェリーは防衛隊員ではないのだから、危険な事はしないでね。立ち話も疲れるでしょう。料理は持って行ってあげるから、部屋で、お休みなさい」
「そうだそうだ。お休みしよう」
「あんたは眠くなっただけでしょうが……」
「まぶたが重い……」
メラの母親に心配されて、どこか恥ずかしげなジェリーの横で、うつろ目のドラゴンは早く部屋に行きたいと訴えている。それどころか、訴えているそばから座りこんで寝てしまっている。今回はジェリーも疲労感が透けて見え、さすがに任せられないと察したメラがドラゴンを抱え上げた。
「あたし、2人を部屋まで連れてくよ」
「よろしくね。メラ」
ここで母親と別れ、メラはジェリーと共に石ころだらけの坂へ足をかけた。その先はT字路になっていて、左に進むと山肌へ、右に進むと火山の中央へ出られる。山の外側を回って火山の内側へ入り、多くの部屋が並ぶ休憩所まで向かう。
「怪獣の名前、ピッピロちゃんはないんじゃないか……?」
「……え?かわいいよね?」
「ピッピロちゃんはないよ……」
どうも、メラはジェリーの育てている謎生物の名前が気に入らない。名前以外も気に入らないのだが、今は名前が最も気に入らないのだ。
「じゃあ、なんって呼べばいいの?」
「……クネクネくん」
「かわいい……」
こうして、めでたくピッピロちゃんはクネクネくんになった。そんな会話をしている内、2人は休憩所の自室へと辿りつく。メラが片手で器用に鍵を取り出し、鍵だけを開けてドアはジェリーに任せた。
「ちょっと、開けてくれるかな?」
「うん」
小さな部屋にベッドは2つあって、右のベッドにドラゴンを転がす。左のベッドにジェリーとメラが座ると、周囲の目がなくなって気負うものもなくなったのか、ジェリーがメラに抱きつきながら倒れ込む。
「わっ!どうした?」
「うう……怖かった。ちょっとだけ、こうしていてもいい?」
「……怖かったって言って、ほんとは甘えたいだけでしょ」
「……イヤ?」
「どうせ、このまま寝ちゃうんでしょ。いいわよ。別に」
「ありがとう……」
「……もう、勝手にいなくならないでよね」
そういいつつ抱きつかれていたメラだったが、ジェリーより先に眠気にを負けた。おかげで、ジェリーもメラの抵抗を受けずに添い寝していた。
母親が料理を持ってきてくれるまで、部屋の鍵は開けっぱなし。メラの母親が無音で部屋に入って、静かに料理を置いて、2つある鍵の一つを持って外へ出ていった。よほど疲れていたのか、珍しくメラが目をさますまでジェリーは起きず、ドラゴンも意識がありそうな動きだけをしていて、本当は眠っている。
先に眠りから覚めたメラはジェリーの腕から脱出を計るも、強く抱きしめられていて一筋縄ではいかない。そのため、コートの中から抜け出し、コートを囮にしてベッドから逃げ出した。
「……あ」
すでに温度の低くなった料理を発見し、メラは迷うことなく好ましくない食べ物を他の皿へと移しだす。ただ、すぐにジェリーがメラの不在に気づいたから、その作戦は6割がた失敗に終わった。
「あ、また嫌いな物よけてる……」
「じぇ……ジェリーが好きだから、プレゼントだよー」
「そう……ありがとう」
「そう言われると、逆に申し訳ない気持ちになるからやめてよ……」
改めまして、2人は料理をヒザに乗せ、ベッドに並んで座る。目の前で寝ているドラゴンに遠慮する事もなく、普通の音量で会話を始める。
「ジェリー、あたしがいなくてもさ。あれと王子様たちを守って、戦って逃げてきたんだ」
「運が良かったのよ……あぶないところで、何度も助かったもの」
「うわぁ……ねるぞー!ねるぞー!」
あれが2人の目の前で、うるさく寝言を発している。
「もう寝てるじゃん……」
「炎の神殿に一人でいる時も、こんな感じだったのかしら」
まぁ、そんなのは、どうでもいい話である。
「ジェリーは凄いよね。正直、なんの役に立つのか解んない科学実験を続けて、それでフレイムタウンの人達や、王子達まで助けてさ。もしも、ジェリーが炎の神殿にあった最終兵器だったとしても、割と信じちゃうかも」
「それはないわよ……それに、最終兵器じゃなくて、最終破壊兵器でしょ?」
「そうだっけ?」
「うん」
「……決めた。あたし、ジェリーが家に来た時の事、お父さんに聞いてみる。ジェリー、本当に昔の事、まったく憶えてないんだよね?」
「まったく」
「そうだよね。行こう。これ食べたら」
「……うん」
決心だけは固まった次第、やっと膝の上で待機している食べ物を食べ始める。以前と比べて白石が料理から減っており、代わりに灰色のクズ石が使われている。それでも栄養のあるものを食べさせたいという願いからか、皿には一つずつ大きな青鉱石が乗せてあった。
「あたし、青鉱石は好き。鉄は嫌い」
「私は鉄も好き」
などと呑気に食事をしていると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。ただ、ノックした相手は鍵を持っているらしく、問答無用で部屋のドアを開けた。
「メラ、ジェリー。おっ、食事中か。唐突で悪いが、少し話がある」
「お父さん……ジェリーって、どこで見つけてきた子なの?」
ゴロゴロしているドラゴンの足元に座り、メラの父親が2人と向き合って語り出す。
「どうした……急に。ジェリーを見つけたのは、炎の神殿へ遠征に出た際の事。メラは小さかった……年齢の幼かった頃だな。ふと、私は隠された通路を発見し、炎の神殿の地下へと下りた」
「変な音楽が鳴る通路でしょ?」
「見つけたか?」
「まぁね」
「あれはロストテクノロジーを感じた」
「あたしも」
親子でロマンを分かち合っているが、ジェリーは自分の正体を早く知りたい。
「私……どこで発見されたの?」
「更に下へ降りると、ガラスの棺にも似た入れ物があってだ。その中で、眠っていた少女がジェリー、君だ」
「うぉー!うぉー!」
「ジェリーの大事な話をしてるとこなんだけど、ドラゴンの大きなイビキで台無しだ」
「すまないが、少し遠ざけよう」
ドラゴンのイビキが会話に干渉してくるから、メラの父親がドラゴンを転がして遠ざける。改めて。
「突然、炎の神殿が地響きのような音を立て、大きく振動を始めた。その場は危険と判断し、隊の者達でケースを破壊。眠っていた少女を救出した」
「その時、他に何か入ってなかった?」
「ジェリーの他にか?」
「うん」
「……いや」
「ほら……やっぱり、ジェリーが最終破壊兵器なんだよ」
「最終破壊兵器とは?」
「そのケースの中に最終破壊兵器が入ってて、それをドラゴンが守って……守ってなかったけど、守るよう言われてたんだと」
「つまり、ジェリーは爆発でもするのか?」
「その予定はないけど……」
「そうか……ジェリーが……」
何を納得したのか定かでないが、メラの父親は考え込む仕草でジェリーを見つめている。ただ、最終兵器と思われる人物が照れており、そんなに危険な雰囲気じゃない。そこで、無難な回答をメラの父親が取りだす。
「古代の民族は水の軍団が侵攻する事実を知り得ていて、対抗する知恵としてジェリーを残してくれたのだろうか」
「ジェリー……何歳なの?」
「いつの時代の人なのかしら……私は」
父親に聞けば解決すると、たかをくくっていた問題が、まったくもって解決しなかった。それどころか、深まるばかりの謎には沈黙する他ない。ところで、メラは聞きたい事がある様子。
「そういや、なんでジェリーの事、あたしに内緒にしてたの?」
「……秘密にする気持ちはなかったのだが、説明できる程、こちらも知識がなかった。そして、神殿で少女が眠っていたと告げられて信じる程、メラはピュアな子でもなかった」
「ふ~ん」
「そこで今回の件だが、地熱の源を調査してみようと計画している。星の温度が上昇する切っ掛けについて、何か心当たりはないか?」
「つまり、何をしたら温度が上がったかって事?どうなの?最終破壊兵器さん」
「そうね……火山の周りの水が少なくなったからとか?」
最終破壊兵器いわく、地面にある水が減ると、地面の熱が上がるのだとか。しかし、そのような当然の事をメラの父親は聞きに来た訳じゃない。
「現在までに二度、爆発的に気温が上昇した。一度目は炎の神殿へ向かったメラとジェリーが帰還した時。二度目はジェリーや王子様方がドラゴンと共に戻った時だ。何か、特別な行動はなかったか?」
「……あ、炎の石。あれをドラゴンさんが食べてたわ」
「炎の石とは?」
「石の中に炎が入ってるような……不思議な石よ」
「本人を起こせば?こらー、起きろ―」
「わ……うああー!」
メラは普通に呼びかけただけなのだが、ドラゴンが驚き余ってベッドから転がり落ちている。メラの父親がドラゴンの手を持って引っ張り上げると、気を動転させてドラゴンがメラの父親の横へ落ち着く。
「落ちた……ビックリした……」
「さて、炎の石について、お聞かせ願いたい」
「……え?炎の石は食べると、体ぽかぽかするから好き」
「それ以外の効果は?」
「でも、ちょっと辛いよ。でも、もし見つけたら持ってきて!」
「そうか。これらの話は隊の者たちへも報告しておく。次の作戦も、メラは火山で待機。本拠点の防衛を頼む」
「あたしは待機か……よかった。他の人達は?」
「三隊に分かれ、炎の神殿、黒鋼峠、王国ガル周辺の調査へ当たる。私はエリザ君たちと黒鋼峠へ向かう」
「黒鋼峠?そこ、何かあったっけ?」
「ご老人からの情報によると、古代文明の遺跡が存在しているらしい。ジェリーの過去についても、何かしら進展がある……かもしれない。期待して欲しい」
得たい情報は大方、知り得たようで、メラの父親は足腰に力を込めて立ち上がった。最後、忘れていたとばかりに振り向き、ジェリーが着て帰ってきた服について承諾を求める。
「火山の入り口に脱ぎ捨ててあった服なのだが、拝借しても構わないだろうか。水の軍団の服と見られる。水への耐性があるかも解らない」
「えぇ」
「ありがたい」
成すべき事を済ませ、メラの父親が部屋を去る。その後になって、ジェリーは自分の聞きたかった事を思い出した。
「私、老岩石について聞き忘れたわ……」
「追いかければ、まだ近くにいるんじゃない?」
「でも、まだ料理を食べ終えていないわ……」
「あれが盗み食いしないよう、見ててあげるわよ」
「もう一人、食べそうな人がいるけど……」
「そんな人はいない。さっさと行った行った」
「はーい」
けれども信用はないようで、青鉱石だけ手に持ってジェリーは部屋を出た。青鉱石を舐めながらメラの父親が向かっていそうな方向へ歩くも、一向に姿は見当たらない。
火山の上へ行ってしまったと見て諦め、来た道をとぼとぼと戻り始めた。すると、向こうから防衛隊のエリザが歩いて来た為、そそとして道の端に寄ったのだが、どうやら相手はジェリーに用があるらしい。走って逃げ出すが、あっという間に肩を掴まれた。
「ジェリーさん。お話が」
「あ……はい」
「あなたの事が知りたい。あの武器を持って、一人で火山の二層にある採掘場まで来てください」
「でも……メラメラに相談して……」
「他言は無用。司令の娘さんには関係のない話です。それでは」
ここでは話しにくい事なのか、本題には入らずエリザとは別れた。断れる状況ではなかったにしろ、言いたい事を残したまま、ジェリーはエリザの後ろ姿を見送る。やっかいなイベントが増えてしまい、重荷を背負ったような足取りでジェリーが部屋へと戻る。
ドラゴンは自分の分の料理を食べており、ジェリーの残していった食べ物も同じ状態で残っている。しかし、もはや食欲も失せてしまい、ジェリーは食べかけの青鉱石をメラに託す。
「これ、あげる」
「いいの?ラッキー」
ジェリーが落ち込んでるとか、そんな事には勘づきもせず、もらった石をメラは嬉しそうに舐めている。ところで。
「で、お父さんは見つかった?」
「見当たらなかったわ。でも……」
「でも?エリザさんかガルムさんでも見かけた?」
「う……うん」
「ガルムさんは、すれ違うだけでも怖いけど、エリザさんは普段は優しいよね~」
「そうね」
優しいエリザさんと、少し話をするだけ。そう割り切ったら気持ちが楽になったのか、ジェリーも食べ残しに手をつける元気がでたようだ。約束の時間は指定されていないものの、相手より遅れると都合が悪い。コートと注射器を準備して、静かに部屋を出ようとする。したら、寝転がっているメラに呼びとめられた。
「どこ行くの?」
「お腹が、いっぱいになったから……少し散歩でもと」
「あたしも一緒に行こうかな」
「え?それは……ダメ」
「なんで?さみしくない?大丈夫?」
「一人になりたいの……」
「さっきは離れたくないって言ってたのに……」
「う……すぐに戻るから」
こういう時に限って、なぜか甘えてくる人もいるものである。ただ、あまり詳しくは説明できず、逃げるようにしてジェリーは部屋から出ていった。その後、メラが地味に落ち込んだのは語る必要のない話である。
待ち合わせ場所は火山の二層。下から二つ目の地層にある採掘場で、休憩室からの道程でいえば、まずは長い坂道を下って行き、エレベータに乗る……のだが、またしても動いてくれない。そろそろ作り直すべきボロさだが、まだ大丈夫まだ大丈夫と先延ばしにしてきたツケである。
階段で火山の四層まで下り、中央に溶岩が溜まっている場所から山肌へ出る。青空が綺麗だなーと視線を投げながら崖に沿って降り、3つ並んで見える横穴の近いものへと入る。すると、無造作に鉄の樽が置かれている樽部屋であった。次の穴は道として続いていて、奥の暗い場所には朽ちかけの階段が設置されていた。その下が採掘場となっており、立ち入り禁止の看板が裏返して置いてある。
「わぁ」
鉄の棒が組んである出入り口をくぐると、その先には天井の高い広々とした場所があり、始めて来たジェリーは不意に声を出していた。部屋の面積としては広いのだが、あちらこちらに石くずが山となってあり、あまり見通しはよくない。
先にエリザが来ているのか解らず、中央へ向いて歩いていると、上の方から石の転がる音。ジェリーが音の方へ目をやる。何かが飛びかかってくるのを知り、ジェリーはヘッドスライディングさながら回避する。
「なな……なに?」
速やかに振り返ると、どこかで見おぼえのある姿がある。それが水の軍団の服だと解ると、更に状況も解らずジェリーは逃げ出した。
「……え?ええ」
これだけ至近距離で接触してしまうと、身を隠したところで意味がない。すぐにジェリーは向き直り、敵を遠ざけようとする。
「ハイドロウォール!」
とりあえず、ジェリーが水の壁を噴き上げる。相手は怯む動作こそ見せるが、すかさず大きな刃物で水の壁に斬りかかった。切れ味とは関係なく、刃物の降られた勢いで壁は吹き飛び、波となってジェリーの元へと返る。ジェリーは近くにあった立て札の裏へ入り、水しぶきだけ防いだ後に立て札を叩き飛ばす。
「ハイドロハンマー!」
水と鉄板の勢いで敵は押されるも、刀身が鉄板から突き出しており、すぐに勢いは殺されてしまう。突き刺した鉄板を振り払い、敵が接近してくる。その頃にはジェリーも石山の裏へと入っており、目の前の岩山へ水をぶつける。
「ハイドロジェット……バスター!」
石つぶてが弾丸となり、その大量が敵を襲う。もはや土煙と泥で何も見えないが、ジェリーとしては手ごたえがあったようで、攻撃の手を緩める。敵の姿が現れるより先、ジェリーは採掘場の出口を目指した。
「……あっ!」
走る足に投石を受け、もたれてジェリーが転がる。駆けてくる敵の姿に慌てながらも、次の技を準備すべく、スイッチを押す。しかし、今度は別の人影がジェリーの前へと躍り出て、面した敵も走る足を止めた。
「エリザさんですよね?何が目的ですか」
「メラ隊員……ごめんなさい。手加減はしていたのですが、思いの外……」
メラに火器を向けられると、敵は深く被っていたカブトを持ち上げ、紅潮した顔で言い訳を始めた。現行犯はエリザだが、共謀犯もいたようで、総隊長が武器を携えて現れる。そちらが何か言う間もなく次に司令官が登場し、血相を変えて怒鳴り出す。
「何か企んでいると思えば、このような真似を!その武器について探りたいのならば、ジェリーに直接、尋ねれば済む話でしょう!」
「ジェリー……大丈夫か?」
「うん……」
メラに助け起こされ、ジェリーは状況説明が欲しそうに司令官を見つめている。すると、悔い改める事のない大声で総隊長が説明してくれた。
「耳にする活躍や王国ガル一行の話を聞く内、その武器については把握しておかねばならん事柄と考えた。だが、我々が問い掛けたところで、ジェリーが素直に武器の力を見せるとは思えん」
「総隊長!ジェリーがネクラだからって、こんな乱暴しなくても……行こう!」
「う……うん」
後の事は父親に任せる事としたようで、メラはジェリーをつれて採掘場から出る。ジェリーはネクラな自覚があるらしく、そこに関しては遺憾ない。採掘場の出入り口にはドラゴンがいて、やや困惑気味にメラとジェリーの後ろをついてくる。
「敵じゃなかったの?なんで戦ってたの?」
「あの人たち、あらゆる面で短絡的なんだよ。お父さんが怒ってたから、強く言い聞かせてくれるだろう」
「そっかぁ。でも、あのエリザとかいう人……敵じゃなくてよかった。ジェリーが全く敵わなかったもん」
「あたしだって、襲われてるのがジェリーじゃなかったら、武器もって出て行きたくなんかなかったよ。あの人を止められる隊員なんて、街にも3人くらいしかいないんだから。普段は優しくて良い人なんだけど……」
