どきどき防衛戦争

最中杏湖

第1話

 この星は大部分が熱エネルギーと岩で構成されており、生ける者たちは熱のエネルギーを活かし活動している。そこへ、水の軍団が進軍してきたのは今から38の朝と夜を巻き戻した頃、宇宙より飛来した巨大な船は星の炎を塗りつぶし、冷え固まった岩の上に拠点を構えた。船の中から現れた大勢の兵士は様々な放水機を用いて、次々と侵略地を拡大。炎の星に闇をもたらした。

 ここ、フレイムタウンという街は活火山の近くに位置し、加えて水の軍団が構えた拠点から離れていた為、これまでは消火の被害とは無縁であった。だが、近隣国である帝国ガイアが制圧された事により、今回の攻撃対象となる。フレイムタウンに住む炎の民も応戦を試みるが、水の力を前にして炎は弱く、防衛隊員たちは時間稼ぎの為に力を尽くし、住民たちは忍びながらも街からの避難を開始する。

 そのような状況の中、フレイムタウンの近くにある山道を駆け登る少女が一人。彼女の名前はメラといい、フレイムタウンの自衛隊に所属する一般隊員である。このような危機的状況の中、なぜ単独行動をとっているかといえば、それは彼女の友人が唯一の原因である。

 友人の名はジェリーといい、メラとは幼き頃より知った仲である。ジェリーは炎の民には珍しく、水に強い興味を抱いている少女であった。友人はメラの他に知らず、山奥の古い建物で水についての研究……水科学の研究に没頭していた。親しい人が少ないとはいえ、人並みの優しさは持っているようで、山奥の研究施設を選んだ理由も、水の苦手な炎の民に配慮しての事であった。

 崩れかけている階段を3段ばかり登った先、四角い赤土のブロックを積んで作られた研究所が現れる。メラは穴が空いている場所から研究所へと入り、部屋の右奥にあるハシゴを降りて地下へと潜った。そして、自分の靴底がハシゴと噛みあっているか確かめながらも、下へ向けて声を落とす。

 「ジェリー?下にいるんでしょ?」

 メラが出した強気な声も空しく、返ってきたのは響いた自分の声だけ。火の灯りが地下に見えてくると、メラは何度か高さを確認してから一気に飛び降りる。地中には大きな空洞が広がっており、浅く水の入った容器を覗いている黒い髪の少女がいた。彼女を見つけると、メラは憤慨した様子で声を掛けた。

 「いるんなら返事してよねー!」

 「あっ……メラメラ。どうしたの?」

 「悠長に話をしてる場合じゃない!さっさと避難しないと、ここも危ないんだよ!」

 「……どうして?」

 「話はあとあと!」

 メラはジェリーの手を強引に引き、ハシゴのある場所まで連れて行く。そこで、ハシゴの上から落ちてきた物が顔に当たり、メラは後ろにいるジェリーへと背中を寄り掛けた。

 「つめたいっ!な……なんだこれ?水?」

 「水……?」

 冷たさで顔が真っ赤になったメラを見て、ジェリーは服の上に来ている青いコートのフードを被った。これはジェリーが水科学の実験を行う際に着ている物である。ただし、この星で水を入手する事は極めて手間な理由で、どれほどまでの水に耐えられるのかは未知数。また、市場に出回っている商品ではなく、ジェリーが個人的な用途の為に自作した服である。

 「ずるい!あたしも入れて!」

 メラはジェリーのコートをまくりあげて中に入り、ジェリーの胸元あたりから顔だけをのぞかせていた。成長が遅れているせいか、もしくは成長が終わったのか、メラはジェリーよりも身体的に未熟であり、それ故に成せた合体である。

 ハシゴを伝って水が流れ込んでくる。ジェリーは爛々として、メラは気持ち曇った表情で見上げていた。その後、おもむろにジェリーがハシゴへ近づくと、メラは足腰に力を入れてジェリーの体を押し戻した。

 「ちょちょ……大丈夫なの?こんなコート一枚で……」

 「手袋もあるから」

 ジェリーは両手に装着している黒い手袋をメラに見せつけると、ゆっくりとした動きでハシゴへと足を掛けた。メラはコートの中を移動し、ジェリーの背中に抱きつく姿勢を取った。幾ら力の強い火の民とはいえ、一人おぶってハシゴを登るのは容易ではない。だが、メラの体格が人並みよりも貧相であり、あんまり問題はなかったのだ。

 ハシゴを上り終えるまでには少し時間が掛かり、ジェリーが研究所の床へ足を付けた時に見えた光景といえば、天井が崩れ落ちている水浸しの部屋と、灰色に沈んだ空の色であった。ただ、それらには驚く様子も見せず、ジェリーは床にできた水たまりを踏みつけたりしていた。

 「上に着いた?着いてるよね?よいしょ……わっ!み……水だ!」

 地上へ着いた事を一人で何度も確認した後、メラはジェリーのコートから体を出した。しかし、ジェリーが水たまりの上に立っていたせいで、危うく滑って尻もちをつくところであある。

 「あぶない!ほら、こっち来なさい!」

 「あ……あぁ」

 メラに袖を引かれてしまい、ジェリーは水たまりから退散した。その後、研究所の外に誰もいない事を確認すると、メラは故郷の現状について細かく語り出した。

 「夜が来る前を狙って、水の軍団が責めてきたの。ここが壊れてるのも多分、そいつらのせいだと思う。今は防衛隊が街で戦ってくれてるけど、勝てるかは解んない。街の人達も避難を始めてるし、早く避難しないとダメなの!解った?」

 「……そっか。たいへんね」

 「たいへんなの!う……うわっ!」

 メラとジェリーは爆発音を聞きとり、崩れかけている研究所の壁に隠れながらも音の元を探した。すると、音と共に遠のいていく巨大な物体が空にあった。謎の物体は大量の水を小刻みに地面へと向けて噴射させ、それを推進力として飛行している。水を落とした先には地面があり、多量の水が弾けるに従って、細かな岩を溶かし破裂させていた。

 「研究所を壊れたのも、あれの仕業ね!」

 「すごい……水で飛んでる!」

 「こら……感心してる場合じゃない。こっちくるかも知れないんだから、こんな所からは退散退散」

 「あ、ちょっと待って」

 ジェリーが研究所の一角に置いてある箱をさぐっており、メラは足と手だけを走らせながら足踏みしている。しかし、あまりにもジェリーの用事が長引いたせいで、メラは面倒ながらも箱の中を見降ろす事となった。

 「……なに探してるのよ~」

 「発明品。役に立つかもしれないから。メラメラ、これ」

 「……予備のコートと手袋?長さ……じゃなくて、ウェストが合わないけど……ないよりはマシね」

 ジェリーの着ている物とは色の違う黄色のコートを受け取り、ぶつくさと言いながらもメラはコートを被り着た。サイズはジェリーに合わせてあるらしく、コートの裾はメラの靴に当たっている。メラがコートの裾を気にしている内にも、ジェリーはポケットやカバンに様々な道具を詰め込み、出発準備を完了させた。

 「うん。早く行こう」

 「散々、あたしを待たせたくせに~。ところで、その背中の大きいの何なの?」

 「安全に水を汲む道具」

 「持っていく必要ある……?」

 「……解らないけど、一応」

 「邪魔になったら捨てて行きなさいよね」

 「うん」

 ジェリーの背中には『安全に水を汲む』用途の道具があり、それはジェリーの体と同じ程の長さを誇っていた。形は筒状をしていて、先端が針のように細長くなっている。より鮮明にイメージを伝えるのであれば、巨大な注射器という言葉の一つで片付く代物である。

 まずは街の様子を確認すべく、湿り気のある土を踏み、2人は山道を下っていく。道は高低差が激しく、研究所から街へと辿る道のりも直線ではない。深さの知れない谷底を回避しつつ街へと向かう道中、なだらかで広い地形の場所と出会った。そこに見慣れない影を見つけ、メラはジェリーの背中を引っ張って岩陰へと隠れた。

 「……どうしたの?」

 「静かに!さっき飛んでいった変なのがいる!」

 大体の場合、静かにしろと言う方の声が大きいもので、あちらに気づかれなかったのは幸いである。平地には先程の飛行物体が2つ設置してあり、その大きさはジェリーとメラが隠れている岩を1として、推定30はあるものであった。しばしメラが監視を続けていると、物体の中から人の姿をした何者かが現れた。

 「アマカゼ隊長!目標地点に到達を確認!指示をください!」

 一般兵の出で立ちをした男に呼ばれ、背の高い厳格そうな男が物体の内部より現れた。その様子を見て、やっとメラは物体が乗り物である事実に気づく。

 「どうして唐突に水の軍団が現れたのかと思ったら、あんな乗り物が用意してあったのね。でも、街から外れた、こんな場所で、何を企んでるんだろう……」

 「位置、方向、地形の傾斜、よ―し!準備が整い次第、街へ向けて放水を始めろ!」

 「了解!」

 乗り物の前面には水を排出する大きな口があり、ゆっくりと手前に倒れる形で蓋が引き下げられている。アマカゼという人物と兵士の会話を盗み聞き、ジェリーは敵の目的を察して知る事が出来たようで、まれに見る慌てようでメラへ何かを言い伝えていた。

 「街に向けて、水を放出するみたい」

 「……なんの為に?」

 「……街を壊すつもりかも」

 「こんな遠くから?」

 「……」

 口で言っても重大さが伝わらないと感づいたらしく、ジェリーは実験に使っている皿のような物をバックの中から2枚だけ取り出した。一枚目の皿で地面の水たまりから水をすくい、斜めにした2枚目の皿へと水を流した。ちょろちょろと零れ落ちていく水を2人で見つめた後、メラは口を尖らせて物申した。

