第2話

山を出た場所から少し行くと、眼下に広い平原が現れた。平原と言っても草は生えておらず、さらさらとした砂が岩場の所々に溜まっている。平たい地形を囲む形で、高低差の激しい丘が突出していた。

見るからに歩きやすそうな道を見つけ、ジェリーは考える様子もなく足を出す。すぐさまメラがジェリーを後ろから引き、近くの丘に、うつ伏せさせた。

「ストップストップ!隠れて!」

「……?」

「あれ。あそこ、誰かいる」

「……?」

メラが指さした先にジェリーは目を凝らすが、あまりにも遠い場所を指している為、どうにもジェリーには人影が見えない。その結果が、このセリフである。

「メラメラ、目がいいのね」

「うん。見たところ、水の軍団の服装に似てるけど……まったく動く様子がないな」

「……死んでるの?」

「う……それは見たくないものを見たかもしれない。あっ……動いた」

「よかった」

「よかったけど……あっ、こっちに手を振ってる!」

「見つかった?」

「逃げよう!」

「うん」

勢いよく立ち上がると、メラは武器を攻撃態勢で構えながら逃げ出した。ジェリーもメラを追おうとするが、ふと振り返って足を止めた。

「……あれ?」

「どうした?」

「もしかして、あの倒れてるのが、水の軍団の人?」

「……そうだね。なんだろう」

「動かないけど……死んでる?」

「……それはやだなぁ」

死んだ予想の一点張りを続けながらも、ジェリーとメラは水の軍団の団員を観察している。団員は丘の下にある窪みのような場所で倒れており、武器は投げ出し、寝がえりをうって仰向けになったまま、空へと手を伸ばしてみたりして、非常に絶望的な空気をかもしだしていた。おとり作戦の線を踏まえ、メラは辺りに他の敵がいないか確認をしながらも、ジェリーをかばいながら男の人の元へと近づいた。

「おーい。生きてるかー」

「……」

メラの声が聞こえ、男は寝そべったまま視線を動かした。

「俺が敵だと知りながら近づくとは、なかなか見上げたものだ……それも若さか」

「おい!よくも、あたしたちの街に変な生き物をけしかけたな!おかげで、死にそうな目にあっちゃったんだぞ!」

なぜ近づいたかと言えば、これを言いたかったからに違いない。前振りもなく、メラは街での一件を切り出した。しかし、男は受けつけない。

「ここで会ったのも何かの縁だ。話を聞いてくれないか?」

「なんだよう。偉そうな態度で」

「偉そうな態度なのは承知だが、それには深い訳がある」

「一応だけど……偉そうなのは態度だけじゃないぞ」

全くの無害とみて、メラは武器の先端を引っこめた。男の人は態度を改めず、無気力な声で続けた。

「俺たちは水を飲んで生きている……俺は動けない。それだけの話だ」

「……ははん。さては、水がなくて餓死寸前って訳か」

「ま、そういったところかな」

そういったところではない。そうなのである。その確信を得て、今度はメラが強気に出た。

「交換条件だ!水を分ける代わり、知っている事をあらいざらい話してもらうぞ!」

「……それだけで良いのか?俺は、死ぬ寸前レベルでピンチだぞ?」

「死ぬ寸前の割に口は達者だなぁ……ジェリー、なにか要求はある?」

「いえ……特には」

「だよね。あっ……武器だけは取り上げさせてもらうぞ。じゃあ、ジェリー。水あげて」

「うん。ハイドロポンプ!」

攻撃にならない程度の勢いで、ジェリーが男に向けて放水する。念願の水を浴びて、男は奇声を上げながらバタバタと喜んでいた。

「うひゃ~!水だぁ!うめぇうめぇ!」

「う……ほんとに水を浴びて喜んでる。信じられない光景だ」

炎の民は水が苦手であり、水を体に取り入れる事など絶対にない。気持ち悪そうにしながらも、メラは珍しいものを見る目である。ジェリーは無表情で放水していた。

体の健康を取り戻すと、男の人はジャンプと共に置き上がり、リズミカルにステップを踏みながらジェリーへと話しかけた。

「助かった!異星人ながら、ナイス放水だ!」

「メラメラ……」

「こら!ジェリーが怖がるだろう!こっちくるな!そこに座れ!」

「はいはい」

メラに言われた通り、男の人は穴場の隅に座りこんだ。一つ咳などして見せて、メラは男への質問を始めた。

「異星人って言ってたけど、あんたたちは別の星から来たんだよね?」

「そうだけど」

「何が目的なんだ?」

「さぁ?」

「知らないで侵略してきたのか……じゃあ、次!仲間は、どこに行ったんだ?」

「おいおい。知らないと言ったから質問を止めるんじゃ、何も聞き出せないぞ?見たところ、お前は何かの隊員のようだが、そこんところの教育は足りていないようだな。親はパン屋か何かか?」

「ぱ……パンってなんだ?」

「さぁ?」

「ジェリー!やっちゃえ!」

「ハイドロバスター!」

「うひゃ~!いてぇいてぇ!」

相手の方が口では達者と見て、メラはジェリーに攻撃を頼んだ。強い水圧で壁に張り付けられ、男は膝から崩れ落ちるようにして倒れた。

「ちゃんと答えなさい!さもないと、ジェリーが黙ってないぞ!」

「解った……手荒な真似はよせ」

「で、パンってなんなんだ!」

「食べ物だ……だが、もっと他に聞くべき事があるだろう……」

「何が目的だ!」

「それは解らん……」

「ジェリー!」

「やや!それは本当だ!本当に知らん!」

「知らないのに二度、聞かせたのか!」

「ごめんごめん」

メラは息も絶え絶えに尋問を続けており、もはや尋問というか脅迫の範疇である。

「メラメラ……攻撃は良くないわ」

「そ……そうだ。攻撃は良くない。聞けそうな事は聞いたし、あたしは攻撃をやめるぞ!」

そもそも、攻撃していたのはジェリーであって、メラではないのだが、それは重要ではない。メラは男と気が合わないといった仕草で振り返り、さっさと平原を歩き始めてしまった。ジェリーはメラを追うより先、男の持っていた武器を地面へと置いた。

「これは返すわ。武器としては使えなくさせてもらったけど……水をくむぐらいはできると思う」

「ありがたい!山の中にある水を使えば、しばらくは安泰だ!」

「水は片づけてしまったけど……山の反対側にある飛行船に入れてきたわ」

「そういや……なんで、あんたは水の機械を扱える?この星の物とは、動力から仕組みが違うんだぜ」

「……」

「ジェリー!そんなのの相手してると、しまいには舌を抜かれちゃうぞー!」

メラが手をぶんぶんと振りながら、もたもたしているジェリーを呼んでいる。ジェリーがメラの元へと走りだそうとした手前、呼びとめる風でもない声で男が言った。

「放水機は出口を細くすりゃあ水圧が上がる!逆もしかりだ!なるべく便利に使えよ!」

男の声を背中で聞きながら、ジェリーはメラのいる場所まで辿りついた。何か2人で話をしていたと見て、メラは疎外感を露わとしている。

「なにをこっそり、話をしてたのよ~」

「……山の裏にある飛行船の事と、こぼれてた水の話をしていたの。水がないと、これから困るでしょ?」

「すっかり言い忘れてた。でも、言い忘れてても後悔はしない」

「……そろそろ空が暗くなってきたわ。メラメラの家の別荘は、まだ先なの?」

「ここを抜けた所だよ。夜より早く到着するだろう」

それから間もなく平原は終わり、平和だった地形は岩山へと変わっていった。

「……そうそう!ここの崖を渡った先だよ!」

ジェリーに聞かれるともなく、メラが記憶を修正している。遥か下に流れる砂の川を鑑賞しつつ、2人は岩の谷を抜ける。すると、次に待っていたのは巨大な階段を思わせる形状の山で、どう見ても別荘がありそうには見えない。

「……」

「あそこの灰色の岩の裏まで行ったら、別荘に到着だよ。きっと」

メラの信用に関わる発言であったが、そこは裏切る事なく別荘へと辿りついた。しかし、岩の影に立っている別荘はメラの記憶していた物よりも半分ほど小さく、それは半壊していると言い変える事もできた。

「これは、また……綺麗に半分だけ壊れたなぁ」

「もう乾いてるけど、ここにも水が落ちてきたみたいね。メラメラ……どうする?」

「う……うん!大黒柱が残ってるから、一晩くらいなら大丈夫!ここはリゾート地だし、危険な生き物も出ない!」

「暗くなったら、水の軍団も移動はしなさそうだものね」

「そうと決まれば、寝る場を確保しよう!」

何が残っていて使えそうなのかを確かめるべく、恐る恐るといった足取りでメラとジェリーは室内へ。建物は全てが石で作られていて、歩いても床が軋んだり、建物が揺れるといった事はない。1階はリビングが残っており、幸いにも2階には寝室が一部屋だけ残っていた。疲れていたとあって、ジェリーは寝室を見て安堵している。

「……よかった。でも……ベッドは1つしかないわ」

「2人で寝ようよ」

「う……うん」

2階の探索が終わり、別荘から剥き出しとなっている階段をおりる。その頃には空が暗くなっていて、大きな星が白い光を優しく降らせていた。別荘は高地に構えており、下へ下へと視線を落とした場所には赤色のキラキラが溜まっている。それをじっと見ているジェリーの後ろで、メラがキラキラの正体を明かしていた。

「あれが水晶畑だね。あそこに炎の神殿があるんだ」

「……そうなの?」

「そうそう。あれの調査は次の日の、あたし達に任せよう。くたびれた今日は、ご飯を食べて寝る」

いざ、保存食を頂こう。その直前になり、メラは別荘にキッチンがない事実を知った。

「あ……あれ?台所がないじゃん」

「……メラメラ、料理するの?」

「食料は台所に備蓄してあるの!だから……」

「……あぁ」

「あ~あ……ガッカリ」

もう何をする気力もないと言わんばかり、メラは横長い椅子に倒れ込んでいる。ただ、ジェリーはメラの母親から貰った弁当箱を思いだしたようで、ツルツルとした質感のバッグから小さな箱を探し出した。

「お弁当……奥さまから、貰っていたのを思い出したわ」

「それも忘れてないけど……うちの母は、あたしの嫌いな物を入れる事に余念がない」

「まぁ、贅沢さん」

 贅沢な発言とは裏腹、メラも夕食を頂くつもりは満々である。ただ、生きながら死んだような目をしていたのは開ける時までで、弁当箱の蓋を開けると意外そうな表情になる。

「……あっ、めずらしくマシなものが入ってるなぁ」

「マシな物って……どれも美味しそうよ?」

「しいていえば、量が少ない」

「でも、食べるんでしょ?」

「食べるけどね」

文句しか言わない娘である。この後も食べ物の一品一品を辛く評価しながら、非常に美味しそうな様子で食事を終えた。

「……たりない!さっさと神殿の調査を終わらせて、火山へ直帰したい。よければ、今すぐにでも帰りたい」

「解る。お腹が空いてると、心が引き締まらない時ってあるよね……バッグの中に残り物があったような……」

「火山で食べてた残りかぁ……」

「食べないんでしょ?」

「そ……そんな目で見てもあげないわよ」

「食べないんじゃないの?」

「食べないけど」

状況が変わると言う事も逆になるものか、とても考えが柔軟である。食べるだけ食べたら眠くなったらしく、メラはジェリーを誘うようにして、振り返りながら階段を上がっていった。一階のランプを消した後、ジェリーもメラを追って二階へと向かった。

二階のベッドは枠組みの上に薄い鉄の板を何枚かハメた物で、乗ると僅かに板がしなって良い寝心地である。ふとんにあたる物はなく、気温が低い場合はベッドの下に火のつく石を入れる。まだベッドは暖まっていないが、メラは誰に気を遣うでもなく、ベッドの真ん中に大の字姿で寝そべっていた。

ジェリーは居場所に困った仕草でベッドの脇に腰かけ、何も言わずに巨大注射器をいじり始めた。まだメラは眠っていないようで、寝がえりをうちながらジェリーへと話しかけていた。

「……コートを着てると、あったかいけど、なんか落ち着かないなぁ」

「……でも、寝ている時に水が降ってきたら危ないから」

「それはそうだけどー……」

何秒かの沈黙を挟んだ後、今度はジェリーがメラの方を見ずに話題を持ち出した。

「……私、炎の神殿に行った事があるかも」

「……え?」

「よくは憶えてないけど……」

「そうだよね!あたしも、そうなんじゃないかと思ってた!」

バッと起き上がり、食いつくようにメラがジェリーの横へ移動した。思いがけない答えを受け、ジェリーは困惑した様子でメラを見つめている。

「……ジェリー。ジェリーは、どこから来たの?」

「うろおぼえだけど……さっき水晶畑を見て、前に見た事があるような気がしたの……」

「ジェリーは、あたしが小さい頃に……」

「……」

「今も小さいだろ、とか思っただろう……はいはい。あたしが、もっと幼かった頃。遠征に行った、お父さんがね。急にジェリーを家に連れてきたんだ」

「そうそう。どうしてかは解らないけれど……」

「てっきり、修羅場になるのかと思ったんだけど、お母さんもジェリーに優しいし……深く考えれば考える程、訳が解らなくて聞けなかったんだ」

「メラメラ……おませな子だったものね」

父親の浮気や隠し子の線を気にしていたメラだが、ジェリーの口調が穏やかなのを知ると、組んでいた足を解いて楽に座り直していた。最悪な予想が外れてくれたからか、メラは更に堂々とした言葉でジェリーに尋ねた。

「……あの日、お父さんたちが調査に行ったのは炎の神殿だったんだ。とすると、ジェリーを見つけたのは炎の神殿とフレイムタウンの間」

「なるほど」

「つまり、迷子になってたからつれてきて、ほんとの家を探してあげてたんじゃない?」

「そうかも」

「そうだよ。な~んだ。そうと解ったらスッキリした!これで今夜も、まくらを高くして寝られる!」

「うん。私も」

それ以上の考えは及ばないのか、はたまた考えたくもないのか、強引に結論を出してメラは再び横になってしまった。ただ、ジェリーの方は心につっかかったものがあるのか、弱気な笑顔のままメラを見つめていた。

眠る前は離れて寝ていた2人だが、ベッドが温かくなるまでに時間が掛かったらしく、次の朝にはメラがジェリーに寄り添っていた。やはりメラは自分じゃ起きず、またまたジェリーがメラの肩を揺すって起こしている。

「……早く行かないと、火山に戻るのが遅くなってしまうわ。起きて」

「うう~ん……ごはんは?」

「カバンの中に入ってるわ……」

「あれは食べないぞ……」

執拗に食べ残しを責められるとみて、メラはジェリーの体を登るように起き、そのままジェリーの背中へと、のしかかった。おもりをするように1階へと、ジェリーがメラを運び、用途の解らない大きな箱の上へメラを乗せていた。

「ゴミ箱の上に置かれた……」

「それ、ゴミ箱だったの?」

しぶしぶゴミ箱から立ち上がると、メラは出発の準備としてカバンと砲火器を持ち上げた。困り顔ながらに巨大注射器を背負い、ジェリーはメラの気力が出るのを待っていた。

日本の時間で言えば15分くらいダラダラした後、やる気の発揮されたメラに手を引かれてジェリーも別荘の外へ出た。昨日に比べて天気が悪く、敷き詰めるように雲が空を覆っている。雨は降っていないが、2人はレインコートのフードで頭を覆っている。

目的地は常に見えている訳で、迷う訳もない。巨大なブロックを積んだような地形から飛び降りつつ進み、土に混じり始めた赤水晶の欠片を意味もなく拾い上げながら歩いていた。敵の気配は全くなく、風の流れる音だけが辺りに響いていた。

水晶畑の中央に道が出来ており、そこを呑気に進むと炎の神殿へ行きつく。とはいえ、炎の神殿は地下に位置しており、見えてきたのは下へ降りる階段のみである。そこをのぞきこんで、メラは青ざめた顔で後ずさっている。

「うわ……水が溜まってる。道がヌカるんでたから、なんとなく想像はしてたけど……」

「これじゃ、神殿にいる神様も弱っているかも」

「神様?そんなのいるの?」

「……え?いないの?神殿なのに」

「あたしは見た事ない。だから、いない」

神はいない。その結論にジェリーも納得したようで、メラを見つめたまま無言で頷いていた。とにかく、これでミッションは完了。そこで、メラは次の目的を口にした。

「帰ろう」

「そうね」

2人が踵を返すと、呼びとめるかのように地鳴りが起こった。2人は気にせず行こうとするが、やたらと騒がしい地鳴りがする。

「なんだろう……うるさい地鳴りだなぁ」

「調べに行く?」

「……これは、あたしの、お腹の音だよ。調べる必要ないよ」

「お弁当の残りなら、カバンに入っているけど……」

「ごめん……嘘だ。しかし、うるさい地鳴りだ」

あれこれ言っている間も、地鳴りが会話をさえぎって仕方ない。再び2人は神殿の入り口を見つめ、今度はジェリーがメラへと言い聞かせた。

「私、少し中を見てくるわ。メラメラは外で待ってて」

「……あたしも行くわよ。一人やだもん」

「うん」

数段ばかり降りた先は水の世界となっていて、どの程度の深さまで水があり、息継ぎをするポイントがあるのかすら不明だ。ジェリーはザブザブと水に浸っていくのだが、まだメラは水に対して恐怖を抱いているのか、足だけ入浴させて安全を確認していた。

いざ、水中へ。メラが水の中で目をつむっていて、その手をジェリーが引いて先へと進む。始めは下り階段にそって続いていた道だが、広い部屋へ出ると天井が高くなっており、上の方へと浮かび上がって空気を口に含んだ。