「ふ~ん」
メラとジェリーの全体的な強さが把握できたのか、ドラゴンは解ったような素振りで頷いている。その会話が終わるのを待って、言い出しづらそうにジェリーが呟いている。
「でも……メラメラが助けに来てくれて、王子様みたいでカッコよかった」
「王子を助けてきた人が、何を言ってるんだ……それと、ジェリーは命乞いする事をおぼえるんだ。王子達だって捕虜にされてたんだから、敵わない相手になら降伏した方が安全でしょ」
「うん」
「解ったなら、部屋もどるよ」
「うん」
後ろから聞こえる父親の叱り声を遠ざけながら、さっきジェリーが来た道を元通り歩いて部屋へと戻る。隣を歩くジェリーが精神的に参って見えたのか、わざとらしい程の軽い口調でメラが話しだす。
「でも、エリザさんと戦って、よく攻撃までこぎつけたよね。他の隊員は、およそ出会った一瞬でやられちゃうのに」
「手加減してくれてたみたいだし、攻撃するつもりはなかったんじゃ……」
「最初の方は、よく見えなかったんだけど、看板をぶつけた辺りから、あっち戦闘モードだったよ……絶対」
「……そういえば、いつから見てたの?」
「……心配だったから、ドラゴンと2人で後ろをつけてきたんだよ。最初は何でエリザさんがジェリーを襲ってるのか解らなかったんだけど、やばそうだったから助けに入ったんだ……ドラゴンには、お父さんをつれてくるよう言って出した」
「そうだったの……本気だったって解ったら、今さら怖くなったわ」
「今回みたいな事、今後はないだろうし、あたしも、お父さんも注意してるから心配いらないよ。一つ言っておくなら、戦場で逃げるなら、ガルムさんのいる方に逃げた方が安全。エリザさんは攻撃が大胆だから、近づくと危険だし」
「ガルムさん……火山の裏にいた人よね?」
「うわあ……あの人も怖いい……もっとマトモな人いないの?」
「あたしの経験からして、強い人ほど、どこか頭おかし……変な人が多いような印象。ガルムさんで観念しなさい」
「メラメラが言うなら……安全な人なのよね」
「ううう……強い人こわいい……」
意外と防衛隊が役に立つと解った代わり、気安く近づいてはならない危険な人達だと発覚してしまった。もう、出歩いても良い事がありそうもなし、ジェリーは暫く部屋で休憩するようだ。そして、ここにいてもジェリーの高感度を上げるくらいしかやる事もなし、メラは野暮な用事を作って部屋から出る事とする。
「そうだ。老岩石と、フレイムタウンにいた謎生物について聞いて来てあげるよ」
「クネクネくんも持っていった方がいいかしら?」
「それは止めておく……ドラゴン隊員は、ジェリーが変な人に連れ出されないよう見張っておくんだぞ」
「え~……じゃあ、おみやげ持ってきて」
「石炭くらいなら拾ってくるよ。日が上がりきるまでには戻ると思う」
「やった。早く行ってきて!」
ジェリーのケアはドラゴンに任せて、メラは防衛隊の臨時拠点となっている火山の上層を目指す。メラと同じく火山で待機となった歴戦の隊員達が隅の方で雑談しており、そこで情報の調達を計る。
「今、ちょっといいですか?」
「おうおう」
「お尋ねしますが……老岩石って、どこにあるか知ってます?」
「あれだ。奈落にあるという。話す岩じゃ」
「岩が話すとは、にわかに信じがたいですね」
「おい、ハゲ!ゲンさん、こっち呼んどくれや!」
「おうい。ゲンさん」
髪のない老人が鈍く立ち上がり、壁に寄りかかって寝ている肌の黒い老人を呼ぶ。その眠っている老人は下の層でクネクネくんについて教えてくれた人と同一人物で、傍目に見れば生きているのか疑わしいが、ややレスポンスも悪く呼ばれた方を向いた。
「なにぞや?」
「ゲンさん。老岩石ってのの話が聞きたいらしいが。どうだ?調子いいかの?」
「おぉ……おぉ……」
禿げた老人に手を借り、みんなが集まっている場所へとゲンはつれていってもらう。しかし、いざゲンをつれてきたものの、あまりテキパキとは喋れない様子。そこで、周囲の面々が彼から聞いた情報を出し始める。
「老岩石っつーのは。大昔の戦争の最中、ゲンさんが白銀峠の奈落で遭難した際に見た岩だと。巨大な岩石に顔のようなもんがあって、ひび割れた姿が老人に見えたのが名の由来と」
「白銀峠?あたしは遠征に出た事のない場所だ。黒鋼峠とは別の場所なの?」
「そりゃあ、黒鋼峠の上の方じゃ」
「上の方なのに奈落って……おかしくない?」
「解らん。ゲンさんの話じゃ、そうなっとるんだ。ゲンさんも生き字引だもんで、なんでも知っとるはずだが、口が上手く動かんのだのう」
「なら、他に誰も老岩石を見た人はいないんだ?」
「ねぇな。でだ。遭難中、脱出の道筋が発見できるまで、ゲンさんは老岩石の言葉を聞いたそうな。話をしたというより、無造作に取りだされる言葉を得たんだと」
「ふ~ん。じゃあ、クネクネくん……シロヤモリについても、その老岩石が言ってたんだ」
「んだな。この星の歴史は、ゲンさんが聞いた老岩石の言葉を頼りに書かれたもんだ。そろそろ、情報を更新する時期かもしれん。が、この村で学がありそうなもんといやあ、司令官先生くらいなもんだ」
「あたしも勉強は苦手だ……でも、そういうのが得意な人は身近にいる」
「新世代。頼りにしとっぞ」
「うん。それじゃ、これで失礼します」
結局、ゲン本人からは何も聞かないものの、必要な知識は得られた。軽い足取りで部屋へと戻る途中、燃料保管庫に寄って大きめの石炭を拾っていく。部屋の鍵は閉まったままになっていて、メラは持っている鍵を使って中へと入った。
「……メラメラ?おかえりなさい」
「核心はつかないまでも、面白い話は聞けた」
「黄色コート!おみやげは!?」
「これでいい?」
「これこれ。これよ」
石炭をドラゴンに渡すと、じゃれるように部屋の隅へ持っていき、息で火をつけて暖まり始めた。これで静かに話ができる訳で、メラはベッドに座り込み、仕入れた知識をジェリーに渡す。
「まず、老岩石ってのは白銀峠という場所の奈落にあって、白銀峠は黒鋼峠の上の方にあるらしい」
「つまり、黒鋼峠を上がってから、白銀峠の中を降りればいいの?」
「う~ん。ゲンさんっていう人以外は行った事がないから、どういう構造になってるのかは解らないんだけど……そうなのかもしれない。しかも、脱出するには一くせあるみたいなんだ。それと、老岩石ってのも会話ができる岩じゃなくて、ぶつぶつ独り言を言ってる岩なんだと」
「そうなの?変なの」
「そうそう。変なのよ。こんな変なの、調査できる人なんて、お父さんとジェリーくらいだと思うんだ」
「お父さんたちが良いっていうなら……行ってもいいよ?」
「いいの?」
「メラメラも来てくれるなら……」
「そうだよね」
そこまでの問答は予想通りだったようで、ためらう素振りもなくメラは話を流す。
「多分、この水の軍団事件の端っこの片隅くらいには、地味にジェリーが関わってて、それには防衛隊の人達というか……お父さんも薄々は感づいてる。でも、ただ単純に、あたしはジェリーが誰なのか気になるの。OK?」
「私も、自分が誰なのか地味に知りたい」
「OK。それじゃあ、黒鋼峠へ向かう隊に混ぜてもらえるよう、お父さんと総隊長に伝えてみよう。こらっ……そこで人事みたいに聞いてるけど、お前も行くんだぞ」
「ふ~……え?なんで?」
無頓着なドラゴンをメラが指さすと、あっちは本気で理由を知りたいという表情のまま振り向く。その理由は簡単である。
「お前が最終破壊兵器を守ってなかったから、事が大きくなった節もあるんだぞ。ちょっとは手伝いなさいよ」
「守ってたの!守ってたけど無くなっただけ!」
「……それはそれで反省しなさいよ」
「ぬぬ……」
反論不可能につき、ドラゴンの負けである。何も言い返さず、不本意を体で表すかのように石炭の火へあたっていた。そういえばと、代わってジェリーがドラゴンに問い掛ける。
「あなた……神殿の人達と会った事があるのよね?その人達は……私に似ていたのかしら」
「ん~?こんな黒ずんだ宝石みたいな人、見た事ないけど」
「その例えは喜びにくいわ……」
「そもそも、ほめられてないぞ。でも、だとしたら……ジェリーは昔の人たちじゃないのか?」
「昔の人達は水とか飲めたけど、ジェリーと黄色コートは飲めないんでしょ?」
「……え?どういう事?」
何気ない返答にジェリーが不安そうな反応を示した為、ドラゴンも不思議と姿勢を正して答える。
「私が寝てる内に、この星は水がなくなってたの。昔より、あったかくなったから、私は嬉しいんだけど……景色は緑がなくなって寂しくなっちゃった」
「だったら……パンってなんだか知ってるのか?」
「あれでしょ?ごはんだよ!やわらかくて白くて軽いやつよ!」
「……か……軽石かな?」
メラの疑問に対し、ドラゴンが当たり前というふうで返答している。メラとジェリーは混乱する仕草で俯いた。ドラゴンは説明が上手くなく、これ以上は聞いても無駄だと見て、メラもジェリーも残りの疑問は未だ見ぬ老岩石へと託した。
思い立ったら、すぐ行動。メラは父親への直談判にジェリーを誘いつつ、小さなバッグだけ持って立ち上がる。
「早く言わなきゃ、置いて行かれちゃうかも。行こう」
「うん」
「私は部屋にいる~」
「メラメラの、お父さん……まだ下にいるかしら」
「説教しても効果ないって解ってるから、もう上に戻ってるでしょ」
「うう……やっぱり行く!」
ドラゴンが部屋への残留をほのめかしてみるも、誰も誘ってくれない。さみしくなり付いて行くと言いだすが、やはりメラもジェリーも構ってくれない。いつも適当な事ばかり言っているので、身から出た錆なのである。
メラが老岩石の話を聞きに行った時と同じ道のりの上、ドラゴンが思い出したかのように王子たちの話を持ち出す。
「私が助けた王子達、どこに行ったのかしら?ほうびの一つも欲しいわよ」
「多分、VIPルームだよ。王子と王女と……もう一人も偉そうだったし」
「……そんな部屋が火山にあるの?」
「……ないや」
メラは自分で言っておいて、ジェリーに指摘されると、ただちに否定した。そんな実のない話をしながら、ぶらぶら歩いていると、話題の的であった王子達一行がメラの父親と共に歩いて来た。
「王国ガル一行様。こちら、VIPルームとなっております」
「ありがたい。互いに過酷な環境の中、最大の計らい、感謝いたします」
大層な言葉を添えて、メラの父親が王子達3人を小部屋へ案内している。さすがに部屋は3つ貸し出すようで、複数の鍵を手にしていた。王子と王女は礼をして部屋へ入り、その後に側近の者はジェリーとドラゴンを睨みつけてから、メラの父親へ言い放つ。
「水使いと、空を飛ぶ化け物は得体がしれぬ。ここへは近づけぬよう心得なさい」
「……承知いたしました」
メラの父親から鍵を受け取り、側近のデベルも部屋へと入る。直前の発言にジェリーとドラゴンはノーリアクションだが、代わりにメラが激怒している。
「なんだ、あれは。助けてもらった側の発言にしては強気だ。2人とも、何か言い返しても良かったんだぞ」
「でも、メラメラが代わりに怒ってくれるから……」
「そ……それでいいのか?」
「うん」
「また2人だけで仲良くしてる……むむ」
もっと構って欲しいのだが、意図せず仲間はずれにされており、ドラゴンは不服な様子。その一方、父親は現状に満足していると見られる。
「昔、ジェリーを家に連れてきた時は近づきもしなかった娘だが、ここまで今は互いに支えあっている。父親として感謝している」
「仲良すぎて、私が入って行けない……」
ドラゴンの存在感が薄くなっている事に興味もなく、ジェリーがメラの父親へ訴えを始める。
「あの……お父さん」
「なにか?」
「……私も、自分の事が知りたい。黒鋼峠の調査に同行したいの」
「……よかった。先程、総隊長からジェリーを貸してほしいと要望があったのだが、丁重に断りを入れたばかりなんだ」
「総隊長、強いやつ大好きだからね……あたしも一緒に行くし、絶対にジェリーを守る。だから、お願い。お父さん」
「そうか。まぁ……ここだけの話、お前も貸し出して欲しいと何人かから頼まれたが、そちらも断固として拒否した」
「目をつけられた……やっかいな仕事を押し付けられるのはゴメンだ……」
なんでも引き受けていると、司令官やエリザのように使われてしまうのだ。
「むむ……私も王子とか乗せて助けたし、評価してほしい……」
「拠点を守る壁にされかねないぞ……やめときなさいよ」
メラの意外な人気が発覚しつつも、黒鋼峠への出向には賛成をもらえたようだ。念の為、同行するメンバーも尋ねておかねばと、メラが小声で父親に聞く。
「……誰が一緒のチーム?」
「峠は道が狭く、入り組んでいる。地形を把握している者と、少数精鋭で向かう。二番隊隊長コハク君。三番隊副隊長エディ君。東門警備のファルファ君。火山裏警備のガルム。そして、私。以上のメンバーで臨む」
「メラメラ……全員、男の人なの?」
「コハクさんとファルファさんは女の人だよ。コハクさんは姉御肌で、お父さんより少し年下。エディさんとファルファさんは優しいし、強くて頼りになるよ。でも、よくガルムさん来てくれるって言ってくれたね」
「お父さんはね。弱みを握っているから、ここぞという時に助けてもらえるんだぞ」
「おだやかな顔で言われても、娘として複雑だ……」
「とにかく、非戦闘員であるジェリーを含む特殊なチームとなる為、戦力面でのフォローは最大限に努める。その点は安心しなさい。作戦決行は後々、五つ目の星が空に現れるのを合図にする」
「夜に出るんだ?珍しいね」
「道中、ザルバ渓谷を通過する。あの地の獣は夜目の効かないものが多い」
「なるほど……それじゃ、夜までに準備しておくね」
「粗相をすると、コハク君に渇を入れられるぞ。気を引き締めておきなさい」
作戦概要を得て、メラ達は父親と別れた。そういや、ドラゴンが。
「……あっ!私、行くって黄色コートのパパに言ってない!」
「問題ないよ。いてもいなくても同じだし」
「さっきは来いって言ってたのに!」
「来るっていう行為が大切なんだよ。気持ちっていうのかな。責任とかさ」
「む……難しい事を言われたら何も言い返せない!」
ドラゴンは意外とマジメだから、論点をずらされてしまうと、何を言い返したらいいか解らなくなってしまうのだ。メラと初対面した当初はジェリーも気圧され気味だったのだが、今では適当に頷いておけばいいと気づいて、とても楽である。そんなジェリーが、出発までの予定をメラに尋ねる。
「これから夜まで、どうしよう」
「あたしは燃料の補給も済んでるし、かといって探索ポイントの情報も今以上には集まらないだろうし……また寝ておくしかない」
「え~?また寝るの?たくさん寝たから寝れない……」
「あんたは神殿で、ずーっと寝てたんだから、また寝るくらい簡単だろうが」
「まくら変わると寝れない……ジェリー、抱き枕して」
「……3人で寝ましょう」
そんな、やりとりがあり、部屋で夜まで仲良く眠った。まぁまぁの時が過ぎ、やかましくドアを叩く音が聞こえ、それに驚いてドラゴンが目を覚ますと同時、ジェリーも横になったまま細工している手を止めた。メラは依然として眠っている。ドラゴンはジェリーと目を合わせた後、広げた両手でパタパタとメラを叩いた。
「ドアから怒ってる音がするの!黄色コート!起きて!」
「……」
「……死んでる。ジェリー……おねがい」
「……私が開けてくるわ」
睡眠時間を考慮した結果、殴ったってメラは起きないと判断し、諦めてジェリーがドアへと近づく。ドアのノブについた鍵を捻ると、叩かれた勢いでドアが開き、とっさにジェリーが後ろへ避難する。
「出撃の時まで、残り僅かだ!いつまで眠っている!」
メラの母親より少し若そうな女の人が、口から煙を吐き出しつつ部屋へと侵入する。その人はジェリーを横目で見るも、眠ったままのメラに意気りだした。
「メラ隊員!起きろ!さもなくば、引きずって放りだす!」
「……」
「父親に似て、ふてぶてしいやつめ……お前たち、こいつの武具を運搬しろ!」
女の人はメラの首を掴み、本当に引きずって部屋から退出。ジェリーとドラゴンは言われるがまま、その後を追った。
「ジェリー……あれ誰なの?黄色コートの何?」
「……いえ。知らないけど」
「聞いてみて……おねがい」
「う……ううん」
メラを引きずっている女の人はエレベータのある場所へ向かっており、振り返る事なく前進し続けている。どこの誰なのかはジェリーにも解らないが、メラが着崩しているのと同じ防衛隊支給品装備をつけている為、敵でない事だけはジェリーにも解る。とはいえ、有無を言わせない迫力に負け、2人は質問を投げかけられないでいる。
エレベータ乗り場近辺の窓から外を見ると、空は薄紫色であった。つまり、集合の時刻までは少々の余裕がある。ここで勇気を持って、ドラゴンが憤りをぶつけてみる。
「まだ外が明るい!まだ少し寝れたけど、なんで起こしたの!」
「予定より早い行動を心掛けろ!あらゆるミスへ対処できるよう、迅速に行動しろ!」
「……んん?なになに?」
「……ギリギリに起きると、忘れ物があったりした時に取りに戻れないって話だと思う」
「飲み込みの早いやつは好きだ。解らないやつは無理にでも飲み込んでおけ!」
「むむ……私、食べ物とか飲み込むの早いから、好きって言われたかもしれない」