 「こうなるの」

 「……つまり、どうなるの?」

 「水……ななめの場所だと速く流れ落ちるの。だから……」

 「……」

 街のある場所と山の斜面と敵の乗り物を見つめている内、情報の足りなかったメラにも危機的状況が理解できたらしい。メラは何かを急かすようにして、ジェリーの肩をゆすり始めた。

 「どどど……どうするのよ!あんな大きなのに入ってる水に襲われたら、街は一巻の終わりじゃない!今すぐ、防衛隊に伝えなきゃ!」

 「間に合うかしら?」

 「それは解らないけど……」

 「放出開始まで、残り300カウント!299……298」

 「ごめん!やっぱり間に合わない!もう、どうしたらいいんだ……」

 敵兵の一人が水の放出へ向けてカウントダウンを始め、乗り物からは大勢の兵士が駆け下りてきた。諦めて座りこんだメラを見て、ジェリーは迷いながらも背中の巨大注射器を抱え持った。

 「まだ、出来る事はあるかも」

 「……そうかなぁ」

 「うん」

 「……そうだよね。まず、やれる事をやらなきゃね!で、それでなにするの?」

 「これをこうして……ハイドロバスター!」

 注射器の先端を地面の水たまりへと向け、ジェリーが謎の呪文を力強く唱える。すると、道をふさぐ程だった水が一瞬で注射器の中へと吸い込まれた。咄嗟にジェリーの口を抑えたメラだったが、敵に気づかれていないのを確認して手を離した。

 「ビックリしたぁ……音声スイッチ式の装置なんなら、先に言いなさいよ」

 「ご……ごめんなさい」

 「でも、これ使えるんじゃない?これで、あの乗り物の水を全部、吸い取っちゃえばいいんだよね?」

 「……え?」

 「……え?無理?できなさそうなの?ううん……よし、次だ」

 「うん」

 この道具に使い道はないと見て、メラは次の道具を出すようジェリーに促した。さて、次に取り出したのは小ビンに詰まった茶色の粉。この粉を水に少量だけ加え、ゆっくりと混ぜていくと、水が固まってプルプルになりました。

 「すっごーい!世紀の大発明ね!この粉の名前は役立たずにしましょうよ!」

 メラの心ない発言を受けて、ジェリーは心を打ち砕かれたように、しゃがみ込んでいた。

 「……ごめん。ウソウソ……次、いってみよう!」

 「うん……」

 ジェリーはバッグの中から鉄の玉を取り出し、それを泥で汚れている水の中に転がし入れた。

 「だんだん、水が綺麗に……」

 「なんで、それを出してきたのよ!このタイミングで!」

 「100……99……」

 「あぁ、もう時間がない!もう!こうなったら行くしかない!」

 メラは腰に下げていた機械を構え持ち、大勢の敵が待機している道の先へと走り出た。これは火科学で作られた武器であり、火科学というものは火に関する研究の賜物である。その内容は炎の扱いを初歩とし、火に強い素材や弱い素材の活用法、溶炉の製造にも及ぶ。

メラの所持しているものは『砲火器』という名を持ち、一般的に支給されている隊員用の武器となっている。その構造は単純であり、機器内部に備えられている玉が人の声を振動で判別。持ち主だと認識した後、発せられた言葉に応じて様々な形状の炎を引き出すというものだ。つまり、必殺技を叫ぶと技が出る。

 「くらえ!ファイアーアロー!」

 細長い武器の先にある銃口より、矢のような形の炎が飛び立った。水の軍兵を2人だけ倒したが、すぐさま他の兵が水撃兵器で応戦。かき消されてゆく火の矢を見届ける事もなく、メラは小さな岩陰に逃げ込んだ。乗り物を押さえていた敵兵は背中の武器を持ち直し、次々とメラの方へ攻撃を向ける。

 「こんな大勢が相手じゃ、勝てる訳ないじゃん……」

 「メラメラ……大丈夫?」

 岩陰をつたって、ジェリーがメラの元へと駆けつけた。しかし、ジェリーは戦闘の心得がない為、心配した様子でメラに叱られていた。

 「危ないから、あっちで見てて!う……うわっ!」

 敵兵の撃ち出す水が岩に当たり、バリバリという音と共に壁が破壊されている。音が止んだ時を見計らい、ジェリーは小声で何か言っている。

 「もしかすると、水は重いから、高い所までは届かないかも……」

 「そうなの?解った。やってみよう!」

 メラは敵の目を引くように岩壁から転がり出ると、軽快な動作で高い場所へと飛び上がった。腰を下げつつ武器を上に向け、敵への攻撃を再開した。

 「メテオスコール!」

 大きな炎が空中で分散し、広い範囲を燃やしている。水の軍も下から水を放っているが、放物線を描く弾道はメラの立ち位置まで届かない。また、敵兵は大量の水を背負っている為に動作が重く、メラを追い掛ける事も叶わない様子であった。

 「ここは安全だけど……すぐに炎が消されちゃう!」

 乗り物を守る兵士が手薄になり、街へ水を流すカウントはストップしている。だが、下から迫る水の応酬に炎は敵わない。敵が自分の場所から離れ始めている事を知り、メラは更に体勢を低くして少し遠くの敵を狙い撃った。ただ、敵を倒す事に意識を集め過ぎたのか、敵の放水によって足元が脆くなっていると気づかなかった。

 「わっ!」

 メラが転がり落ちたのを好機と見て、敵兵は大勢で一斉に彼女を取り囲み、その一人はメラの手から離れた武器を足で踏みつける。倒れたメラに銃口を押しつけながらも、髪の長い隊員が乗り物の近くにいるアマカゼ隊長へと呼びかけた。

 「隊長!こいつ、どうしますか!?」

 「捕虜にして使い道はないが……捕えておけ」

 「了解!」

 「やめて……メラメラに手を出さないで!」

 いてもたってもという様子でジェリーは日陰から飛び出し、巨大な注射器状の水くみ機を敵の集団に差し向けた。それの正体を知っている者からすれば滑稽な絵であるが、なにせ形状だけはバズーカ砲に匹敵するインパクトを持っているもので、水の軍団も動揺を隠し切れない。そこで、まずは脅しをかけようと、敵兵の一人がメラの腕をつかまえ……ようとした寸前の事。

 「おいっ!こいつの命が惜しくば……」

 「は……ハイドロバスター!」

 「うおっ!」

 交渉の余地はなく、ジェリーの所持している水くみ機から水が発射された。その威力は凄まじく、撃ち抜かれた敵兵は空の彼方へと消え、投げ飛ばされたメラは近くを転がっている。すぐさま、メラは跳ねるように体勢を立て直すと、自分の武器を拾うために走り出し叫ぶ。

 「な……なんか解んないけど、どんどんやっちゃって!」

 「う……うん。ハイドロバスター!」

 ジェリーは発射した水の勢いで尻もちをついていたが、メラの声に気づくと再び攻撃を開始した。その一方、メラも砲火器を手に取ると、すぐさま反撃の言葉を口にした。

 「ファイアーアロー!」

 戦況が変わったと見て、ついにアマカゼ隊長が乗物から降りてくる。

 「我が軍に2人ぼっちで挑むとは、笑止……」

 「ハイドロバスター!」

 「ふんっ!効かぬわ!」

 数秒ほど水圧に耐えた後、隊長は山の向こうへと吹き飛ばされていった。隊長を倒された事により、敵軍は撤退を始めている。兵士が全て乗り物に乗り込んだのを見届けると、ジェリーは注射器に残っている全ての水を放出して乗り物へと攻撃した。

 「……ハイドロバスター!」

 巨大な機体は棒の先で突かれた玉のように飛び、落ちた音さえも聞こえない場所へと消えていった。他に誰もいなくなった山道で、ジェリーとメラは唖然とした表情をしている。それから時間をおかず、眼下に見える街の火が輝きを失った。そこで、2人はフレイムタウンが攻め落とされた事を知った。

 「街が。どうしよう……メラメラ」

 「ほら、見張り台に煌めきの石が置いてあるでしょ。あれが光っていたら、街の人達が避難を終えてる合図なの。きっと、みんな無事よ」

 「そっか。よかった……」

 「……よかったわよ。早く行こう」

 もの聞きたそうな顔でメラはジェリーの注射器をチラチラと見ていたが、そんな事は後回し。街の人達が待っている避難場所へ向かうべく、ジェリーの手を引いて歩きだした。

 メラはフレイムタウンの防衛隊員であるが、実際に敵を迎えて戦ったのは今回が初めて。興奮か恐怖かも定かでない気持ちが胸につかえ、避難場所へ足を急がせている最中は言葉が出てこなかった。普段から訓練しているメラでも気が動転するのだから、非戦闘員であるジェリーが足を震えさせているのも当たり前である。

 住民たちが避難した先は街から少しだけ離れた火山の中で、普段は鉱物の採掘が行われている場所である。炎の民にとって食料となる白石が豊富な上、街の人々が逃げ込めるだけの広さを持ち、マグマによって高温が保たれている事から、水の軍団が責めてくる可能性も低いと見られる。ジェリーとメラは山の入り口にあるトンネルを通り、坂道の先にある熱気エレベータへと乗り込んだ。

 「動くかなぁ……」

 壁に備え付けてあるスイッチをメラが全体重で引き下げるも、エレベータはガタンともゴトンとも言わない。そこへ、髭まみれで色黒の老人が現れた。

 「メラ、生ぎてたが。隊員の人数が足りんが、誰がいねぇのか解らんど、防衛隊総長が歯軋りしとったど」

 「ジェリーを探しに行くって言って行ったんだけどなぁ……ところで、エレベータが動かないんだけど」

 「そんなら、ここだ。うりゃ」

 男の人がエレベータの下にある石を足で退かすと、ゆらゆらと揺れながらもエレベータは上に引かれ始めた。メラとジェリーが乗り込むまで男の人はエレベータを抑え、自分も乗り込むとエレベータの隅に置いてあるイスに腰かける。その後、何を言っているか解りにくい声でジェリーに話し掛けた。