「……ふうっ!息ができるぞ!」

「……水が隣の部屋や、あちらこちらの窪みまで入り込んでる。これじゃあ、水を吸い出そうにも時間が掛かるわ」

「ここで暫く過ごそうにも、食料もない訳だし、みんなで来て水を排除するしかないんじゃない?」

「そうね……」

再度、2人が水へ潜り込もうとするも、もの凄い振動が水に波を立てた。続いて、下の方にある狭い通路へと水が引き込まれ、その水流にメラがさらわれていった。

「あっ……うあぁ!」

「あぁ、メラメラが流されていく……」

意を決してジェリーも追跡するが、泳いだ事など今まで一度もない人達である。やはり成す術もなく流れ流され、神殿の奥へ奥へと引かれていく。その末、2人は水が浅く溜まっている場所へと吐き出された。

「……ビックリしたなぁ。ここは、どこなんだろう」

メラが周りを確かめ始めて数秒後、後ろで、うつ伏せになって倒れているジェリーを発見。慌てて体を起こしあげ、メラはジェリーを水のない場所まで引っ張り出した。

「ほら、こんな事が起こるから、あたしは神殿に入りたくなかったんだ!目をさませー!」

「……」

水に溺れた時の対処法など知るはずもなく、メラはジェリーの背中をしばいている。あまりにも慌てていたせいか、背後の暗闇から生温かな風が吹いている事にも気づかない。風の送り主は更に顔を近づけ、メラの髪をなびかせた。

「やかましい風だなぁ。それどころじゃ……んん?わ!うわー!化け物トカゲだぁー!」

それどころではないが、風に顔を向けてしまえば、それどころである。白い巨岩と見間違えそうなものがメラの面前にあり、視線をぐっと上げて行けば、それが恐るべき大きさのトカゲであると判明する。

何かが張り裂けたような絶叫を耳元で受け、ジェリーが、しかめた表情で目をさました。メラの発した声に怖気づいたのはジェリーだけではないようで、羽のある大きなトカゲもサッと顔を後ろへ下げていた。

「ほら!ジェリーの方が美味しいから!」

と言って、目覚めたばかりのジェリーをメラが差し出している。ただ、ジェリーの方は慌てる様子もなく座りなおした後、自分の肩を抱く姿で否定している。

「メラメラ……前は美味しくないって言ってたのに」

「その言い方じゃ、まるで、あたしがジェリーを食べたみたいに聞こえるじゃないか……」

「……寝ぼけて私のベッドに入ってきて、一晩中……私の指をしゃぶった後、錆びた鉄の味が口に広がってるなんて、起きてから言ってたのに」

「……ごめん」

「もう!どっちも食べないから、静かにしてよね!もう!」

大きなトカゲは口を開き、見た目に似合わない高音で2人の話を割った。その口調が女の子女の子して過ぎていて、誰が喋り出したのかとメラが辺りを見回している。

「こっちよ!こっち!目の前のラブリーなドラゴンが話を始めたの!」

「ラブリー!?」

「そこの黄色い服の方、何を疑ってるのよ!まったく……誰か来たと思って必死で呼び寄せてみたら、こんな人達だったなんて、悲しくなるばかり!」

「じゃあ、さっきから鳴ってた地響きは、あなたが起こしたものなの?」

「そう!そこの青い服の方、正しい!」

「声、高っ!」

「黄色い方!今更、何に気づいてるのよ!やめて!」

黄色い方がメラで、青い服の方がジェリーである。

「まぁ、いいわ。突然だけど、私を助けて!」

「いやです」

「無理……」

どう助けて欲しいのか告げる間もなく、即答で断られた。メラからは珍しく、敬語で断られた。しかし、ここが踏ん張りどころ。聞こえなかったふりをして、ドラゴンは話を続ける。

「水の軍団が神殿へ入ってきて、中を水浸しにしていったの!それだけでも酷いんだけど、私に大量の水を飲ませてきたの!これじゃ、重くて体が動かせない!」

「たしかに、お腹が膨らんでるなぁ。パンパンだ」

「でしょ?だから、水を出す方法を考えて欲しいの!」

「いやです」

「そこをなんとか……」

「メラメラ……かわいそうだから、考えてあげましょう」

「しょうがないなぁ」

「そうこなくちゃ!青い方、優しい!」

やる気がなさそうだった割にメラは真剣なようで、腕を組んだまま穏やかに歩き始めた。暫しの時間をおいて、メラは両手を腰に当てて提案した。

「おいしくないものを食べたら、水も一緒に吐き出されるかもしれない」

「なるほど!それで、私は何を食べればいいの?」

「……なんだろう。ジェリーとか?」

「メラメラ……」

「ごめん……」

まずい物が周りに見当たらなかった訳で、あえなく案は却下された。続けて、メラが別の作戦を取り出す。

「お腹を全力で攻撃してみたら、水が口から出てくるかもしれない」

「痛いのは嫌!」

「わがままなドラゴンだなぁ……じゃあ、何か他に思いつくのか?」

「そうねぇ……あっ!そこに大きな職台があるじゃない?」

「うん」

「それを使って」

「うん」

「私の中から水をくんできてくれないかな?」

「……帰ろう」

お椀型の職台を持って体の中へと入り、水を運んで欲しいとドラゴン。すぐさまメラはジェリーの手を引き、流されてきた道へと歩き始めた。

「ああん!待って待って!私の喉、広いから入りやすいのよ!」

「入りやすいなら入ってみようかな~……なんて思う訳ないでしょうが!すっとこどっこいなドラゴンだなぁ!」

「おねがい、おねがい!」

「可愛く言っても、ダメなものはダメ!そこまで、可愛くもないし!」

「かわい……かわいそう。助けてあげましょうよ」

「……えぇ?じゃあ、なに?ドラゴンに自ら入っていくの?言い変えれば、死だよ?」

「絶対に飲み込まないから!しゃっくりもしない!」

ジェリーの提案を受け、メラは彼女が正気じゃないと思っている。あまりにもメラが動揺しているからして、ジェリーはガッツポーズで最終手段を伝えた。

「……飲み込まれそうになったら、胃に穴を開けるから大丈夫」

「それなら安心だ。行ってみよう」

「またまた~。2人とも御冗談を。あれ……冗談だよね?」

どちらにとっても命懸けの作業となり、どちらかと言えばドラゴンの側が気を張り詰めさせている。ドラゴンの口から滑らかな銀の舌が下ろされ、メラとジェリーは足をくじかないよう登ったのだ。だが、吹き付ける温かな息が受け付けないと、メラが口の中で無茶苦茶な事を伝えている。

「……吹き飛ばされそうな息だ。口息だけ止めれないの?口は閉めなくていいから」

「口を開けたまま口の息だけ止めるの?難しくない?」

「簡単だよ。あたしは出来るもん」

「そ……そうなの?やってみる!」

「メラメラ……そろそろ行きましょう」

嘘つきを見るような目でジェリーがメラを誘い、広いと言った割には少し狭い喉の奥へと踏み出した。体内とはいえ炎の竜という事もあり、あちらこちらが、どことなく明るい。ドラゴンの首は長く、内部は細かな凹凸のある管が奥まで続いている。なんとか足がかりを見つけつつ、水の溜まっている胃へ急ぐ。

『……いたいっ!なんか刺さった!』

「何かしら……」

ジェリーの背負っている巨大注射器がドラゴンの食道を小突いているものの、それには気づかず奥へと進む。道が上へと反り上がっている場所へ行きつき、上を見つめながらメラはドラゴンへと告げた。

「……道が上にいっちゃってるぞー!どうやって進めばいいのさー!」

『……これでどう?』

ドラゴンが体をくねらせると、登る事の出来なかった高い場所が下り、今度は奈落へと代わり果てる。

「行き過ぎだよー!もうちょっと、体を転がして―!」

『解った!そ……それ~』

「う~ん……あと少し右に傾けてー!」

『こ……こう?」

「もう一声!」

『は……恥ずかしい……』

「うむ。これで進めるぞ」

メラから言われるがままに体を転がしていたら、いつの間にか股を開いた仰向けになっていて、ドラゴン的には気持ち恥ずかしい。ドラゴンを辱めながらも段差をよじ登り、メラとジェリーは末広がりな場所へと辿りついた。どこまで行けばいいのかと、メラがドラゴンに尋ねている。

「結構、先に進んだつもりなんだけど、まだつかないの~?」

『そんな事いわれたって、どこにいるのよ!』

「あちこちの壁に緑色のピカピカが埋まってる場所!ここ、どこなのよ!?」

『自分の体の中なんて、見た事ある訳ないでしょ!もう!多分、肺とかよ!肺!』

「適当なドラゴンだなぁ。早く目的を達成して、外へ出よう」

「メラメラ……そろそろ、水のある場所に着くみたい」

「なんで本人に解らない事が、ジェリーに解るのよ」

「この子が、はしゃいでるから……きっと、もうすぐ」

フレイムタウンでゲットした謎の生物が入っているビンを取り出し、その様子をジェリーはメラへと見せつけている。

「すっかり忘れてた……まだ生きてたんだ……」

「ちょっとずつ水をあげてたから、すごく元気」

「育ててるの?う~ん……先を急ごう」

謎の生物から目をそむけ、メラは壁についた穴へとよじ登る。四つん這いの体勢で2人が穴の先へと進んでいくと、やっとの事で水の溜まっている胃に到着した。そこで思い出したらしく、ドラゴンは慌てた声で2人に声を掛けていた。

『……あっ!2人とも、水をくむ職台を忘れていってる!」

「大丈夫。ハイドロバスター!」

小さな湖とも似ている水たまりへと注射器の先を入れ、ジェリーは胃の中から水を取り出し始めた。どれぐらいかかるのかと、メラが作業時間をジェリーに質問している。

「……一度じゃ無理だよね。何回かかりそう?」

「2回で、全て取り除けると思う」

『あっ……ちょっと、お腹が軽くなってきた!』

-「前から思ってたんだけど……ドラゴンを動けなくさせる程の水が、なんでジェリーの注射器に入るんだろう。不思議だ」

「……うん」

ぼんやりと、こもって聞こえてきたドラゴンの声を聞き、ささいな疑問をメラが芽生えさせている。なお、繊細な作業をしている最中なので、ジェリーからは無視された。

かなりの時間をかけた末、残り少しで注射器が満タンになるようで、そのタイミングを見てジェリーがメラへと返答している。

「……水の粒を並び替えて、狭い場所に収まるよう詰め込んでいるの」

「……ん?さっきの話?」

「うん。私は水を外へ持っていって、また戻ってくるけど……メラメラは、どうするの?」

「中の方が、あったかいから、あたしは中で待ってよう」

「住み心地はよさそうよね。家賃は高そうだけど」

『……住んじゃダメ!ダメったらダメ!』

「……じゃあ、私は外へ行ってくるわね」

「うん。行ってらっしゃい」

メラをドラゴンの胃に残し、ジェリーは来た道を一人で戻り始めた。ただ、水を移す場所が思いつかないらしく、どこか候補はないかとジェリーがドラゴンへ質問している。

「水なのだけど……どこか溜めておける場所はない?」

『神殿の天井を開けるから、そこから外に捨てて!よいしょ!』

ドラゴンが体を動かすと、石が擦れる音が鳴り響いてきた。古い神殿だが稼働システムは劣化していないようで、神殿の全体を強く震わせながらも、ゆっくりと天井を開く。

ドラゴンいわく肺な場所、そこまでジェリーが戻り、低めの段差を降りる。その足が着くか着かないかというタイミングで、ドラゴンの体を強い浮遊感が襲った。とっさに何か解らない管へと手を掛け、ジェリーは体を飛ばされないよう、しがみついている。そんな中、メラとジェリーが状況を尋ねるより早く、ドラゴンが外で起こっている出来事の実況を始めた。

『水の軍団が攻めてきた!飛んで外に逃げる!』

「えぇ~?こんな神殿に、あと何を探しにきたっていうのさ」

『そんなの知らないわよ!』

「……えっ?ドラゴンさん、なにが知らないの?」

『何を探しに来たのか!』

「え?何を探しに来たのか解ったって?一体、なんなんだ?」

『解んないって言ってるでしょ!もう……わっ!敵も飛べる機械で追ってきた!』

メラの声がジェリーに聞こえず、ジェリーの話がメラに届いていない為、ドラゴンが逃げながら2人と会話していて器用である。その間にもジェリーはドラゴンの体内を戻り、喉の奥から外の様子をのぞく。

「本当に飛んでる……」

必死で逃げ飛んでいる訳で、敵の姿はドラゴンの喉からじゃ見えない。対抗手段を見つけようと、今度はメラがドラゴンへと提案している。

「炎の神殿に居付いてるドラゴンなんだから、ファイアーブレスとかで追い払えないの?」

『居付いてるって、私は秘密兵器を見張るっていう、大事な仕事があるんだからね!』

「ほら、ファイアーブレスー!ファイアーブレスー!」

『体が冷えちゃってて、そんなの出ないわよ!息するなって言ったり、息しろっていったり、忙しいな!もうっ!』

「……え?ドラゴンさん、何が出ないの?」

『だから、ファイアーブレス!』

「だったら、私が攻撃してみるから、相手の方を向けるよう急旋回できる?」

『……怖いけど、やってみる!』

ジェリーから作戦をもちかけられ、ドラゴンが右に傾きながらUターン。ジェリーはドラゴンの喉奥で体を伏せ、敵が現れると思われる方向へ巨大注射器の先を定めている。

『あれが敵!』

「ハイドロレーザー!」

肉眼で認識できるか出来ないかという細さの水を発射し、水を振りまきながら飛行している乗り物の下側を狙撃。空いた穴から水をこぼし、その機体はクルクルと回りながら、ゆっくり地面へと墜ちてゆく。

『やったじゃない!でも、まだ何体もいるわ……わっ!あぶない!』

敵の攻撃を回避しようと、ドラゴンが羽を振り上げて上昇する。ジェリーはドラゴンの奥歯につかまっているが、奥にいるメラの身が自分よりも心配なようで、ドラゴンを経てメラの安否を確認していた。

「メラメラは無事なの?大丈夫?」

『どうなの?生きてる?』

「生きてるわよ!あたしも今から、口の方に行く!」

『まだ生きてて、口の方に来るって!』

「来ない方がいいわ……だって、メラメラ……軽いから飛ばされるかも」

『来ない方がいいって!い……痛い!』

理由を教える間もなく、敵の一斉射撃がドラゴンの背中に当たる。よろめきながらも飛行する体勢を立て直し、再びジェリーに狙い撃ってもらうよう頼んでいた。

『お願い!他のもやっつけて!』

「解ったわ。また、敵の方を向いてくれたら、攻撃してみる」

『オッケー!』

「うわぁー!なんだ……ひやぁー!」

ドラゴンは急上昇からスムーズに逆さ飛びへ移行し、アクロバット飛行で敵の背後へ回り込んだ。先程と同じくジェリーが狙い撃つも、敵は機体から発した水でボディを包み、ジェリーが撃った水をかきけしてしまう。これは火山で戦った敵が使用していたものと同じ技で、すぐにジェリーが名前をつけた。

「ダメ。相手のハイドロガードで、攻撃が防がれてしまうわ。もっと近づかないと」

『よーし!』

強く羽を風へと打ち付け、ドラゴンが敵の機体へ接近を試みる。すると、敵はコクピットの部分を回転させ、ドラゴンへ向けて主砲の照準を定めた。慌ててドラゴンが羽の向きを変え、敵の攻撃はドラゴンの腹をかすめた。

『危ないから近づけないかも!』

「メラメラを呼んでくれば、あの水を炎で焼いてくれるんじゃないかしら」

『呼んでみよう!胃にいる黄色い方、いる~?』

「……」

『返事がない!』

返事がない。先程の大袈裟な悲鳴は、メラのものだったらしい。

「私、助けに行ってくるわ」

『ちょ……待って!私、一人じゃ心細い……』

「……」

ドラゴンの発言を受け、ジェリーは何かを指摘したくてたまらない様子だったが、ちょっとの沈黙をはさんで優しく説得した。

「少しだけいなくなるけど、一緒にいるから、大丈夫」

『う……うん』

ジェリーは不思議な言い訳をドラゴンへ渡し、歯やら歯茎やらに手をつきながら奥へ。しかし、敵の攻撃が激化しており、おびただしい水の弾を避けるドラゴンの動きも機敏。360度、不規則に角度が変わり、なかなかジェリーも先へ進めない。

「……あまり動かないで欲しいのだけど」

『無理を言わないで!ん……あれ?なんか……』

「どうしたの?」

何が起こったのか、ドラゴンの体内が真っ赤に輝き始める。ドラゴンの体が熱くなっており、奥からパチパチと炎の生まれる音がする。それを知り、ジェリーはドラゴンの喉元にある窪みへと避難した。

『よく解らないけど、力が出てきた!よーし、ファイアーブレス!』

近くに浮いている雲の中でターンし、ドラゴンは炎の息と共に敵の一団へと体当たり。5体あるうちの2体をはねとばし、また距離をとる為に急降下する……と見せかけて、燃えている尻尾で別の2体を殴りつけた。攻撃された機体は遠く、見えない場所へと消えていく。

『あと一体!大きいのを倒せば、おしまい!』

「相手を倒してから、安全にメラメラを助けに行った方が早そうね。すぐに倒せそうなの?」

『任せて!や……変形した!あれは手ごわそう……』

「私も口まで戻るから、それまで頑張って」

このままでは奥へ進めないと判断し、ジェリーはドラゴンの口まで引き戻し始めた。何度もファイアーブレスがジェリーの横や上を通っていったが、なかなか苦戦している様子。その後、ジェリーがドラゴンの口から見たものといえば、今まさに正面衝突しようとしている敵の姿であった。さすがに危険だと考えたのか、ジェリーは水で敵を撃ち、敵との接触を避けようとする。

「……ハイドロキャノン!」

爆発力のある攻撃で敵の動きを変える事は出来たものの、敵の撃とうとしていた主砲が狙いをブレさせ、ドラゴンの脇腹へと砲撃。撃ち上げられる形でドラゴンは宙を浮き、背を下にして落下する。敵はロケットの如く撃ちあがり、ドラゴンへ体当たりをこころみる。