ジェリーの補足を受け、ドラゴンが女の人の説教を都合よく飲み込んだ。その後はエレベータの中まで沈黙を持ち込み、謎の女の人と、エレベータの床に転がされたメラと、もじもじしながら女の人を見ているドラゴンと、メラの荷物を持ちながら緊張しているジェリーが、エレベータが1階へ到着するのを待っている。
エレベータは移動中です。しばらく、お待ちください。
……
……
……
一階へ到着する。女の人はメラの足首を掴み、再び地面とメラを擦り合わせながら運ぶ。ドラゴンとジェリーも後を歩き、火山の正面出入り口にメラの父親がいるのを見つけ、ちょっとばかりの安心を得た。
「司令官!お前の娘は、どうかしている!目を覚ます気配もない!」
「頭が良くないなりに、考えを巡らせて疲れたのでしょう。他のメンバーが到着するまで、寝かせておいてください」
「未だ集合に至っていない者がいるのか?おいっ!ファルファ隊員!」
「コハク隊長。わたくしめは、こちらに」
声に引かれて目をやると、火山の出入り口近くにいる細身の女の人が手を揚げている。その会話から、ジェリーは2人の女の人が任務に同行する隊員だと察した。
「エディ隊員とガルムが不在か!気が、たるんでいる!司令官、言い訳ぐらいしろ!」
「エディ君には支給品を取りに行ってもらいました。ガルム隊員の事は解りません」
「誘ったのであれば、所在地くらい把握しておけ!」
「左様ですね」
適当な言葉で司令官に話を避けられ、コハクは足を組みながら近くの岩へと座りこむ。そこへファルファが砲火器を差し出し、それを受け取ったコハクが、口から出している煙を武器へと吹き当てつつ拭いていた。
司令官もバッグの中を整理しており、他の事には気が向かない。仰向けに投げ捨てられているメラの体を運び、ジェリーが火山の出入り口脇にある壁へと背もたれさせる。他に居場所が見つからず、当然のようにドラゴンもジェリーの横に居座る。
「司令官せんせー!こちらでヨロシカッタでしょうかー!」
火山の奥から声が響き、たくましい風貌の男の人が、重厚感ある金属製の箱を抱えて現れる。メラの父親は男の人に近づき、箱の置き場所を指示している。
「そちらへ置いてください」
「はい!で、こりゃあ何が入ってるんすか?」
「先に話しておきましょう。コハク君、ファルファ君、こちらへ」
司令官は手招きで2人を呼び、箱の中身を持ち出して見せる。灰色のコートや、鉄で作られた傘のようなものを手に取り、使い方を実演しているのだが、あまりコハクは理解してくれない。とにかく、司令官に文句は言いたいらしく、コートの着心地などに不満をこぼしている。
「こんなものを着ていては、身動きに支障が出る。死ぬつもりか?」
「空から降る水を防ぐため、小屋を持ち運ぶ案もありましたが、どちらが好ましいでしょうか?」
「常識で物事を考えろ」
「同感です」
「これで水をはね飛ばすんですねぇ!解りました!」
エディが傘らしきものを手に取り、くるくると回して遊んでいる。ある意味、使い方としては正しい。一方、ファルファはジェリー達の持ち物を発見したようで、その幾つかを腕に抱えて持ってきてくれた。
「小さいコートがあります。おそらく、その子の着物でしょう」
「……私のもあるの?わぁい!」
小さいコートをドラゴンの頭に乗せ、残りをメラの膝上へ置く。ファルファはジェリーが任務同行者だと知っているようで、気休め程度の言葉を残した。
「この度の遠征任務。お互い、がんばりましょう」
「あ……えぇ。うん」
それだけ言うと、ファルファは再び司令官の元へ戻る。代わって、ガルムが火山の中から現れ、それに驚いたジェリーがメラに抱きついている。
「わりぃ。火山の裏口を封鎖するのに時間かかっちまって、ちと遅れた」
「いや、集合には遅れていない。念の為、コハク君に言い訳だけしておけ」
「司令官!人を口うるさい女のように言うな!」
「自己分析ができてるじゃないか!成長したなぁ!」
「黙れ!刀しか振れんアホが!」
メラの父親とコハク、ガルムは昔からの付き合いらしく、親しげにケンカなどしている。その様が珍しいのか、司令官の娘が不思議そうにジェリーへ声をこぼしている。
「お父さんとガルムさん、仲良かったんだ。あんまり会ってるの見た事ないや」
「お……起きてたの?」
「それより聞いてよ。あたしは部屋で寝てたはずが、起きたら火山の入り口にいたんだ。どう思う?」
「ふ……不思議な事もあるものね……」
抱きついていた姿勢をそっと離し、あんまり言いたくないとばかりにジェリーが、とぼけている。だが、そんな事よりメラは膝に置いてある物が気になったようで、折りたたんである傘らしきものを広げた。
「なにこれ?さては、これを回して、水をはね飛ばすんだな。便利グッズだ」
やはり、それが正しい使い方のようで、エディと同じく傘をくるくる回していた。
メラが目をさましたものの、出発の準備は完全でなく、すぐ行こう今行こうなメンバーをどうどうと、なだめている。そこへ、メラの母親と防衛隊の女の子が、縦長の箱を持って火山から出てくる。
「もうメンバーは、そろっているのね……持ってくるのに手間どってしまって」
「いや、食料がなければ、どのみち遠出はできない。気にする事はない」
運ばれてきた箱から、また小さな箱が幾つも出てくる。その弁当箱を3つずつ、各隊員に渡す。エディは大量に食べるからか、一人だけ弁当箱を5つ受け取っていた。
「ありがとうございますっ!街を取り戻したら、また奥さんの店に行きますわ!」
「エディさん……うちの人たち3人は、あまり戦いじゃ役に立たないでしょうから、あなたたちが頼りです。どうか、みんなを守ってあげてください」
「お任せてください!」
家族3人が出動となり、残されるメラの母親も、いつになく心労を抱えている。見かねた司令官は彼女の肩に手を置くと、言葉に気を入れて伝えた。
「一人たりとも欠けさせはしない。必ず、全員で帰還する」
「……はい。お願いします」
「恰好をつけるのはいいが、実戦をになうのは私たちだ。あまり出しゃばるなよ」
「コハクちゃん……うちの人達をよろしく、お願いします」
「学院の先輩後輩とはいえ、コハクちゃんってガラかよ」
「ガルムさん。実質、あなたが攻防の要です。信頼しています」
「……頼まれた」
茶化す様子のガルムだったが、メラの母親には強く出られない態度を見せている。そうなれば、その内情を知りたがる人もいるもので、当然のような顔でファルファが首をつっこんでくる。
「ガルムさんと司令官の奥さまは、面識のある、ご関係で?」
「ファルファ。このオッサンたちにも、若い頃があったという話だ。なんなら、道中で明かしてやろう」
「おい。コハクちゃん……やめろ」
「では、私もコハク君が昔、砂場にハマった話をしてさしあげようかと……」
「司令官……やめろ」
出動前だというのにも関わらず、歓談に花を咲かせている。誰か止めに入らないと話が進まないとみて、その場しのぎの得意なメラが腰を上げた。
「娘の前で、過去の恋模様を話題に出さないでもらいたい」
「……え?そういう話だったの?」
ジェリーは鈍感である。
「じゃあ、ちょっと間違えば、黄色コートの、お父さんは、あの怖い人だったの?」
「そこの、ちっこいの。間違えばは人聞きが悪いぞ」
ドラゴンが、とんちんかんな事を言って、ガルムに渋い顔をされている。だが、そんな事はメラにとって、どうでもいい。
「父上!準備が整ったのであれば、さっさと出発しよう。早く行動するに越した事はない」
「あ……あぁ」
5分前まで寝てたやつが仕切り出し、父親も圧され気味。ただ、正論を言い出したら誰にも止められない訳で、こういった面でだけ司令官の娘という本性が垣間に見える。
「目的地まで、おそらく1夜はかかる。黒鋼峠、およびザルバ渓谷の情報に関しては、向かう道中で聞きます。では、行ってくる。火山の皆を頼む」
「……あなた。行ってらっしゃい」
無駄な話題を投げ合いながらも、出撃メンバーは支度を済ませていたらしい。メラ以外の人達は司令官が妻へアイサツすると同じタイミングで、荷物を持って立ち上がった。結局、バッグに入らないものはドラゴンの手に預け、急いでメラも足並みに加わる。
火山の正面口から真っすぐ進めばフレイムタウンがあり、およそ東の方角に遥か行けば王国ガルが存在。その逆、今回は西の方角へと向けて山道を降りる。まず最初の関門はザルバ渓谷であるからして、その地の概容を司令官がファルファに問い掛ける。
「ザルバ渓谷について、お願いします」
「はい。ザルバ渓谷は細く尖ったジラ岩石からなる、高低差5600nの渓谷です。足場は脆く、わずかな衝撃や高音波でも崩れ落ちる危険性があります。ですが、ジラ岩石は熱によって結合する物質なので、日当たりのよい、崖上の高所を進むと足場が定まります。ザルバは飛行する生物も多く、高い場所を歩くと襲われる危険性があるので、生物の視認機能が利かない夜の間に通過します」
「ファルファ隊員、ありがとうございました。何か質問はございますか?」
「お父さん……ファルファさんって偵察隊じゃなくて、普通の防衛隊員だよね?なんで、遠い場所の地形に詳しいの?」
「あぁ……それは、ファルファ隊員の趣味が探検だからだ」
「はい。戦闘の面では他の隊員に後れを取りますが、地の利を活かす事で対等に渡り合えると、コハク隊長に教わりまして、探査に、のめり込んでしまいました」
趣味で探検したり、趣味で水科学を探求したり、そういった自由な活動が今になって実を結んでいるのだ。ちなみにエディは砲火器の取り扱いに長けており、そつなく修理もこなす。そんなエディにも疑問があるらしく、投げかけるような大声でコハクに質問している。
「コハク隊長、射撃訓練ではエリザと同じスコアじゃないですかぁ。戦闘じゃ不自由ないと思うんすが、他にも気にかけてる事あるんすか?」
「戦場では、思考が停止した奴から先に死ぬ。おぼえておけ。その点、力以外に一つ長所のある者、対応力・応用力のある者として、お前やファルファを評価している」
「お……恐縮っす!」
思わぬところで褒められてしまい、エディとファルファが恥ずかしそうに空を仰いでいる。そのついで、司令官が余った情報を漏らす。
「本日のチーム構成についても、コハク君にアドバイスを頂きまして……」
そんな事情をうかがいつつも、飛び入りで参加してきたメラの態度が大きい。
「あたしはジェリーと約束しましたから、帰れと言われても帰りませんよ」
「安心しろ。司令官の娘も、希望メンバーには含めた。常識知らずを一名、チームに控えさせておくとチームの生還率が上がる。私の持論だ」
「……ジェリー。あたしは、けなされたのか?ほめられたのか?」
「期待してくれてるのよ……」
よく解っていない様子だが、ジェリーの一言でメラは機嫌を良くしている。この頃には山を下り終え、なだらかで特徴のない土地へと足を踏み入れていた。
フレイムタウンの位置する方角へ目を向けると、見上げる程の巨大な柱が壁の如く、そびえている。それを見つけると、思いふける口調で、ガルムが司令官に告げた。
「今のとこ、あそこへ入る事になるやつは一人もいないのか?」
「これだけの被害がありながら、死者が一名も出ていないのは奇跡か、もしくは何らかの思惑が絡んでいるのだろう」
「思惑か……あいつらの目的も、はっきりしてねぇしな。欲しいもんがあるなら、やるから帰れと言いたいが」
「それなら知ってる!みんな、炎の石を探してるの!王子の家で聞いたよ!」
あまり褒められていない自覚があるようで、はきはきとドラゴンは王国ガルで水の兵士が話していた内容を出す。ただ、ドラゴンだけでは信憑性に欠けると思われ、すぐに質問の矛先はジェリーへ向いた。
「ジェリー。詳しく聞かせてもらいたい」
「……ちょっと聞いただけなのだけど、あちらはレッドスターとか、フレイマテリアというものを探していて、王国ガルには炎の石が隠してあったの」
「それを欲しがってるのか……だが、決めつけるにゃ、ちと尚早だな」
「……あとは何も解らないわ」
ガルムの冷静な意見を受け、ドラゴンは他に何かないかと、ジェリーに視線で求めている。ただ、何も思い出せなかったのか、ジェリーは自信なさそうに頭を下げた。
「……もしかして、これなんじゃないの?レッドスターって」
どの話題から流れをくみとったのか、メラがペンダントを見せつけてきた。たゆまず足を進めている面々も、要領を得ずに立ち止まる。すると、そのペンダントの出処は解説せざるを得ない。
「これ、ジェリーが初めて家に来た時から、ポケットに入ってたらしいんだ。昔の人がジェリーに渡したものだとしたら、何か関係があるかもしれない」
「レッドスター……それは銀色だが」
「お父さん。見た目で物を判断するなと、偉い人が格言を残してると噂で聞いた事がある」
「う~む……考慮しておく。まずは情報が必要だ。それに伴い、おのずと知りえる事実もあるだろう」
メラの意見は根拠こそないが、現段階では証拠が足りず否定もできないから、司令官の頭の中で保留となった。足元が砂地へと変わり、ファルファが注意を促すように発言する。
「そろそろ、ザルバ渓谷です。不安定な足場となります。ご注意ください」
「空が暗くなるタイミングもベストっすね。先導はファルファに任せたぜ」
「了解」
今まで先頭を歩いていたエディが引き、ファルファが道案内をかってでる。慣れた道らしく、中央に広がる道らしい道は歩かず、そこは道なのかと問いただしたくなる場所へ足をかけた。
「この巨岩を足場にして、崖の上へ上がりましょう。ピンを打ちますので、それを手がかりにしてください……」
「……ちょうど良く、段々に積んであらぁ。ファルファが作った道かい?」
「自然の神秘です……素晴らしい」
ファルファは小さな鉄製のピンをハンマーで幾つかカチ込み、先に上へ昇って敵がいないのを確認。他の隊員も上がってくるよう、手でサインを送る。
ジェリーとドラゴンは高さの問題で上がるのに苦労しており、そこはメラのフォローが入った。そんなメラも身長が低い為、エディに手を引かれている。エディは手を引きつつも、背が低い事実を突き付けている。
「司令官先生も奥さんも、背は低くないが、メラは小さいねぇ。好き嫌いでもしてんのかい?」
「おいしくないという時点で、体が欲してないんだよ。食べるだけ無駄」
「大人になると、味覚が鈍っちまうから、その味は今の内に味わっときなよ」
「解りました、お父さん」
「まぁ、お兄さんにしといててくれよ」
「じゃあ俺は、おじちゃんでいいぞ」
「私は総隊長でいいぞ」
「ガルムさんが意外と気さくだ……コハクさんを総隊長と呼ぶのは、総隊長を倒してからにしましょう」
「パパでいいぞ」
「解りました。お父さん」
メラは実の父をパパと呼びたくない。敵地へ向かっている訳でないせいか、あまり緊張感がない。先程の会話を聞いて、ジェリーも兄弟が欲しくなっている。
「私も、兄弟がいたらいいのに……」
「もしかすると、いたんじゃないの?炎の神殿で眠る前は」
「……そうかも。何も憶えてないけど」
「そろそろ、頂上に到達します。火器の使用は最小限に」
薄暗い空の下、空が広く見える地点まで登頂。そこで、ファルファから火器の使用を厳禁された。その理由をエディが尋ねる。
「火器を使用すると、一体どうなる?」
「フレイムウィングという鳥が火を目指して、矢のように飛んできます……」
「……ヤバいねぇ」
「なら、俺が先を歩くぜ。砲火器以外の武器を持ってるやつは、俺の後ろに続いてくれ」
刀を持つガルムが先頭に出て、弾丸の出る銃器を携えコハクが続く。ジェリーは注射器状の水銃を所持しているが、ドラゴンと共に最後尾を歩いた。地形は狭くないものの高所であり、やはり暗さのせいで危険だ。
奈落の闇と煌びやかな星々を鑑賞しながら先へ行くと、鳥のような生き物の他に四足歩行の生き物が現れた。その正体について、ガルムが質問を後ろのファルファへ投げる。
「黒いケモノが、うろうろしてるが……ありゃなんだ?」
「ハウンドです。あれも夜目が利かない生物なので、ぶつからなければ問題ありません。ですが……」
「なにか不審な点でも?」
「こんな高い所にいるはずがないんです。崖下に巣穴を作る生物ですから」
司令官の声に答える形で、問題点となりそうな事がらを報告。崖下は暗さで目視できないが、似たような一件をジェリーは思い出す。
「……天空の岩場に住んでいる生き物が、ファイアーフラワー地帯にいた事あったよね」
「あぁ、岩場が水浸しだったからね。居場所がなくなったら、危険な場所にも出てくるよ」
「……エディさん。そこの大きな岩、谷底に落としてみてくれますか?」
「急に、どうした?ちょっと待ってな……」
ファルファから頼まれ事を受け、エディは体より大きな岩を持ち上げた。投げ出された岩は深淵に消え、数秒後に水の弾ける音。ジェリーとメラが反応するのを待ち、ファルファが周りに説明を始める。
「想像の通りなら、大量の水が下に……」
「おい。今のが、水の音でいいのかよ」
「うん。間違いないよ。あたしは飽きるほど聞いたし」
ガルムが引きだしたメラの証言で、メンバーの顔色が変わる。ただし、周囲に敵の気配がない事、野生動物が喚かない事などが不可解。それを踏まえ、司令官が予想を語る。
「確か、水は高い場所から低い場所へ流れるのでしたね。とすると、ここより先にある黒鋼峠が占拠されている可能性は高い。空を含め、敵の目に注意して前進してください」
「……司令官。いいか?」
「はい。コハク君」
司令官から注意を受け、すかさずコハクが発言権を主張。作戦を提案する。