 「街にいねぇがら心配しとったげども、ジェリーは、どごに行ってただ?」

 「……街の……外」

 「この人、工房長のジガーさんだよ。ジェリー……何回か会ってるでしょ」

 誰と話しているのか解っていないと見て、メラがジェリーに名前を教える。ジガーは特に気分を害した様子もなく、メラへと別の話題をほうっていた。

 「そりゃ、着てるのが変な服だが。家がら持ってきただが?」

 「そうそう!あたしたち、水の敵をやっつけたの!すごいでしょ!」

 「そうだか。早いどこ、隊長に報告しどけ」

 「うん!」

 話が噛み合わないのは普段の事であり、ご愛敬である。エレベータが止まるのを待ち、メラはジェリーの手を引っ張って外に出た。山の4合目あたりにマグマの溜まり場があり、その熱の立ち上った先に鉄の足場が組まれている。体の冷えた者は温かい場所に集まっていて、その他の人々は不安げに立ち話などをしていた。

 「あっ、お父さん!ジェリーいたよ!」

 「メラ……よく、無事に戻った。ジェリーも、ケガはないようだな」

 採掘場のゴンドラが下がり、戦闘員らしくない雰囲気を持った男の人が降りてきた。彼はメラの父親であり、防衛隊の司令官を務めている。ジェリーはメラの家に居候している為、同時に彼はジェリーの保護者でもある。

 「たった今、我々の現状を街の皆に報告したところだ。メラが避難を終えた事は、私から隊長に報せておく。エリザ君、2人を案内してあげてくれませんか?」

 「承知しました」

 メラの父親は隣にいる若い女の人へと2人を託し、白い金属で出来た厚い扉を開けて別の部屋へと向かった。エリザと呼ばれた女の人は街の東側を守る防衛隊の副長であり、長い刀身のある砲火器を肌身から離さず持ち歩いている。主に面倒事を全て任せられている司令官から零れた面倒事を押しつけられている事から、基地内でも司令官とペアでいる事が多い人物であった。メラとは基地などで多く会うが、ジェリーとは面識が薄く、やはりジェリーは2、3歩だけ後ろを歩き、会話はメラに任せる事とした様子である。

 「エリザさん!教えてもらった通り、ちゃんと武器を使えました!」

 「それは良かった……しかし、砲撃を出すたび、あの凝ったキーワードを口にしたのですか?」

 「はい!」

 「そ……そうですか。しかし、どこで砲火器を使用したのですか?」

 「水の軍団と戦闘になっちゃいまして……」

 「水の軍と!?なぜ、そのような無茶な真似を……怪我はないですか?それに……ここへ避難していると気づかれては……」

 「あの……大丈夫です!それは」

 ここまで大袈裟に心配されるとは思わなかったようで、メラは都合が悪そうにエリザへと言い訳を始めた。

 「いや、あたしは……大して戦ってなくて、本当はジェリーが敵を追い払ってくれて」

 「ジェリーさんは砲火器も武器も使用できないでしょう……怒ったりはしませんので、本当の話を聞かせてください」

 「本当なんですよ!ジェリーからも説明してよ~!」

 「……え?」

 フレイムタウンの人々はジェリーの研究について詳しくなく、メラの言葉だけでは事の成り行きを信じてくれない。仕方なく、ジェリーがエリザに謝罪する。

 「あの……勝手な事をして、すみません」

 「では、水の軍団を撃退したというのは……本当なのですか?」

 「それは本当ですよ。こんな状況で嘘ついても、しょうもないですし」

 ジェリーの代わりにメラが視線も強く訴えると、エリザは信じがたいという表情のまま余所見をしていた。そして、自然と止まっていた足を動かしながら、ひとまず話題を締めくくっていた。

 「にわかには信じられませんが、のちのち司令官へ報告します。まずは奥さまの所へ案内しましょう」

 「ほんとなんだけどなぁ」

 「行きましょう」

 なにやら納得いかない様子を見せながらも、エリザは2人を台所へと案内した。採掘場の手前に位置しており、鉱夫の昼食を用意する為に設けられただけの小部屋である。だが、本日は避難した街の人々への食料を供給しなければならず、調理師は交替制で引っ切り無しに料理を作り続けていた。

 「奥さま。娘さんたちが、お見えになりました」

 「あら?まぁ、遅かったわね!」

 メラの母親は男達に交じって料理をよそっていたが、エリザの声を聞くと皿を持ったまま走ってきた。料理を落とさない器用な仕草で彼女がメラとジェリーを抱きしめると、周囲の視線が勝手に集まってしまう訳で、すぐにメラは腕の中から抜け出して反感を見せていた。

 「はずかしい……やめてちょうだい」

 「心配させたんだから、そのくらい辛抱なさい。その点、ジェリーは素直よ」

 「……」

 「緊張して逃げ出せないだけだよ……」

 ジェリーが体を固くしており、それに気づいたメラの母親は腕から彼女を解放した。その後、思い出したかのように料理を差し出した。

 「今が一番、熱いから、食べなさい」

 「あたしたちは後で良いよ。他の人が待ってるかもしれないし」

 「そう?じゃあ、運ぶの手伝って」

 「わた……私も手伝いましょう!」

 「……エリザさん。あなたは、お休みしなさい。寝てないのでしょう?」

 手伝いに名乗り出たエリザだったが、見るからに疲弊していたせいでメラの母親から寝るよう言われていた。結局、メラとジェリーだけが休む事なく仕事を引き受け、一段落ついて食事をとったのは空が明るむ頃であった。地面に鉄が敷いてある場所へと座り込み、メラとメラの母親とジェリーは白い砂利を口に含んでいた。やっとの事で心安らいだせいか、メラが荒げた息と共に本音を吐き出している。

 「つかれたよ~。そもそも、水の軍団が来なければ、こんな事にならなかったのに……やつら、何者なの!?」

 「あの人……パパがいうには、空の彼方から現れたと聞いたけど……誰なのかしらね」

 「じゃあ、宇宙人って事?この星を侵略しに来たのかも……あたしが強かったら、追い返してやるんだけどなぁ。ジェリー、その水をすくう機械って、もっと作れないの?」

 母親から敵の情報を仕入れると、メラは明らかな憤りを見せながらジェリーに提案した。すると、ジェリーは口をこもらせながら短く返答した。

 「ううん……無理。設計図を紛失したから」

 「そっか……そもそも、あたしたちじゃ水の事が解んないから、ちゃんと扱えるか解らないよね」

 「あ……でも、水を弾く服なら、時間をかければ作れるかも」

 「水を弾く服って、2人の着てる変わった服?」

 「うん」

 メラの母親はジェリーとメラが来ているレインコートをまじまじ見つめると、メラにレインコートのフードをかぶせながら軽い口ぶりで言う。

 「うん。にあってるわよ」

 「うーん。水に濡れないのは良いけど、少し大きいのが嫌だなぁ……」

 「よければ、あとで下の方、切ってあげるわ。ジェリー、構わないかしら?」

 「うん」

 ささやかな食事を終え、メラとジェリーは寝床を探して歩き始めた。家族の居る者は広間に集まり、その他の者は男女で別れ、西と東の大きな通路に場所を確保している。それらに習って移動し、ジェリーとメラも東の通路に腰を落ち着けた。相当な疲れを溜め込んでいたのか、メラは座ったと同時に体を横に倒した。

 「もう動けない~。あたし寝る~」

 うつ伏せで床に頬をすりつけていたメラだったが、ジェリーがカバンから何か出し始めたのを知ると、だらしなく倒れたままジェリーを見上げた。

 「……なにそれ?」

 「水の兵士が落としていった武器。何か参考になるかもと思って」

 「まぁ、ちゃっかりさん。で……見て何か解りそうなの?」

 「……すごい機械だと思う」

 「すごいの?どこが?」

 「……よく解らないけど」

 「よく解んないのに凄いの」

 「よく解らない物は、凄い物だから……」

 「う~ん……」

 ジェリーの言葉が足りないせいか、メラが研究者ではないせいか、いまいちメラは心に入ってこない様子であった。しかし、こういった場合に追及しないのがメラの性格であり、今回も後を濁さず話が進んで行く。

 「ジェリーは科学者じゃなくて、本職はウェイトレスだから……一人だと解んない事も多いよね」

 「うん……奥さまの店、壊れたりしてないかな」

 「どうだろう。山から街を見た時は、そこまで崩壊してたイメージないけど」

 メラの母親は食堂を経営しており、その店でジェリーはウェイトレスとして働いている。つまり、科学者としてはアマチュアである。なお、メラも防衛隊員であって研究者ではない。

 「……まぁ、いいや。今は考えるのも面倒だし、壊れてたら修理すればいいの。いつ街に戻れるかだって解んないんだし」

 「そう……だよね。あ……コートの裾を切っておくから、貸してちょうだい」

 「うむ、頼む。じゃあ、おやすみ~」

 メラはコートだけ脱ぐと目を閉じて、今度こそ本当に眠ってしまった。メラの寝顔を見つめた後、ジェリーは水の兵隊が持っていた道具を解体し始めた。

 それから、2人にとっては短い時間が経ち、メラは辺りが騒がしくなった事に気づいて目をさました。

 「んんん……何かあったの?あれ……ジェリー、まだ起きてたの?」

 「うん。なんだろう」

 「……あの、すみません。何かあったんですか?」

 近くを走っていた防衛隊員にメラが尋ねてみると、彼は急いでいると言わんばかりの早口で説明してくれた。

 「隊歴の長い者に招集が掛けられた。街の様子を偵察に向かうようだ」

 「そうなんですか。ありがとうございます」

 走り去っていく隊員を見送ると、メラは壁に背をつけて座りなおした。まったく動く様子のないメラを見て、ジェリーは呟くように質問した。

 「行かなくていいの?」

 「だって、あたし隊に入ったの、ちょっと前だもん」

 「意外と短いのね」

 「あんた……さては、あたしに興味ないでしょ」

 「そうじゃないけど……もっと前から基地へ行ってたような」

 「遊びには行ってたけど、ちゃんと入隊したのは最近だからね……お祝いで良い物、食べたでしょ?」

 「……あ」

 「ほら、思い出した。あたしの事より料理の事の方が憶えてるんだー。もういいよー」

 「ごめんなさい……怒らないで」

 メラは隊の様子を見に行くようで、ぴょこと立ち上がって通路を歩き始めた。その後ろをジェリーがオロオロと歩いていくのだが、その数秒後には普段と同じく横並びで歩いていた。