「……落ちて行くけど……どうしたの?」

「……」

擦れ違いざまに受けた攻撃で、ドラゴンが意識を失っている。ジェリーは緊急事態であると知り、ドラゴンの口へと入り込む風に吹かれながらも、周りを忙しく見回している。とにかく、敵の方を向く必要があるとみて、ジェリーはドラゴンの口先へと移動。その位置から水を放出し、ドラゴンの体を回転させようとする。

「ハイドロジェット!」

ゆっくりとドラゴンは回転し、2秒後にジェリーは高速で飛び上がる敵の姿を発見。それから3秒で危機を察知し、ぶつかる刹那に斬撃を発した。

「ハイドロカッター!」

なるべく細く、可能な限り細く噴き出した水を振り下ろす。巨大な水の刃が敵の中央から少し外れた場所を通り、敵の機体を二分。分かれた機体の右半分と左半分、それと2人の搭乗員が、勢いのままにドラゴンの後ろへ飛んで行き、パラシュートを広げて落ちていく。

まっさかさまにドラゴンは落下し、そのまま赤の水晶畑へ。地面へ着く間際、ジェリーが地面へと全力で水を発射し、地面へと当たる衝撃をやわらげた。

咲いていた赤水晶の破片が飛び散り、土煙が辺りを覆う。地響きと揺れが静まるまで待ち、ジェリーはメラを助ける為にドラゴンの奥へと走り出した。すると、ドラゴンが苦しそうに咳をし始め、二度目の咳でジェリーが、三度目の咳でメラが吐き出された。すぐさまジェリーはメラへと駆け寄り、メラの背中を支えて起こした。

「メラメラ……大丈夫?」

「う~ん……なんとか」

「どこにいたの?」

「さっき、肺っぽいところまでは戻ったんだけど、そこで大きく揺れて……あとは……よく憶えてない」

「む……小骨っぽいのが……がほっ!」

メラの武器がドラゴンの口から飛び出し、メラの足元を転がる。その燃料がゼロになっている事から、これが全開で火を噴出させ、ドラゴンの体を温めていたと解った。

結局、メラは活躍が一つもなく、外で何が起こっていたのかも知らない様子。それを察して、ジェリーがドラゴンに問い掛けている。

「……あの人たち、どうして神殿を再び攻めてきたのかしら。なんとか撃退は出来たみたいだからよかったのだけど」

「なんでだろう……もしかして、神殿の宝物をとりにきたのかも!」

「宝物?それは、なんなんだ?」

「行ってみよう!」

急いでいると言わんばかり、メラの疑問に答えぬままドラゴンは立ち上がった。それから、ぐぐっと力を溜める素振りを見せ、ドラゴンは体をまばゆく光らせた。メラとジェリーが目を細めながら見守っていると、光の中から羽とシッポのある、鱗のような服を着た幼い女の子が現れた。

「早く行こう!」

「……なんだこれ?小さいのが出てきたぞ」

「……誰?」

「私よ!ファイアードラゴンよ!あと、あんたには小さいって言われたくない」

メラからは『これ』と呼ばれ、ジェリーにも何者なのか尋ねられ、女の子は非常に遺憾な態度で地団太を踏んでいる。その姿に違和感を持ち、ジェリーが心配そうに声を掛けた。

「お腹が大きく膨らんでいるけど……苦しくないの?」

「水が入ってるの!ちょっとずつ出してくから、気にしないで!」

そんな事は問題ではないと、すぐに女の子は神殿の入口へとダッシュ。そこに水が溜まっている事を知ると、来て欲しそうな顔でジェリーを見つめていた。

「この水、排除して!おねがい、おねがい!」

「……解った。やってみるわ」

「……人の姿で言われる方が、まだ違和感ないな」

メラはドラゴンの姿に慣れたようだが、ジェリーのテンションが微妙に低い。なぜかというと、彼女は変な生き物好きが好きなのである。あと、小さい子どもが苦手という事ではない。

神殿の入り口に溜まっている水をジェリーがハイドロバスターで吸いつつ、3人は階段を下っていく。すると、幾つもの部屋へ繋がる広い部屋に出るのだが、どの扉にもドラゴンは向かわず、部屋の隅にある石床の上でピョンピョンと飛び跳ねて楽しげである。

何が目的なのか問いかけようと近づくも、メラの踏んだタイルが重みで下がった為、それを発見したドラゴンが駆け寄ってきた。

「そこだ!そこが引っ込むから……えーと、ここの壁の絵を見ながら……」

壁の絵がヒントになっている風な発言をしながら、ドラゴンが次々と床を踏みつけている。10枚のタイルを引っこませると、部屋の隅にある壁が愉快な音楽を鳴らしながら開いた。どのような仕掛けだったのかは、ドラゴンが勝手に説明を始めてくれたので、それを聞いて欲しい。

「10個の床を順番に押さないと開かない、昔の人が作った高度なギミック!」

「仕掛けは別に凄くないけど、音楽が鳴る辺りにロストテクノロジーを感じるぞ」

「……ちょっと待って。ここ、古代文明の遺跡だったの?」

「そうよ」

メラにすら凄くないと言われる仕掛けを作った古代文明、ここが、その遺跡であると、ジェリーの質問により発覚した。ドラゴンは開いた壁の奥へと進み、2人を奥の部屋へと案内する。奥の部屋は高い場所に大きなクリスタルが4つあり、ドラゴンはクリスタルを指さしながら、あれを攻撃して欲しいとメラとジェリーへ伝えている。

「あれを全部、攻撃すると、次の部屋に行けるの!壊れない程度に攻撃して!」

「あー……あたしの武器、燃料が切れちゃってるから。ジェリー、任せた」

「うん。ハイドロアロー!」

遠くのものに当てるくらいは朝飯前なのか、ジェリーは一発たりとも外さずに鋭い水を当てていく。ダメージを受けたクリスタルは白く光り、全てが光り輝くと4つ合わせて回転を始めた。右にある柵が上がるように見せかけて、中央の変な銅像が横に動く。その下に階段があり、3人で更に奥へと進む。

長い階段を降りながらも、メラがドラゴンに宝物の事を尋ねている。この道も少量の水が入り込んでいて、ジェリーは水の片付けに苦労している。

「そういや、宝物ってなんなんだ?金目の物?」

「私も見た事ないの。この先の扉の開き方は教えてもらってないし、ただ守って欲しいって頼まれてただけ」

「これだけ面倒な仕掛けを突破しないといけないなら、よっぽどの謎解き好きが来ない限りは取られる心配ないね」

「そう。だから私、長い間、眠ってたの!起きてたら、お腹が空くでしょ?」

「それは、守ってたって言わないだろ……」

「階段が終わったわ。そろそろ最深部かしら……」

ジェリーから先に階段を降り終え、暗くて奥の見えない通路に進む。ここからはメラが先導するようで、武器を振って、燃料の粉を下へと集め、弱々しい灯りを掲げながら進む。

「どこまで続いてるんだか……あれ?これ、扉じゃないの?」

「……ほんとだ!」

「もしかして、開いてるんじゃないの?これ」

「……ほんとだ!」

メラが細い通路の脇にある鉄の板を照らしていて、それを見てドラゴンがビックリ仰天している。怖い程に自然と扉が開いていたもので、そういうアートなんじゃないかと3人が疑いの目を向けているのだが、どう見ても開きっぱなしの扉である。

「大変!宝物が取られちゃう!」

と言いながら、ドラゴンが部屋の中へ。それに続いてメラとジェリーも入室する。部屋の壁は真っ白く塗られており、今まで通ってきた通路とは違い未来的である。置いてある物も少なく、部屋の中央に割れた大きなガラスケースが置かれているのみ。もちろん、中身はありません。

「この割れたガラスケースが宝物かな?」

「違うに決まってるでしょ!きっと水を使う人達に取られちゃったのよ!取り戻さなきゃ!」

一人でドラゴンが張り切っていて、部屋の扉がある場所の前で出発した気に足踏みしている。ただ、何をすればいいのか、その一点をジェリーは知りたい。

「取り戻すって……何を?」

「宝物よ!」

「……宝物って何?」

「知らないって言ってるでしょ!」

「……どこに取り返しに行くの?」

「解んない!」

「そう……じゃあ、落ち着きましょう」

「解った!落ち着く!」

ちゃんと座らせて、ドラゴンへの事情聴取を始める。まず、知るべき事は一つ。それをジェリーは真っ先に問いただす。

「宝物は……なくなると困る物なの?」

「この星に、もしもの事があった時の最終兵器って、昔の人は言ってたけど」

「……最終破壊兵器?」

「もしもの時って、絶対に今だよね。それか、星が爆発でもしそうになった時かな」

「きっと、それを取り戻せば、悪い人たちを追い払えるのよ!」

よく解らない物事をメラが都合のいい方向に解釈し、それにドラゴンが便乗してきた。ジェリーは釈然としない表情のまま、思いつく限りの最悪な予想を語り出した。

「最終破壊兵器を奪われたのだから、それを使われてしまったら一巻の終わりなんじゃないの?最終破壊兵器よ?」

「……はっ!そうかも!」

今更、ドラゴンが危機的状況に気づく。ただ、最終破壊兵器だなんてドラゴンは言っていない。そうしたら、またメラがポジティブシンキングを発揮してきた。

「この星の最終破壊兵器なんだから、使い方が解る訳ないよ。だから、どうしようもなくて返しに来てくれるよ。そうに決まってる」

「……さすがに、それはない」

一言で否定しつつも、ジェリーは自分たちに出来る限りの事を提案する。

「……私たちでは対応する手段が見つからないわ。メラメラの、お父さんに相談をしてみましょう」

「……これの父親でしょ?頼りになるの?」

「……趣味がクイズやパズルの人だから、いい考えをくれると思うわ」

「ふ~ん。話してみる価値はありそうね」

「あたしは、もう帰れればなんでもいいや」

すでに疲れ果ててしまったようで、メラは火山へ帰る事に専念している。この後、ドラゴンで飛行して帰れると知るまで、メラの心は無気力なままであった。

「おーっ!速い!速いぞー!今まで歩いてたのがバカらしくなるな!」

「すぐに到着しそうだけど……このまま火山へ行ったら、みんな大騒ぎになるかも……」

「それもそうだ。おーい!火山から少し離れた場所に降りて欲しい気持ちだぞー!」

「あの辺でいいかな?そろそろ降りるから、歯につかまってて!」

口の隙間から空だけを見ながら、メラが着陸場所をドラゴンへオーダーしている。ドラゴンが着陸する準備に入ると、メラとジェリーは口の中にある謎の触手を掴んだ。

「わ……くすぐったい!どこ触ってるのよ!ん……見えない!」

「自分の口の中を見ようとしなくていいから、前を見ながら飛んでほしいのだけど……」

「解った!あぁ……ぶつかる!」

ジェリーに注意されるも時すでに遅し、ドラゴンは飛行状態のまま火山へと頭突きしている。反動でドラゴンは坂を転がり落ち、メラとジェリーも口の中から投げ出された。すぐさまジェリーが水を使って、空中に飛んでメラをキャッチする。ジェリーの膝に乗せられながら、メラが恥ずかしそうに文句を言っている。

「あ……ありがとう。でも、燃料があったら、自分で対処できたからね」

「うん……ところで、ここはどこ?」

空中から山肌を見つめるも、そこはメラもジェリーも知らない場所である。持てる力を使い果たしてしまい、少女の姿になったドラゴンが、飛んでいる2人へと手を振っている。地上へ降りると、メラは吐き捨てるように言う。

「どこだ、ここは!」

「ここらへんで、一番の大きな火山でしょ?ここじゃないの?」

「ううん。知らない場所ね……」

「悠長な事を言ってないで、早く飛ぶ準備を始めなさいよ」

「え~!無理を言わないでよ!寝てた黄色コートと違って、私は水の敵と戦ったのよ!もう体力の限界!」

「寝てたんじゃなくて、意識不明になってただけだ!」

戦闘の最中で戦闘不能に陥った2人が、五十歩百歩な発言をしている。ともかく、こんな事をしていても埒が明かない。次なる行動のヒントを得ようと、ジェリーはドラゴンに近辺の情報を尋ねている。

「この辺りには来た事がないのだけど、近くに町などはあるの?」

「そうねぇ。ここに来る途中、人のいそうな集落を見たの。とりあえず、そこに行ってみる?」

「そうしましょう……本当に飛べないの?」

「お腹すいて、もうヘトヘト。大きい姿だと疲れるのよ。お腹も重いし」

「こっちが元の姿だったのか。じゃあ、あっちはなんなのさ」

「どっちが元とかは解んないけど、元気な時は大きくなるわよ」

少し気を許すと、すぐに話を脱線させるメラ。ただ、ドラゴンが街のありそうな方へ歩き出した為、メラとジェリーも移動を始めた。

ところどころに巨大水晶が露出している下り坂をずっと降りて行き、山を降りてからは砂の溜まっている道を進む。徐々に砂溜まりが薄れてくると、湖のような場所が目の前に現れた。もちろん、それは水ではなく、透明な石で出来た地面だ。

靴底が地面の石とカチ合い、パリパリと音が鳴っている。ドラゴンは他の2人と歩幅が合わないようで、なにも言わずジェリーを乗り物にしていた。水風船のような腹部が後頭部に当たっていて、ジェリーは妙な顔をしている。地面の石が格別の透過性を見せており、メラは映り込んだ自分の顔を自己評価している。

「綺麗な地面だなぁ。あたしの顔が輝いて眩しく見えるぞ」

「ほんと、すごく綺麗な地面ね」

「あたしの顔は?」

「すごく綺麗な地面……」

メラを視界に入れないよう、ジェリーが上向きで地面を褒めている。ただ、あまりにも広々としている地形に気づくと、辺りを見回しながらメラへと問い掛けた。

「ここ、隠れる場所がないのだけど……のんびりと歩いてて大丈夫?」

「こんなベストタイミングで、敵とか来ないよ……おや?」

言ったそばから、空高く水の弾ける音がする。その後、やっぱり敵の乗り物が上空に現れた。

「しまった!ジェリーのコートに隠れるんだ!」

メラの発案を受け、ドラゴンもメラと一緒にジェリーのコートへと隠れる。青いコートで地面の色に同化しようとする作戦。

「……行ったか?」

音が通り過ぎ、コートの中に身をひそめていたメラが出てくる。だが、安堵の呼吸も済まぬ内に敵が戻ってきた。3機いた中の1機が再来し、他の2機は目的地へと急いだ模様。一機だけ、怪しかったので戻ってきた様子。

「まずい!走れ!」

現状、燃料切れの武器を持った役立たずな人と、力を使い果たした役立たずなドラゴンが一名ずつ。2人を守りながら戦うのは分が悪いと判断し、すぐさまメラが逃走を促す。敵の機体は戦闘機のような鋭い形をしており、着陸なのか墜落なのか解りにくい勢いで落ちてくる。

正しい着陸方法なのか、敵の戦闘機が先端を地面に突き刺している。花が開くように戦闘機は開き、中から戦闘服に身を包んだ男の人が3人も降りてきた。ジェリーの背中で楽をしているドラゴンが後方確認し、敵が追ってきていると伝えている。

「追ってきてる!頑張って逃げて!」

「すでに死ぬ気で逃げてるわよ!」

「撃ってきた!ジャンプして!」

「うるさ……うわぁ!」

素直にジャンプしたジェリーの足元を水の弾が通り、なにか言い返そうとしていたメラの尻にはバシンッという音が撃ちこまれた。ヘッドスライディングよろしく、メラは先程まで眩しく輝いていた顔を地面に打ち付けている。

「……あぁ、メラメラ!」

転んだメラを助けようとし、一斉砲撃に向かってジェリーが引き戻している。しかし、ジェリーの踏み出した一歩が地面を叩くと、地面に入っていたヒビが広がり、出現した大きな亀裂へと敵味方の一同は落下した。

曲がりくねった穴を転がり、深く落ちて行く。穴が分岐していたようで、ジェリーが目を開けた時、近くにはドラゴンしか見当たらなかった。

「……あら?メラメラは?」

「途中でいなくなったみたい。頭いたた……」

「そう……早く合流しないと」

ジェリーが立ち上がると、自分と似た人物が周りに大勢いるのを知った。それは薄明かりで壁に反射して映った自分の姿なのだが、あまりにも鮮明に写り込んでいて、頭で理解するに時間が掛かった。

まず、上を見つめてみる。手を掛ける場所すらなく、登る事は叶わないだろう。次に横道を探してみるが、壁は鏡の世界のように目を惑わす。他の脱出方法も見つからず、ジェリーは壁に手をついたまま当てもなく歩き出した。その後ろをドラゴンが、とことこ歩いてくる。

敵の動向が読めない以上、大声を出して呼ぶ事もままならない。道は幾つにも分かれている。なにか進むヒントがほしいと、ドラゴンが壁に額をつけて、奥に何があるのか探ろうとしている。

「ドラゴンさん。何か見えるの?」

「ん~……このドラゴンアイをもってしても、何も見えない……」

「そう……とにかく、足音が聞こえないか気をつけて歩いてみましょう」

「そうしよう」

そうして、敵の足音が聞こえないか歩いていたら、曲がり角の先に誰か倒れているのをジェリーが見つけた。

「……誰かいるわ」

「敵の人だ。倒れてる……死んでるのかな?」

「それは見たくなかったわ……」

倒れてる人を見ると、とにかく死んでると思う人達である。こんな所に倒れて、相手をおびき出そうとする人はいないだろうが、念の為にジェリーは武器を構えて近づいた。

「……気を失ってるみたい。どうしたのかしら」

「服が破かれてる……あの黄色コート、剣とか持ってるの?」

「……いいえ。メラメラは火器の類しか持っていないはずよ」

「じゃあ……仲間割れ?」

謎は解決しないまま、ジェリーとドラゴンは倒れている敵の前を素通りした。一人が倒れていたとはいえ、まだ敵は2人いるはず。慎重に探索を進めていると、今度は壁に背をつけて、力なく座りこんでいる男の人を見つけた。武器を放り出している様子から、その人も戦意喪失していると見て取れる。またしても素通りしようとしたところ、『俺とした事が』といった口調で勝手に語り出した。