「おちおち調査するのは止めだ。行く場所を絞る」
「……なるほど。では、効率よく白銀峠を目指しましょう」
「ごめん……お父さん。どういう事?」
メンバーを代表して、当たり前の疑問をメラが取り出す。コハクはコメカミの部分を指でつつきながら、簡潔に解説する。
「白銀峠は黒鋼峠の、どこかにある。考えるに、探しているものは、こちらも敵さんも近しいだろう。水の軍団は水を武器としているが、水の中での行動は得意じゃあない。つまりは、水の溜まっていない場所だけを調査すればいい」
「水の中での行動は、得意じゃない?散々、水の軍団と呼ばれた末に滑稽だな」
「いや、あながち……その線は濃いでしょう。なぜなら、戦闘を仕掛ける際、真っ先に敵陣を水没させていない」
「……どうだかな」
半信半疑なガルムも、司令官の言葉を聞くと、考える表情で地面へ視線を落とした。そこでメラも思い出した事があり、ジェリーと目を合わせて証言する。
「……最初、フレイムタウンに水をけしかけようとしてた時も、調査が終わる合図を待ってたのかな?炎の遺跡は水浸しだったから、レッドスターを探し終わってたんだね」
「でも……それなら、メラメラのペンダントが探し物ではないのよね?」
「……あたしの宝物入れ、ゴミ箱に似てるからね」
「ずさんな調査から逃れたのね……」
どれも予想の範疇を出ないが、思い当たる節もある意見である。ただ、この話題が持つ最大の狙いは苦しい現状を思わせない、楽観的なムードを作る事だ。そこで、結論を司令官が持ち出す。
「あちらが目的の物を先に見つけている場合や、調査して見落としている場合、同じ場所を我々が探索する余裕はありません。目当てのものが残っている可能性の高い場所へ直行します」
「んじゃあ、ついでだ。ファルファ。お前が思う、探し物がありそうな場所を教えてくれ。そこを目指すぜ」
「承知しました……渓谷を通過後、ルートを変更して進みましょう」
ガルムに促されて向かうべき場所を変えるも、まずは渓谷を抜ける事が最優先。やや崖際から離れた場所を歩きつつ、ここはガルムを先頭として前進する。ただ、ここまでの会話に付いてこられない人というか……ドラゴンが一匹おり、不満げにジェリーの背中を押している。
「難しい話されても困っちゃう……面白い話ないの?」
「……そんな事を言われても……あっ。逆になんだけど、昔の話を聞きたいわ」
「草がボーボーだった頃の話?いいよ!」
「ぼーぼー?何か燃やしてるのか?」
「そう!草は燃えるよ!」
「メラメラ……私が詳しく聞いてみるわね」
この話題になると、今現在の常識と食い違いが酷く、頭では理解しがたい。やぶから棒なメラを黙らせ、辛抱強くジェリーが聞く。
「どうして、草はなくなってしまったの?」
「暑すぎるからよ!きっと全部、燃えちゃったの!」
「みんなの武器に入っている燃料の、祖先にあたるのかしら……?」
「う~ん……使い方は似てるわね。もっと軽かった」
「あとは、何かなくなったものはあるの?」
「飛んでみて解ったんだけど、大きい水溜りがなくなったかも!」
「大きい……水たまり?フレイムタウンくらいの大きさ?」
「もっと大きいの!はしっこが見えないくらいの水たまり!なんっていうのかな……名前は忘れちゃった」
「そう……その中に昔の人は住んでたの?」
「住んではなかった」
「じゃあ……なんの為にあったの?」
「ん~……知らない」
このような、もどかしい会話が背後より聞こえてくるせいで、他のメンバーは口をはさみたくて仕方ない。ただ、ここで遮ってしまえば、話が脱線してしまうと予想しているせいか、苦くクチビルを噛んで耐えている。
「……昔の人って……もしかして、水の軍団の人たちに似ていた?」
「なんで?」
「……なんとなく」
急に聞き返され、ジェリーの方が目をそらす。ところが、ドラゴンの方は思い出せなくて都合が悪かっただけらしく、また軽い口調で、あいまいに答えた。
「う~ん……どっちかっていうと、ジェリーや黄色コートよりは、水の軍団に似てたよ」
「……皆さん。ここから足場が下がります。ワイヤーを下ろしますので、少々お待ちください」
ドラゴンの返答が終わるのを待ち、ファルファが道程についての指示を再開する。打ち込んだピンにワイヤーをくくり、安全を確認してから下へ降りる。
「私に続いて、降りて来てくださいー!」
さすがに崖を下る動作ながらに雑談はできず、ドラゴンとジェリーの会話も途絶えた。ここを乗り越えれば、第一関門は突破。それぞれ体は痛むが、まだ気力は足りている。
渓谷の高さが違うのか、上る時より下る方が何倍も時間が掛かった。その途中、遠景に黒くて巨大な街が見えてくる。それをメラが最初に発見し、父親に尋ねた。
「お父さん……あの街は、なんだろう?」
「……あれが黒鋼峠だ。私も始めは、人工建造物と見誤った」
峠や山、そういった表現が似合わない、要塞のような地帯を目の当たりとする。見方によっては、根を下ろした巨大な黒い花にも例えられる。
なんとか、空が紺色に変わり始める頃合いで、渓谷を抜ける事に成功した。再びファルファの指示に従い、適切な休憩場所を確保する。今回は岩場の表面に見づらいドアがついた、立派な部屋を紹介された。
「ここは、私の秘密基地です。やや狭いですが、地形にカモフラージュしているので、安全な場所です。お食事になさいますか?お砂でエステになさいますか?それとも……」
「いや、俺は寝るぜ」
「私も、ますは睡眠をとりたい」
「司令官せんせーに同じく。俺も寝むくて仕方がねぇ」
「うむ。ファルファも、しっかり寝むっておく事だな」
あまりにつれない返事が続き、ファルファは独りで、しょんぼりした。
さすがにベッドなどはなく、各々は壁に背をつけて休んだり、地面に倒れ伏せたりしながら眠っている。渓谷での移動が相当な疲れだったせいか、ファルファを含めた全員が気だるそうにしていた。
始めに起床したのはコハクで、扉をわずかに開いて空色を確認。弁当箱を取り出すと、一番飯をとった。次にジェリーが目をさましたものの、コハクだけが起きているのを知ると、やや気まずそうに、そっと眼を閉じちゃう。この子はコミュニケーションが得意ではない。
あとはドラゴンから歳の順に目をさまし、やっぱり最後まで寝ていて、起こされたのはメラであった。
「メラメラ……みんな、もう起きてるわよ」
「……ん~……どこ?ここ?」
「渓谷を抜けた先の秘密基地よ……もう、目を覚まして」
「ん。ちゃんとジェリーを守れるよう、体力の回復を頑張りすぎた結果だよ……」
これが、友人を守ると言った任務中のナイトである。どうしようもなさすぎて、ガルムからもバカにされている。
「言う事は達者でやがる。やっぱり司令官の娘だぜ。ふてぶてしいもんで、絶対に褒めないと心に誓ってる」
「奇遇だな。私もだ」
「つまり、ほめるべき部分自体は多いという事ですね」
この切り返しが、にくたらしいと言われる所以である。そんなやりとりに父親は関与せず、そっぽを向いて食事に励んでいる。対して、エディは褒めて伸ばすタイプ。
「だが、メラほど死んでも死ななそうな隊員も他に見ないんだなぁ」
「あたしだって、死んだら死にますよ……加減してください」
「でも、黄色コートよりジェリーの方が強いんだよね」
「ほぉ。頼もしいねぇ。おれぁ戦ってんのを見た事ないが、頼りにしてるぜ」
「は……はぁ。はい」
とりあえず、エディが口を開けば、角が立たない。今まさにメラが弁当箱を開けた訳で、まだ出発には時間がかかる。そのすき、これからの行き先をエディが案内役に問う。
「それで、目的地の見当はついてんのかい?」
「すでに黒鋼峠は探索済みなのですが、3か所だけ、私には行けなかった場所があります。白銀峠の入り口があるのなら、そちらが有力かと」
「ほう、それはどこだい?」
「まず、峠の頂上から見下ろす事ができる大きな穴。ワイヤーが足りず、下へは辿りつけませんでした。底知れない穴ですので、降りるには勇気がいるかと」
「頂上か。敵は飛行する乗り物を有していると耳にした」
「フレイムタウンの偵察へ向かった際、残留メンバーが目にしています。しかし、大袈裟な飛行を得意としているらしく、穴などを降りるに適しているかは疑問です」
コハクの確認に対し、司令官が、よどみない答えを返す。それで、あと2か所は。
「あとは……ここを出て地下へ潜った先に、クリスタルの塊が道に詰まっている場所を発見しました。爆発性の武器があれば、突破できるはずです」
「地下か……大きさによっちゃあ、俺がどかすぜ」
「逆に聞きますが、ガルム隊員は、総隊長の家と同じ大きさのクリスタルを破壊できますか?」
「やってできない事はないぜ?ただよ。燃料は代えがねぇし、できれば節約したいが……」
「……そんなら、ジェリーに頼めばいいよ。幸い、水なら補給できるし」
「あぁ、それで頼むぜ」
ジェリーの能力に半信半疑。そんな反応をみんなが示すも、ガルムがメラの申し出を安く受けた為、ジェリーも無言で頷いた。
「……残りの1か所は、私の憶測でしかないのですが……よろしいですか?」
「……耳には入れておきましょう」
司令官の許しを得ると、自信のない声でファルファが続ける。
「黒鋼峠の南側に大きな鏡面の壁がありまして、どうも……そちらに違和感が」
「違和感……というと?」
「……見間違えかもしれませんが、壁に映っているものが、違う気がして」
「……ん?」
真摯に聞いていた司令官が、よく要点を得ずに聞き返した。つまり、こういう話である。
「背後の景色と似てはいるのですが、若干……何か足りないといいますか。何が足りないのかは解らないですが。これは私の見解なので、信じて頂かなくとも構いません」
「……実は鏡でなくて絵だとか、壁の中に似た地形が収まっていたり、そういった可能性はありますね。実際に見てみなければ、なんとも言えませんが」
「パズルやクイズは司令官に任せる。まずは地下の通路を確認し、進行が難しいようならば頂上を目指す。司令官の娘、お前の準備が完了次第、出発する」
「じゃあ、あと60数えるくらいかかるので、その間は皆さん、ゆっくりできますね」
コハクから急かされながらも、十分に120数える程の時間をかけて、ようやくメラが立ちあがった。昨日に引き続き、先頭はガルムとファルファが引く。
ひび割れた大地の亀裂を行き、黒鋼峠の入り口である狭い道を進まず、花びらのように広がる外壁へ沿って進む。すると、もの凄く目立たない場所に穴が開いており、そこから地下へと潜る事ができる。あまりに地味な道だった為、エディが見つけた事を感心している。
「こりゃ……よく見つけて、入ろうと思ったもんだねえ」
「壁伝いに進む。先に発見した道から探索する。これが、基本なので」
独自の探索ノウハウであり、誰に教わったものでもない。コハクですら知らない基本である。
穴の中へはジャンプして飛び降り、転がっている岩を積めば上がるにも容易い。コハクが下にいるファルファへとドラゴンを放り落とし、最後に穴の中へと入った。
「……キャッチー。どうぞ」
「……え?あぁ……はい」
ドラゴンの所有権はジェリーにあるのか、すぐにファルファが手渡してきた。また、抱っこして行く。
地下の道は狭く、その先も下り坂。しばし進むと、分かれ道に行きつく。どの道へ進むか、司令官がファルファに委ねる。
「どちらへ?」
「えー……少々、お待ちください」
ファルファが自分の靴の裏を覗き、その鉄板に書かれた文字を読んでいる。メモする場所がない場合、なりふり構わない。
「右……左、左、真ん中、下、右、真ん中。こちらの道順で最深部へ到達できます」
「じゃあ、帰りは真ん中、左、上、真ん中、右、右、左だね」
「憶えきれねぇよ。ランプ石を隠しながら置いていく」
メラは記憶したようだが、ガルムは自信がないらしい。赤白く光る小さな石をバッグから出し、少し振ってから道筋に置いておく。途中、上から水が滴っている場所に遭遇するが、そこは鉄製の傘が役に立った。特に難もなく、結晶の詰まっている地点へ到達。
「ここが、怪しい場所なのですが……」
ファルファが立ち止まった場所は広く、一固まりの透明な岩に行く手をふさがれている。非常に冷え込んでおり、ジェリーとメラ以外の者は歯を食いしばっている。
「温度の低下が著しく……私は、ここで引き返しました」
「ところで、メラとジェリーは寒くないのか?」
「うん。多分、お父さんが着てるのとは、ちょっと違うんだよ。水にも入れるし」
「じゃあ、入れて!うん……あったかい!」
メラの言葉を聞き、ドラゴンがメラのコートの中に潜り込む。メラの体温が籠っていて、やや温かい。ガルムは寒いのが特に苦手なようで、早くジェリーに道を開くよう頼む。
「……ここじゃ力が出せねぇ。頼む」
「……やってみる。下がっていて」
また注射器についているボタンを何度も押し、筒内の仕掛けを複雑に動かしている。その後、ジェリーは注射器の先端を透明な岩の壁へと向けた。
「ハイドロドリル!」
太い水の螺旋が岩に突き刺さり、破れる音を響かせながら蒸気を上げる。7秒ほど突き刺し、放出を止めてキリが晴れるまで待つ。
「……あら?」
攻撃の壮絶さに似合わず、岩に広がった窪みは浅く、むしろゴツゴツ具合は悪化した。そんな岩の形が気になったらしく、ドラゴンが走って行って近くで見つめ始めた。
「……これ!王子の家にあった透明な岩と同じだ!あっためると、水になるよ!」
「これが水だって?面白い。俺がやってみるぜ」
「大丈夫……もう一度」
ガルムが剣を抜くより早く、ジェリーは注射器についている取っ手を引いた。爆発するような音が鳴り、注射器内の水が気泡を上げる。
「ハイドロファイアー!」
今度は熱湯が先端から噴きだし、見る見るうちに岩は削れていく。そのまま押し込み、貫通させ、氷の中に通路を作った。
「また変な機能を増やしてる……あったかい水も出せるの?」
「ボムハンマーの爆発を使って、水を温めるようにしたの。役に立ってよかった……」
見慣れたメラは平凡な質問を投げかけているのだが、ジェリーの武器を初めて目にした人々は呆然としている。そんな中でも、なんとか言葉を絞り出し司令官がジェリーに問い掛ける。
「……水は熱量を記憶する性質があるのか?少量の水が熱で消える姿は見た事がある」
「うん……温度が高すぎると消えてしまうのだけど、消えない温度で温めれば大丈夫。たぶん、この固い透明な岩は、逆に冷えた水のカタマリなんだと思う」
「あぁ、鉄も熱すれば緩く、冷やせば硬くなるからねぇ。似た性質なんじゃないか?」
足りない知識をエディに補われ、ジェリーは自信も少なく頷く。これも鉄工場では常識なのだが、ファルファやジェリーといった、工房へ立ち入った事のない者には馴染みのない話。メラも工房へ遊びに行ってはいたが、ただ遊びに行っていただけで勉強をしている訳がない。
「立ち話もなんだ。せっかくだから中に入ろうぜ」
自分の家のごとく、ガルムが氷の通路内へと誘っている。ただ、中は更に寒い。ジェリーとメラをのぞく他のメンバーは耐えられず、ダッシュで戻ってくる。
「さ……さむいです……コハク隊長。わたくしたちの装備では進めません」
「心頭を熱すれば水もまた……いや、これは耐えられん……」
「こりゃあ……俺たちには無理だぜ。どうする、司令官」
ガルムに判断をあおがれるも、当の司令官すら凍えてものを言えない。
「あ……ああ……そそ……そうだな。メラとジェリーは何事もないだろうか?」
「あたしたちのコート、水に入っても平気なんだよ。摩訶不思議だ」
「設計書が水没したから、もうロストテクノロジーだけど……」
すぐにロストテクノロジーを生み出す、恐るべき逸材なのだ。そうと決まれば、この先の探索は2人に任せる他ない。メラがコートのボタンをきつく締め直し、司令官に出発を宣告する。
「あたしとジェリーで先を見てくる。お父さんたちは待ってていいよ」
「いい……いや、ここにガルムを置いておく。残りのメンバーで……別のポイントを目指しましょう。よろしいですか?」
「わわ……解った。お前ら、危険を察知したら、一目散に戻ってこい。俺は、ここにいる」
刀を地面に転がし、ガルムはコートのフードを被って座りこむ。その様が、あまりにも凍えて見えたのか、不憫に思ったメラは気休め程度の言葉を残した。
「なるべく早く帰ってくるよ……」
「あぁ……そうしろ」
氷の中にできた通路は風を吹き出しており、ちらちらとした氷の塵が風に流れている。通路の先は薄暗く、またメラが砲火器に火を灯す。
「ファイアーリード」
「よく見えるようになった!」
すっとメラのコートから、ドラゴンが顔を出した。
「あんた、ガルムさんと待ってた方がよかったんじゃないの?」
「知らない人と一緒やだもんー」
「……いうほど、私たちも知ってる人じゃないわよね」
単にガルムと一緒にいたくないのだ。ドラゴンは温かくて居心地よさそうだが、メラはドラゴンが前に入っているせいで、妊娠した人のようになっていて歩きづらい。よろよろと歩みを進めると氷の壁が終わり、銀板を繋いだようなサイバー部屋へと辿りついた。
「まぁ、綺麗な部屋」
「炎の神殿の地下みたいな部屋だ。窓みたいなのがあるけど……真っ暗で何も見えない」
黒い窓の下には摘まみや、スイッチのような凹凸が複数ある。ジェリーはボタンを押しこんでいるが、何も起こらない。メラは先へと進み、部屋の隅を調べている。
「……これ、ドア……かな?でも、ノブがない」