 ゴンドラの設置してある広間には防衛隊の精鋭が集結しており、隊列の前には第一支部の隊長と司令官が起立していた。各部隊の隊長が隊長に向けて手を上げると、総隊長であるアバは憤りを解き放つが如く叫んだ。

 「諸君!我が故卿が攻め落とされた!これは、紛れもない我々の失態である!この屈辱と、炎の民としての威厳を胸に!フレイムタウンをいざ、奪還せよ!」

 隊長への信頼と、出撃へ向けての気合を込め、隊員たちが咆哮にも似た声を上げている。その振り上がった拳を静めつつ、司令官が話を続ける。

 「……本件は偵察任務となります。自己防衛以外での戦闘は禁止です」

 「司令官!お前、負けたままで恥ずかしくはないのか!」

 「皆さん。念の為、砲火器に燃料は補充しましたか?」

 「……あっ!失念しておりました!」

 「エリザ君……ただちに補給してきなさい。そして、食料は隊から支給されている弁当箱に入る分だけです。その他は置いて行くように」

 「おい、司令官!腹が減っては戦が!」

 「本日は偵察任務になりますので」

 メラの父親が総隊長と隊員一派をまとめており、この様を見た一般市民が、一様に司令官を『司令官先生』と呼ぶのである。『家族に行ってきますを言ったか』から、『カバンの口が閉まっているか』まで確認した後、やっとの事で司令官は出動の合図を出した。

 「第1部隊の隊員より、順に出動してください。では、鉱山へ残る隊員は、街の人々を頼みます」

 第一支部の隊に付いて司令官も出動し、指令の通りに他の隊も足を動かした。第4部隊と第5部隊の隊員は住民を護衛する為に残されるらしく、安堵している者や不服そうな者も見受けられた。メラも残された隊員の一人であり、周りの動向から自分のすべき事を探ろうとしている。

 「さてと、あたしは何をしたらいいかなぁ」

 「メラメラ。奥さまが手を振ってる……」

 「う~ん……また、昨日と同じ仕事かぁ~」

 案の定、ジェリーとメラは料理を運ぶ役目を受けたのであった。父親の安否を思う間もなく働き続け、しばらくの時を経て休憩に入った。少しでも外の様子を知りたいのか、2人は鉱山の上層にある窓つきの部屋で食事をとった。

 「お父さんも、みんなも無事かなぁ」

 「メラメラ……そこから、なにか見える?私には何も見えないけど」

 「いや、ぜんぜん。もう、街の辺りに着いた頃だろうか」

 目を凝らしても凝らしても、ゴツゴツとした風景しか見えず、ふてくされた仕草でメラはヒザを抱いていた。母親の作ってくれた弁当箱には温めた白石と、赤鉄の細巻き、砂岩で作った小さなケーキが詰めてあり、ジェリーとメラは一塊ごとに摘まんで口へと入れていた。しかし、メラは赤鉄の細巻きが好みでないのか、会話の合間合間に何気なく、ジェリーの弁当箱へ入れようとしていた。

 「メラメラ……奥さまが作ってくれたのだから、自分で食べないとダメよ」

 「……これ、ツルツルしてて嫌い。食べたら、頭が痛くなっちゃう」

 「じゃあ、せめて……半分は食べて」

 「どうせ残しちゃうんだから、もったいないよ。全部あげる」

 「そんな事、言わないで。一つだけでも……」

 「だって、あたしが口つけたのは……食べたくないでしょ?」

 「ん……」

 「でしょ?ダメにしちゃうより、食べれる人が食べた方がいいよね?」

 「いや……あ……あれ?メラメラ……あれ、なに?」

 ジェリーが窓の外へと顔向きを逃がしたところ、火山の方へ飛んでくる大きな影を見た。最初は話をはぐらかされたと思ったメラだったが、異常事態だと気づき弁当箱をバッグへと片づける。そして、ジェリーに簡単な指示を出した後、すぐに仲間の元へと報告に走ったのであった。

 「ジェリーは下にいる人達の所に行って、一緒に避難して!あたしは隊に報せてくる!」

 「う……うん。解った」

 昨日に見た物と同じ乗り物が火山の上へと飛んで行くのをながめてから、ジェリーは一般市民の避難場所となっている火山の中腹へと向かった。ゴンドラから降りた場所に防衛隊員がいて、どこへ行けば良いのかジェリーに指示を出してくれた。

 「敵は火山上層の東側へ着地した。なんとしても我々が食い止めるからして、下にあるマグマの溜まり場まで避難せよ!」

 「……解りました」

 壁際の階段を下った遥か先、火山の中央ではヘドロのような溶岩が紅色の光を放っている。溶岩を縁取っている地面には男の人達が立っており、火山の更に下へと他の住民たちを誘導していた。

 「君は確か、司令官の家に住んでいる……奥さまには先に下の空洞へと避難してもらった。早く行って顔を見せてあげなさい」

 「……奥さまは無事なのね。よかった……教えてくれて、ありがとう」

 メラの母親が無事であると宿屋の主人から告げられ、ジェリーは安堵の息で感謝を伝えた。その後、街の人々が避難している階層へと急いだ。

 火山下層部の空洞は溶岩が溜まっている場所の下にあり、分厚い天井岩を越して溶岩の熱が下がってくる。この火山は惑星にある中でも最大級であり、付近の大地に溶岩の熱を伝え、一定以上に保つ役割を担っている。その温度は凄まじく、少量の水は熱に負けて気化してしまう程である。敵が水で責めてくる以上、ここよりも安全な場所は見つからない。

 ジェリーが他の住民たちに交じって空洞へと降りると、すでに空洞の中へは手を広げる事も難しい程の人数が避難していた。そんな中、メラの母親は怯えている人々と、状況が把握できていない子ども達に優しい言葉を掛けている。そこへ参加していく勇気はなく、ジェリーは壁際に背をつけたまま、不安げな表情で天井を見つめていた。

 しばらくした後、上の階で騒がしい声が聞こえてきた。すぐに男の人がハシゴを飛び降り、街の皆に状況を報告した。

 「溶岩が黒く固まっている!手の空いている者は上に来てくれー!」

 降りてきた男の人の声を聞き、戸惑いを露わにしながらも数人の若い男の人が上へと向かった。人の声が止んだところで、ジェリーはメラの母親へと話し掛けた。

 「奥さま……無事だったのね」

 「あぁ……ジェリー」

 メラの母親は走り寄ると同時にジェリーを抱きしめ、少しの間だけ彼女の体温を確認してから、顔を上げて語りかけていた。

 「あなたが見つかって良かった……あの人もメラも、今頃は……」

 「……」

 かける言葉に迷ってジェリーが目をそらすと、空洞内の気温が急激に下がっているのを感じ取った。周りの人々も体が冷えてしまい、深刻な表情を更に俯かせている。先程の憂鬱な言葉を振り切るようにして、ジェリーはメラの母親へと伝えた。

 「水についての問題だったら、何か……役に立てるかも。私、上の様子を見てくる……」

 「……そうね。ううん。絶対、みんなも無事なはず!私は大丈夫だから、ジェリー……行ってあげて」

 「……うん」

 メラの母親が肩から手を離してくれるまで待ち、ジェリーは人の間を縫うように歩いて上の階へと続くハシゴまで向かった。念の為にレインコートのフードを被り、まだ熱の残っている鉄製のハシゴを登る。上の階には溶岩の光がなく、青黒くなった岩壁だけがジェリーの目に映り込んだ。

 溶岩のある場所まで登り着き、ジェリーが辺りの様子を見まわしている。ねばねばと動いていた溶岩は冷えて固まり、表面に薄い水たまりを作っている。それを男達はシャベルで取り除いているのだが、水は上から流れ込み続けていて、取っては増え取っては増えの際限ない作業と化していた。水の出どころを確かめるべく、ジェリーは忙しそうな男達を横目にしながらも上の道へと向かった。

 「……わぁ」

 上の階は下よりも水びたしとなっていて、その光景を見てジェリーは思わぬ声が出る。このままでは歩くにも不便な訳で、ジェリーは背中に担いでいた巨大注射器を手で持ち直した。

 「ハイドロバスター!」

 波打っていた水は全て注射器へと吸い込まれ、入った水は注射器の発する淡い光に当たって輝いていた。水の流れてくる場所は更に上らしく、静かな火山内に水の流れる音が響いている。ジェリーが足を動かすと、曲がり角の方から聞きなれない声が届いた。

 「お前、敵兵か!」

 「は……ハイドロショットガン!」

 「うごお!」

 敵の一員と見られる身なりの男の人が現れ、重そうな水撃銃をジェリーの方へと向けた。しかし、射程範囲へ入り込むよりも早く、注射器から放たれた水の弾丸を体に受ける事となった。

 男の人は道の奥にある出入口から火山の外へと投げ出され、その際に武器だけをその場に落としていく。敵の武器は大きかったために拾い上げる事はできなかったが、ジェリーは武器のコアとなる部品だけを取り出して手に入れた。

 注射器が正常に機能したからか、ジェリーは僅かばかりの自信を足取りに見せながらも先へと進む。ここから先は道が幾つにも別れていて、鉄板を張り付けただけの看板に導かれて歩かねば行き止まりとなる。ただ、ジェリーの目的は水の出どころを知る事である為、今回は水の流れ来る方向を見て進行した。