「しくじった……このダンジョンには魔物が住んでいる。俺とした事が不覚をとった」

「魔物!?そんなの、この世界にいるの?」

「……ど……どうなのかしら」

ドラゴンは魔物の存在に懐疑的だ。その言葉を受け、ジェリーが見るからに視線を泳がせている。ともかく、危険な生物がいるのは確か。ジェリーは武器の先端を上げ、即座に発射できるよう力を込めた。

一体、どのような脅威が潜んでいるのか。そんな事を想像しようとする間もなく、ついに事件現場と遭遇した。

「わぁー!殺さないでくれー!」

懇願している男の人の頭部へ向け、メラが砲火器を振り下ろしている。彼女は一発で敵を気絶させると、砲火器を腰へと下げ直した。コートを脱いでいたせいで、ドラゴンはメラが誰なのか解らないようだ。

「あ……あれが魔物!?わぁ~、魔物こわい~……」

「メラメラ……無事で良かった」

「ジェリー、来てたの?ちょっと待って」

そつなく敵の手をワイヤーで封じ、左腕につけて盾代わりとしていたバッグを取ると、メラは道脇に置いているコートを着直した。ジェリーの元へと走り着き、何か聞きた気なジェリーの質問を待つ。

「……メラメラ、魔物みたいな生物は見てない?」

「いや?いたとしても、これだけ動きまわって出てこないなら、きっと襲ってこないよ」

「それもそうね……でも、どうしてコートを脱いでいたの?」

「黄色いコートは色が目立つからね。あたし、こういう狭い所で敵をしとめる戦いは教え込まれてるんだ。手ごろなナイフも手に入ったし、そんなに難しくなかったよ」

割れた水晶の破片を手元でクルクル回しながら、メラが敵を全滅させたと報告している。地の利を活かした戦いならば、お手のもの。姿の映る壁も使いようで、自分の居場所を隠して撹乱させるのに便利である。ただ、頑張った理由は意外と命懸けじゃないようである。

「……そろそろ良い所を見せとかないと、そいつに役立たずだと思われそうで」

「そんな事はないけど……」

「おまけの人かと思ってたけど、案外やるじゃない」

「そうだぞ。少しは尊敬するように」

「解った!今度から、危なそうな事があったら、まっさきに頼むようにする!」

「こいつ……」

ドラゴンからの評価は相変わらずで、にくたらしさをメラは目で伝えている。すでに和やかなムードだが、まだ地下からの脱出というミッションが残っている。どこかで出口を見なかったか、ジェリーがメラに聞いている。

「とにかく、ここから出ないと。メラメラ……出られそうな場所は見なかった?」

「そういや、あっちに怪しいものを見つけたんだ。でも、出口とは関係なさそうだから、出る方法を早く探しに行こう。お腹もすいたし」

「ここが狭いのならば、水をいっぱいに溜めれば浮いて出られるかしら」

「広くはないみたいだけど、高さがあるんだ。ドラゴンの胃から取った水じゃ心もとない」

「まだ水が、お腹に入ってるみたいだけど……それも、使えないかしら?」

「……それより、あっちで怪しいものを見たんでしょ?気にならないの?」

「そんな大きな、お腹で言われても困るわ……」

「お腹はいいの!はずかしいから、何も言わないで!」

お腹いっぱいのドラゴンは怪しい物を見たがっており、空腹のメラは早く人里へ逃げ込みたい。ただ、折れた方が早い事もあると知っているようで、メラは子どもをなだめる口調でドラゴンに伝えた。

「ちょっとだけなら、見てきてもいいよ。早く帰ってきなさいよね。ほら、あっち」

「解った!ちょっと見てくる!」

早く帰ってこようとして、重そうな腹を抱えてドラゴンは走っていく。しかし、おぼつかない足取りに見えて仕方がなく、結局はジェリーが抱えていく事となった。すると、自動的にメラもついてくる訳で、鏡映しの迷路を3人で進んでいく。その奥には天井の高い場所があり、光沢のある透明な壁を見ると、中で何か小さなものが光っていると解る。

「なにかしら……」

「……これ、取って!おねがい!」

「取ってって……どうやって取るのよ」

「おねがい、おねがい!」

メラは取り方が解らず、ジェリーは取って欲しい物の正体すら解っていない。ドラゴンの、おねがいも手慣れてきたようで、今回もジェリーが何か良い考えをひねり出してくれるようだ。

「……おそらく、水晶に水の軍団の人達が乗り物を突き刺したから、上で地面がヒビ割れたんだと思う。だから、同じように鋭利な物を突き刺せば、壊せるんじゃないかしら」

「鋭利な物?」

「これとか……」

鋭利な物とメラに聞かれ、ジェリーは背負っている注射器の先をメラへと見せた。火山を出る時、火薬の爆発で杭を打ち込むボムハンマーを持ってきていたのだが、いつの間にか注射器の中に吸収されていて、何か新システムの材料とされていたのだ。

「勝手に組み込んでる……」

「爆発で水が出るようにプログラムするから、少し待って……」

注射器の脇にあるスイッチを親指でカチカチと連打し、数秒してからジェリーはメラとドラゴンに下がるよう言う。

「危険だから、下がっていて……ハイドロニードル!」

まずは火薬の爆発する音が籠って聞こえ、追って爆発音と共に細い水が壁を突き刺した。水の粉が散った後、壁に小さな穴が空いた事を確認。そこへ目がけて、ジェリーは少しだけ離れてから再び攻撃した。

「ハイドロエッジ!」

穴へと水が突きささり、拳を広げるように開く。そこを中心にしてヒビは瞬く間に広がり、攻撃された場所の周辺が風穴となった。そこから、不思議な輝きを放つ赤い石が転がり落ちる。それをメラが覗き込み、うごめく模様を見つめている。

「すごいなぁ。炎が封じられてるみたいだ」

「これをどうするの……欲しかったの?」

「……」

ドラゴンは石を両手で持ち上げると、しばしは不思議そうに見つめていたのだが、何を思ったのか、それを口に放り込んだ。しかめ顔で力強く噛みつけており、ゴリゴリと音を立てて。自分より先に食べ物へありついているドラゴンが憎たらしいようで、メラはドラゴンを見下ろしながら投げ捨てるように言った。

「お腹は、水でいっぱいだろう?食い意地の張ったドラゴンだなぁ……おや?」

「ん~……!」

石の中身が出てきたのか、ドラゴンは辛い物を食べてしまった甘党みたいな表情をしながら、シッポを土に突き刺している。うろたえたようにメラは後ずさっているが、ジェリーはドラゴンの背を撫でつけている。すると、ジェリーが何かに気づいたようで、メラにも背を触るよう伝えている。

「温かい……メラメラ、触ってみて」

「やだよ……なんか、体から煙でてるし」

「温かいのに……」

ジェリーが暖まっているのは別として、ドラゴンの体からは白い湯気が立ち上っている。お腹に入っていた水が熱によって、一気にドラゴンの中から出ていってしまう。お腹が軽そうになると、ドラゴンは振り返って2人に元気を見せつけている。

「元気になった!飛べるかも!」

「えぇ?こんな狭い場所で?」

「いくぞー!」

メラの当たり前な疑問をはねのけ、ドラゴンはメラとジェリーの体に抱きつく。そのまま体を光り輝かせると、竜の姿へ変身しながら地面を突き破り、一気に大空まで飛び上がった。口の中に入れられたメラとジェリーは知る由もないが、ドラゴンの体は大きさを増している。先程の燃える赤い石が影響を与えているのか、それはドラゴンすら知る由もない。

「今度は間違えないで飛んでよねー!」

「大きい火山なんて、そんなに何個もないから間違えないわよ!もうすぐ到着よ!」

あっと言う間というか、メラが『今度は間違えないで飛んでよねー』と言う間に火山が近づき、徐々にドラゴンがスピードを落としている。安全に降りられる場所を探し、ドラゴンは火山から少し離れた場所へと着地した。

ドラゴンの口から出て外の景色を見ると、そこは一面に灰が溜まっている場所で、どこへ着いたのかメラも解らない表情。しかし、うっすら遠くに見える火山の形を見て、なんとか居場所が把握できた様子だ。

「あぁ……火山の裏か。ほんとに突拍子もない方から戻ってきたんだなぁ」

「じゃあ……火山の向こう側がフレイムタウンなのかしら?私は火山の後ろまで来た事がないから」

「そうそう。ただ、この灰の降り方からすると……今さっき火山が噴火したばかりなんだと思う。何かあったのかもしれない」

「噴火?早く行ってみよう!」

人間の姿になったドラゴンがメラとジェリーの会話を聞き、嬉しそうに足踏みをしている。なにはともあれ、知っている場所まで無事に戻ってこられて、ジェリーは顔色こそ変えないものの気分が良さそう。逆にメラは疲れが押し寄せたらしく、2人の背中を見ながら弱った姿勢で歩み出した。

メラの言う通りに歩いて行くと、やけに錆びついた大きな扉の元へ辿りつく。しかし、それには手を掛ける場所もなければ、動かせそうな蝶つがいもない。岩場にハメ込まれた、ただの鉄の板だ。開け方を知りたい顔で、ドラゴンがメラの方を見ている。

「正しいリズムでノックするんだよ。コンコンココンコン、コンってね」

「やってみたい!」

「どうぞどうぞ」

ドラゴンにノックを任せてみるが、言われた通りに叩いても扉は揺れもしない。すると、今度はメラが不思議そうに扉の前へ。細めた目で扉を上から下まで眺めた後、ドラゴンと同じテンポで扉を叩いた。今度は上手く通じたようで、重い挙動ながら扉が僅かに横へと開き、隙間から輝きのない目が覗いた。

「……お前かよ。その子は誰だ?」

「出先で拾いました。敵じゃありませんよ」

「……ほら、通れ」

臆面ない様子でメラが問いに応じると、細身な男の人が扉の隙間を広げた。その顔が目を張って動かしており、ジェリーとドラゴンが足を揃えて怯えている。2人の様子に気づき、メラが男の人に質問を投げている。

「ガルムさん……どうして、先程のノックには応じなかったんですか?」

「……力加減が街のやつとは思えない」

「寝不足ですか?」

「……そろそろ、番を交代する」

寝不足で機嫌が悪そうなのだと察し、ジェリーとドラゴンは少々ながらも恐れが薄れたのだろう。男の人から遠い場所を通ろうと心がけながら、2人も火山の中と進んで入った。暗く狭い道を行き、男の人が見えなくなった時にジェリーは小声でメラへと話しかけた。

「……知り合いなの?」

「防衛隊の人だよ。支部隊長とかじゃないんだけど、隊長勢よりも戦ったら強いと思う」

「え?そんなに強い人なら、隊長になった方がいいんじゃない?」

メラの説明に違和感を覚え、次にドラゴンが声をはさんできた。そこは曰くつきのようで、そうなった根本から解説を始める。

「昔、無敵で無敗だったフレイムタウン防衛隊が、一度だけ他の国に落とされた事があるんだ。その時の作戦が、火山の裏側から穴を掘って、見えないところから奇襲を掛ける方法だったから、それ以来、手だれの隊員を火山の裏の監視員に配置してるんだって……バーグ第三支部隊長が言ってた」

「そっか。だったら、黄色コートや、青コートよりも強いの?」

「あたし達と比べてどうするんだ……ジェリーは戦闘員ですらないし」

「でも、黄色コートより青コートの方が強くない?」

「あれだよ。あの人も、たまに模擬戦に来てくれるんだけどさ。あの人とエリザさんは相手にしたくないんだよ……その時だけは本当に死にそうになるし。さっきも、変な武器の持ち方してたし……」

ドラゴンの生意気な発言はスルー。ジェリーも不審を込めた声で、普通じゃない武器の持ち方について尋ねている。

「……武器?私には見えなかったわ」

「じゃあ、怯えてる人達に対する気づかいなんだろう……後ろで逆手に持ってた」

ジェリーは武器を持っていた事実に気づき、メラも何気ない優しさを垣間みた。道を先へ進み続けると、ハシゴがある小部屋へと到着し、そこを上がった場所には一本の道が通っている。ここはメラとジェリーが睡眠をとった資材置き場へと繋がっており、エレベータがある場所まで続く。そこへ向かう途中で、工房長のジガーと遭遇した。

「あれ?ジガーさん、前にも、ここで会いましたよね?」

「おめぇら、帰ったが。上で、じっとしでんのも性にあわん。なにが、つぐれるもんねぇがと、ひっがきまわしとるどごだ」

「なるほど。何かありました?」

「ばぐだんでよけりゃあ、そごの持ってげ」

前にメラとジェリーが火山へと避難してきた時も、ここでジガーと会った。何か出来る事がないかと探しているのだが、今は爆弾を作る事しか出来そうにない。ジェリーは爆弾が欲しい様子で、それを見たジガーも、ぶっきらぼうに勧めている。

「ロッグをとっで、スイッジを3がい押さんと、ばぐはつはせん。もっでげ」

「……うん」

3個だけ爆弾をもらい、ジェリーは申し訳なさそうながらも嬉しそう。『また変な事に使おうとしてる……』とメラは呆れているが、その横でドラゴンも爆弾を一つ、くすねていた。そのドラゴンの無邪気な顔からして、使い道は特にない。

ジガーは忙しそうであった為、詳しい火山の現状は上で隊の者に聞くとするようだ。珍しく不具合なく動いているエレベータに乗り、3人で火山の中腹部へと上がる。司令官を探すのは骨が折れると考えたのか、どんと構えて奥にいるはずの総隊長を探す。

会議をしていた部屋へ入ると、また意味もなく会議をしている最中で、扉を開いた瞬間に視線が集中してしまう。すると、メラの後ろに隠れてしまう人がいる訳で、ジェリーの後ろにも隠れてしまうドラゴンがいる訳で、メラは面倒事が増えただけである。

せっかく防衛隊が会議のような事をしようとしているというのに、司令官のみが不在である。それを知り、何も言わずメラは扉を閉じた。

「お父さんがいない。入るのはやめよう」

「そうね」

一人いないだけで話が、ややこしくなってしまう事をメラとジェリーは知っているのだ。そそくさと大部屋から離れ、今度は司令官を探す3人。メラの母親がいるであろう厨房へ足を向けてみるのだが、その途中で会った老隊員から父親の居場所を知らされた。

「……メラ隊員、帰っていたか。司令官ならば、火山上部の展望室だ」

「あれ……爺さん。会議に参加してないんだ?」

「会議では何も決まらないと知って以来、ここのところは参加していない」

「ですね」

その結論に至るまで長くかかったと思うべきか、途中で気づいた事を賢明だと思うべきか、それを悩みながらもメラはジェリーとドラゴンを展望台のある場所へ連れて行く。火山の壁際にラセン状の道があり、いくらか上がっていくと洞窟のような通路に変わる。足が疲れたなぁ……そんな事をみんなが思い始めた頃、ようやく展望室のある場所まで行きついた。

「お父さん、会議にも出ないで何をしてるんだろう。お腹でも痛いんだろうか」

「きっとメラメラが心配で、何も手につかないのよ」

「んな訳ないよ……」

メラが扉に手をかけると、中から司令官である父親の声が届き、メラは握ったドアノブを思わず手放した。

「では、メラとジェリーの捜索へ向かう。君は、2人の帰りに備え、寝床などを整えてあげてほしい」

「あなたがいなくなって、防衛隊は大丈夫なの?」

「おそらく、緊急事態には迅速に対応できないだろう。しかし、2人を出動させてしまったのは私だ。総隊長にも了承は得ている。君こそ、一人で平気なのか?」

「みんながいるもの。私の事は気にせず……行ってらっしゃい」

「行ってくる」

別れの会話を終え、内側から扉が開く、現れた司令官……と思われる人物は上から下まで防水コートを着込み、顔はマスクで覆われている。司令官は部屋を出てから、すぐ下にいるメラの姿を見て2歩だけ退いた。

「……おっと。か……帰還していたのか」

「……ただいま」

-メラは驚いた表情で父親を見つめているのだが、マスクを外した父親の方は稀にみる穏やかな笑顔である。ただ、着込み過ぎて抱きしめても体温を確認できない為、その役目は後ろにいる母親へと託した。

「メラ、ジェリー……よかった。無事に帰ってきてくれたのね」

「……おや、そちらは?」

母親はドラゴンを近所の少女くらいに思ったようだが、見慣れない顔であると司令官は気づく。紹介しようにも話が長くなると予想し、メラはジェリーとドラゴンを誘って、父親と母親のいた展望室へと入った。

さて、仕切り直してメラが声を出そうとすると、勝手にドラゴンが自己紹介を始めたから、メラは父親の理解に全てを任せる事とした。

「あなたが黄色コートの、お父さん?私、ドラゴン!」

「なるほど。どこから?」

「炎の神殿から来たの!宝物が奪われちゃったんだけど、水を使う軍団が、どこにいるか解る?」

「それは解りかねるが……先程より、火山が再び活性化を始めた。空にある白い煙が消失した事もあり、防衛隊も探索に出られるだろう」

「ありがとう!頑張ってね!」

「まだ、感謝される事は何もしていない。ところで、メラとジェリーに聞きたい。炎の神殿の様子は?」

「あたしたちが行った時は水浸しで……いや、まるで水没してて、ジェリーが少し片付けてくれたんだけど、まだまだ水は残ってた」

「すると、炎の神殿の水が減少した事で、地熱が温度を上げたのだろうか……いや、考えている暇はないな。水を排除する道具が調達でき次第、炎の神殿へ隊を派遣する」

「まだ聞きたい事があるの!赤い石は、この辺りにない?」

「赤い石?」

大雑把な質問をドラゴンから投げかけられ、司令官が顎に手を当てて悩み始めた。すぐさま、ここに来る前の事をメラが語り出す。

「ドラゴンに赤くて炎みたいな石を食べさせたら、急に元気になったんだ。ここまで帰ってくるのにもドラゴンに乗ったから、あると助けてもらえるんじゃないかな?」

「この子に乗ってきたのか?」

「こんなんだけど、元気になると大きくなるんだよ」

「なるほど」

絶対、このまま巨大化すると思ってる……そんな顔をしながらも、メラは言いたい事を説明し終えた。わずかに沈黙が挟まると、何か伝えたくて仕方なさそうなジェリーが司令官へと話しかけた。