「どうやって開けるのかしら……」
部屋の端に広い窪みがあり、どう見てもドア。なのだが、手をかけるところもなければ、押してグラつきもしない。メラが色々と触ってみるが、開く様子も見せない。
「気になるなぁ……ここまで来て、戻るのも癪だ」
「やっぱり開かないの?」
メラが名残惜しそうにドアを見つめていると、今度はジェリーがドアを調査し始めた。人差し指が触れた途端、ドアが横にスライドする。
「……開いたわ」
「気難しいドアだ」
納得いかない表情ながらも、メラは先の部屋へと足を踏み入れる。すると、床の光が走り、部屋全体を白く明るめた。
「うわっ!まぶしい!」
「……白い炎かしら」
「昔の人は電気って言ってたよ。雷みたいなものだって」
ドラゴンが光の正体を解説しているが、メラもジェリーもイマイチしっくりきていない。全容の浮かび上がった部屋は円の形をしており、中央にガラスで作られた巨大な筒が、そびえたっている。天井は遥か、どこまで続いているのか解らない。
「……清潔な部屋だ。水の軍団が帰ったら、うちの別荘にしてもいいんじゃないかな」
「……そういえば、総隊長さんは自分で家を作ってたけど、お父さんは個人で色んな資産を保有してるわよね」
「総隊長は隊のマスコットで、お父さんは司令官だからね。収入に差があるんだよ」
そんな関係のない話をしている内にも、ガルムは寒くて震えている。それを思い出し、ただちに調査を再開した。
「……なんか聞こえる!こっち!」
メラをコートの中から引っ張り、ドラゴンが奥へと先急ぐ。真っ白な壁に埋め込まれている十字型をした、ひびだらけな黒い物体が奥にあり、その中から声が響いていた。誰が言い出すでもなく、これが老岩石だと3人は察した。
「石っていうか、岩ぐらいが妥当な感じだね」
「……」
「……ジェリー?どうしたの?」
「……なにか思い出しそう」
「なに?なにを?」
「……や……ごめんなさい。何も思い出さなかったわ」
「……なんだよー」
安堵とも期待外れとも取れる様子で、メラがコートの中のドラゴンを抱えたまま、壁の凹凸に寄りかかる。押し出される形でドラゴンがコートの外に出されるも、この部屋は比較的、寒くない気温だ。
「あんまり寒くない!」
自由行動権を得て、ドラゴンもジェリーと一緒に老岩石の話を聞く。ヒビの中から淡い光を放ち、老岩石は老いた男の声で話す。
『58週目。実験体ナンバー1・ワイズ。異常なし。ナンバー2・ザラ。体調に異変。隔離した後、観察を続行する。ナンバー3・リディア。身体には異常なし。ナンバー4・セラ。異常なし』
「これ、武器に使ってる音の玉と同じ原理で声、出てるのかな。話の内容は解らないけど、ジェリーには解る?」
「音の出てる仕組みは、そうかも。話の内容は、全然。とりあえず、ザラという生き物が、何らかの異常を持っていたみたい」
「名前だけ聞くと……ウロコだらけの生物っぽいよね」
掴みどころのない憶測も交えつつ、更に発言を拾う。しばしして、シロヤモリという単語が聞きとれた。
『黒鋼峠。気温上昇。白ヤモリ、体長の縮小を確認。ザルバ、気温上昇。以上の計測により、タイムリミットは……68週』
「これは解るぞ。クネクネ君の観察記録だ」
やっと知っている言葉を見つけて、メラが強気に提唱。そこから、またジェリーが推測する。
「クネクネ君の体の大きさを気にしてる……吸った水で体の大きさが変わるから、土地の水分量を計測してるのかも。でも……これは、いつの記録なのかしら」
「ゲンさんは、土地の名前と干からび具合だけ聞いて、ちょっと昔の事だと勘違いしたんだろうか。そもそも水なんて、あたしたちの先祖ですら、そんなに記録してないわけだし」
「ドラゴンさん。水が大量にあったのは、いつの頃なの?」
「う~ん……」
また自信なさそうに下を見て、あるのかないのか解らない記憶をドラゴンが探しだそうとしている。結局、いつもの答えが出る。
「あんまり解んない。ずっと前、私が最初に目をさました時だもん」
「最初に?あなた……どこから生まれたの?」
「それも解んない……」
神殿で長く寝すぎて、記憶が薄れている。そう言われても言い訳できない程の曖昧さである。そんな事よりも食欲が勝ってしまったらしく、ドラゴンは壁から良い匂いをかぎつけた。
「……炎の石がある!それも、たくさん!」
鼻をひくひくさせながら、なんの変哲もない壁をかいでいる。開けてくれと言わんばかり、ジェリーの方をじっと見つめてもいる。
「そこにあるの?」
「絶対!」
まず、ジェリーが壁へと近づき、遅ればせメラが歩み寄る。それを待っていたかのタイミングで、部屋の光が真っ赤に変わった。
『防衛システム起動。生物兵器を精製』
「……メラメラ、なんて事を」
「……え?あたし何もしてないよ?」
と、いつものテンションで慌てている。だが、壁から突出しているパイプが唸り、その中から大きな赤黒い物体が排出されると、危険を感じて青ざめた。赤い物体は4本足をもがかせつつ、おぞましい怪獣の形へ変身。にぶい動きで5つの目を動かし、侵入者を定めた。
「……やばい!逃げろっ!」
メラはジェリーの手を引き、大急ぎ部屋のドアへと走る。だが、さっきまで開いたはずのドアが開かないという、お決まりの展開である。謎の怪物は口から緑色の液をたらしながら、はいずりつつ接近。ドラゴンも敵の姿に怖気、戦う意思もなさそうにジェリーの後ろへと隠れた。
「ジェリー……怖い」
「私も怖いわ……」
「あたしがやる!そのへん隠れてて!」
相手の注意をひく為、メラは砲火器から火柱を上げる。視線が動いたのを確認後、部屋の広い場所へ、おびき寄せた。怪物は鍵爪で床をくぼませながら移動し、長い首を伸ばしてメラに喰らいつこうとする。
「うわっ!」
回避行動に乗じてスライディングし、うまくメラが怪物の喉元へ入り込む。ここで一撃。
「デルタフレイム!」
お返しとばかり、砲火器の先端から三股となった炎が吹き出る。炎を噴出したまま、剣の如く武器を降り、怪物の腹を焼き切ろうとする。
「うわっ……ブーストファイア!」
全く効いていないと見て、メラは武器の炎をジェット代わりに使い、勢いよく脱出した。間伐いれず、ウロコとウロコの間、弱点と思われる場所に向けて水晶のナイフを投げ込んでもみる……が、まったく効き目なく、ナイフが砕け散った。
攻撃した勢いだけは落とさず、そのままジェリーに助けを求める。
「ダメだ!炎もナイフも効かない!交代!」
「え?私?」
こうなったら、やるしかない。選手交代。メラは開かないドアでも開けようとしていてください。
「……ハイドロオメガ!」
音もなく、水の線が怪物を貫き、二秒後に爆発。部屋の壁を貫いて怪物ともども吹き飛ばす。
壁に開いた穴から、怪獣が顔を出す。すかさず、次の技を発動する。
「ハイドロデストロイ!」
注射器を床に置き、全体重で固定する。爆発音だけが聞こえるも、発射された水すら目に見えぬ内、怪物は壁の奥の奥まで押しやられる。どんどん戦闘力が上がって行く元ウェイトレスについて、現防衛隊員から一言あるようで。
「……まさか、ほんとに倒すとは思わなかった」
「……私も。でも、水が一滴もなくなったわ」
とか言ってると、またパイプが唸り始めた。先程のと同じものが一匹。それと、おかわりもいる。
「……私、もう戦えない。ごめんなさい」
「防衛隊の支給武具が安っぽいばかりに……」
最期の最期、嘆く事は防衛隊のケチさであった。ジェリーに抱きつかれたまま、メラが力なく武器を構える。先のものより大きさの増した怪物が迫り、ちっぽけな炎でメラが無理にでも仕掛けようとした……その直前、背後の壁を切り裂き、ガルムが飛び込んできた。
「勝手に死ぬなよ!一の太刀・炎迅!」
一発で2匹の怪物を打ち飛ばし、破けた壁の奥深くまで追いやる。防衛システムを押し切ったらしく、部屋の光も白色へ戻った。そこへ、姿の見えなかったドラゴンも現れた。
「壁に穴があったから、おじさんを呼んできたよ!」
「……通路は寒いが、こっちはマシだな。また帰り、あそこを通んのは死ねるが」
メラに何か言われるより先、ドラゴンは自分の働きを報告している。ただ、メラの方は褒める気力もないようで、ガルムを見ながらジェリーに抱きついていた。
「た……助かった」
「メラメラ……帰ったら、武器の改善提案を出そう」
「そそ……そうだね」
「炎の石も手に入れたわよ!」
ボロボロになった壁の隙間を入って、ドラゴンが壁の裏から炎の石を見つけてきた。たくさんあるのか、両腕いっぱいに抱えている。ガルムは吹き飛ばした怪物を気味悪がっており、早く脱出したい面持ち。
「あいつら、まだ奥で様子を見てやがる。やる事がねぇんなら、早く出るぜ」
「ちょっと待ってて……」
ちょっと仲間を待たせつつ、トンカチとピックを突き立て、ジェリーが老岩石を削りだす。これを全て砕いて持って帰ろうとしているのかと、その懸念をメラが声に出した。
「どのくらいかかりそう?どのくらいの重さになる?」
「多分、この黒い石は拡声器。声が吹き込まれてる石は中に……」
『人類……新たな……ヴヴゥ……』
「あった。これだけ、持って帰りましょう」
青白い鈴のようなものを10個ほど老岩石から取り出すと、しゃべり続けていた岩の声が消えた。ジェリーが鈴を固いバッグの中へと転がしている。持ち帰って聞けるようにすればいいのだと理解し、他の人達も安心したように頷いていた。
その横で、ポケットいっぱいに炎の石をつめたドラゴンも現れた。他に目的も見当たらない故、これにて退散となる。
「黄色コートは活躍なかったから、炎の石もって」
「これからこれから」
2個だけ炎の石を受け取りながらも、めげないメラ。風が吹きつける通路を行く際は、凍えるガルムの前と後ろをメラとジェリーが歩いた。なんとか通路を抜け、幾つもの分かれ道がある場所まで戻る。
「さ……さみいな。暖炉石を燃やす。少し待ってろ」
茶色い石に砲火器で火をつけ、ガルムが服の中へ入れている。黒鋼峠の調査が終わったとみて、まったりとメラが遠征任務の感想などを述べている。
「過酷な自然環境、敵対勢力の存在に行く手を阻まれたが、事なく調査は完了した。日々の鍛錬が成果を結んだと自負している」
「お父さんが言いそうね」
「家に帰るまでが任務だぜ。と……俺も、こんなジジイくさい事いうようになったか……」
気休め程度の暖をとり、ガルムが戻ってきた。通ってきた道の分岐はメラが記憶していて、軽い足取りで洞窟を戻り始める。そういえばと、ジェリーが思いだして言葉にする。
「結局、さっきの天井の見えない部屋が白銀峠だったのかしら」
「白い部屋だったし、多分そうだよ。老岩石もあったし」
「おじいさん……よく、こんな入り組んだ洞窟の奥まで来れたわね」
入るには入れたが、先人は戻る道が解らなくなって脱出に時間がを要した……そう、4人は総じて考えていた。しかし、いくら道を戻れども出口へ辿りつかず、そうではないと理解が一致した。
「黄色コート……道、まちがってない?」
「いいや、俺が置いた目印の通りだ。道はあってる」
ガルムが光る石を手に転がしている。このまま進んでもラチがあかないとみて、4人は狭い洞窟の中で足を止めた。まず、メラが司令官チームの心配をしている。
「お父さんたちは、ここから出られたのかな?」
「むむ……他の人達は……いないと思う。どこからも音が響いてこないから」
「……お前の耳は、どこまであてになるんだか」
「すごい聞こえるから、すごい耳だよ!」
「……まぁ、いいぜ。中にいりゃあ協力して出られる。外にいりゃあ探す手間が省ける」
また、あるのかないのか解らないドラゴンの耳が本領を発揮している。しかし、ガルムは話をするのも寒くて億劫なのか、問題を自己完結した。そうなると、推理はジェリーしかしない。
「さっきの変な生き物も、私たちが来たのを知って出てきたわ。扉も開かなくなった。じゃあ、この通路も……私たちが老岩石に近づいてから変形したのかも」
「昔の人達、あたしたちより進歩したテクノロジーをもってたっぽいからね。空を飛んだり、どうくつを変形させるくらいやりかねない」
「ねぇ、なんで黄色コートたちって頭が悪いの?」
「なにおう!」
語弊のある言い方だったせいで、すぐさまドラゴンがメラに怒られた。やりなおし。
「……なんで黄色コートたちって、昔の人より技術がないの?」
「知るか。ジェリーに聞きなさいよ」
「……どこかの時代で、文明がリセットされたのかも。昔の人達がいなくなってから今の人達が誕生した可能性もあるけど……それにしては、昔の施設が綺麗なのよね」
「ふ~ん。よく解んない」
「……私も含めて、今の人達って、何者なのかしら……って事」
「まぁ……調査結果ってのは、持ち帰って初めて意味がある。貴重な推察考察ご立派だが、今は出る方法を考えようぜ」
ずれた論点を引き戻しつつ、ガルムが洞窟の壁に片手をつけて歩き出した。そうして歩けば、大抵の迷路は抜けられる……はずだが、そうはさせまいと目の前の通路が変動を開始する。
「……総当たりで出られるもんじゃねぇな」
「……ジェリー。なんか、カバンがウルサイんだけど」
メラに指摘されてカバンを開けてみる。ビンに入れてあるシロヤモリが活発に動いており、それを見たガルムが珍しく動揺している。
「……なんだそりゃあ。ビンから出すなよ」
「あれ?ガルムさん、怖いんですか?見かけによらないですね」
「てめぇ。なら素手で触ってみろよ」
「勘弁してください……知り合いの娘の可愛いジョークじゃないですか」
父親とガルムが知り合いだと解って以来、メラの馴れ馴れしさが上がった。一方、ジェリーとドラゴンはガルムが怖いようで、いまだに目を合わせない。ジェリーはシロヤモリが伝えたい事を知り得たようで、のんびりと普段通りに他の人へ伝えた。
「水……水がくるみたい」
「水?水なら、さっきの通路で天井から流れてたじゃん」
「もっと多い……きた!」
ザーッという音と共に洞窟を水が流れ、4人の足をさらいに来た。ガルムは耐えきれず、水が少ない洞窟の奥へと逃げ出す。
「まずいぜ!逃げろ!」
逃げろと言いつつ後ろを見たら、もうメラもジェリーも逃げ出していた。のろのろしているドラゴンを持ち上げ、ガルムも後に続く。
「ガルムさん!また寒いとこ通りますよー!」
「またかよ……」
結局、戻るだけ戻ったら先程の部屋まで逃げねばならず、ガルムは凍えながら寒い通路を通らねばならない。あったかドラゴンを抱きつつ、後ろからメラに押されながら、なんとかガルムも氷の通路を通過した。
水は流れる量を増しており、老岩石の安置してあった部屋まで問題なく流れてくる。ここで行き止まりであり、すでに足元は水浸し。ガルムだけは水を避ける為、壁の突起に足をかけて上っている。
「くそっ!俺だけピンチじゃねぇかよっ!お前ら!なんか考えろ!」
助けに来た時の勇ましさは、いずこやら。なんか考えろとアバウトな要望を出している。
「ドラゴンさぁ。ここの上を突き破って空まで行けないの?水晶の洞窟ではできたじゃん」
「う~ん……もろかったら行けるけど……天井が硬かったら痛いからヤダ……」
部屋の上側は高さが知れず、何があるのか解らない暗闇をたちこめている。勢いよく飛び立って、鉄鉱石にでも頭を打ってしまえば、今なお少ないドラゴンの記憶が更に飛ぶ。
「……この部屋、壁に小さな穴が空いてたって、さっきドラゴンさん、言ってたよね」
空の注射器に流れくる水を入れつつ、時間を稼ぎながらジェリーがドラゴンに問う。さすがに数分前の事なら忘れていないようで、自信満々にドラゴンが答えを出した。
「人が一人、通れるくらいの穴!そこに空いてたよ!」
「……そう。だとするとゲンさんは、この部屋まで来たんだと思う」
「穴をあけてまで、わざわざ意味の解んない部屋まで入ったの?」
「きっと、来たくて来たんじゃないわ。まちがって入ってしまって、ドアが開かないから、壁に穴を作って出たのよ。それで手間どって、出るのに一難あった。その作業中、老岩石の声をずっと聞いてたのかも」
「なら、どこから入ったっていうのよ……」
「……上から……落ちてきたんだと思う。現時点で、それが可能性としては高い」
「ジェリーも言ってるぞ。ほら、飛ぼうよ。このままだと、ガルムさんが水の中で孤独に死んでしまう」
「うう……あたま痛くするくらいなら、おじさん死んでも仕方ない……」
「てめぇ……」
「怖いい……」
おどしてでも飛ばそうと睨みつけるが、ドラゴンも意外と強情。壁に爪を立て、ドラゴンが一人で上に登っていく。すると、それを呼びとめるようにして、ジェリーが更なる作戦を持ち出す。
「天井があるのかないのか解らないなら……先に壊してみる。ハイドロミサイル!」
注射器の先端を真上へと向け、発射する力を溜める。一瞬だけ動作が制止した後、注射器からネジ巻き状に水が放たれた。弾道は一途に上へ向き、暗闇に姿をくらます。
「……あっ。水が落ちてくるかも」
「先に言えよ!」
ガルムが鉄の傘を開き、戻ってくる水に備える。しかし、撃ち上げた水は返らない。
「……水が戻ってこないぞ!上には何もない!行けっ!ドラゴンロケット発射だ!」
「よーし!」
メラの勢いに押されて、ドラゴンは炎の石を一つ、口に放り込む。まばゆい光の中で変身し、大きな竜の姿になる。我先と、ガルムが飛び乗った。
「頼むぜ!お前らも来い!」
「ガルムさんが必死だ……ジェリー、行こう」
「うん」
前に乗った時と同じく、ドラゴンの大きな口へと避難。3人は飛び立つのを待つ。