 ジェリーの息が切れてきた頃になり、うめくような人の声が道の先から聞こえてきた。壁の角に隠れながらジェリーが大部屋をのぞき見たところ、ヨロイを着た隊員達の倒れている姿が発見でき、ジェリーは敵がいないのを確かめながらも歩み出す。街で会った事のある男の人を近くに見つけ、ジェリーは/怖々とした口調で話し掛けていた。

 「何が……ここで起きたの?」

 「あんた……こんな所まで、危ない。しかし……下は、ど……どうなった?」

 「きゅ……急に溶岩が固まってしまって。様子を見に来たの」

 「水と共に、透明な冷たい岩が押し寄せ……その後、敵は退散したようだが……が。それが、達成すべき目的だったのか……」

 男の人も周りの隊員たちも、身動きがとれないくらい寒さで体を震わせていた。思い出したようにジェリーは隊の中を歩いてみるが、やはりメラの姿が見当たらない。来る途中に会っていない以上、まだ前線に取り残されている可能性が高い。何かを考える様子もなく、ジェリーは火山の上層へと急いだ。

 -広い火口が、徐々に頭上へ近づいてくる。あと少しだけ登ると頂上という場所で、ジェリーは火山の山肌にある道へと出た。山をぐるりと周回するように歩いて行くと、水の弾ける音が激しく聞こえる。何人かの防衛隊員が敵と対峙しており、やはりメラの声が最も映えて響いていた。

 「あぁー、もう!他の人たち、どこ行っちゃったのよ!」

 水の銃弾を岩の柱で防ぎながらも、メラは防戦一方な戦況を叫んでいる。防衛隊員の何名かは寒くて動けないらしく、主に反撃しているのはメラと他2人ほどであった。彼らがいる場所はジェリーのいる場所から離れており、敵兵はメラ達の方を攻撃するのに集中している。となれば、隠れて攻撃したくなるというものである。

 「……ハイドロショットガン!」

 「うわーっ!」

 「どうした!伏兵か!?」

 「おっ、チャンス到来か!メラ、ケガ人を下へ避難させてくれ!俺が、お前らを守る!」

 水の軍団がジェリーの攻撃に怯んでいる隙を見て、特徴のなさそうな少年が単独で責めに転じた。彼の口ぶりは大いに立派であったが、3秒後にはケガ人となって戻ってきた。

 「ちっ……守れなかった……」

 「何をしてるのよ!さっさと後ろに下がりなさいよ!」

 「……はい」

 少年は背中を小さくしながらも、他のケガ人と一緒に後方へ控えた。そんな事をよそにして、ジェリーは火山の下の方で敵から奪取したパーツを注射器へとセットし、新たな機能のポテンシャルを攻撃がてらに確かめていた。

 「ハイドロ……ボム!」

 注射器の先に溜めた水の玉を投げ込むと、敵の兵隊たちは別々の方向へとバラバラに吹き飛ばされ、悲鳴さえ残さずに空の星となって消えた。それを見送りながらも、ジェリーはメラが隠れている場所へと向かった。

 「メラメラ……それと、防衛隊の人達。大丈夫?」

 「ジェリー……こんな所まで、何しに来たのよ!」

 「ごめんなさい……でも……」

 「……もう、何も言わなくていいわよ。助かっちゃったし」

 「……」

 じれったい会話が行われている最中、空からチラチラとした霧のような水が降ってきた。たまらず、ジェリーとメラ以外のレインコートを着ていない人達は山の中へと逃げ込み、残った2人は何が起きているのかと天を仰いでいた。

 空には水の噴射で浮いている機体と、白い冷気を出しながら飛んでいる乗り物が2台あって、前方についている窓のような場所から、それぞれ男の人と女の人が顔を出している。男の人の方は前に街へ水を流し込もうとしていた……アマカゼ隊長と呼ばれていた人物であった。

 「見当たらないと思いきや、こんな所にいたのか!炎の民の水使い!」

 「……」

 アマカゼ隊長から呼びかけられているのに気づかず、ジェリーは呆けた顔で飛行機を見つめていた。ちょっと気まずいと思ったらしく、メラはジェリーの耳に言伝した。

 「……呼ばれてるよ」

 「……えっ?」

 「ねぇ……アマカゼ。任務は全うしたんだし、早く戻るべきじゃない?」

 のんびりとした会話に耐えかねて、飛行船に乗っている女の人がアマカゼ隊長を急かした。しかし、アマカゼ隊長には危惧している事があるようで、まだ帰るのが躊躇われる。

 「やつは、どのような技術を秘めているか不明である故、早めに始末しておくが吉かも知れん。それに加え、我が部下のリウメ、コタケ、マツジ、ウナジュウ、トクジョーが見当たらない。置いていく訳にも行かん」

 「……それ、さっきジェリーが吹っ飛ばしたやつらかと。さっきは4人しかいなかったけど」

 「なに!?よくもリウメ、コタケ、マツジ、ウナジュウ、トクジョーを!許せん!という訳でシャーベットよ!戦う理由ができた!お主、先に帰還しろ!」

 白い冷気を発している乗り物に乗っていた女の人はシャーベットという名前であり、アマカゼ隊長より先に帰るよう言われていたが、言われた時には先に帰って姿がなかった。

 「ここは地形が悪い。山の頂上で待つ」

 山の頂上へと飛んでいく乗り物を眺め、その姿が見えなくなって一呼吸おいてから、準備していたかのようにメラはジェリーを怒り始めた。

 「……ほら、面倒な事になったじゃないか!今までは不意打ちで倒せたけど、正面から戦ったら勝てる見込みある訳ないじゃん!」

 「ごめんなさい……でも、私も奥さまも、メラメラが心配だったから……」

 「……まぁ、いいや。さっき、さり気なく照明弾を打ち上げておいたの。すぐに偵察部隊が帰ってくるだろうから、みんなで戦闘に望めば怖くないはず」

 「さすがっ。でも……私たちは水を防ぐ上着があるけど、他の人は……」

 メラと一緒に戦っていた人達を一瞥したところ、上から降ってきた少量の水を受けて肌もヒリヒリと悶絶していた。そこで全てを諦めたのか、メラは苦い物でも食べたような顔で決断した。

 「い……行こう。2人で」

 「う……うん」

 途中に出来ている水たまりで注射器を満たしながらも、ジェリーとメラは火山の頂上へと足を動かした。火山の頂上は真ん中に火口があり、それを縁取るようにして輪状の道が作られている。山が山だけに山頂も広く、下手な事をしなければ中に落ちる事もない。

 「……着いたけど、どこにもいないじゃん。きっと待ちくたびれて帰ったのね。そうに違いないよ」

 「よく来たな!だが、これにて、おしまいよ!」

 火山の上に雲のようなものができており、メラの声に応じてアマカゼ隊長の声が返ってきた。雲をかきわけて登場した乗り物が、一直線にジェリーとメラの元へと水をまとって落ちてくる。

 「ジェリー!上!」

 「……え?あっ!」

 「ブーストファイア!」

 メラが武器から発した炎の推進力を使って、なんとか2人は敵機の体当たりを回避。だが、敵の巨大な乗り物は再び雲の中へと隠れてしまい、どこを飛んでいるのか解らなくなってしまった。

 「なんなのよ!あのモヤモヤしたのは!」

 「水が熱くなると、煙みたいになるの。火山が冷やされたから、その時の水が煙になったのかも……」

 「……また来た!ブーストファイア!」

 砲火器の先から強い炎を放ち、それに跨ってジェリーとメラは宙を飛んでいる。しかし、砲火器からはギュンギュンという怪しい音が発せられており、10秒ほど飛んだ後にメラは地面へと足を下ろした。

 「こんな使い方した事ないから、武器が壊れそう……あと、高い所は怖い!」

 「助かったわ。メラメラ、ありがとう」

 「どういたしまして!お礼に、なにか作戦を考えて!」

 「えっと……降りてきたところを攻撃してみる?」

 「任せた!」

 再度、敵の乗り物が落ちてきた。同じ方法で2人は攻撃をかわし、ジェリーはメラの武器に乗ったまま注射器の先を敵へと向けた。

 「ハイドロショットガン!」

 「効かん!」

 着弾する間際、敵の機体は一瞬だけ水の膜を張った。膜が衝撃を吸収し、ダメージを最小限に抑える。

 「こちらとて、水を操る者。遅れは取らん!」

 「ハイドロショットガン!」

 「効かぬ!」

 「ハイドロショットガン!」

 「う……」

 「ハイドロショットガン!」

 次々と放たれる水の弾丸を受け続け、やっとの4発目にて敵の機体はガードを損なった。敵が地面に落ちたところを狙い、メラが体当たりを仕掛けた。

 「……もしかして、チャンス?よーし!バーニングアタック!」

 メラは砲火器の炎を自分たちの体まで広げ、最大スピードを保ったまま、武器の先を敵の機体に激突させた。よろめいていた敵の乗り物は勢いよく撃ち出され、火山の外へと転がり出していった。

 「……あれ?終わり?」

 「た……多分」

 敵の姿が見えなくなり、辺りが静まり返る。いつしか、火山の周りまで雲が降りてきており、視界が不透明な状態となっていた。2人は地に足をつけた後、しばし敵の排除に成功した余韻を感じていたが、何か不審な機械音が聞こえてきたのを知り、下ろしていた武器を再び高く持ち直した。

 「なんの音だろう……うわっ!」

 「ハイドロボム!」

 水の発射される音を聞き、咄嗟にジェリーは音がした方向へ水の玉を投げつける。ジェリーの投げ込んだ水が起こした衝撃で、火山の外側から撃ち込まれた水撃が散り散りとなった。