「そのコートだと……水に耐えられないかもしれないわ」

「ジェリーのコートを模して作ったのだが、欠陥があるだろうか?」

「うん……ここでは素材が足りないと思うけど、クロルジャッペルがあれば」

「それも探さねばな。よし、これからの活動内容を隊員たちに報告してこよう。君たちは休みなさい」

火山へ戻ってきた3人とメラの母親を展望室に残し、司令官は厚手のコートを脱ぎながら退室。司令官がいなくなるのを待って、メラの母親が3人を休憩室へ案内しようと立ち上がった。

「休める場所に案内するわ。あの人も、あなたたちが帰ってきてくれて安心しただろうし、気兼ねなく休みなさい」

「あの人は心配してたんじゃなくて、出動しなくて済んだから安心したに違いない」

「それもありそうね」

妻と娘からの信用は薄いが、心の内ではメラとジェリーの事を思って気が気じゃなかった父親である。その父親は言い忘れた事があったらしく、ドアの隙間から顔だけ出して、メラの母親へ願い出る。

「……悪いが、エリザ君とセグ隊員を見かけたら、炎の神殿へ向かう作戦は中止になったと伝えてほしい」

「了解」

「では、失礼」

「お父さん……豪傑と豪傑で両脇を固めて出動するつもりだったのか」

あまりにも強固なチーム編成を聞き、メラが呆れている。ただ、ジェリーはセグ隊員について知識がなく、誰なのか知りたそうにメラを見ている。

「……あぁ、セグさんはガルムさんと同じで、火山の裏を警備してる人なんだよ……って事は、セグさんが交代に来ないって、ガルムさんに言い忘れてるんじゃないかな」

「あらら……お父さんも、あわててたのね。あとで、お母さんが教えに行くわ」

「休憩室の場所だけ教えてくれれば、あたしたちだけで行くよ。女の人達が集まってる場所の近くだよね?」

「場所はフロアー9の南にある採掘道具の置き場なのだけど、付近に隊員さんたちが小部屋を臨時で作ってくれてるの。そこが、いくつか開いているはずだから、誰かに言って貸してもらいなさい」

「うん」

展望台から出て坂を降りた場所で母親と別れ、メラとジェリーとドラゴンはフロアー9方面を目指す。すると、今度は防衛隊のエリザ隊員が駆けてきた。早速、メラは自分たちが帰ってきた事を告げる。

「あっ、エリザさん。ただいま帰還しました。炎の神殿へ向かう任務も、一旦は中止となったみたいです」

「あぁ、無事で良かった……非戦闘員のジェリーさんと共に出たので、敵と遭遇でもしたらと心配で」

「黄色コートより青コートの方が戦ってた気がするけど……」

「……そちらは?」

ジェリーの後ろから声が聞こえ、エリザがドラゴンを見降ろしている。ガルムに比べればエリザは恐ろしく見えないようで、ジェリーよりも堂々としてドラゴンは自己紹介を始める。

「私、ドラゴン!炎の神殿から来たの!」

「変わった名前ですね。敵でないのでしたら、歓迎しますが……」

「敵じゃないよ!ほら、丸ごしのドラゴンだよ!」

自然な動きでエリザが砲火器に手を掛けたせいで、ドラゴンは両手を胸の前で降りながら丸腰アピールをしている。エリザは鞘の位置をわずかに直し、腕組みながらに再びドラゴンを見つめている。どの角度から覗いても幼い女の子にしか見えず、不満げに口をとがらせながらも体勢を戻した。

「とにかく、2人ともケガなく帰ってきてくれて何よりです。おや?メラ隊員の武器は燃料が切れていますね」

「あー……敵とは戦わなかったんですけど、ドラゴンが寒そうだったから使ったんです」

「なるほど。先程、ドラゴンさんは、ジェリーさんの方が戦っていたと言っていましたが」

「ジェリーは水に詳しいので、道をふさいでる水との戦いですよ……手ごわかったです」

「それならば、よいのですが……」

戦闘に乗り出した事が知られると、またエリザから怒られる。そう考えたメラはドラゴンの頭を左手で押さえこみながら、必死で苦しい言い訳をしている。ただ、無事に帰ってきただけでも褒められる行いであり、エリザとしても疲れている2人を責めたくはないらしい。言いたい事こそありそうだが、甘めの対応で逃がしてくれた。

「あなたたちは、どこへ向かう途中なのですか?」

「フロアー9の方に休憩室があるって聞いたので、そこで少し休もうと思ってます。お父さんが次の行動計画を立ててくれるみたいですし、それまでは何をしたらいいのかも思いつきません」

「解りました。私も司令官から話をうかがっておきます。足止めして、すみませんでした」

「いえ、なんか……ありがとうございます。お父さん、下に行きましたよ」

「そうですか。それでは二人とも、お疲れさまでした。また後で」

エリザは一つ頭を下げてから、メラの指さした方へと走っていく。やや緊張していたメラが一息ついている後ろで、何も話していないジェリーが胸の辺りをさすっている。やはり、ジェリーはメラとメラの家族以外の人が怖い。その割にドラゴンは平気なのだが、それはドラゴンの大きな姿が好みだったからである。

「ちょっと緊張したなぁ……今後、ドラゴンには無駄口させないようにしよう」

「私、悪くないもん!ほんとの事を言っただけだもん!」

「本当の事でも、言わない方がいい事があるんですー」

「ぬぬ、人間って汚い……!」

「はいはい。さっさと休憩所に行こう行こう」

ドラゴンが人間の……メラの汚さを垣間見ているが、それを受け流してメラは再び休憩所のある場所を探し始めた。ドラゴンは疲労がたまったらしく、またジェリーの肩に登っている。懐く相手を完全に決めたようだ。

言われた通りフロアー9の南側へ行きつくと、そこの壁には薄そうな板で出来た扉が並んでおり、中に入っていく人や、中から出てくる人が多く見られる。扉の前をふらふらしている隊員がおり、メラは部屋を借りられないか質問している。

「この部屋って、どれか空いてますか?」

「おかえり。君たち、帰ってきてたんだ。えっとね……ちょっと待って。105……いや、200……あぁ、空いてます。空いてるというか、214番の部屋に『外出組用』って書いてあるから、メラたちの部屋だと思う。鍵は……これね」

「へぇ、ありがとうございます!」

女性の隊員は壁に立てかけてある鉄板の文字を読みながら、空室となっている場所を特定している。214号室が空いていると解り、隊員は無骨な鍵をメラへと手渡した。扉に書かれた文字を見て、3人は部屋を探していく。

「なぁ、私のボムハンマーないんだけど、見なかった?」

「さぁ?」

近くを通り過ぎた隊員がボムハンマーを探しており、その会話に驚いたジェリーが注射器を後ろに隠している。すでに拾ったボムハンマーは注射器に吸収されていて、原形を留めていない。

「ここだ。開くかな?」

212……213……214号室を発見。メラは手に持っていた鍵を扉の穴へと捻じ込み、扉を引き倒さんばかりの力で鍵を回している。ただ、なかなか鍵は開いてくれない。やきもきして、ドラゴンがメラを急かしている。

「もう!早く開けてよね!」

「手ごたえが全くない。鍵が壊れてるのかぁ?」

「そういう時って……すでに開いてたりするよね」

「……だね」

ジェリーの発想に便乗して、メラはノブを回してみる。やはり開いた。

「やっと休める……と、ベッドが2つしかない。ドラゴンはジェリーと寝てね」

「えー!私も自分のベッド欲しい……」

「しょうないなぁ。それじゃあ、あたしがジェリーと寝るから、ドラゴンは一人で寝なさい。ジェリー、一緒に寝よう」

「ん……そうね」

「え?そ……そう言われると、なんか寂しい……」

小さなベッドにメラとジェリーが寝転がっていて、残されたドラゴンが一人でベッドに座っている。あっちが楽しそうに見えるのか、どことなく落ち着かない様子。結局、ドラゴンはベッドを引っ張って2つ合体させると、ジェリーの横に収まった。

体が近づくと話しやすい事もあるようで、ジェリーは天井を見ながらメラに喋りかけている。

「……この先、私たちは、どうしていけばいいのかしら。とにかく、水の軍団を追い払ったら、平和になるの?」

「はいそれと星を開けわたす気も、こっちはないからね。あっちが諦めるまで、粘り強く戦うしかないよ。それとも、何か気になる事でもあったの?」

「……うん。どうして、水の軍団は炎の神殿に最終破壊兵器があるって知ってたのかしら。それと、邪魔そうにしてたけど……ドラゴンさんを生かしておいていたのも不思議」

「しつように襲われてたじゃん。空まで追いかけてきてたし」

「そうなんだけど、へんな乗り物に追いかけられたけど、弱いって感じで……あんまり全力って感じじゃなかった気がする!」

「私も口の中から見てたけど、弱らせておこうとしてるように見えたわ」

「謎だ……しかし、遭難してた敵の兵士も目的までは知らなかったみたいだし、もっと偉い人たちが何か企んでるのかも。う~ん……ダメだ。難しい事を考えたら眠くなってきた」

難解な会話を持ちかけたせいで、メラが気を失いかけている。すると、ドラゴンも釣られて眠くなったようで、どちらもジェリーに寄り添う形で目を閉じてしまった。ジェリーも動くに動けない様子で、むしろ抗う事なく眠ってしまう。

どれ程の時間が経ったのか、珍しくメラが2人よりも先に目をさました。いつの間にかベッドからドラゴンがいなくなっている……ように見えたが、下に落ちているだけであった。だが、部屋の外から聞こえていた人の声がなくなっていると気づき、重たげに上半身を起こす。ドアの隙間から顔だけを出して、前の通路をうかがう。

「誰もいないなぁ……」

メラは一人で部屋を出て行こうとするも、やはり思い直してジェリーとドラゴンを起こす事にした。ジェリーの肩をゆすってみると、元からキツめの目元を更に強張らせながら目覚める。ドラゴンは死んだように眠っているので、またジェリーが背負って連れて行く。

「誰もいないんだ。みんな、どこに行ったんだろう……」

「……ピクニックに行ったのかしら」

まだ寝ぼけているらしく、ジェリーが呑気な発言をしている。小部屋の扉が並んでいる通路を歩いて行くと、上の階から戻ってきたと思しき人々の声がした。特に恐ろしい事件があった顔はしておらず、メラ達も自分の目で確認しに行く。

上り坂をどんどん登って、山の表面にある道へと出た所で、人々は空を見上げている。その視線を追って、視線を上へ。すぐにメラは異常を察知したのだが、ジェリーは違和感の欠片もなさそう。もう、自分で気づいてもらうのは諦めて、メラがジェリーに説明を始める。

「大きい星が増えてるんだよ……いつもは4つあったけど、ほら……5つある」

「え?星って……1つ2つって数えるの?」

「そこを話題にしたい訳じゃあない」

「私……あまり空にロマンを感じない」

「そろそろ、ちゃんと起きて」

まだ8割ほど寝ているのか、ジェリーが寝言を言っている。そこへ、防衛隊若手のホープではないジータ隊員が現れ、ジェリーたちが寝ていた間の事柄を勝手に語り出す。

「お前ら、帰ってきてたんだな。任務で向かう方角の確認をしようとしたら、いつの間にか大きい星が増えてたらしいんだ。あれは何なのかと、緊急の会議が行わわれているんだが……そんな事を話していても、しょうがないと俺は思う」

「メラメラ……方角と星って、なんの関係があるの?」

「なぜ、あたしの方に聞くのか……あれだよ。あの大きい星は朝昼晩で、見える方角と数が決まってるんだ。だから、道に迷ったりしたら、あれを目印にして進めば、進みたい方角に行けるって寸法なの」

「そうだったのか。そこまでは知らなかったぜ」

「あんたは知っときなさいよ……」

ジータ隊員は星の使い方を知らなかったが、相変わらず大きい態度は改めない。そんな会話を済ませると、ジータ隊員は先輩隊員に呼ばれて去っていった。ジェリーは朦朧としていた意識が目覚めてきたのか、まともな意見をやっと述べた。

「……空に煙が立ち込めていたから、星が増えた事に今まで気づかなかったのね」

「なるほど。そういう事か。そういや、炎の神殿に行く時も、方角が解らなくなったらと不安で仕方なかったんだよね……」

「無事に到着して良かった……」

「うん」

ここへ帰ってこられた幸せを再び、噛みしめた2人である。野次馬となっているのも疲れるようで、さっさと部屋へ戻ろうとするメラとジェリーである。しかし、丁度いいと言わんばかりの口調で呼びとめられる。

「おい!若者よ!手が空いていれば、こちらへ来て欲しいのだ!」

おっちゃんの手まねきに応じて歩くと、削られた壁から湧き出た大量の砂と対面した。フレイムタウンでは女の人にも力仕事が回ってくるし、司令官のように事務ばかりさせられる男の人も多い。運動不足なジェリーはともかく、メラなどは基本的に運搬作業ばかりさせられる。ひょろひょろしている父親の分まで、娘が働かされる構図である。

睡眠ドラゴンを適当な場所へと安置して、押し車に乗せられた土を土砂置き場へと運ぶ。やっと半分くらい処分したかな……という表情をメラがしていると、高い所の土を削っていた男の人が素っ頓狂な声で叫んだ。

「おーい!何か出たぞ!」

何か出たぞと言われたら、何が出たのか知りたくなるものである。別の場所を掘っていた男の人たちが、背伸びながらに後ろから覗いている。叫んだ男の人は土をはらい、ギラギラと輝く鉱物を取り出した。

「グロルジェペリンだな」

「おー、珍しいなぁー」

発見されたのはグロルジェペリンと呼ばれる石。聞きおぼえを頼りにし、メラがジェリーに問い掛けている。

「グロル……あれって、コートを作るのに使ったやつだっけ?」

「んん。それはクロルジャッペル」

「別物?」

「大人しい子どもと、子供っぽい大人くらい違うわ」

漠然とした例えを出され、メラは不可解そうに首をひねっていた。その後は特に目ぼしい物も発見されず、荒れ放題であった現場も着々と片付けられていった。コートを着ているメラとジェリーは土や塵を体に受け付けないが、他の男の人達は体が茶色く染まり上がっている。彼らは作業を終えると、体を洗いに行ってしまった。今更、ドラゴンが目覚めて背伸びとかしている。

「……あれ?ベッドじゃない場所だ!」

「そもそも、あんたはベッドから落ちてたぞ」

「私、石鹸を取ってくるわね。コートを綺麗にしましょう」

「うん。頼む」

石鹸と言っても泡が立つようなものではなく、それで研磨すると汚れを落とせる石である。体を洗うソフトタイプと、石などを磨くハードタイプがあり、ハードタイプで肌を擦るとヒリヒリして堪らない。

「はい。部屋に戻りましょう」

「ありがと」

手のひらサイズの石鹸をジェリーから受け取り、3人で部屋へ戻ろうとする。その時、メラは自分の火器が燃料切れなのを思い出し、今の内に補給しておく事とする。

「燃料だけ補給しておくから、ドラゴンと一緒に部屋に戻っててよ。これ、鍵」

「解ったわ」

部屋の鍵だけ貰い受け、ジェリーはメラと別れた。来た道を戻ると、空を見上げていた人達も飽きて持ち場へ戻っていた。

ドラゴンが目に見える物へ次々と何か言っているが、ジェリーは「うんうん」と言っている。「壁に犬の落書きしてある!」「うんうん」「おじさんが大きい!」「うんうん」「くしゃみがでそう!」「うんうん」なので、もう少し興味をもってもよさそうだ。

一方的な会話を続けながら、2人で先程の部屋へと戻ってくる。ジェリーは独りになると考え事を始めてしまう癖があるようで、ベッドに寝転び何やら物想いを始めた。ドラゴンはジェリーの中で一人に換算されていないらしく、すぐ横でドラゴンがジェリーの注射器を触っていても気にされない。

ただ、ドラゴンも特に言いたい事がある様子で、ベッドを手でパシッと叩いてから強く訴えた。

「お腹が空いてきた!何か食べないの?」

「う~ん……メラメラが帰ってきたら、一緒に食べに行きましょう」

「うんうん」

ドラゴンが言いたかったのは、それだけであった。再び沈黙が訪れるも、すぐさまメラの声によって乱された。

「新しい任務が予定されたらしい」

「おかえりなさい。メラメラも出かけるの?」

「あたしは留守番。まぁ、一般隊員だからね。こないだみたいな単独での遠征を任されるの自体、普通じゃないんだよ」

「非常事態だものね」

「ん!炎の石の匂いがする!下の方から!」

こちらの会話には加わらず、ドラゴンが床に突っ伏している。どこからか炎の石の匂いがしたようで、探しに行こうと言わんばかりに言葉を発した。

「すぐ下?それなら、すぐに見つかりそうだから行ってみようか」

「こっち!」

メラの許しが出るのを待ち、ドラゴンは部屋を抜け出した。前かがみの体勢で走っていくドラゴンの後ろをメラとジェリーが歩いて行く。あんまりドラゴンの歩幅が大きくない為、のんびりしながら後ろの2人は追いかけている。

漠然と『下の方』などと言っていたが、やはり火山の最下層へ辿りつく。それでも、ドラゴンが更に下と言って聞かない。

「もっと下にある!」

「もっと下って……あんた。ここ火山の一番下……あっ」

なんとなく今後の展開が予想できてしまい、メラは上へ戻ろうと言いだした。

「この探索は困難を極めるだろう。また、次の機会にして、上に戻ろう」

「……ここだけ、地面の色が違うわ。何かあるのかしら」

「掘ってみる!」

ジェリーが余計なものを見つけ、それを聞きつけたドラゴンが道の脇にある硬そうな石を手で掘り始めた。1mほど掘り続けた先で、更に硬い地盤に当たる。土まみれのドラゴンが顔を出し、もう下に進めないと訴えていた。