「行くぞー!」
部屋の中で、なんとか翼を振る。5回の羽ばたきで体を浮かせ、もうひと行きで飛び出した。部屋の上側、暗闇をぐんぐん進む。
「……光だ!ジェリー、外に出られるぞ!」
ドラゴンの口から前を見て、メラが光を発見。光の中にドラゴンが飛び込むも、そこは壁の片側が透明になっている場所。まだ通路は上に続く。
「なにかしら……変な通路ね」
そのまま、ドラゴンが山の頂にある火口のような場所から飛び出た。ここがファルファの言っていた、もう一つの探索できなかった場所。火口の周辺に目を向けると、司令官一行の姿も発見された。
「敵きたっ!逃げる!」
「ちょ……お父さんたち、下にいたぞ!どこ行くんだよう!」
「敵の乗り物きたの!でっかいの!」
口の中からは見えないが、ドラゴンが敵に追われているようだ。すぐさま、ジェリーが狙撃の体勢に入る。
「私が応戦する……後ろを向けない?」
「無理無理!10コくらいいるもん!逃げるので、いっぱいいっぱい!ボスみたいなのもいる!」
『炎の民の水使いたちだな!幾度となくジャマしくさりおって!』
グァングァンと、効果のかかった声が響く。その声、前に火山の頂上で戦ったアマカゼ隊長のものである。
「あたし、聞いた事ある気がするけど、よく思い出せない声だ!」
「老岩石と同じ技術で、声を大きくしてるのかしら……」
メラもジェリーも、あまり敵には興味がない。とはいえ、このまま帰還すれば隊の潜伏場所が割れ、司令官たちの救出もままならない。解決は撃退に限られる。
「ファイアーブレスでいけないのかー?」
「そんなの溜めてるヒマないわよ!」
ファイアーブレスは溜め技なので、2秒くらい余裕がないとダメ。そうして断ったところ、追加でメラが迷案を取り出した。
「……あっ、そうだ!ガルムさんを口から出して、手に持てばいい!」
「なに言ってんだ、てめぇ!あんま言わねぇが、あえて言うぞ!バカか!」
「ガルムおじさんなら、やれますよ!ドラゴンが腕を振るのに合わせて、刀で斬る簡単な仕事ですよ!」
「簡単じゃねぇよ!」
「むむ……それしかない。やろう!」
「……おいおい」
やる気ドラゴンである。口の中に手を入れ、ガルムの体を持って取り出した。いうなれば
ガルムソードである。
「よーし……ええい!」
「しかたねぇな……おりゃあ!」
適当にドラゴンが手を振ると、ガルムが刀身から噴きだす炎で敵を撃墜した。その調子で三連撃を繰り出し、うまく4機を墜落させた。
「おもしろい!どんどん倒そう!」
面白いように近くの敵機が不時着していき、文字通りドラゴンが面白がっている。みるみる内に敵は地面に墜ち、あとはアマカゼが搭乗するボスを残すのみ。
『奇妙な武器を持ちおって!返り撃ちにしてやるわ!全弾、発射用意!』
「させるかよぉ!」
アマカゼ機が全砲台一斉射撃の準備を始めたところ、発射前にガルムから突き刺された。右翼を破損し、くるくると回りながら落ちていく。
『ばば……馬鹿なぁ!』
「ずらかるぜ!早いとこ下の連中を拾え!」
「解ったー!」
ドラゴンは宙返り後に高度を落とし、そのまま司令官一行に接近。ガッと右手で4人をつかまえ、大きな口へと放り込む。そのまま、火山のある方角へと飛行を始めた。
「……おぉい、生きてんのか?おれはぁ?」
「エディさん!無事で何よりです!」
ファルファと司令官はショックで目を回しており、誰より先にエディが自分の生存を確認している。結果、メラの再確認を得た。コハクは物珍しげにドラゴンの体内を観察しながらも、目的のものが見つかったのかとジェリーに尋ねている。
「撤退行動を見るに、白銀峠は制圧したのだろうな?」
「え……えと、うん。これ」
「でかした!やはり、私が見込んだ隊員だ!」
恐ろしながらも老岩石の一部……銀色の鈴を見せると、喜び露わとした表情でコハクに頭を掴まれた。ジェリーは驚いているのか怖がっているのか、されるがまま。そこへ、ドラゴンの武器も戻ってくる。
「……司令官の娘をぶん殴りたい気持ちは山々だが、もう疲れて気力もねぇ。司令官には文句いっとくからな」
「うん。解った。ドラゴン、今どこー?」
「黄色コートには教えないー!」
「これ、あの子かよぉ!大きくなるもんだねぇ」
エディは声を聞いて、初めてドラゴンがアレだと気づいた。その時、ドラゴンはザルバ渓谷の上空を飛んでいて、あと10分もすれば火山へ到着する。追手などもなく、ドラゴンも急ぐ様子はない。
前と同じく、火山の裏手にある灰溜まりへと着地。中の人達を吐き出すと、ドラゴンは地面の上でゴロゴロし始めた。
「あ~。灰の上、気持ちいい~」
「……調子に乗ってると、口に入ってムセるぞー」
「む……ごほっ!ごほっ!」
メラに言われたそばから、灰を吸いこんでムセていた。小さい女の子の姿に戻り、顔を灰まみれにしながら、他の人達の後ろを黙ってついてくる。その前では吐き出された時に目を覚ましたファルファが、いまだ気絶している司令官を運んでいた。あまりに起きないから、ガルムが心配しだす始末。
「こいつ死んでるんじゃねぇか?」
「おじさん。防衛隊って、死んだら昇進する制度あるの?」
「ねぇよ。得する事ねぇから死ぬなよ」
「メラメラの、お父さんの心配は誰もしないんだ……」
実の娘に心配してもらえず、司令官はキレイな寝顔のまま火山へ帰還した。ガルムが火山裏の扉を蹴るので、中で監視していたセグ隊員が慌てて扉を開く。
「蹴るなよ!」
「手が痛ぇんだよ。勘弁しろ」
「……うわあ、コハク隊長!司令官!ご無事で何よりです!」
「監視任務、ご苦労。ガルム隊員も歳だ。交代まで休ませてやれ」
「御意」
「いうほどの歳じゃねぇよ……」
コハクと司令官には敬礼し、他の面子は適当に流している。そんなセグ隊員について、火山の通路を進みながらジェリーがメラへと問う。
「あの人……誰?」
「セグさんだよ。横に大砲があったでしょ?あれの使い手だよ」
「狙撃手?」
「いや、あれを肩に担いで、撃ったり殴ったり」
「撃ったり殴ったり……」
メラの説明がアバウトなせいで、余計に何者なのか解らない。すると、ガルムが横から話に加わってくる。
「あいつ、尊敬できるとかできないとか言いやがって……仲間にも撃ちこんできやがる」
「私も。戦力としては、一人で前線をはれる貴重な人物ですが……」
ファルファも撃ち込まれていた。以上の参考意見を受け、これがジェリーの結論。
「……悪い人?」
「悪いと言うか……素直なんだよ。嫌いな人は嫌いだから邪険にするし、好きな人には尽くすし、そういう人」
「そう……メラメラも撃たれるの?」
「全部、避けるけどね~」
撃たれる事は撃たれるらしい。ただし、当たらなければ問題はない。エレベータの近くまで歩き、そこで司令官が目を覚ます。近況報告。
「……ここは?」
「司令官よ。お前が寝ている内に作戦は終了した。現在地はフレイムタウン付近の火山だ」
言いたい事を言われているが、親子そろって神経が太い。全く意に介さず、これからの活動について話題を進める。
「えー……収穫物を金庫へ保管。ひとまず、今作戦の出撃メンバーは待機をお願いします」
「了解っす。解析や調査は、頭のいい人らに任せます。武器が壊れてたら、言ってくれりゃあ直しますんで」
「私も、これで……」
「エディ隊員。ファルファ隊員。ありがとう」
「俺も少し寝る。お前は寝てた分、これから仕事しろ」
「ガルム隊員。お疲れ様」
各隊員が解散して行く中、コハクが腕を組んだまま、指令の声を待っている。何を言って欲しいのか、司令官も理解している。
「……で、どのような成り行きで?」
「ドラゴンに食われ、そのまま帰還。収穫物は、そこの黒い娘が持ち帰った白い石だ」
「白い石を見せてくれないか?」
「これ……老岩石の発声に使われていた石」
ジェリーのバッグを受け取り、中の石を見つめる。要点を理解し、改めて指令を出した。
「なるほど。この石から声を引き出せば、新たな事実に触れられるかもしれない。技術班に持ち込んでみる。これは預かっていいかな?」
「うん……」
「ありがとう。ゆっくり休んでくれ」
収穫物を手に取ると、それに関して解決策を出し合いつつ、司令官とコハクがエレベータへ向かった。司令官たちから視線をはずし、メラがジェリーを見つめる。すると、強くジェリーから抱きしめられた。
「……わっ!どど……どうした!」
「……つかれた。もう動けない」
「……そうだね。休もう」
近くの資材置き場までドラゴンとメラはジェリーを運び、あとは何もしたくないとばかりに砂の上へ寝そべった。ただ、ドラゴンは炎の石の効果で元気。
「あ~。砂の上、気持ちいい~」
「うるさいぞ。寝なさいよ」
「眠くない~」
こんな事を言っているが、メラとジェリーが眠ってしまうとヒマになり、いつとも解らずドラゴンも眠った。火山は益々の熱気ぶりで、部屋の中は赤く揺れて見える。ガラクタと砂と石くらいしかない資材置き場へくる者もなく、その場は時間だけが動き続けていた。
『……ジェリー……まで……繰り返す……まで来るように』
「……う~ん。なんか上から聞こえる?黄色コート聞いてきて」
「……」
メラが起きる訳もなく、ジェリーも今回は静か。しばらく無視していたら、再び放送が聞こえてきた。資材置き場には放送の通る鉄管がない理由から、誰の声なのかも判別できない。
「もう!誰も聞きに行かないから、私が聞いてくる!感謝してよね!」
砂が溜まっている鉄の箱からハシゴで降り、部屋から退室するドラゴン。しかし、聞こうと待機していると、なぜか放送が流れてくれない。
「……聞こえなくなった。待ちきれない!」
埒があかない訳で、火山の上層まで聞きに行った。大体、20分くらいで下に戻ってきた。メラとジェリーは一向に起きない。
「まだ寝てる……寝ぼすけさんね~。ジェリーの事、呼んでたわよ!起きて!」
「……な……なに?」
「やっと起きた。あの弱そうな男の人が、ジェリーを探してたわよ」
「メラメラの、お父さん?」
弱そうな男の人=お父さんと認識が出来ており、意思の疎通が穏便である。メラを叩き起こすのは疲れるからか、そのまま資材置き場に置き去り。エレベーターの場所まで移動しつつ、何用かと問う。
「もしかして……老岩石の声を出せる機械ができたの?」
「これから、難しい事を調べるんだってー。黄色コートは来なくていいって」
「あなたも来るの?」
「私は寝るから、弱そうな男の人のところ、ちゃんと行ってね」
「うん」
エレベーターに乗る場所でドラゴンと別れ、ジェリーは一人でエレベータに乗る。いつもメラと一緒だが、基本的に独りが好きな人なので、こういう個室は落ち着くらしい。
エレベーターは火山の途中までしか上がらない為、そこから先は徒歩。道で擦れ違う人は忙しそうだったり、そうでもなかったり。しかし、ジェリーが防衛隊に混じって何かしている噂はきいているようで、たまに知らない人が挨拶をしてきたりする。
「ジェリー。下にいたのか」
溶岩の溜まっている道までくると、そこで司令官に見つかった。詳しい話を聞かせてもらう。
「石から声を取り出す装置が発見された。これより、メッセージの解読に入る」
「……発見?作らなくてもよかったの?」
「砲火器に用いられる音声認証機能をそのまま転用できたのだが、仕様のあうものが古いタイプの機器でな。機材置場から発掘する羽目になった」
「……うん」
「おそらく、調査は私とジェリーで行う事になるが、問題ないだろうか?」
「お父さんは怖くないから、大丈夫。メラメラはいなくていいの……?」
「何か役に立つだろうか……」
「役には立たないけど……」
「……迂闊に呼ぶと、邪魔になる……な。会議に使用した部屋を空けてある。行こう」
そのまま、火山上層に位置する小部屋へと入る。無骨なテーブルの上に筒状の機械が置かれていて、その中央にある窪みへ白い石がはめられている。隣に小槌が置かれており、使用方法は明白。
「この筒を叩くの?」
「すれば、石に込められている音が順に鳴る。それを聞いて一節一節、解き明かす他ない。しかし……この中には、ジェリー。君の出生や過去が含まれている可能性もある。調査協力は、無理強いしない」
「……」
ジェリーが口ごもっていると、そこへドアのノック音。工事作業員らしき男の人が中へ入り、ひかえめな声で司令官に指示を仰ぐ。
「いや、失礼。こないだ来た王子さんが、なんか仕事をさせろとおっしゃるんですわ。石っころ運ばせんのも身分相応じゃないもんで、どうすりゃあいいんですかね」
「そうですね……こちらへ通してもらえますか?」
「頼んます」
一度、男の人が立ち去る。すると、ジェリーは申告しづらそうに。
「あの……私……ちょっと怖い。私の正体が解って、メラメラに……街の人たちに嫌われたら、もう居場所がなくなるもの」
「……ならば、素性が知れるまで、君は街の人々と一緒にいるべきだ。そして、どのような事実が発覚すれば私がジェリーを煙たく思うのか、全く想像がつかない。それを理解してくれ」
「……ごめんなさい。ありがとう」
「司令官殿!僕は王国ガルの王子、ゲイン!貢献の心をもって参った!」
己の使命感と、いてもたってもいられなさを露わ、ゲイン王子が部屋の戸を開く。世話になっている身の上、何か仕事が欲しいのです。
「重要な、お仕事がございます。私と交代で、この鉄の管を叩いては頂けませんか?」
「お安い御用を。身を粉にして、精を出しましょう」
やる気まんまんな王子に使命を預け、ジェリーは小部屋を後にした。気をつかってもらい、頼まれ事をお断りした次第、ジェリーの心は空白である。すぐにメラの元へ帰るのも足が進まず、誰も来なそうな物影に座り込んだ。せっかく見つけた誰も来なそうな場所だったのだが、防衛隊のジータ隊員が来た。なぜか、つるはしなどを持っている。
「こことか、どうかな……うわ!いつもメラ隊員の後ろにいる女の子!」
「あ……わわ……」
「……な……なにがあったか俺は知らないけど、お前には仲間がいるからな。じゃあな!」
ここで気のきいた事をいえないのが、ジータ隊員たる由縁である。微妙に頼りありそうなセリフを残して、スキップしながら立ち去った。ジェリーも場所を独占するのが申し訳なくなったのか、その場をそっと離れる事とした。
火山の中は仕事が止まず、今も物音や声のやりとりが響く。とはいえ、母親の店で手伝いをした事しかなく、こうした事態に率先して何かする勇気がない。しかし、メラの寝ている場所へ戻るのも気が引けるのか、勇気を出して近くの男の人へ話しかけてみた。
「……何か、手伝える事、ありますか?」
「……おぉ。いや、あんた任務で遠くから帰ってきたばっかじゃろ?みんな知っとるから、休んどけじゃ」
「あ……はい」
男の人はシャベルで石を投げながら、優しい言葉をジェリーに返している。そう言われたら、お言葉に甘えてしまう。きっと母親に同じ質問をしても、返ってくる答えは同じ。だから、大人しくジェリーはメラの寝ている場所へと帰る。
まだメラは寝ている。ドラゴンは砂溜まりから落ち、また床で寝ている。それをいい事にジェリーはメラの横に寝転んで、のん気に寝ているメラの顔を見ていた。
「……眠ってる。かわいい」
誰にも聞こえていないのだが、自分の独り言で恥ずかしそうなジェリー。しかし、ひとたび行動を起こしてしまうとエスカレートするもので、抵抗しないメラを胸に抱き寄せて、『ん~っ』としたりしていた。
「……ん……ん?わっ……ジェ……ジェリー?どうしたのさ?」
「メラメラ。あの……デート……しよう」
「な……何を言い出すんだ君は……彼氏でも見つけてしなさいよ」
「今、デートしたいの。誰でもいいの」
「えぇ?だ……誰でもいいの?」
誰でも良いと言いつつ、ジェリーはメラを抱きしめて放さない。積極的なジェリーに気圧され、メラも承諾するしかない。
「遠征に出た隊員は暫く、働かなくても小言されないからね。そんなに見るとこないけど、探検してみよっか」
「ありがとう。ドラゴンさんは寝てるから、2人で行きましょう」
ジェリーに手を引かれてメラも起き上がると、落ちているドラゴンを2人で砂の上に戻した。着たままだったコートをメラが脱ぎだすと、もったいないとばかりにメラが止める。
「せっかく、おそろいなのに……」
「だって、動きづらいし……」
「デートなのに……」
「彼女の手造りで、ペアルックか……一生懸命、愛されるなぁ」
冗談めかして、メラは脱いだコートを着直す。納得したのか、ジェリーがメラの手を持って、資材置き場から連れ出した。どこへ行くのかは決めていない。
「あたし、デートなんかした事ないし、どんな事するか解んないよ?」
「私も……でも、とりあえず何か食べたい」
「あぁ。最後に食べたの、ファルファさんの秘密基地でだもんね。お母さんにも、まだ会ってないし、行ってみよう」
生存報告も兼ねて、母親の元を尋ねてみる。おそらく、母親は台所で食事を作っているか、配膳しているかである。他の事をしていたら、もはや居場所の見当もつかない。
「どこにもいないなぁ。聞いてみよう。すいません。うちの母、見ませんでしたか?」
台所で石を調理している女の人を見つけ、メラが呼びかけながら尋ねる。すると、よく聞こえない声を発しつつ、女の人は下を指さしていた。
「ん?下?なんだろう。あ、ありがとうございましたー」
「下?また戻る?」
「下だもんね」
言われた通り、下へと向かう。火山の入り口に大きな猫車が幾つかあり、防衛隊の人たち十数人と、メラの母親が何か相談している。