 「よもや、ここまでやるとは……帰る為に必要な水が足りなくなる可能性を考え、この手段は使いたくはなかったが……」

 「……な……乗り物の形が変わってる!なんか……やばいんじゃない?」

 「あら、本当」

 雲を割って現れた敵の乗り物は砲台や翼が増えており、攻撃に特化した姿へと変貌していた。これが、世に言う第二形態というやつである。

 「一斉射撃、用意!敵を殲滅せよ!」

 「うわわわ……ブーストファイア!」

 レーザーを思わせる直線的な水が幾つも発射され、執拗なまでにジェリーとメラを追い続ける。速度が足りないと判断し、メラは炎の威力を上げた。

 「セカンドバースト!」

 「メラメラ……武器がバチバチって鳴ってるけど」

 「やむをえないの!しっかり捕まってなさい!」

 今のところは辛うじて当たっていないが、このままではメラの武器が壊れるか、敵の攻撃に捕まるか、敵の水が尽きるか、どれか一つの結末が待っているだけだ。メラは飛行に専念しており、策を練る余裕も見えない。ジェリーもメラの飛ぶスピードが速いせいで、攻撃の狙いが定まらない様子だ。

 「追いつかれるかも!」

 「……メラメラ。もっと高く飛べる?」

 「え?まぁ……うん」

 「あの煙の中、あそこへ連れて行って」

 「……え?それじゃ、なんにも見えないじゃん」

 「メラメラは、すぐに逃げて。出来るだけ遠くに……お願い」

 「……なんか解んないけど、やってみる!サードバースト!」

 ジェリーに言われた通り、メラは雲の中へと突っ込んだ。敵も雲の中では視界が不良となるらしく、砲台は雲の方へと向けたまま宙にて動きを止めていた。

 「隠れたか。姑息な真似を」

 静寂の中、敵は下から先制攻撃を狙っている。その後、雲の隙間から飛び出した影を見つけ、太い水の砲撃を複数、一気に放った。

 「落ちろ!」

 「もう無理!落ちる!」

 アマカゼ隊長たちは落とすつもりで攻撃したが、メラは武器の限界を感じて自分から落下した。その思わぬ動きに対応する間もなく、隊長たちは上から何かが迫っている事実を知った。

 「……た……隊長!上から……何か!」

 「なに?う……うおぁぁ!」

 雲の水分を注射器で吸い取り、大きな水の塊を注射器の先に携えたままジェリーが落ちてくる。ゆうに乗り物の2倍はありそうな体積の水を振りおろし、ジェリーは火山の中へと乗り物を叩き落とした。

 「ハイドロ……ハンマー!」

 先程の怪我した人達が知らせたのか、火山の火口下にいる人々は避難した様子だ。隊長たちが乗った乗り物はドゥンという音と共に火口の中へと落下し、固まった溶岩に大きな穴を開けた。岩の下には熱い溶岩が控えており、押し留められていた圧力を解放するが如く噴火した。

 「私が……やぶれるだとぉ!おおおおぉ!」

 噴き上がってくる溶岩の上では、ジェリーが成す術もなく落下している。噴火に巻き込まれる直前、最後の力を振り絞って飛行したメラに救助された。

 「……キャッチ!ジェリー、生きてるかー?」

 「あ……メラメラ」

「……なんて無茶をするんだ」

 「……でも、メラメラが助けに来てくれるって信じてたから」

 「……何を呑気に言ってるんだ君は」

 遠くへ飛ばされていった敵の乗り物を眺めながらも、ジェリーとメラは火山の火口付近に足を下ろした。噴き出した溶岩によって体温が回復したのか、下で倒れていた隊員たちが上がってきた。火山に残っていた隊長格の隊員が2人を発見し、なにか事情を聞きた気に話し掛けてくる。

 「敵はいなくなったのか?なんというか……なぜ君たち2人だけで、こんな場所へ?しかし、火山から溶岩が出てくれて助かった。これも炎の神が起こした奇跡か……おっ?おお?」

 隊長が物語っている内にも、噴火は次第に弱まりを見せ、数秒後には煮込んだカレーのように下でグツグツとしていた。とはいえ、山の気温は高く保たれている訳で、皆も一大事の後にしては一様に心おだやかな様子であった。

 それから間をおかず、偵察へ出ていた部隊が火山へと帰還した。すぐにジェリーとメラは事の説明を求められ、火山の上層に構えられた応接室へと呼び出された。しかし、2人が何を語り出すよりまず、室内には反省会の雰囲気が流れ始めた。総隊長が司令官に怒鳴り散らしている。

 「おい司令官!この度の失態、どう説明をつけてくれる!」

 「火山の熱ならば敵の攻撃を弱められると判断していたが、あちらが巨大な冷却装置を有しているとは考えが甘かった。さいわい死人はなく、軽傷を負った者も3人だけで済んだが、今後は細心の注意をはらって対処する必要がありますね」

 「冷静に説明をするな!」

 「それより、私たちが留守の間に、メラとジェリーは何をしたのだろう。話して聞かせなさい」

 「あたしは戦いたくなかったんだけど、ジェリーが~」

 「父親の前と思って、まったりするな!しかも、人のせいにしおって」

 司令官が父親であるのを良い事にして、まったりしているメラが総隊長に怒られている。メラは幼い頃より総隊長と接しているおかげで、あしらい方を心得ている。ただ、いきなり話を振られたジェリーは上手く隊員たちと話せず、何か言おうとしている動作のままメラの後ろへと隠れ……体格大小の問題で隠れられなかった。

 「あの……メラメラ……」

 「……しょうがないわね。なんか、ジェリーが変な装置を作って、それが強かったの。で、あれよあれよと様々な事が上手く進んじゃって……敵を撃退した感じなんだ」

 「あれよあれよ……だと?」

 「総隊長……食いつく所そこじゃないです。ひとまず、変な装置とやらを見せて欲しい」

 ジェリーは照れくさそうな表情で、水をプルプルにする粉を司令官に見せつけた。

 「……それじゃない。それじゃない」

 出して2秒でメラに注意された。そうして、ジェリーは代わりに背中の注射器を抱えて出した。

 「これ……」

 「……ん?娘。その用途は?」

 「水……水を吸い込んで、発射……」

 総隊長の質問にジェリーが答えきるより早く、ある者はテーブルの下へと隠れ、ある者は手に近い物で防御態勢をとった。どれほどまでに炎の民が水を恐れているのか再現したところで、注射器の中に水が入っていない事を知った者から、はずかし気に姿勢を元に戻していた。

 「その筒、敵への攻撃に役立てられるのか?どれ、貸してみろ」

 「総隊長。これも音声スイッチですから、ジェリーにしか使えないんですよ。だったよね?」

 「うん」

 メラの言葉を聞き、隊長が腕を組んで座りなおす。すると、続いて司令官が父親らしい物言いでメラに尋ねた。

 「私は、おそろいのコートを買ってあげた記憶はないが……そのコートは?」

 「ジェリーが作ったんだけど、これで水を少し防げるから、ずっと着てるんだ」

 「攻撃に使える装置もコートも、似た物を作る事は可能なのだろうか?」

 「装置は無理っぽいけど、コートは作れるんだったっけ?」

 「2つ作ったら……私の、おこづかいが……なくなったけど……」

 「重いコートだなぁ……」

 コート作りに掛かった金額を思い、メラは被っていたコートのフードを後ろに退けている。しかし、ウェイトレスとして働くジェリーの所持金程度で装備が作れるとなれば、実行すべきと司令官は判断した。

 「まずは性能を計り、効果が確認でき次第、コートの制作を始めましす。メラ、ジェリー、少しの間、コートを貸して欲しい」

 「つかぬ事をお聞きしますが、ピンク色は作れますでしょうか?」

 コートを作ると聞き、急にエリザがカラーの要望を出してきた。そこで、皆は下を向いて黙り込んでいたが、重そうな声で司令官が言った。

 「……エリザさん。あなたは、別の色が似会いますよ」

 「そうそう……お父さんは服選びのセンスが良いので、別の色にした方が良いですよ」

 「そうでしょうか?私はピンクが好きなのですが……」

 「……お前は……緑にしろ」

 遠まわしな言葉ではピンクが似合わないと伝わらず、総隊長がエリザへとダイレクトに告げている。隊の人々にレインコートを貸し出し、ジェリーもメラも久々に普段通りの恰好で風通しが良い。