「固い地面があって進めない……」

「意外と手が堅いんだなぁ……そういや、ドラゴンだったっけ」

「穴が空くかは解らないけど……水をぶつけてみる」

「お願い!」

「とんとん拍子に探索するな……」

もう上へ戻りたいメラは止めているのだが、ジェリーとドラゴンは下に行ってみたくて仕方がない。ジェリーは注射器についているスイッチを何度も押した後、ドラゴンの掘った穴に注射器の先を向けた。

「ハイドロドリル!」

水しぶきだけが穴から見えていて、その下では岩を打ちつける音が響き続けている。あまりに音量が大きく、近くにいた工房の男の人たちが駆けつけてきた。

「な……何しているんだ?」

話しかけてきた男の人もいたが、水の音に負けて聞きとれない。数秒後、岩の割れる音が下から届き、ジェリーは注射器の先を穴から持ち上げた。

「……貫通したかしら」

「な……何をしていたんだい?」

「……え?あ……あの」

人が集まっているのに気づかなかったようで、しどろもどろな様子のジェリーである。らちがあかないという顔で、メラは手っ取り早く言い訳をする。もちろん、いらない事を言わないよう、ドラゴンの頭は押さえてある。

「こいつが穴に入りたいって言ってたから、ジェリーが掘ってあげてたんです。この小さいの、せまい所が好きなんです」

「そうだったのか。でも、ビックリするから、大きな音は静かにしてね」

「すみませんね」

ドラゴンと穴がフィットしそうなのを見て、工房の男の人達は納得したらしい。空いている穴を何度か見た後、周りの人達は去っていった。解放されたドラゴンはメラから離れ、即刻で反発を始める。

「せまい所は好きじゃないよ!」

「でも、この穴に入るんだろう?」

「そうだった!ジェリー!ありがとう!」

「どこまで、穴が空いたかはは解らないけど……」

そっと穴の中を見てみるも、暗くて深さが解らない。ただ、風の音が聞こえている事から、どこかへは続いていそうだ。すぐに飛び降りていきそうなドラゴンの肩を掴み、メラが念を押すように言い聞かせる。

「下には降りれそうだけど、何が潜んでいるかも解らない。慎重に行った方がいいぞ」

「声がしないから、大きな生き物はいないよ」

「そうなのか?ジェリーからも何か言ってよ……」

「もし怪物がいても……こっちはドラゴンだし」

「そうだった……この姿だと、ドラゴンだって忘れるなぁ」

「早く行ってみよう!」

「はいはい。解ったから、ちょっと待って」

メラはワイヤーのような物と金具をバッグから取り出し、まずは3つの金具を近くの岩に打ち込む。それにワイヤーをくくり、ワイヤーを穴の中へと落とした。

「3本もあれば、どれか取れても大丈夫でしょ」

「いちばーん!」

垂れたワイヤーを使わず、ドラゴンが穴の中に飛び降りて行った。一番を宣言したものの、他の2人は先を争わない。むしろ、メラは譲った。

「どうぞ、お先に」

「私、多分……注射器が詰まるから。後から行くわ」

「ところで……あのドラゴン、一人で石を取って帰って来れるんじゃないかな?待っててみようか」

「それもそうね」

待ってみた。戻ってきた。

「んんん……一人じゃ寂しい……」

「やっぱり戻ってきた……しょうがない。行こう」

ある意味では期待通りの反応だった為、困惑した表情でメラとジェリーが目を合わせている。まずメラが下へと降りて行き、ごつい注射器を縦にしながらジェリーも続けて降りた。火山の下には空洞があり、先が見えない暗闇を詰めてある。視界を良好にせねば足場が見えないとみて、またメラが砲火器に火を灯している。

「ファイアーリード!」

「見やすくなった!ありがとう!」

「……別に、あんたの為じゃないんだから、勘違いしないでよね。水の軍団と戦うのに役立つかもしれないから、手伝ってるだけ」

「む……そうだったのか!もう、ありがとうって言わない!」

メラとドラゴンは馬が合いそうで合わず、つまらない事で喧嘩を始めた。それを後ろでジェリーが見ているのだが、そちらは何も考えていなさそうな顔である。

しばし進むと、話し声の響き方が変わった。メラが広く照らしてみると、深い溝が幾つも空いている場所だと解る。あわせて、近くにトロッコのような乗り物があり、人が使っていた施設である事も判明した。

「わっ、乗り物だ。乗ろう」

「……随分と古い物のようだけど、誰が使っていたのかしら」

ドラゴンとジェリーが乗り物に乗り込み、中を物珍しげに見物している。メラは近くの溝を覗き、炎の石がないか探していた。

「ここには無さそうかな。もう少し、先に行ってみよう……」

ふとメラが振り返ると、乗り物がなくなっていた。もちろん、乗っていた2人もいない。

「……おや?」

砲火器の灯りを高く持ち上げてみると、乗り物のレールが暗闇の向こうへと続いている。これはアレです。

「……しまった!ジェリー!」

呼びかけながら駆けだすも、その先のレールは宙を通っており、とても人の足では先に進めない。完全なる緊急事態だが、戸惑う事なくメラは元来た道を走り出した。

もう一方、猛進するトロッコに身を任せ、ジェリーとドラゴンは風を受けている。ブレーキなどは見当たらず、誤って動かしたレバーも既にロックされた。水の力でトロッコの動きは止められるかもしれないが、下に見えるのは奈落。注射器の出力を計っている内に終着地点へ到着、その衝撃でトロッコが大破。2人は抱き合う姿勢で、砂溜まりの上に投げ出された。

「……ここ、どこかしら。メラメラもいないわ」

「遠くまで来ちゃったかも……乗り物も壊れちゃった」

メラがいない為、灯りを失い見通しが悪い。徐々に目が暗闇に慣れてくると、そこは古い採掘場である事と解った。代わりのトロッコは見当たらず、レールを使用して戻る術はない。そんな中でも、ドラゴンは炎の石の匂いを感じ取っている。

「……ん!こっちに炎の石がある!それがあれば、空から飛んで帰れるかも!」

「今度は上の方かしら……とにかく、地上に出てみましょう」

「うん!」

ジェリーとドラゴンは炎の石に望みを託し、壁に手をつきながら坂を上り出す。こちらも長く使用されていないようで、設備は錆びつき、道は土砂に埋もれている。せまそうな場所はドラゴンに掘って広げてもらいつつも、なんとか開けた場所へと抜けた。

「上の方で音が聞こえる!誰かいるのかな?」

「……え?そう?」

あちらこちらに落ちている謎道具を拾い上げていて、ジェリーは上から落ちてくる音に気づいていない。ドラゴンの指摘を受け、鉄のパイプで補強されている天井を見る。時々、土がパラパラと落ちてくる。どことなく、ジェリーが戦闘の空気を感じ取る。

「……誰か戦ってる?」

「誰?」

「それは解らないけど……」

「のぞいてみよう!」

とにもかくにも、地上の様子を偵察しない事には、にっちもさっちもいかない。ドラゴンの提案に頷き、ジェリーも更なる道を探す。

「むむ……道が終わってる。土がネバネバしている」

細い坂を上がってみると、そこで道が終わっていた。ドラゴンが爪を立ててみるが、土は泥の状態となっていて掘り進めない。水で貫こうにも泥が飛び散るとみて、2人は泥の前で腕を組んでいた。しばし経って、ジェリーは思い出したようにバッグから爆弾を取り出した。

「これを試してみましょう」

「持ってて良かった!」

「ね」

呑気に笑いあいながらも、ジェリーは爆弾を泥に設置。広い場所まで戻り、あとは爆発するのを待つだけ。3、2、1で、爽快に爆発した。

地上は薄暗いようで、弱い光が穴へと差し込む。ジェリーとドラゴンは開けた道へと進むが、何かを察知して戻ってきた。急いで辺りを見回し、何が入っているかも解らない大きな箱へと飛びこむ。

ジェリーとドラゴンの後ろから、武装した男の人達がやってくる。手には放水機を持っており、一目で水の軍団に関わっていると解る。何名かはジェリーたちが入っている箱をスルーして下の階。残りの2名が広い場所を見回している。

真っ先に敵は箱のフタへと手を掛けるが、ジェリーとドラゴンが2人がかりで引っ張っているので開かない。すると、敵は応援を要請。こちらも2人がかりで箱の攻略に挑む。

「「せーの!よいしょ!」」

力を合わせて立ち向かうが、蓋が開くどころか箱が浮き上がってしまった。

「ふぅ……どうせ何も入っていないだろう。開けるだけ無駄だ」

「……同意」

負け惜しみにしか聞こえない台詞を残し、敵は仲間を追って下へと降りていった。足音が消えるのを待ち、ジェリーがフタをちょっとだけ開ける。

「……うん。もう大丈夫」

「ふたに掴まってブラブラして疲れた……」

全体重で箱のフタを死守し、ドラゴンが腕を疲弊させている。ジェリーはドラゴンを胸の前で持ち上げ、そのまま走って地下の出口へと急いだ。

出口から外を盗み見ると、そこはジェリーが見た事のない街。細長い建物が多く、その幾つかは気持ちよく折れている。敵の姿がない今がチャンスとばかり、ジェリーは灯りのない家の中へと逃げ込んだ。そこで改めて、ドラゴンから問い掛けを受ける。

「ここ、どこなの?」

「……解らないけど、となりの街だと思う。ところで、炎の石の場所は解る?」

「あそこから匂いがする!」

ドラゴンの指先から真っすぐ先を見つめると、そちらには大きな城が建っていた。その上には巨大な乗り物が飛んでおり、明らかに敵の拠点と化している。即、歩いて帰ると決めた。

「……街の外まで飛べないの?」

「ゆっくりなら飛べるけど……ううん!」

前のめりになり、ドラゴンが力む。すると、人の姿のまま羽根だけが背に広がった。しかし、ゆっくりと飛ぶくらいなら、普通に歩いた方が安全である。ジェリーは徒歩で出る事を念頭に置きつつ、地形を把握するべく建物の上へと向かった。

最上階まで上がらずとも、7階の高さから街の全容が見通せた。街はフレイムタウンの5倍はありそうな広さで、あちらこちらに緑色の光が動いている。この街の様子からして、あれが敵の持つ灯りである事は明白。人生で最も難解な判断を迫られ、ジェリーは力なく座りこんだ。

「……どうしよう。メラメラがいてくれたら」

「黄色コートがいなくても、ジェリーがいるから平気だよ!」

「そんな事を言われても……私、昔から自分だけじゃ、何もできないのよ」

「……ジェリーは頭がいいから、あんまり心配してないよ!」

「……」

理屈じゃない事をドラゴンから言われ、ジェリーが弱々しく笑っている。なんにせよ、ここで待っていても助けが来る保証はない。できる事をしてから諦める方が、メラにも顔向けできるというものだ。

「……そうね。行きましょう」

「行こう!まず、何をすればいいの?」

「う~ん……水の軍団の服が、どこかにないかしら。あれを着れば、気づかれずに歩けるかも」

「そうか!そうしよう!」

そうと決まれば話が早い。2人は建物の窓から外を偵察し、水の軍団の服が入手できそうな場所を探す。敵兵の一人を襲う案は思いつきつつも、光の多さから見て団体行動をとっている事は明らか。やはり、敵の拠点となっている城へ侵入するのが確かと判断する。

「ここからなら、お城に行く方が近いかも。室内なら隠れる場所も多いから」

「それなら、そのまま炎の石も貰おう!」

「どの辺りにあるかまで解るの?」

「3階か4階にあると思う」

「それなら、それも貰いましょう」

どんどん強気になってきて、いつしか炎の石まで頂く計画だ。その強気にも理由があるようで、自信ありそうにジェリーは城への侵入作戦を告げた。

「また、これを使ってみましょう」

「爆弾だ」

「なるべく、お城とは逆の方向に撃ち出すから、水の軍団が爆発の方に向かったら、物影を伝って移動するの」

「なるほど!」

ジェリーは城のある方とは逆側の窓を開け、そこに爆弾をセット。何度かスイッチを押してプログラミングした後、注射器の先を優しく爆弾に当てる。爆弾を起動させ、小さな声で注射器を起動した。

「ハイドロスロウ!」

爆弾は少量の水で撃ち飛ばされ、街の外側へと消えていく。なるべく敵のいない場所を狙ったようで、上手く緑の灯りがない場所へと落ち着く。爆弾は白い閃光を放つと、追って煙を広げながら、うなるような低い音で爆発。敵の動きからも、動揺が手に取るように解る。

「……もう外に出てもいいかな?」

「待って。もう一個、お城の近くにも投げるから、あなたの持ってる爆弾をちょうだい」

「もう一個?うん」

ドラゴンが隠し持っていた爆弾を受け取り、先程と同じ手順でジェリーが再び爆弾を撃ち上げる。ただ、水量の調整を狂わせたらしく、行方が不明になってしまった。しかも、爆発すらしない。

「……失敗。これで最後」

持っている最後の爆弾をショット。次は上手くいった。城から近い広場に爆弾が落ち、爆炎で空が明るむ。

「……行きましょう。多分、城の警備をしてる人達も分散してるはず」

「急ごう!」

建物の外へ出ると、2人はアーケードの下を通って城へと走る。ジェリーの予想通り、城壁の近くにも敵の姿は見えない。ただ予想外だった事と言えば、城門が見当たらない事くらいである。城の周りを歩いてみるが、入れそうな場所が見当たらない。

「どこから入るのかしら……」

「飛んで入っちゃう?」

「……そうね」

周りに誰もいないのを視認し、ジェリーがドラゴンを抱きしめる。ドラゴンはジェリーの肩を持ち、羽をバタつかせて飛び上がった。

「うーん!うーん!」

ドラゴンから一生懸命さは伝わってくるのだが、その飛行の遅さと言えば大したもの。やっとの事、城壁の高さの3分の1まで達した。そこへ、男の人の声が聞こえてくる。

「敵がいたのか?」

「解らないが、各所で爆発が起きているらしい。この国のやつら、いざという時に心中できるよう、自爆スイッチでも仕込んでいたのかもしれない」

ただいま、ドラゴンは城壁の高さの3分の2まで到達。その真下で、敵の会話が続いている。

「国の長が真っ先に逃げ出した国だ。そのような、潔い罠をはるとは思えん」

「王は逃げ出したが、家臣は城に捕えてある。何者かが救出を計っている可能性も否めない」

「あちらは……俺たちを恨んでいるだろうか。こちらだって、このような武力行使を望みはしないが……あの隊長たちの必死な形相を見せられては、何かしらの脅威が迫っていると察する他ない。今は……」

そこまで盗み聞いたところで、ドラゴンが城壁を飛び越える。あとは風を何度か叩きながら、よろめくように下降。暗闇の中、敵の姿がない場所へと落ちた。

「うう……もう少しで見つかっちゃうかと思った。羽も痛い」

「どうやら、王様の部下の人達が、お城に監禁されてるみたい。助けてあげたいけど……場所までは聞こえなかったわ」

「炎の石があれば、一緒に飛んで逃げれるけど……人のニオイは解んない」

「……まずは炎の石か、水の軍団の服を探しましょう。とにかく、安全を確保しないと」

「了解!」

城門が見当たらなかった代わり、城へ入れそうな場所は幾つも発見された。窓を塞ぐ鉄格子も緩く、ドラゴン一人なら入り込めそうだ。炎の石に近そうな場所から入ります。

「くんくん……ここ!ここから入ろう!」

「……ここ?」

『ここ』とはクズ石が溜まっている場所で、つまりは城中のゴミがダクトを通って転がってくるゴミ捨て場である。そのダクトから中に入ろうと言われたら、ちょっと戸惑うのも解る。

「今は水の軍団が城にいるから、きっと何も転がってこないよ!」

「それなら一番、安全そうね。私も……なんとか通れそう」

「入りやすくするから待ってて!」

手でダクトの入り口をかき分け、邪魔な石ころを外に出す。その後、ドラゴンは誘うようにジェリーの方を見てから、ダクトの中に入っていった。ジェリーが中に入ると、先に行ったドラゴンがスーッと滑って戻ってきた。短い尻尾をジェリーの頭に押しあてながら、ドラゴンが少し恥ずかしそうに謝っている。

「……あっ、ごめんね」

くじけず、再び上りだす。次は上手に登れたようで、そのまま上へ上へと進む。このへんが3階かなー……という曖昧な感覚で、ドラゴンはダクトの出口を探した。壁についている鉄板を押し開け、ダクトから顔を覗かせる。

「誰もいない部屋だ。ここから出よう」

「簡単に中まで入れてビックリ。ここは、何をする部屋なのかしら……」

部屋の中央に円卓があり、天井にはワイヤーで石炭がつるしてある。部屋の壁際には暖炉が敷き詰められている。

「暖炉部屋かしら……?」

「むっ……部屋の外に誰かいる」

自然な仕草でドアの鍵を閉めると、ジェリーは誰かの声に耳を傾けた。あわよくば、探索のヒントを得られるかもしれない。

「昨日の夕食、何食べた?」

「俺はパン。あっちから持って来たやつ。この星、ほんとに食べる物ないから、早く帰りたい」

ドラゴンは会話の内容に期待を外しているが、ジェリーはパンの正体が気になる様子。その後も他愛のない会話が続き、話題は夕食から眠気の話に変わっただけ。ジェリーとドラゴンが彼らに対する期待を捨てたと同時、第3の人物が会話に参加してくる。

「見つかったか?レッドスター」

「いや、まだだ。ここにはないのかもな」

「神殿って場所にもなかったらしい。フレイマテリアは別の部隊が2個だけ発見したようだが……辺鄙な村の守り神として祭ってあったそうな。ありそうな場所になくて、なさそうな場所にあるのはフェイクだなぁ」