「母さん。どうしたの?」
「……あら、あなたたち……どこにいたの?さっき、お父さんが探してたわよ」
「あ……それは大丈夫。私、会ってきた。でも……期待に応えられなかった……」
ジェリーは上の階で父親と話した件を報告し、メラと母親が「ほう」と納得している。その後、母親は猫車の中を指さしながら、中の代物について説明を始めた。
「隊の方たちが、フレイムタウン近くの食糧庫からステーキ石を持ってきてくれたの。かわり映えしない食事も、少しは味が出るかしら」
「ステーキ石なんて、貯蓄してあったんだ。どこにあったの?」
「はは。食いしんぼうに食べられないよう、内緒の食糧庫に隠してあるのさ」
「そっか。じゃあ、あたしが知らない場所だ」
猫車の上に登っている隊員が、そう言いながら茶色く光る石を放ってきた。2つ目を受け取ると、食いしんぼうながらも大きい方の石をジェリーに渡す。
「みんなの分、ある見積もりだから、あなたたちも貰って行っていいわよ」
「ありがとう。行こう。ジェリー」
「うん。ありがとう」
片手にステーキ石、片手にメラの手を放さず、2人で一緒に火山の中へと戻る。次は向かう場所が決まっているようで、またエレベータに乗り込んだ。行き先へ着くより先、メラが誘いの言葉を出す。
「溶岩の見えるとこに行こうよ」
「キレイだものね」
「せっかくだから、あったかくして石を食べたいよね」
目的はズレているが、互いに満足のいく結論となる。この10年ほど、この2人は、こんな感じ付き合ってきた適当なコンビなのだ。粘度の高い溶岩が溜まっている場所の一つ上の階で、鉄の柵から身を乗り出して、メラが石をあぶっている。その後ろで、ジェリーは石をなめている。
「これ、表面がテラテラしてきたら食べ頃なんだよね」
「私は、そのままが好き……ん?」
食べ物談義をする最中、メラの後ろへ忍び寄る影が。その女の子はジェリーに内緒の「しーっ」をし、メラの腰に強く指を突き立てた。
「んあぁ!あ……あっ!」
メラの持っていた石が溶岩に落ちていき、指で突いた女の子は慌てて逃げて行った。メラがコートを脱ぎながら溶岩へ飛び降りようとしており、すぐさまジェリーに止められる。その下で、ステーキ石が溶岩に飲み込まれてゆく。
「くっ……誰が、こんな酷い事を。あたし、この戦いが終わったら、さっきの犯人を見つけ出して溶岩に沈める!」
「髪が金色の女の子だったわ」
「2番隊のブラスだな!すぐ戻る!待ってて!」
全力のダッシュで、メラが走り去っていく。置いて行かれたジェリーは心細そうながら、壁際に座り込んだ。考えもなしに正面の道をながめていると、王国ガルからつれてきた側近のデベルが、辺りをうかがいながら工具入れをあさっているのが見えた。
目が合うと、デベルがジェリーを睨みつけ、ジェリーは気分が悪そうに視線をそらす。そこへ、炭鉱夫と思われる男の人たちがやってきて、興味深そうにジェリーへと声をかけた。
「いいもん持ってんじゃん。どこにあったのかな?」
「え?あ……別に」
「腹が減ったなぁ。俺も美味いもんが食いたい」
「……その」
「ステーキ石なら、下に押し車いっぱいにあったぞ。次の食事で出してくれるって」
「ほんとかよ。見に行ってみようぜ」
結局、探し人は見つからなかった様子で、メラがジェリーの所へ帰ってきた。ステーキ石があると解り、男の人たちはテンション高めに通り過ぎる。メラはジェリーの横に座ると、なにやら愚痴を始めた。
「あの子、ほんと逃げ足の速さが異常だ。諜報部にいるだけの事はある」
「……私にはメラメラと、その……お父さんと、お母さんしかいないけど、メラメラには他にも友達が大勢いるんだものね」
「あたし人気者だからね~。でも、休みの日に一人で歩いてると、今日はジェリーいないのかって、みんなに聞かれるんだよ……あたしはジェリーの、おまけか」
「……そうなの?」
「あたしの、たった一人の妹だから、半端なやつとは仲良くさせんけど」
「メラメラ、お姉ちゃんだったの?」
「昔は、あたしの方が背は高かった」
「なら、今は私が、お姉さんね」
「すぐ追い抜くから大丈夫よ」
実現が厳しそうな事を言っていると、割ったステーキ石をジェリーが半分だけ差し出す。
「ジェリーの味がしそう……」
「じゃあ、あげない」
「お姉ちゃん、大好き」
「……じゃあ、あげる」
寄り添い下手に出たら、簡単にくれた。2人で仲良くしていると、そこへ防衛隊のエリザが通りかかる。
「……仲がよろしいようで。それはともかく、遠くまで出張の任務、お疲れ様でした」
「エリザさん。お疲れ様です!」
一目で解る程にジェリーが怯えており、それを知ってエリザも半歩だけ態度を引く。しかし、一つ咳こんでから任務の会話を続けた。
「ううん……非常に立派な、方々のチームでしたので心配でしたが、全員が無傷で帰還とは恐れ入ります」
「まったくチームワークなかったですけど、司令官以外の人たちで頑張りましたからね」
「……あまりに危なっかしいので、私も同行を志願したのですが」
「う……頼もしいですが……ジェリーが怖がるので、ちょっと」
「……ジェリーさん。私は、あなたの味方ですから、安心して頼りにしてください」
「え?あ……はい」
エリザが手袋をした手でジェリーの手を握り、されるがままジェリーは握られていた。それを見て、メラがエリザに軽く触りながら。
「ジェリーとデートごっこ中ですから、あんまり介入しないでくださいー」
「女の子2人で?新しいですね……」
「ごっこなのでいいんです」
なぜか怖気た様子で、エリザが手を振りながら退散する。そうしたら、火山下層で寝ていたドラゴンが怒り心頭で駆けてきた。
「また置いて行った!あっ!おいしそうなの食べてる!」
「さっき下で貰ったんだ」
「もらってくる!」
ドラゴンが来た道を戻って行った為、また2人きりである。ステーキ石を食べ終わり、また別の場所へ移動するようだ。なにげなく立ち上がったメラに対し、ジェリーが行き先を聞く。
「どこに行くの?」
「そろそろ空が暗くなる。上に行ってみよう」
メラに手を引かれてジェリーが立ちあがるも、メラの背丈が足りない。そのままジェリーはメラの肩に手をついて、後ろから押していった。
『上』と漠然ながら言われ、足が向くまま火山を上る。数段の鉄階段を上り、細く枝分かれした道を上る。その上には広間があり、防衛隊制服を着た人にメラが呼びとめられ、誘いを断っていたりする。
その道は火山の外に続いていて、山肌にある上り坂を行くと、ついに火山の火口へ到達する。他の人は誰もおらず、火口からは溶岩の灯りが広がっていた。その光には火の粉が浮いており、光の濃淡は水明りにも似ている。
「夜は、こう見えるのね……きれい」
「ちょっと座ろう」
火口部分で行う仕事は特にない為、イスなども設置されておらず、2人は岩壁に背もたれて腰を下ろす。あとは双方、ずっと考えていた事を告げるタイミングに悩みつつ、メラが先に話を切りだした。
「あたしが寝てる間に、何かあったの?」
「……解る?」
「ジェリーが変な事を言いだす時は必ず、そうだもん」
「そう……」
ジェリーがメラの猫っ毛な髪をなでており、くすぐったそうにメラは目を閉じている。
「お父さんが今、白銀峠から持ち帰った石を調べてくれてるの。でも、私は怖くて一緒に調査できなかったから」
「……でも、気になってるんでしょう?」
「気になる」
「あたしが一緒なら、調べに行く?」
「ずっと一緒にいてくれる?」
「しょうがないわねぇ……」
「うん」
それから2時間ほど、何をやりとりするでもなく2人で過ごした。繊細な仕草でメラがジェリーの腕から抜け出して立ちあがると、ジェリーも惜しみつつ腰を上げた。
「どこで石の調査してるのさ」
「前に会議していた部屋よ」
「あの会議っぽい事をしてた部屋か。行こう」
火山の火口から会議室まで20分くらいかかり、徒歩の最中は雑談も進む。
「私と入れ替わりで、王子様が入ってきたけど……」
「優しそうな王子なら、ジェリーと交際してもらえるか持ちかけてみよう」
「……その時は自分で言うから、大丈夫」
やんわりと王子の噂などもしつつ、会議室へと到着。メラがノックもせずにドアを開くと、司令官と王子が鈍い動きでメラを見た。
「メラか。何か用でも?」
「……あぁ、話にあった娘さんですか」
こちらもこちらで、時間の合間に娘の話などをしていた様子。司令官も王子も妙に疲れた顔をしているが、その割にはテンションが高い。
「あの……ごめんなさい。やっぱり、手伝いにきたの……」
「あ……あぁ!あなたは!どうぞ、お座りになってください!」
王子がジェリーにイスを開けている。訳も解らずジェリーは座らせられ、メラは冷やかしてみたりする。
「やったねジェリー。脈ありじゃん」
「……え?」
「王子様と石の内部音声について調査していたのだが、どうもジェリーらしき人物が、我々の先祖の一人なのではないかと解読できた」
「あの……お父さん。詳しく聞かせてもらいたいのだけど……」
「よし」
司令官は細い棒を持ち、あれこれ書かれている黒板をさしつつ説明し出す。
「ここまでのデータをまとめると、過去に我々とは別の人種が、この星を制していたようだ。だが、徐々に星の温度が上昇し、彼らの肉体では耐えられない環境へと変化を始める。ここまではいいかな?」
「はい」
「うんうん」
「指令。ぜひ、続きを」
王子に続きを促され、司令官が頷きつつも次の題へと事を進める。
「そこで、彼らは星を脱出する者、環境へ適合しようとする者の二派に分かれる事となる。環境へ適合しようとする派閥は人体改造の研究に際して、熱に強い体を持つ人工生命体を作ったらしいのだが……体質が酷似している点から、それが我々の先祖にあたるとみている」
「はい先生」
「メラ、なにかな?」
「じゃあ、なんでジェリーは隔離されてたの?」
「ザラという被検体が、体の異常を理由に別室へと隔離され、その後の情報が検出されない。黒色の人物は他に確認されていない為、こちらがジェリーの過去だと思われる」
「隔離されて、そのまま忘れられたんだろうなぁ。そこもザラらしい」
「ザラって、ウロコだらけの生物みたいな名前よね」
ジェリーは白銀峠で言われた事を憶えていたが、言った本人は全く悪びれない。
「まだ全容を把握した訳ではない。全ては憶測に過ぎないが、それは更なる調査によって信憑性を増すはずだ」
「指令のおっしゃる通り、調査は序盤。引き続き、情報の収集に励む」
「……この人は父さんの助手か何かなのか?」
「黄色コートの少女よ。僕は王国ガルの王子ゲイン。今こそ、君たちへの恩義を果たそう」
「暑苦しい王子だなぁ……」
ここでメラが王子と交代し、石を叩いて音を出す機械に触り始めた。残りの3人は付近に座り、耳を澄ましている。そこへ、防衛隊員の男の人が入室。
「司令官先生!デラ空洞の探索に出ていたチームが、炎の石を発見!持ち帰りました!どちらに保管しましょう!」
「地下の資材置き場へ、他の炎の石と共に保管してください」
「ラジャ」
男の人が退室。すると、すかさず別の隊員が入室。
「諜報部隊より通告。王国ガルの一般市民と接触に成功との事。避難場所は王国ガルから離れた地下洞窟。国民、全員の無事を確認!」
「王子様。朗報でございます。ご返信を」
「ありがたい。避難場所や経路の伝達。あわせ、メッセージを預かっていただきたい」
「承ります」
「国民は各自、自治隊長の指示に従い現地にて待機。そして、こう伝えて頂きたい。王国ガルの王子ゲイン。および女王クリスタは健在である!」
「お言葉、お預かりしました。必ず、ご報告いたします」
敬礼の後、防衛隊員が撤収。一連の流れを見つめ、メラが2人をなじっている。
「2人とも、意外と忙しいんだなぁ」
「そうだぞ。お父さんを尊敬するように」
「下に行ったけど、おいしそうな石もらえなかったわよ!」
今度はドラゴンが入ってきた。石を見つけられなかったらしい。
「そんなら、お母さんのところに行きなさいよ……」
「黄色コートの事は信じない!ジェリー……おねがいおねがい」
「お母さんが下の階の台所にいるだろうから、そこで聞くといいわ」
「解った!行ってみる!」
ジェリーの助言には応じるようで、素直にドラゴンはメラの母親を探しに行った。すると、メラの立場がない訳である。だからといって、普段の行いをわびるつもりはない。
「あたし、人気ないな」
「……私はメラメラの事、好きよ」
「知ってる知ってる。そろそろ、調査再開してもいいかな?」
「どうぞ。ご進行を」
王子の薦めで、調査は続行された。長丁場となった為、ここはダイジェストでお送りする。これはメラと王子の会話。
「白銀峠って、本当は王国ガルの近くにある地名っぽいなぁ」
「現在では銀の岸と呼ばれている地だろう。彼の地、オパール王国の領土である」
「白銀峠が銀の岸で……じゃあ、黒鋼峠の下にあった場所は、なんて呼べばいいんだろう」
「黒鋼峠深部では?」
「それだ」
次が王子と司令官の会話である。
「僕たちが作られた生命体だという事実は、皆に公表すべきなのだろうか。不用に動揺を煽る事態は避けたい」
「私はフレイムタウンの全員に発表する予定でございますが」
「ご心配はないのですか?」
「我々はタフネスでして、『あと少しで全員、死亡する』ような事実でない限り、恐らく誰も慌てふためきはしないので」
「そう……ですか」
こちらはジェリーと司令官の雑談。
「ドラゴンさんはクネクネくんの人口改良種なのね。しっぽのようなものは、星に熱を送り込む器官で」
「……クネクネくんとは?」
「この子なんですけど……」
「うわ。なにそれ……」
こちらがジェリーと王子の会話である。
「ご先祖様。ご要望がございましたら、なんなりと僕に」
「……いえ、特には」
「僕ごときでは、満足いただけないと。なれば……王国ガルに伝わる一発芸をご覧に……」
「ごめんなさい……それはいいです」
ジェリーとメラが疲れて眠り、司令官と王子が石の声を片耳に入れつつ、何気ない身の上話をしている。
「王子様、ご家族は?」
「共に城へと残った母上が一人。父上は水の軍団との戦に出撃し、現在は避難した国民の護衛に励んでおられます。そして、僕には許嫁がおります……ベイグランドは、ご存知ですか?」
「こちらからですと、夜の青い星が示す方角にある国だとか」
「そちらの姫が、僕の婚約者でございます。オリオン姫……ご無事を祈っております」
「少し前、ご懐妊されたと耳にしましたが……」
「え!?」
そして、指令と王子が仮眠を取っている際の、メラとジェリー。
「生き物を作るって……どういう事なのかしら。私たち、なにで出来てるの?」
「石を食べてるんだから、石だよ。たぶん」
「……柔らかい石を食べたら、体も柔らかくなる?」
「ジェリーの髪は柔らかくてキレイだよね」
「メラメラの髪だって、弾力性があってビョンビョンよね」
「それは、ほめてないよね?」
「司令官先生殿!」
ごつごつとした体格の隊員が部屋へと飛び込み、寝ている司令官の顔の上で何か白い物をパタパタしている。うなされだした司令官を気の毒に思い、メラが隊員に声をかけている。
「なんですか?それ」
「娘!私は、それを知り得たく参ったのだ!こちらに同様のものが、野山の至る場所に散りばめられている!」
「どれどれ……」
白くて薄い物を隊員の手から引き抜くと、何か文字らしきものが見え、メラとジェリーは文面へと視線を下げた。書いてある通り、メラが読み上げる。
「『降伏宣言。惑星ウルネア一同。白き光の柱にて対話を望む。青い着物の水使い並び、ドラゴン、ドラゴンの片手剣を除く少人数、交渉へ差し出せ』だって」
「この白いペラペラしたのは、何でできているのかしら……」
「会えそうだから、それも聞いてきてもらったらいいよ……たぶん、青い着物の水使いはジェリーだと思うけど」
「なに!?ならば、こちらの通告は水の軍団より発せされしものか!罠の可能性は!?」
「そうかもですけど、ドラゴンとガルムさんが大暴れしたから……それで勝ち目ないって思った線もありますね。司令官に伝えておきますから、あと大丈夫ですよ」
「任務は引き継いだ!成し遂げるように!」
隊員は任務をメラへと引き継ぎ、一つ敬礼を見せた後に退室。メラは父親を起こす作業に入る。
「お父さん、起きて」
「……んん?どうした?」
「水の軍団から、メッセージが届いたみたいなの……パパ、起きて」
「……ジェリーのパパは、嬉しいな」
意識朦朧としている父親を呼び起こし、先程のペラペラを手わたす。一読して、残った謎を指さす。
「青い着物の水使いはジェリーだろう。ドラゴンは無論、あの娘だ、ドラゴンの片手剣とは?」
「ガルムさんだよ。黒鋼峠では、ドラゴンの武器だったんだ」
「ふむ……惑星ウルネアは水の軍団の故卿と仮定するとして、この文では我々と似た言語を用いている。石の声のあった内容と、繋がったかもしれない」
「彼らは、この星を脱出した一族の末裔と推測されますね」
騒がしさで目覚めた王子が、司令官の考えを飲み込んで丸めた。残る謎は白き光の柱、対話の目的。そして。
「結局、この白いペラペラしたのは、何でできてるのかしら……」
「聞いてきてもらったらいいよ……」
「私はフレイムタウン市民の様子をうかがってこよう。王子様、同行を願えますか?メラとジェリーは調査を続けてほしい」
「了解。すぐに参りましょう」