用事が済んだところで2人は会議を抜け、再びメラの母親を手伝いに向かった。しかし、メラの母親は壁際の椅子で休んでいて、2人も一緒になって座りこんだ。

 「お母さん、お仕事は良いの?」

 「主婦の皆さんが代わる代わる手伝ってくれてるから、今は休憩中。隊の人達が頑張ってくれてるんだから、私たちも力を合わせて頑張るわ」

 「そうだね。あたしは……料理とか、全然できないけど……」

 「メラは何でも早く終わらせようとするから、自己流が過ぎていけないわ。何事にも、理由があって、順序があるものよ」

 「せっかちだからね。あたしは。その点、ジェリーは何事も丁寧でよろしい。料理も出来て、男の人から受けが良さそうだけど、浮いた話の一つも聞かないのは不思議だ」

 「……私は、別に興味ないから」

 そりゃ、ひっきりなしに小砂利のような娘が付いて回っているのだから、話し掛けるチャンスも見当たらない。その娘、急に話題を変える程の、おてんばぶりである。

 「そういや、あんまり人がいないけど、どこに行ったんだろう。お母さん、知ってる?」

 「みんな、寒いからって火山の下の方に行ったわよ。言われてみれば、少し冷えるわね」

 「あたしら、コート着てたから解らなかったのかも。水を防げるんだから、防寒も備わってるよね」

 「防寒……防塵……防音……がんばって作ったから」

 「会話が出来てたんだから、防音は出来てないでしょ……」

 「……あっ」

 コートに防音の効果がないとメラから教えられた矢先、追いかけるように走ってくるエリザの姿が見えた。何用かと、メラがエリザに問い掛けている。

 「どうしたんですか?」

 「会議の結果が出まして、お二人に、お話があります」

 「絶対、会議してないよなぁ……」

 大体の場合、会議で真っ当な意見を言うのは司令官のみである。その為、話し合いが異様に短く、あっと言う間に結論が出る。これがフレイムタウンの名物、超高速会議である。

 「とにかく、先程の部屋へ来てください。要件を伝えます」

 「解りました。ジェリー、行こう」

 「うん……奥さま、行ってくるね」

 「私には、なんの話か解らないけど、行ってらっしゃい」

 「奥さま。お二人をお預かりします。では」

 エリザの後に着いて道を戻り、会議をしていた応接室へと入った。先程と同じ席に座っている隊員たちと対面し、さっきと同じ調子の司令官と総隊長に向き合った。

 「よくぞ来た。これは金のクッキーだ。食え食え」

 「う……総隊長が優しい。怪しいぞ」

 「……クッキー?」

 「こらこら。食べたら何か、面倒事を押しつけられるぞ」

 クッキーに釣られそうなジェリーを引きとめ、メラは本題について父親へと聞く。

 「それで、お父さん。何かあったの?」

 「あぁ……悪いのだが、あのコートを使わせてもらいたい。そして、ジェリー……君にも頼みがある」

 「私……?」

 司令官は頷いた後、立ち上がって歩きながら語り出した。

 「……水の軍団が攻めてきてからというもの、火山の気温が急激に下がってきているのは気づいているだろうか?街の近くには未だ敵が残っており、戻る事もできない。今の状態で火山の活動が停止したとなると、我々は居場所を失ってしまう」

 順番に説明しながらも司令官はテーブルの板を取り、下に隠してある熱い石が入った釜を自分の席へと引っ張っていた。そうはさせぬと総隊長、釜の取っ手を捕まえる。こう着状態のまま、司令官は語り続けている。

 「……火山の活動が弱まって以来、たびたび空から細かな水の粒が降り注ぐようになった。このままでは安全に外を歩く事もできない……だが、ジェリーの作ったコートを作るには多くの工程を要する。そこで、あのコートを着られる者、誰か2名に炎の神殿へ向かってもらい、そちらの様子を見てきてほしい、と……総隊長!あなたは鎧の下に熱伝導板を幾つも仕込んでいるでしょう!私は最近、膝が冷えるのです!」

 「膝が冷えるのは、お主の専売特許ではない!」

 総隊長と司令官は火山に残していこう。そういう表情をしていたメラだったが、すぐに意識を本題の方へと切り替えた。

 「で、誰が行くの?あたしが着てたコートじゃ、着れる人も限られるよね?」

 「それなのだが……一人はジェリーに行ってもらいたいと考えている」

 「……私?」

 司令官の言葉に聞き返してはいるものの、あまりジェリーに緊張感はなさそうだ。続けて、司令官は理由を述べた。

 「我々の脅威となっている水についてだが、あまりにも知識が不足し過ぎている。少しでも詳しい者がいれば、安全に道を行く事ができるだろう。残りの一人だが……」

 「司令官!私が!」

 他の隊員達が目をそむけている中、元気いっぱいに立候補したのはエリザである。武器を扱う腕も立ち、任務に対する責任感も強い。体が細い為、メラが着ていたコートに袖を通せなくもないが、その他の部分に不安な点がある。

 「……えーと、エリザ君には……無理なんじゃないですか?誠に申し上げにくい」

 「司令官!やってみなければ解りません。コートをお貸しください!」

 「やめておけ……非常に言いにくいが、パッツンパッツンになる」

 「ぱ……パッツンパッツン!?どこがですか!総隊長!」

 「どことは言わないが、パッツンパッツンになる」

 総隊長いわく、パッツンパッツンになって、コートがダメになるとの事。どこがかと言えば、主に胸回りである。

 「……しょうがないな。よっこいしょ!ここで、俺の出番って訳か」

 腕に巻いている鋼のギブスを外しながら、一人の青年が重々しい動きで立ち上がった。彼は山頂付近の戦いで特攻し、すぐさま退散した隊員。その名もジータ。

 「街の危機、旅立ち。こんな展開には、俺がいないとな!」

 「メラ。お前に行ってもらいたい。様子を見てくるだけで良い。敵の影を見つけた場合、すぐに撤退して構わない」

 「え~……でも……まぁ、ジェリーを一人では行かせらんないもんね」

 「メラメラ、ありがとう」

 「……では、予定が決まり次第、追って2人に伝える。これにて、集会は解散とします。長い時間、お疲れ様でした」

 司令官の仕切りで会が終了すると、隊員たちは『お疲れ様でした』と言葉を交わし、各々が気ままに退室した。皆が部屋からいなくなった後、司令官はドアの前で振り向き、立ちつくすジータへと短く告げた。

 「ジータ隊員。お……お大事に」

 「司令官……俺は、一体どうすれば」

 「……」

 司令官は無言のガッツポーズをジータ隊員へと送り、逃げるような足取りで部屋から撤収した。その後、ジータ隊員が自分とは何なのかについて哲学し始めた事は、ここで解説する必要のない事柄である。

 隊の集会が終了し、メラは自分たちが向かう場所である炎の神殿について、父親に質問をしたりしていた。

 「お父さん。炎の神殿って、どんな所なんだっけ?遠い?近い?」

 「ここより東の方角に赤の水晶畑という場所があり、その中央にある階段を下りた先が炎の神殿。メラはブロンズフラワーの採集任務へ出た際、赤の水晶畑を見た事があるはずだ」

 「……もしかして、山の上から見えた真っ赤な場所の事?あれ、赤砂の湖じゃなかったんだ」

 「行って戻ってくるとなれば、おそらく……二度は朝がやってくる」

 「それじゃ、野宿は確定か~……」

 「野宿……」

 頻繁に山や洞窟へ出ているメラと違い、ジェリーの行動範囲は街から研究所の範囲に限られる。その理由でジェリーは野宿に慣れておらず、短い旅ながらも不安を感じている。すると、その会話を聞きつけた総隊長がやってきた。

 「炎の神殿へ向かう道中、隊の基地が設置されている。そちらを使うが良い」

 「そっか……よかった」

 「隊長。それは私の別荘です」

 ジェリーの安心とは別にして、司令官は自分の別荘が避難所と呼ばれる事を快く思っていない。そこへ、隊長に続いてエリザがやってきた。

 「何か、相談をしているのでしょうか?」

 「あっ、エリザさん。炎の神殿に行くのに、どのくらい掛かるのかって話してる所で……」

 「あぁ。あそこでしたら、途中に避難所がありますので」

 「エリザ君。そこは、うちの別荘です……あっ、さては無断で」

 メラの言葉を聞き、エリザが隊長と同じ発言をしている。もちろん、司令官は同じく注意。これから隊長とエリザへの抗議が始まる為、司令官はメラとジェリーを遠ざける事にしたようだ。

 「メラ、ジェリー……ここを出るのは次の朝で良いかな?」

 「うん。ジェリーも、いいよね?」

 「はい」

 「食料は、うちの別荘に備蓄してあるから、それ以外で必要な物を支度しておくように。私は総隊長とエリザ君に言って聞かせなきゃならない話があるから、席をはずしてくれ」

 「解った。行こう。ジェリー」

 「うん」

 なにやら叱る口調で語り出した司令官には構わず、メラとジェリーは出かける準備をする為に走り出した。とはいえ、ここは一時避難している火山の中。有り物は街と比べて少なく、外へ持ち出す物を選ぶ余裕もない。迷う事なく、2人は燃料保管室へ向かった。

 燃料保管室には発火岩と呼ばれる岩が並べられており、この岩は強い熱を加えると勢いよく燃え上がる性質がある。メラが使用している砲火器は発火岩を燃料としている為、出かける前に中身を満たしておく必要があるのだ。

 「細かく砕けば、隙間なく詰め込めるからね。ジェリーも手伝って」

 「任せて。えいっ!えいっ!」

 鉄の棒で発火岩を押し潰し、2人は粉っぽい岩をコロコロと砲火機へ流し込んでいる。こんな単純作業をしていると考えが捗るもので、メラは今まで全くもって忘れていた記憶を取り戻した。

 「あっ……」

 「えいっ!えいっ!どうしたの?」

 「あ……いや、ちょっと……街に忘れ物しちゃったなって」

 「何を?えいっ!えいっ!」

 「う~ん……それがね」

 「えいっ!えいっ!」

 「……」

 「えいっ!えいっ!」

 「あーもう!えいえいやめて!ちょっと話、聞いて!」

 「えいっ!あ……うん」

 掛け声を止めさせてまで話すとなれば、話の内容はジェリーに関わる事である。改めて向き合い、少し気恥ずかしそうな表情でメラは話し始めた。

 「あのね。あたしが入隊する前の夜にジェリーがくれた、おまもりのペンダント……家に忘れてきちゃった」

 「……あぁ。そうなの?」

 「……あれ?怒んないの?」

 「取りに戻るのも危ないから、仕方ないわ」

 「え~……なんか寂しい。それに、あたし……あれがないと、ちょっと心細いし……」

 今までは持っている気がしていたようで、気持ちを強く保っていられた。ご察しの通り、ペンダントに特別な力がある訳でなく、単なる心持ちの問題なのである。ただ、普段は強気なメラが肩を下げていると見て、ジェリーは暫しの沈黙を挟んだ後、思い直したようにメラへと伝えた。

 「……ペンダントはないけど、私がいるから」

 「……そうだよね。ちょっと頼りないけど、ジェリーも一緒だもんね」

 「頼りないけどね」

 「あたしが、しっかりしないと……」

 メラが持ち前の元気を取り戻したところで、2人は砲火器に燃料を詰める作業へと戻った。武器の透明だった部分が、燃料のエメラルド色に変わる。メラは手に付いた岩の粉をはたきおとしつつ、気合などを入れている。