「ともかく、まだ鍵も見つかっていない。速やかに発見し、フレイマテリアは冷却装置にかけて処分するように。よろしく」

任務の内容を再確認すると、敵はグループを解散して探索に戻っていく模様。敵の声が消えると、新たに重要な情報を得て、ジェリーは推測で考えをまとめる。

「……レッドスターとか、フレイマテリアというのが、炎の石の事なのかしら?まだ、あちらも探しているとすると、ここにある石は無事みたいね」

「あっちも狙ってるんなら、早く見つけないと処分されちゃう……石は、この階か、この上の階にありそう!早く行こう!」

ドラゴンが慎重にドアを開け、廊下の様子を探る。3階の廊下は城を一周する形で続いているようで、道なりに幾つかのドアが設置されていた。抜き足差し足、2人は廊下に忍び出す。

偉そうな人物の銅像が通路の脇に立っており、隠れて進むには好都合。こうして役に立ち、これを作った芸術家も本望だろう。

視界を避けて進みつつ、2人ほど敵をやりすごす。その内、壁の色が青から赤へと変わり、壁の素材も鉄からレンガへと変化する。この辺りは老朽化が進んでいるのか、手っ取り早く補修されている。

「……このへんが怪しい。でも、ドアがない」

「匂いがするの?」

「する!」

壁をコンコと叩いてみるが、特に変わったところもない。石が壁の向こうにあるのは確実なようで、ドラゴンの自信と動作も大きい。おねだりするような態度で、ドラゴンがジェリーに壁の破壊を依頼する。

「……壊せない?」

「さすがに……大きな音を出すのは危ないわ。もう少し調べて開け方が解らなかったら、水の軍団の服を探しましょう」

「むむ……口惜しい」

調査を継続してみたものの、やはり石の取り出し方が解明しない。諦めが肝心と、ジェリーがドラゴンに調査の終了を告げる。

「……ここに石があると解ったのだから、またフレイムタウンの人達と探しにきましょう。水の軍団の人達も、探すのに苦労しているようだし」

「……うんん」

「……城の人達に聞けば、開け方が解るかも。助け出せたら開けに来ましょう」

「そうだ!その手があった!行こう!は……」

「……あっ!」

「は……はくしっ!」

ジェリーが止めようとした時には既に遅く、ドラゴンがクシャミと一緒に炎を口から吐き出している。それを聞きつけ、近くにいたと思われる敵の兵隊が駆けつけた。

「むむ……なにやつ!成敗!」

「ハイドロカーペット!」

「うおっ!」

重そうな機械を持った敵に対し、ジェリーは足元をすくうような、広く薄い水を床へ流す。足を取られ、敵は顔面を床に打ちつけて盛大に転んだ。

「……」

「……生きてるかしら」

生死の心配をしながら、倒れたままの敵へとジェリーが近づく。完全に沈黙したのを確認すると、ドラゴンと協力して近くの部屋へと引きずり込んだ。あとは服を頂くまでなのだが、ジェリーは気が進まなそうである。

「……脱がさないの?」

「私……男の人、触った事がなくて」

「じゃあ、私が取ってくる!」

意気揚々とドラゴンは男の服に手をかけ、パチパチとバックルを外しにかかる。下着一丁になるまで剥き続け、残った男の人の体は近くのクローゼットに入れた。

「これ着て!」

「ありがとう……着てみるわ」

ドラゴンが持ってきた柔らかな服を見つめ、ジェリーは慣れない様子で袖に腕を通す。幾らか体より大きいが、服の上にアーマーを着こむと違和感は消えた。

「柔らかい服……何で作られてるのかしら」

「私は、これに入るよ」

男の人が持っていたカバンを開け、ドラゴンはジェリーのコートを抱えたまま中に入る。このまま、ジェリーに運んでもらう作戦らしい。注射器もアルミ製のカーテンで包み、大きいながらも姿は隠せた。かなりの総重量だが、走れないにせよ問題なく歩く事はままなる。

変装も完了し、これにて堂々と歩けるはず……なのだが、やはり緊張するようで、物影に隠れながら移動していた。とにかく、今は撤退するのが吉。元来た道を戻り、ダクトのある部屋を目指す。

「……誰か来たみたい」

「変装してるから大丈夫!がんばって!」

バッグの中からドラゴンに応援されつつも、ジェリーは敵から奪ったヘルメットを深く被る。擦れ違いざまにアイサツだけすれば、問題なくかわせるはず。そう信じて、ジェリーは敵と向き合った。そんな気持ちも知らず、敵は気楽そうにアイサツしてくる。

「おつかれ~」

「お……お疲れ様」

「……あれ?お前」

敵は2人組。一人は難なく通り過ぎたのだが、もう一人の男の人に呼び止められてしまった。ジェリーが何も言わずに立ち止まると、呼びとめた男の人はジェリーの顔をのぞきながら言う。

「ここに来た時、見なかったやつだな。今、到着したのか?」

「えぇ……はい」

「……えらく綺麗な顔立ちだなぁ。シャーベット隊長様の好みか?」

「そ……そうかな?」

「お前、女の子にモテモテだろ。んん……焦げくさい臭いがするが、火山あたりから戻ってきたのか?」

「そ……そうだよ」

「それじゃ、今からヨロシクな。この国の、お偉いさんたちは6階の王室に捕えてあるから、なにかあったら見に行ってくれ」

「……了解」

聞きたかった事を次々と打ち明け、敵の男たちは通り過ぎていった。ここまで知らされたら、行くしかない。ドラゴンがバッグの中で意気込んでいる。

「6階に行って、炎の石の取り方を聞こう!」

「え?でも……」

「さっきの人達にもバレなかったから、きっと大丈夫!」

「そうかしら……あら?」

戸惑いながらもダクトのあった部屋へ向かっていると、城の外に大量の水が流れ始めた。城をコーティングした水は瞬時に氷へと変わり、窓もドアも開ける事かなわなくなってしまう。

「……何かしら」

「え?どうしたの?」

ドラゴンに問いかけられるも、そこへ敵の戦闘員が現れ、ジェリーがドラゴンに説明しようとした事を補足つきで解説してくれた。

「侵入者だ!仲間の一人が、身ぐるみ剥がされた状態でロッカーに閉じ込められていた!おそらく……この国の暗殺者に違いない。城は封鎖した故、逃げられないはず!お前も捜索にあたれ!」

「は……はい」

「返事はイェイッサーだ!」

「い……イエッサー!」

またまた難なくやり過ごし、敵がいなくなるのを待ってから、ジェリーはドラゴンに相談を持ちかけた。

「お城が透明な石のようなもので覆われてしまって、窓も開けられないの。たぶん、ダクトも外の入り口が閉ざされてるかも……どうしよう」

「透明な石って、硬いの?叩いて壊せそうなら、私が爪で壊すよ!」

「ちょっと待って。叩いてみるわ」

手袋をした手で、ジェリーが窓についている氷を叩いてみる。やはり、分厚い氷はビクともせず、削れる様子もない。氷の冷たさが手に伝わり、ジェリーはビックリして一歩だけ後ろに下がる。

「とても硬そう……それに、体が動かなくなりそうなくらい冷たい」

「冷たいの?やだやだ……やっぱり、炎の石を手に入れて、一気に突き抜ける方がいいかも」

「……そうね。6階まで行ってみましょう」

正体不明の透明な石は打破できないと判断し、ジェリーはドラゴン入りのカバンを持ったまま上の階へと向かった。敵の兵士が大勢いるのだが、みんな怪しい人影を追っておるせいか、仲間と同じ服を着ているジェリーには向き合わない。そのまま6階の王室と思われる場所までは行き着いたものの、部屋の前には番をしている兵士がいる。

「ドアの前に人がいるわ。どうしよう……」

「う~ん……どこか別の場所から入れないかな?」

「そんな色々な所から王室に入れたら、王様が危険なんじゃ……」

「う~ん……う~ん……」

もう知恵は絞るだけ絞って、ドラゴンからは何も出てこない。ジェリーも良い案が思い浮かばないらしく、柱の影に隠れて目を伏せていた。しかし、安全な作戦を消去して行けば手段自体はあるようで、ドラゴンが入ったバッグを持ち直す。

「……あれ?どっか行くの?」

「少し静かにしていてね」

ジェリーは走り出し、ドアの番をしている兵の前で立ち止まると、低い声で早口にまくしたてた。

「侵入者が上の階に逃げた。人数が多くて手こずっているらしい。城は封鎖されている。侵入者の対処に協力してくれ」

「警戒網が敷かれたとは聞いたが、それほどの相手か。どうせ捕虜は逃げられまい。俺たちも行くぞ!」

ジェリーが駆けだすと、それを追って3人の兵士も走り出す。他の兵士を見かけると、番をしていた兵士が協力を要請した。

「上に侵入者がいるらしい。追い込みに協力してくれ」

「なに?それは大変!行こう!」

8階が上層部であり、そこまで登った所で兵士は分かれて探索を始める。ジェリーは他の兵士の後ろを走りながらも、曲がり角に差し掛かり叫ぶ。

「いたぞ!待て!」

誰にも見られていない場所へと入り、ジェリーは包んだカーテンから注射器の先端を出す。まるで何かを狙ったかのようにして、天井へと攻撃を仕掛ける。

「ハイドロミサイル!」

巨大な水が回転しながら撃ちあがり、鉄で出来た天井をえぐった。あまりの威力によって、ジェリー本人が尻もちをついている。かけつけた他の兵に何か聞かれるより早く、ジェリーは天井に開いた穴を指さして言う。

「上へ逃げられた。敵は爆発物も所持している。気をつけろ」

「上だ!シャーベット様の所へは行かせるな!急げ!」

ジェリーの攻撃が大音量を出したかいもあり、敵は完全に敵がいると錯覚したらしい。ジェリーをおいて階段へと走り、総動員で侵入者の捕獲にあたる。遅れたふりをしてジェリーは下の階へ向かい、周りを見渡してから王室へと入った。すぐに鍵もかける。

「はぁ……ここは敵がいないみたい」

「……え?どうやって入ったの?」

「……」

バッグの中にいるドラゴンが、終わった作戦の内容を聞いている。しかし、気が動転しているせいでジェリーは上手く言葉にできない。もう、ここにいる事すら落ち着かないとばかり、早足で王室の奥へと進む。

「だ……誰かいないの?」

「何者だ!我々は屈しない!このような暴力には!」

声はすれども、姿が見えない。その後も、その誰かは一人で喚き散らしていて、その声を頼りにしてジェリーは居場所を探る。王座の後ろに宝箱が置いてあり、ここが見るからに怪しい。カバンから出てきたドラゴンは玉座に乗って休んだりしており、ジェリーだけが宝箱の攻略にかかっている。

聞こえる声の内容からするに敵ではなさそうだが、正体が掴めないせいで宝箱を開けにくい。結局、あっちで遊んでいるドラゴンを呼んで、一緒に中を確かめる。

「敵が出てきたら、すぐに引っかくよ!」

「うん……」

パチンと宝箱の留め具を外し、ジェリーが引けた腰のままフタに手をかける。そっと開けてみると、敵意を含んだ瞳がのぞき、ジェリーは手を離してしまう。落ちたフタにドラゴンが手をはさめ、痛さに驚いてフタを押し上げる。

「いたいっ!」

「あ……ごめんなさい」

「痛いけど……中に人がいる!」

もう、中の人への対応はドラゴンに任せるとみて、ジェリーは音も立てずに後ろへと下がる。

「誰?名前は?」

「僕は、王国ガルの王子ゲイン。人に名前を聞く時は、まず自ら名のるのが礼儀では?」

「私、ドラゴン!」

「私はジェリー……」

「ドラゴン……つまりコードネームだな。君たちは、どこかの特殊部隊の一員なのか。であれば、この堅牢な城へ潜入できたのも納得だ」

「ダクト周りは堅牢じゃなかったけど……」

ドラゴンのせいで、ジェリーまでコードネームと勘違いされている。王子を縛っている縄へと、ドラゴンが爪を立ててみる。パチパチと縄は切れ、簡単に王子は自由の身。王子は金色の服を着ており、同じく黄金の胸当てや小手は防御力が高そうである。

「この部屋には、僕の他に2人くらい隠されている。手伝ってくれるかな?」

「どこだー!」

すぐさまドラゴンが人質を探しに向かい、その後ろをジェリーがついていく。王子は隠れやすいよう、宝箱の近くを探しており、ジェリーとドラゴンは部屋の壁際にある箱を開けたり、窓を隠している薄いアルミ箔を退かしたりしている。

「む……誰か来た!」

耳があるのかないのか解らないが、ドラゴンは音に敏感。それを聞いた王子は華麗な動作で宝箱の中へ。ジェリーとドラゴンは垂れているアルミのカーテンをのけ、その中へと入り込んだ。

「……ここは開かないな。つまり、異常なし!」

扉を開けようとする音だけがして、数秒後に結果報告がなされた。結局は誰も入ってこず、カーテンの中でドキドキしているジェリーも一安心。ふとジェリーが視線を足元へ向けると、グルグルと縄で巻かれている女の人がいて、ジェリーは抑えた悲鳴をあげている。

「あっ!見つけた!一人目!」

ドラゴンが捕虜の口に噛ませてある布を切ると、女の人は憎しみ混じりに強い口調で始める。

「このようなマネをして、ただでは済まさない!」

「わわ……私たち、敵ではなくて……」

「助けに来たの!一緒に逃げよう!」

ジェリーは敵の服を着ている為、いわれなき殺意を向けられている。ただ、どう見てもドラゴンが敵の風貌でなかったせいか、女の人は状況を理解できず悔しげな表情であった。縄を切って解放し、部屋に敵がいないのを確認してから、3人で表に出た。

「おぉ、母上!」

「あぁ、愛しのゲイン……あなたの無事を祈っていた」

女の人は王子の母親で、つまりは女王であった。先程とは打って変わった穏やかな声で、ドラゴンとジェリーの正体を尋ねる。

「この者たちは?」

「どこかの国の特殊部隊の者たちです。我が国の危機を察知し、精鋭を派遣してくれたに違いありません」

「それは頼もしい。これも、我々の人徳あっての事でしょう。どちらより参られた部隊ぞ?」

「ふれ……ぶれいどたうんだっけ?忘れたけど」

「……私たち、フレイムタウンから来たの」

「フレイムタウンとな?聞きおぼえはあるが、詳しくはない。どこかの小国か、田舎町か」

フレイムタウンは大国の女王すら存じない、片田舎の小さな街だったのだ。そんな場所に特殊部隊などあるはずもなく、女王と王子も『あれあれ?』という表情になっていく。これ以上は説明せずにいるほうが面倒だとみて、ジェリーが頼りなさそうに告げる。

「わ……私たち、間違って来てしまったの……だから、特殊部隊なんて大層なものじゃないわ」

「そうか……しかし、ここまで辿りついたのは事実だ。そして、僕たちには戦う力が僅かしかない。協力して、フレイムタウンとやらまで逃げのびよう」

不安そうな母親を見てか、王子が希望の言葉を取り出している。もはや、助けに来た側のジェリーも後戻りできる状況ではなく、ただただ王子の言葉に頷くしかない。脱出に向けての作戦は既に決まっており、それをドラゴンが提案している。

「ここ、炎の石があるでしょ?それをもらえれば、飛んで脱出できるよ!」

「炎の石とな……もしや、聖石ファイを指しておるのか?」

レッドスターだとかフレイマテリアだとか、聖石ファイだとか、それぞれが勝手な名前で呼んでおり正体が定まらない。念の為、ジェリーが別の切り口から話題を投げ込む。

「下の3階あたりにある石だと思うのだけど、入り口が見つからなくて……」

「あれは音の玉を使った仕掛けで開く扉なんだ。王族の声に反応して開く金庫で、外から破壊するのは不可能だ」

「よかった!壊さなくて!」

「そうね……」

王子の答えを聞き、心の底からジェリーは強行突破しなくて良かったと安堵している。そんなドラゴンとジェリーに構わず、王子は部屋にある銅像の裏へと回り、壁に手をつけて喋りかけている。そこも金庫と同じ仕掛けがあるらしく、声を発してから少し経って、ゆっくりと壁に隙間ができる。

「ここから、下の階へ行ける。さぁ、行こう」

4人が壁の隙間を通ろうとすると、王室の後ろ側にある鉄製の樽が大きく揺れた。最後に壁を通ろうとしたドラゴンが気づき、急いでジェリーに抱きつく。

「な……なにかいる……おばけ怖い……」

「他にも、誰か捕まっているの?」

「忘れていた。あれは側近のデベルだ」

「あれは置いていくべきでは?」

「母上……お気持ちは理解しますが、非常時ですので人手は多いに越した事はないかと」

うっとうしそうに女王が樽を見るも、それをなだめながらも王子は樽の蓋を開けた。中には赤い鼻をした老人が入っており、早く解放しろとばかりに王子を見上げていた。近くに挿してあった剣を抜き、王子が老人の縄を慎重に切って解く。

「おぉ……優しき王子殿。感謝感激でありまする」

「話は聞いていただろう。早急に脱出する」

「ははー」

わざとらしい声色で王子へ感謝し、側近のデベルも同行となった。女王は側近が気に食わないようで、あまり近寄らずに早足で歩く。城の事は国の人達が詳しいと見て、ドラゴンとジェリーは最後尾で壁の隙間をくぐった。女王が近くの壁を押すと、壁の隙間が塞がる。これにて準備はOK。王子が道を示す。

「ここから階段を下りると、聖石ファイのある階へ行ける」

「これで私どもも助かるのですな!このような場所など、早々と退散しましょうぞ!」

「我が国の城をこのような場所と申すか!愚弄するな!」

「いえいえ……そのような意味合いではありませぬ。王子、声を荒げますと敵に察知されかねませぬ故……」

「黙れ!僕も、これ以上は何も言わない!」

階段は狭く、王子が立ち止まれば後続の人達も立ちぼうけである。それを知ってか、王子は言い争いを切りあげると、肩をいからせながら先へと進んだ。ただ、デベルへの反感で前が見えていなかったせいか、透明な氷が道をふさいでいる事に気づかず、思いっきり頭をぶつけている。