白いペラペラを携え、司令官と王子が部屋を後にした。有無を言わせず残されたメラとジェリーだったが、2人きりになると会話が円滑である。
「急展開って、こういう事なのかしら……」
「誰も触れないけど、相手が降伏したって事は、勝ったって事だしね。やっぱりあれかな。ドラゴンとガルムさんの大攻勢が、敵にショックを与えたんだろうか」
「これで終わればいいのに……あっ」
「なに?」
「……でも、負けてもいいなら、なんで水の軍団は、この星に来たのかしら」
「……まだ終わらなそうだね」
考えても仕方がない事は不明にしたまま、2人は石から聞こえる声の調査を再開した。しかし、聞けども聞けど退屈な地熱の温度報告や、生物改良の提案や反応レポートが続く。昼に食べたものの話とか交えてもらわないと、眠くなって仕方がない。
「……腕が疲れた。あたし休むよ」
「待って。今、私の名前が聞こえたような……」
「そう?」
両手を上へと伸ばしたメラに代わって、ジェリーがハンマーで機械を叩く。
『試験体・ザラに関して。皮膚が完治した。生命維持装置を外す。黒曜石に似た硬質の……一方、硬い肌を持つ。眼光は鋭い。精神状態は不安定で臆病、残忍かつ暴力的。隔離を続ける。精神状態の回復は望めるだろうか……』
なんとなく都合が悪くなったのか、ジェリーは叩く手を止めた。
「今まではジェリーがザラなのかイマイチ解んなかったけど、目つきが悪くて黒い色って、完全にジェリーだよね」
「……やんちゃだった過去を知られたような気持ちだわ」
こうなってしまうと、もう作業をする気力もでない。2人で部屋の隅にあるベンチへと倒れ込み、体の筋を伸ばしていた。そこへ、意気揚々と出て行った司令官と王子様が戻り、黒板に書かれている調査結果を別の石版へ書き映しながら、事の成り行きを語りだす。
「相手の要望に受けてたつ事となった。総隊長、私、エリザ君、ゲイン王子の4名にて、指定の場所へ向かう」
「へぇ、王子も行くんだ」
「黄色い着物の娘よ。僕は幼少より外交の場へと立ち合い、数々の歴史的瞬間を目の当たりとした生き証人。険しい交渉となれば、必ず役目を果たしてみせよう」
「暑苦しい王子だなぁ」
「がんばって……」
王子が暑苦しがられたりジェリーから応援されたりしているものの、同行する司令官は心配してもらえない。素っ気ない様子で、司令官もアピールしてみる。
「敵の罠という可能性も否めない。危険な作戦となるだろう」
「だって、水対策した総隊長とエリザさんつれていくんでしょ?戦いになったら、敵軍の半壊は避けられないじゃん……」
「水の軍団と会う場所は解ってるの?」
防衛隊の主戦力を携えていくせいで、あまり心配されない。もはや、ジェリーに至っては約束の場所を気にしだす始末。
「ここよりフレイムタウンへ向かう道中の丘にて、謎の発光物体が発見されたらしい。これ見よがしな光線が天へと伸びている事から、ここが指定のポイントと推測される」
「で、父さんと王子は何を書き始めたのさ?」
「私が帰らぬ人となった場合、しゃべる石についての調査記録を町民へ伝える者がいなくなってしまう。先に情報をまとめ、新聞に載せるよう伝えて行く」
「僕が何らかの事故で故人となれば、王国ガルの国民はフレイムタウンに不信感をもつだろう。それは許されない。決断の証として、手記をここに残そう」
頼りないように見えて、あれこれと考えているのだ。そんな忙しい2人の横で、メラとジェリーは伸び伸びしているのだが、お互いに何を言うでもない。その静かな部屋へ、うるさい動作でドラゴンが入ってくる。
「ステーキ石もらった!」
「よかったじゃん」
「よかったの!」
茶色い石に噛み付きながら、ドラゴンは寝ているメラの足元へ座る。一応、メラは調査で解った事をドラゴンに伝えるようだ。
「ドラゴン、クネクネ君の種類なんだってさ」
「そうなんだ!親近感!」
「あと、炎の石を食べると、その熱が尻尾から星に伝わるんだって」
「しっぽピーンってなるから、そうかも」
こちらも自分の事実には、あまり動揺しない。そんな事より、ステーキ石を食べる方が重要なのである。そんな不要だったかもしれない会話が終わると、司令官と王子の手も止まる。
「支度を始めましょう。メラ、ジェリー。おとなしく留守番をしているように」
「やっと大人しく留守番ができるぞ」
「メラメラ、おるすばん好きなのよね」
「楽だしね」
「また部屋を出る。あとは任せたぞ」
生意気な娘たちを残し、再び司令官と王子は資料を持って部屋から出た。あとは司令官たちが出発する時間に見送りをするだけであり、それまではメラとジェリーも休憩してしまう。他に発覚した事実はないのかとドラゴンに尋ねられるも、メラは。
「別にないよ」
と一蹴である。メラもジェリーも眠ってしまい、ドラゴンも寄り添って寝てしまった。
『ご連絡。隊長一行が、ご出発となります。お見送りの方は、火山正面入り口まで』
ポーンという効果音に混じり、壁の鉄管から放送が流れる。その声が母親のものであったからか、ジェリーより先にメラが目を覚ました。
「見送りに行こうか」
「……心配だものね」
ドラゴンは起きなかった為、メラとジェリーだけが火山の入り口へ向かう。司令官から聞いていた人数より、チームのメンバーが増えていた。
「セグさんとグライン隊長が増員されてる……」
「あの、黒鋼峠に一緒に行った、大きい女の人は行かないのかしら……」
「司令官と総隊長が失墜すると、あの人が実権を握れるからなぁ」
知ったような口をきいたメラが頭を後ろから掴まれ、コハクに何処かへ連れて行かれた。
「あぁ……メラメラが」
連行されていくメラを見送りつつも、父親は妻との別れに言葉を残している。
「話をつけて、すぐに戻る。心配はしなくていい」
「これだけの手だれぞろいなのだから、お相手が手を出さないでくれる事を願うわ……」
出発する面子が家族との名残を惜しんでおり、ジェリーも母親の横に並ぶ。遅れて、メラもコハクと一緒に来た。
「ジェリーは調査を続けてほしい。情報は多いに越した事はない」
「うん」
「メラは迷惑をかけないように」
「うん……うん?誰に?」
「司令官よ。精神を強く持て。お前が脱落すれば、チームは四散する」
「はい。コハク隊員も、街の皆さんについては任せました」
「あなた。気をつけて、いってらっしゃい」
「あぁ」
情報交換を終え、チームは謎の軍団との交渉へ向かう。初の任務となる王子の背を見つめつつ、気をもんでいる様子の王女も伺えた。王子の見送りだと言うのに、側近は姿が見えない。それに気づくと、なぜかメラが不機嫌そうである。
「あのオッサンは、どこで遊んでるんだろうか」
「怖い人よね……」
「しかも、ジェリーを化け物よばわりする態度が気に食わない。今度あったら、砂をまいてやろうか」
などと愚痴っていたら、
「鼻の赤い、挙動不審な男か?老人に威張り散らしていた次第、厳しく叱りつけた」
「すっきりしました。一生ついていきます」
「ついてくるのは、たまにでいい。邪魔だ」
コハクの自治活動を通して、全く無関係なメラがスッキリした。それはさておき、いつまでも外で立っている訳にもいかない。それぞれ、やることはあるのだ。
「調査に戻らないと」
「その前に、ごはん食べないと気力が沸かないや……」
「畑から熟成黒石を持ってきてもらったから、それを温めてあげるわ。食堂に、いらっしゃい」
メラが空腹を訴え、母親に献立を教えてもらったりしている。ただ、防衛隊員のエディが近くにいるのを発見すると、忘れていた用事を取り出した。
「あっ!エディさん。ちょっと武器の事でいいですか?」
「あぁ、なにかい?」
「もう少し、武器を強化したいんですけど、改良の余地ありますか?」
「どれ、見せてみな」
なにやら相談が始まったものの、ジェリーは砲火器について知識と興味がなく、空などを見上げている。すると、通りすがりのジータ隊員に声をかけられた。
「紫の空だ。星がキレイだな」
「え……あ、うん。あの……」
「俺もやる事があるんだ……それじゃあな」
「あの……ちょっと待って」
「え?なんだ?」
どうしても気になる事があるらしく、珍しくジェリーが人を呼びとめる。そして、ひときわ青い星を指さして疑問。
「あの星……あんなに大きかったかしら」
「……どうだろう。でも、悪い星じゃないと思うぜ」
極めて抽象的かつ、なんのアドバイスにもならない台詞を発し、ほがらかにジータ隊員は去った。したら、ジェリーの方も大した問題じゃないような気がしてしまったらしく、不可解そうながらも納得した。
「ごめん。行こう」
武器をエディに手わたし、身軽となったメラが戻ってきた。家族3人で階段を上り、ドラゴンを残してきた部屋まで戻る。一応、ジェリーが声をかけてみるらしい。
「ごはん食べに行くわよ。いる?」
いない。
「また、いないの?どこ遊びにいったんだか」
ドラゴンは不在であった。部屋の隅にも転がっていないので、どこかへ出かけたのだろうと察したのだ。
そこから少し離れた場所にある食堂……として使われている大きな部屋は大勢の雑踏で溢れており、隊員の制服を着た者も幾らか見受けられる。その壁際の席へジェリーたちが腰を落ち着けると、司令官の残した研究成果が雑談として聞こえてくる。
「俺たちが昔に作られた生物ってったって。だから、何を思うでもないって事よ」
「飯うめー」
意に介さない様子を見て、ジェリーも安堵の息である。ただ、ジェリーの過去については誰も聞かされていないのか、食堂に入ってから一度も声を掛けられていない。会話するでもなく3人で座っていると。母親が調理仲間から心配される。
「ご主人、また出動だって?大変ねぇ」
「他の人たちがケガだらけでも、一人だけピンピンして戻ってくるんじゃないかと、気が気じゃないわ……」
「またまた。あんまし無理しないでね」
こんな事を言っているが、短い休憩時間で出発を見送りに行くくらいには心配しているのだ。テーブルまで配達してもらった鉄板には砕いた石が色とりどり乗っており、赤い石は辛く、青い石は酢風味、緑色は味がなく、白い石は甘い。まぶされている黒い粉は塩っぽい。
「あたし、この黒いのキライなんだ~」
「私は、なんでも好き」
「親が同じでも、姉妹で性格が違うんだから不思議だ」
「メラを悪い子に育てた責任は感じてるのよ。ごめんね。ジェリーだけをいい子に育てちゃって」
「その返しはキツイ……」
大体、両親と話すとメラは勝てないのである。なるべく良い子になるよう、食事は残さず食べさせられた。その後、メラとジェリーは母親と別れて、再び調査部屋へと戻る。
「さて、やるぞ」
と気力を出し、まだ調査していない最後の一つになる石をハンマーで叩くと。
『いずれにせよ、時間はない。私も場所を移し、研究所にて仕上げを見届ける。建設中となるレッドスターに関して……ッ……ッ……ッ……第53レポート・調査報告を開始』
「メラメラ、ちょっと止めてちょうだい」
「……うん。なに?」
小槌を振り上げていたメラが、ジェリーの呼びかけで手を止める。その理由は簡単。
「最初に戻ったわ……次の石もない」
「じゃあ、なにか?これで全部って事?」
「全部……だとすると、最後まで記録が続いてない」
「他の石にも少しずつ出てきたけど、レッドスターってなんなんだ」
「解んない……でも、最後の脈絡からするに、この人は別の研究施設へ移動したんだと思う。だとすると、白銀峠には以降のレポートはなかったのかも」
「どこなのさ。別の研究施設って……」
「白銀峠から長い道のり離れていなくて、謎の研究施設……」
「……あそこかなぁ」
「うん……」
2人とも自信はないのだが、該当しそうな建物におぼえがある。メラは臨時の小型武器を、ジェリーは注射器型放水機を小脇に抱え、すぐに部屋を出た。エレベータに2人だけで乗り込み、しばし沈黙した後、メラが確認するように。
「そういや、ジェリーが水の研究してた建物、あれなんなのさ」
「2人だけの秘密基地だったのに、メラメラが来てくれなくなったから……構ってくれなくて、ちょっと寂しかった」
「隊に入ったら忙しくて……でも、いつもジェリーの事は思ってたから……」
なぜか気まずくなったところで、エレベータが下まで到着。ジェリーが気難しい顔をしており、メラは小声で謝罪していた。
火山の入り口から研究所までは遠くなく、徒歩なら30分程度。遠くに見える白い光の柱を見つめつつ歩く。見知った謎の建物は水の軍団から攻撃を受けたようで、その影も形もなくなっている。がれきを退けると、地下への入り口は発見された。
「ジェリー、なにか心当たりはないの?」
「ない……あっ。ある」
「あるの?」
「地下に、たまに光る壁があるの」
「初めて聞いた。なんで、今まで言わなかったの?」
「あんまり興味なかったから……」
「君は、水以外に興味ある事ないのか?」
「ない……あっ。ある」
「なにかね。言ってごらん」
「……メラメラには教えない」
明らかに光って怪しい壁があると知り、2人は地下へと降りてみる。地下には足首の高さあたりまで水が溜まっていて、ジェリーの研究器具あれこれが浮いている。光る壁はハシゴの横にあり、すぐに見つかった。
「ここだな。叩いてみよう」
といいつつ、メラが壁を蹴り始めた。少し土は崩れたが、まだまだ頑丈。
「こういう掘りたい時に限って、どうしてドラゴンいないんだろう」
「私がやってみる。ハイドロクラッシュ!」
散弾銃の要領で水の弾を発射し、壁の土を溶かして削る。一撃で作業は終了するも、メラとジェリーは泥だらけになった。
「……ごめんなさい」
「……帰ったら、石鹸で体をみがこう」
土煙が収まり、再び2人は光壁へ視線を戻す。今度は数字のようなものが画面に表示されている鉄の壁が現れ、2人は壁の泥を手で払いながら、またしても首をかしげる。
「こういう謎解きが必要な時に限って、お父さんいないのはなんなんだろう……」
「こうして頼られるから、いつも忙しそうなのね」
画面には2つの数字が並んでおり、片方は小数点まで表示され変動、もう片方は正数のみ表示の不動である。変動している側の数字が不動のものに比べて小さい。
「……ジェリー、任せたー」
「そう言われても……とにかく、壊せないか試してみましょう。ハイドロファイアー!」
水しぶきと湯気は消えるが、鉄の壁は消えない。少しだけ、変動している値が上昇している。
「おっ。数字が増えたぞ。あたしもやってみよう。ダイナモファイアー!」
メラが鉄の壁を火であぶってみる。わずかに数字が上昇するも、それだけの事である。
「もうちょっとで、横の数字を追い越すんだけどなぁ……なんだろう」
「まだ20くらい差があるけど……」
「……ダメだ。お手上げ。帰ろ」
何も思いつかなくなった時、人は諦めてしまうのだ。メラがハシゴに足を乗せると、どこかで大爆発が発生。激しい揺れが地面を伝う。肌で解るほど、気温が急上昇する。
「な……なんだなんだ?」
ハシゴから落ちてきたメラをキャッチし、一緒になってジェリーが尻もちをついている。なんとかハシゴに掴まって、揺れが収まるのを待つ。地下室は壁の表面こそ土だが、中は鉄の壁で囲まれていて、土砂で崩れはしなかった。
気温の変化が著しく、メラもジェリーも頬を赤くしている。すると、鉄の壁に表示されている数字がグングンと上がり、変動値が不動の値を追い越した。それを待っていたかの如く、鉄の壁はガチリと音を立てて揺れる。
「……もう大丈夫だから、ジェリー放してちょうだい」
「あ……うん。あの壁、開いてる?」
「よく解らないけど、開いたみたい」
よく解らないが開いた為、メラが恐る恐る手で引いてみる。中は個室となっていて、木で作られた箱が台の上にドカッと置いてある。もちろん、開ける。
「なんだろう……防衛隊の人が持ってたのと同じ、白いペラペラが入ってるぞ。あと、何かの石だ」
「何か書いてある?」
「読むぞ。『気温の上昇に伴い、ついに研究も大詰めとなる。レッドスターの起動条件を一つ、ここに残す。二つ目は私の愛しいデータバンクへと託そう。三つ目は時間が有する。環境対策統括大臣、ジルべ・グライガー』だって」
「ジルベ?ジルベ……聞いた事ある。あ……あ……」
「どうした?」
ジェリーが右手を頭に当て、よろけてヒザをつく。メラは応急手当の知識がなく、なにもせず慌てている。頭の中を締めつけるような痛み、それも数秒で遠のく。ゆっくりジェリーが立ちあがると、メラは訳もなさそうにジェリーの背中をさすっていた。
「目まいか?どこか痛いのか?」
「大丈夫……全部、昔の事が戻ってきただけ」
「え……なんで?」
「ジルベ・グライガ―は、私を作った人の……一人だから……」
「記憶が……ジェリー。ジェリーは、ジェリーのままなんだよね?」
「うん」
「……みんなのとこに帰ろう」
外で鳴った大爆発も気がかりなのか、メラはジェリーを引っ張ってハシゴの下まで連れて行く。じっとジェリーの顔を見てから、急いで地上へと戻った。
「……うわぁ。火山から火柱が上がってるよ」
「あらまぁ」
もはやマグマでもない、なにか赤い発光物体が火口より立ち昇っている。ただごとではない火山の様子を目に見て、2人も小走りで帰路を行く。火山の入り口には司令官一行が戻ってきており、メラとジェリーの姿を見た途端、珍しく司令官は気が動転した様子で。
「水の軍団改め、惑星ウルネア軍より事の一部始終を伺った。この星は、惑星ウルネアと衝突する!」
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