「……いたっ!何やつ!」

「ガラスにも似た岩が階段を行き止まらせておりまする。王子殿、頭をぶつけて、悪くしてはおりませぬか?」

「人をバカにするのも大概にしろ!なんだ、この透明な岩は!」

氷に怒っているのかデベルに怒っているのか解らない言動で、王子が氷の正体をジェリーたちに尋ねる。ただ、質問を受けた方も詳しくはない為、頭の中にある情報を一握り伝えるのみである。ジェリーは怯えた様子で、城の上から水が流れてきた旨を伝えた。

「……城の上から、水が流れてきたの。それから、城の外側が固まってしまったのよ」

「なんと、摩訶不思議な技よ。およそ、魔術に違いない」

「母上、魔術などありません。なにか、城の上に秘密があるはず」

「……あっ!そういえば外から見た時、城の上に変な乗り物あったよ!」

ドラゴンの目撃情報について、ジェリーが無言で頷いている。そこが怪しいと考え、王子が城の上層を探索するよう頼み込む。

「この透明な岩を消さない限り、下の階へは降りられないだろう。城の上の、おかしな乗り物が怪しい。城の上まで案内はする。乗り物を破壊してもらえないだろうか」

「ジェリーがやってくれるよ!すごく強いのよ!」

「え?」

「君が戦闘員なのか。共に脱出する為、力を貸してほしい」

「……」

ドラゴンからの信頼度が高すぎて、また面倒な仕事を押し付けられた。しかし、この場にいる人達を見ても、ジェリー以外に乗り物と戦えそうな者もおらず、首を縦に振るでも横に振るでもないまま、王子に作戦を言い渡される。

「隠し通路を通れば、最上階までは案内できる。君は乗り物の水が出ている部分、または透明な岩を作っている装置を見つけ、破壊してほしい」

「えっと……そこを壊すだけでいいの?」

「透明な岩さえ消えてなくなれば、聖石ファイが手に入る。それさえあれば、脱出は可能なのだろう?」

「ビューっと飛んで、フレイムタウンまで帰れるよ!」

「そう上手くはいきますでしょうか?あまりに楽天的ではありませぬか?」

懸命に場の空気を暖めている王子の横で、またデベルが余計な言葉をはさみこんでくる。すると、ジェリーも悪い予感がしてしまい、救われない表情でドラゴンを見つめていた。とはいえ、王子たちが逃げたと気づかれるのも時間の問題で、王子は作戦を強行したい様子。

「とにかく、上の様子を知りたい。僕が案内しよう。他の者は待機していてくれ。来たまえ」

「うう……」

歩み出した王子の後ろで、ジェリーがドラゴンを見つめている。男の人と2人になるのが不安とみて、ドラゴンが一緒に歩き出す。そうなると、今度は母親とデベルを2人にしたくない王子が、みんなの元へと戻ってきて言う。

「母上と男を2人にはさせられない」

「なにをご心配なされているのか理解しかねますが、私が王女様をお守りいたします。ささ、王子は上へ参られまし」

「貴様を窓から投げ捨てた方が、まだ不安なく偵察へ向かえる」

「……もう良い、愛しのゲインよ。私が彼を案内しよう。あなたは待機なさい」

「しかし、知らない男と母上を共に歩かせるなど!」

「……あ。あの、私」

黙って会話の行方をながめていたジェリーだったが、自分が男だと思われている事には気づいたらしい。ジェリーとドラゴンが何か言いたげな顔をしたところ、それを察した王女と王子が気まずそうに。結局、王女とジェリーが2人で上へ向かう事となった。

「女性の方だったのね」

「えぇ……一応」

先程の王室まで戻り、王室に誰もいないのを小さな穴から王女が確認する。今度は王室に飾ってある額縁の横へ王女が声をかけ、そこに開いた隙間から隠し通路へと入った。

上や下から敵の足音が響くも、王女が平然と階段を上っており、その後ろをジェリーもついて上る。この2人は雑談が得意ではなく、王女が階段の終わりへ行きつくまでの間、一言も会話はなかった。

王女は慣れた手つきで壁の小窓を開け、最上階に敵の影がない事を見てとる。場所をゆずられ、今度はジェリーが隠し通路の外をのぞいてみた。

最上階は床に広く氷がかかっていて、星の光を受けて天井や床が輝いている。その天井は網の目にも似て鉄の板がはってあり、その上に怪しげな乗り物が鎮座。乗り物からは水が流出し続け、一面に冷気が溢れかえっている。

「こちらへ」

壁の近くに柱がある方へとジェリーを案内し、その場所へ王女が声を吹きつける。石の擦れる小さな音が鳴り、一人が通れるくらいの道が壁にできた。

「聖石ファイを入手後、貴方を迎えにくる。それまでの間、敵に紛れて耐え忍んで」

「わ……かりました」

「我らには今、あなたしか希望がない。期待しているわ」

ジェリーが隙間から柱の裏へと出ると、開いていた隠し通路が閉じてしまう。もう後戻りもできない。怖々とジェリーは部屋の様子をうかかう。まず、どうやって乗り物のある場所まで登るのか考えなくてはならず、聞いておけば良かったという表情で来た壁を見た。

「おい、お前!ちょうどいい所に!」

「はいっ!」

男の人の低い声に呼ばれ、ジェリーは咄嗟に返事。その後で、どこに相手がいるのか探し始めるのだが、右左下と見た後で、上から呼ばれている事に気づいた。

「ここまで登ってこい!」

「ど……どこから」

「そこに水のエレベータがあるだろう!」

そこと指さされた場所にはゴンドラのようなものがあり、操作できそうなスイッチは一つだけ。ジェリーは足をふるわせつつゴンドラに乗りこんだ後、ボタンに指を押し込んだ。下から噴き上がる水に押され、ゴンドラが宙に上がる。ただ、予想以上の勢いで持ち上がり、ジェリーは転びながら上の階へと運ばれた。

「いたた……」

「寝ぼけているのか?エレベータを使う時は気と腰を引き締めるのだ!」

「ごめんなさい……」

駆け寄ってきた男の人にエレベータの乗り方を注意されるも、あまり怪しまれている雰囲気がないせいか、ジェリーは曲げていた背筋を軽く伸ばしていた。面と向かって間髪いれず、男の人はジェリーに頼みごとを始める。

「お前、いわゆるイケメンというやつだな。今からシャーベット様に、ご報告をしなければならないのだが、あの方は顔の良くない相手には冷たくあたるのだ。見ての通り、俺は男くさい顔だから、報告をお前に頼みたい」

「……え?あ……はい」

「……先程、城に侵入者があったと報告があった。捜索中なのだが、未だに見つからないのだ。ここが襲われたら氷のバリアが解かれるかもしれない。それをシャーベット様に伝えて欲しいのだ」

「あ……はい」

「よし、行け!」

「あぁ……はい」

パシンと背中を叩かれ、なしくずしにジェリーは乗り物の入り口に立たされた。ご丁寧に入り口まで開けてもらってしまい、こうなったら行くしかない。

「外で待っててやるのだ。早めに済ませて出てくるのだ」

ジェリーが乗り物の中へ入ると、自動で乗り物の入り口は閉じてしまう。試しに入り口の横にあるボタンを押してみると、乗り物のドアがシュッと開いた。

「入り口のドアで遊ぶと、シャーベット様に怒られる。やめるのだ」

「あぁ……すみません」

ドアで遊ぶと怒られるようで、もうドアを開ける事すら許されない。ひんやりとした空気が漂う乗り物の中へ目を向けると、薄暗い通路に青白いライトが点々と光っていた。いかにもな怪しい雰囲気にのまれないよう、壁に手をつきながら慎重にジェリーは先へと進む。

「……?」

初めは恐怖と戦いながら足を動かしていたジェリーなのだが、いつしか青白いライトの構造が気になってしまい、立ち止まって氷の中にあるライトを見つめていた。

「誰かいるのよね?早く来なさい!」

ジェリーが入ってきた事は奥からでも解るようで、ぼやぼやしていたら怒られた。以前、乗り物の中から聞こえた声と同じであった事から、ジェリーは声の主をシャーベットという女の人だと察した。カーテンを巻いて隠してある武器へと手はかけつつ、呼ばれるままに先を目指す。

楽器の姿はないが、どこからかムーディ音楽が。通路は一本道で、迷う要素の一つもなく広い部屋へと辿りつく。部屋の奥には階段があり、その先にステージのような場所がある。柔らかそうなベッドに細身の女の人が寝転がっている。

「あら?こっちへ来なさい。顔をよく見せて」

「……」

不用心に喋ると正体が見破られる可能性をみて、なるべく無言で対処するようジェリーは努めている。ぼやけている敵の姿が、近づくにつれて鮮明になる。シャーベットは長い髪を巻いており、顔からも気の強そうな様子が見受けられる。

「ん。かわいい顔。近くへ座りなさい」

ベッドへ座るよう言われ、そのままにジェリーはベッドへ腰を下ろす。しかし、どうも柔らかいベッドというのが不慣れなようで、腰が沈みこまないよう微妙に浮かせていた。それが緊張して見えたのか、シャーベットが顔を見ようと近寄ってくる。

「……いやだわ。他の女の臭いがする。用を済ませて、さっさと消えなさい」

「は……はい」

メラの臭いか王女の臭いか、はたまたジェリー本人の臭いか、他の女の人の臭いを感じ取ると、不快感を露わとしてシャーベットはジェリーから離れた。ともあれ、ここを離れられるのは幸い。さっさと立ち去ろうと、低い声を作りながらもジェリーは伝言にかかる。

「侵入者……まだ捕まっていない。気をつけて」

「……こっちを向きなさい」

ジェリーが短めに侵入者の件を報告すると、またシャーベットに呼ばれた。そちらを向くと、ビンに入った何かを吹きつけられる。きつい臭いでジェリーが咳き込んでいると、今度は肩からシャーベットに抱きつかれた。

「私に乗り買えちゃいなさいよ。どうせ、ろくでもない女でしょ?」

「う……わぁ!」

さっきと言っている事が違う。驚き余ってジェリーが逃げ出すも、大部屋へと来た道は閉ざされてしまった。何を悩んでいるのか、何秒かばかり目をつむった後、ジェリーはカーテンで覆いかくしていた注射器を露わとし、先端をシャーベットに向けた。

「お前……見た事がある。火の民の水使いだな!よくも私をだましたな!」

浮気を持ちかけた口で、シャーベットがジェリーに叫ぶ。すると、部屋の両脇にある穴から白い冷気が噴出され、天井から滴り落ちていた水が雪に変わる。

「だから、女は嫌いだ!死ね!」

女王といい、こんなに過激な物言いの女の人には会った事がない為、ジェリーは物怖じしている。フレイムタウンの女の人で、もっとも穏やかでない人ですらメラなのであるからして、このレベルには耐えられない。とにかく、攻撃を仕掛けるまで。

「は……ハイドロキャノン!」

重い一撃をジェリーが放つも、シャーベットの目の前で水が落ちる。何が起こったのか理解も出来ぬ内、あちらから氷の塊が飛んできた。避けようとするジェリーだったが、足元に落ちた水が既に凍りついており、足を取られながら回避する事となった。

「いた……なに?」

尻もちをついたジェリーの頭上を、3つの氷塊が通り過ぎていく。ただ、ジェリーは足元に氷が出現した訳を知りたいようで、危険を回避した事には気が向かない。なんとか柱の影へと逃げ込み、そこから敵の様子を見る。

「死ね!」

先程まで寝具であったベッドが、冷気を発しながら浮いて戦闘兵器へと化している。夢にでも見そうな兵器を目の当たりとし、ジェリーがバッと顔を柱の後ろに隠す。

シャーベットの乗っている兵器が発した氷塊は、ジェリーが隠れている柱を乱暴にエグッている。この場所も危険であるとみて、水でガードしながら隣の柱まで走ろうとするが……。

「ハイドロセイントガーディアン!あら……?」

注射器の中にある水が凍りつき、スイッチを押しても音しか出ない。それに気づいてジェリーは動作を固めているが、飛んできた氷は幸い一つも当たらず、ジェリーの横と上をかすめていった。すぐさま、ジェリーは別の柱の影へと走り出す。敵が氷を作るのには少しの時間が掛かるようで、次の攻撃を出されるより早く、ジェリーは避難する事ができた。

息は整えられたものの、こちらから攻撃する手段もない。再び注射器のスイッチを押してみるが、やはり水は固まってしまって出てこない。しかし、ジェリーの中で寒さと水の関係が明らかとなったようで、注射器の中に組み込んだボムハンマーを起動させてみる。

ドンという爆発音。もう一発、続けて爆発させる。一発目で氷が緩み、二発目で半分ほど解凍できた。再び凍ってしまうより早く、ジェリーはシャーベットへと攻撃を仕掛ける。

「ハイドロショットガン!」

今度は攻撃こそ出たが、シャーベットの乗る兵器へと着弾する前に凍りつき、床へと落ちて砕けてしまった。そこで、冷気を発している機械へ、ジェリーは攻撃対象を変更。再び爆発で注射器の水を溶かし、ガードを固めながら部屋の中央に向かう。

「ハイドロセイントガーディアン!」

「無駄無駄!」

ジェリーの出した水は瞬時に凍りつき、氷の壁となって敵の攻撃をはねのけた。部屋の中央にある筒状の機械へとジェリーは注射器の先を突き立て、最接近で攻撃を仕掛ける。

「ハイドロニードル!」

凍りつきながら飛び出した水に刺され、冷気を排出していた機械は爆発。その勢いでジェリーは後ろへ転がり、強く頭を打ちつけた。しかし、痛がる素振りも少なく、すぐに置き上がって目の前の機械を見る。冷気こそ止まっているが、部屋に立ちこめる空気は白いまま。他の機械も壊さねばならないようだ。

「よくも壊したな!調子に乗るな!」

シャーベットの乗っている兵器より、大量の水が溢れだす。だが、それを見る余裕はジェリーになく、急いで柱の影へと逃げ込もうとする。そこへ巨大な氷の拳が襲いかかり、隠れようとした柱は粉々。そこで初めて、ジェリーはシャーベットの乗っていたメカが、氷の巨人に変貌している様を見た。

「ホワイトジャイアントよ!こいつで殺してあげる!」

巨人の大きさは天井に頭をつける程で、一歩として動かずとも部屋の好きな場所へとパンチが届く。ジェリーはボムハンマーを起動させるが、燃料が少なく爆発は起きない。

拳を振り被った巨人に対して、対抗手段もなくジェリーが尻もちをついてしまう。そして、目をつむった。巨人の手が天井に当たり、乗り物全体が振動。それに応じて、今度は巨人の側で、白い閃光を放つ爆発が起こった。

「……なに?新手?」

巨人の拳を下げ、シャーベットが空いた天井の穴を見つめる。しかし、誰かがいる気配はなく、冷気とは違う白い煙が乗り物内に流れ込んでいる。即座にシャーベットの視線が下へ。だが、既にジェリーの姿は見えない。

「……どこへ行った!」

爆発により流れ込んだ白い煙と、部屋の下の方に溜まっている冷気で、ジェリーの姿が全く見えない。戦う手段が見つからず、ジェリーは這いつくばって身を潜めたようだ。シャーベットは怒り心頭、無差別攻撃を開始。

「うっとおしいネズミめ!砕け散れ!」

こうなると、もう当たるまで攻撃され続けるのみ。一つの対抗策もなく、ジェリーは震えながら部屋の隅で頭を抱えていた。

「メラメラ……ごめんなさい……」

「手ごたえがないわね!さっさと死にな!」

「……わっ!何か中で暴れてる!」

突然の甲高い声を受け、再びシャーベットが天井の穴を見る。そこには大きな目玉があり、目玉の主もシャーベットも驚いて仰けぞる。

「ば……化け物め!」

「わああ!化け物、怖いい!」

のぞいていたのはドラゴンだったらしく、恐怖と共に穴へとファイアーブレスを吹き入れた。熱い息から逃げようとし、シャーベットは氷の巨人とメカの部分を離脱させた。

「どっちが化け物よ。あいつも殺す!」

「は……ハイドロブラスター!」

「くそっ!どいつもこいつも!目障りなんだよ!」

熱された水をくみ取り、ジェリーがシャーベットに大量の水で攻撃。しかし、シャーベットの周りに氷の手が現れ、ジェリーの放った水を防ぐ。シャーベットの乗る兵器の周りには冷たい風があり、ジェリーの攻撃を吸収して氷の手が大きくなる。

「潰してやる!」

攻撃が効かないと解り、またもジェリーは柱の後ろへ。シャーベットも氷塊を作るには時間が掛かるようで、追いつめるようにジェリーを追う。

「……逃げても無駄よ無駄無駄……ああ?」

「ハイドロショットガン!」

柱の後ろには冷気を発している機械があり、その向こう側からジェリーが水を発射。氷の弾丸となって、シャーベットの兵器を貫く。

「な……なに?」

「外にいるんでしょ!この乗り物をひっくり返して!」

「ジェリーの声だ!よーし!」

シャーベットの兵器が動作不良を起こしている隙、ジェリーは外にいるドラゴンへと呼びかける。乗り物を掴む音が聞こえ、徐々に乗り物は傾きを見せた。天井が床に。床が天井に変わる。斜めになった壁をジェリーは駆けのぼり、天井に開いている穴から逃げ出した。

「ハイドロドライブ!」

「わぁ!ジェリーだ!無事で良かった!」

ジェリーが注射器から発する水で空を飛んでいると、敵の乗り物を城から投げ落とし、ドラゴンが同じ速さでついてきた。うまくドラゴンの頭に乗り、どうやって炎の石を手に入れたのか尋ねる。

「……私、敵の乗り物は壊せなかったのだけど、どうやって炎の石を手に入れたの?」

「ジェリーが上に行った後、少ししたら透明な石が濡れてきたの!もしやと思って火を吹いてみたら、先に進めたの!よかった!」

「王子たちも無事なの?」

「もちろん!このままフレイムタウンへレッツゴ―!」

フレイムタウンへ戻る際にも、やはりドラゴンは道を間違えながら飛んだ訳だが、疲れて飛べなくなる前には火山へと到着した。火山の裏側から入るとガルムがいて怖いのか、今回は普通に火山の正面へと着地した。

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