 「……よしっ!これで襲われても戦えるぞ。戦うつもりは全くないけど」

 「うん。他に用意する物はある?」

 「食べ物は別荘にあるって言ってたし……特に必要な物は無い気がする」

 「そう。じゃあ……どうするの?」

 「早めに寝ちゃおう。あたし、いい場所を知ってるんだ~」

 「どこ?」

 「下の方。行ってみよう」

 睡眠をとるのに適した場所があると言い、メラはジェリーをつれて火山の下層部へと向かった。エレベータで下へと降り、つるはしなどが置いてある物置き部屋を通った先、資材が保管されている広い部屋へと入った。大きな箱に並々と砂が溜めてあり、はしごを使って2人は上へと乗り込んだ。

 「ここなら、床に寝るよりマシだよね。あたしたちは明日から遠出だし……独占しても悪くないよね?」

 「あんまり広くないから、そんなに人は入れないものね」

 「よーしっ。そうと決まれば、さっさと寝よう。先に起きた方が起こしてね」

 「うん」

 ジェリーとメラは柔らかな砂の上へパタンと倒れ込み、寄り添いあって眠ってしまった。いつもの通り、太陽が空へ昇った頃に起床したのはジェリーで、起こされるまで延々と眠り続けるのはメラである。うつ伏せの状態で眠っているメラの背を控えめに押さえ、マッサージをするような動作でジェリーが起こそうとしている。

 「メラメラ……起きて」

 「う……ううん。なぁに?」

 「そろそろ出発しないと」

 「……もう、そんなに経ったの?寝たりないなぁ」

 メラは気だるそうに体を起こし、服の隅々に入り込んだ砂を払い落している。その暇にジェリーは部屋の中を見ていたのだが、そこで見慣れない小さな機械を発見し、不思議そうに持ち上げていた。すると、聞かれるより早くメラが説明を始めた。

 「それ、ボムハンマーってやつだよ。機械の中で燃料が爆発すると、その反動で先についてる杭が押し出されるから、固い岩にヒビをいれたりするのに使うの」

 「知らなかった。触って見てもいい?」

 「どうせ、見始めるとキリがないんでしょ?持っていきなよ。そんなに重くないし……」

 「解った」

 機械を片手で持ってバッグに入れ、ジェリーは小走りでメラの元へと向かった。2人で部屋を出てエレベータに乗り、なかば防衛隊の臨時基地となっている広い場所へと出る。そこでメラは父親の姿を見つけ、出発前の連絡を済ませた。

 「お父さん。今から行ってくるね」

 「……気をつけて行ってらっしゃい。道が解らなくならないよう、夜は足を止めるんだよ。そして、無理はしないように」

 「うん。解った」

 「それでは、ジェリー。メラを頼んだよ」

 「……はい」

 父親に自分の事を頼まれ、ふてくされたような顔でメラが訴えている。

 「それじゃあ、ジェリーの方が、しっかりしてるみたいじゃん……」

 「メラ。ジェリーを頼む」

 「了解」

 貸し出していたレインコートを父親から受け取り、メラとジェリーはボタンをしっかりと留めた。その後、メラは母親の行方について父親へと尋ねた。

 「お母さんは、どこにいるか知ってる?」

 「先ほどまでメラ達を探していたが……今は火山の下層を探しているかもしれない。呼び出してみよう」

 火山内の至る所に金属管が突出していて、それらは全て奥で繋がっている。そこへ声を吹き込むと、広い範囲で放送を掛ける事が出来る仕組みであるが、どこまで伝わるかは声量によってマチマチ。よって、メラの父親が全力で声を出しても、場所によっては聞こえない場合がある。

 『連絡します!メラとジェリーが火山を出ますので、アルヴィアは火山の東出入り口へ!』

 「お父さんの声、ちゃんと聞こえたかなぁ……」

 「おや、司令官。放送ですか?自分が再放送しましょう」

 放送を聞きつけたのか、防衛隊員のエリザが再放送に立候補してきた。司令官も自分の声に少々の不安があるのか、エリザに再放送をお願いしていた。ちなみに……アルヴィアはメラの母親の名で、それちなみに司令官の名はシルバという。

 『アルヴィア様―!お子様方が下山しますので!火山の東出入り口へ!お越しください!』

 自分から役を引き受けただけの事はあり、言葉の節々まで聞きとれる大きな声であった。しかし、あまりの声の大きさに周りの人々は耳を押さえていた。

 「しっかりと伝えましたので、奥さまにも聞こえたはずです。どうぞ……」

 『エリザ!静かにしろ!鼓膜が切れる!』

 期待した通り多くの人に声は聞こえたようで、防衛隊の総隊長が放送で怒りをぶつけてきた。そんな事は気にも留めていない様子で、エリザはジェリーやメラ、司令官と共に火山の出入り口へ向かった。

 エレベーターの規定乗員数は4人までとなっている為、2人の出発に立ち合おうとする人々は順番を待って下へ降りなければならない。となれば、それを見越して階段で下りていた総隊長の判断は正しい。結果、両親や防衛隊員、それ以外の知人、およそ30人に見送られ、メラとジェリーにとっては照れくさい状況とあった。

 「……はい。これ」

 「……お弁当?」

 「そう。食べ物があれば、ちょっとは安心でしょう?」

 母親から手渡された金属の箱を見て、メラが苦々しい顔をしている。なぜかといえば、メラのカバンには以前の弁当が入っており、苦手な食べ物を入れっぱなしにしているからである。メラと同じ物をジェリーも受け取り、肩から提げているバッグの中へと入れている。

 「絶対に、無理はしないように。無事に帰る事を一番に考えるんだ」

 と、司令官が言う。

 「空から水さえ降らぬならば、俺が山を発つのだが。憎いものよ」

 と、総隊長。

 「やっぱり……ここは、お前らに任せるよ。ケガも治ったし、俺は自分に出来る事を精一杯するしかないんだ。そう気づいた」

 と、水の軍団との戦闘で負傷していたジータ隊員。

 「それでは、お気をつけて……行ってらっしゃい!」

 なぜか、勝手に見送りを締めくくったエリザ隊員。その元気な声と、両親の不安げな笑顔に背を押され、鈍い足取りでメラとジェリーは歩み出した。

 しばらくは振り返りながら歩いていたものの、巨大なトゲ状の岩が徐々に増え始めたところで、メラとジェリーは目の前の道と向き合った。地面は舗装されている割に凹凸が激しく、よく野外へ出ているメラにとっては慣れたものだが、ジェリーからすれば歩きにくい道である。しかも、岩や土が軽く湿気を帯びており、ぬかるみを確かめながら歩かなければならなかった。

 「……ジェリー。ほんとに大丈夫なの~?」

 「……ハイドロバスターもあるから、水たまりも平気」

 「それ、その名前で決定したんだ。まぁ、いいけど」

 巨大注射器の固有名詞が発覚したところで、空からはサーサーと細い雨が降り始めた。それに気づき、2人はレインコートのフードを被る。メラは足を止めないまま、雨の話へと切り替えた。

 「なんで、急に水が降ってくるようになったんだろう。水の軍団が、宇宙から水を持ってきてるのに関係してるのかな?」

 「多分……この星は熱いから、空と陸で水の循環が激しいのかも」

 「……そもそも、あいつらが、この星から熱を奪うのは何でなんだろう……自分たちが生活しやすい下地作りとかなのか?あたしたちだって急に追い出したりはしないんだから、ちょっとは話し合う態度があってもいいのに」

 「理由は解らないけど……作戦が強行突破ばかりだから、なんだか急いでる感じがする」

 「そうかなぁ……あ、そろそろ街が見えてくる頃かな?」

 メラは低い岩場を登り、つま先立ちで視線を上げる。すると、思いがけない物を見つけたような声でジェリーへと伝えた。

 「……なにこれ?水……水が道をふさいでる。それも凄い量だ」

 「えっ?どれどれ……わっ。水が流れてる」

 大量の水が山の下へ向けて流れ、その流れによって道が塞がれている。防水している2人でも、さすがに歩くに無理な勢いであり、迂回する道がないかとジェリーはメラへと相談している。

 「……流れてくる元へ行った方が良い?それとも、水が流れてく下の場所を回っていく?」

 「上から水が流れてるって事は……流してる人達が上流にいるのかもしれない。遭遇は避けたいよね」

 「じゃあ……下に行く?」

 「下には、あたしたちの街があるけど……とりあえず、様子を見に行ってみよう」

 「うん」

 水の流れに沿う形で、メラとジェリーは坂道を下り始めた。依然として水の流れは弱まらず、2人の横を追いぬいてゆく。下へ下へと向かって歩く内、遠くに見えていた町並みが近づいてくる。水の終着地点も、行き着くと同時に判明してしまった。

 「やっぱり……街が浸水してる」

 建物の下半分が水に沈んでいる街を見て、メラが引いた態度で呟いている。しかし、このような状況になっていると予想はできていたようで、くやしそうながらもショックは大きくない。メラは頭をかいているが、代わりにジェリーの方が悲しげであった。

 「メラメラ……これじゃあ、もう街には」

 「……でも、建物は壊れてないじゃない?水の軍団を追っ払って、水を取り除けば……ハイドロバスターもあるし、きっと街に戻ってこれるよ」

 「あっ……そっか。よかった~」

 「水の軍団もいないみたいだし、早く回り道して行こう!」

 うまくジェリーをなだめ、メラは先を急ごうと口にする。街は半ば湖のようになっており、その淵を回るにも時間がかかる。自分たちの故郷が侵されていくのを長々と見るのは酷であり、メラとジェリーは話もしないまま、空だけを見て移動していた。

 「……あれ?あの……メラメラ」

 「……どうしたの?」

 「水……とまったみたい」

 「……ん?」

 街へと流れ込んでいた水が弱まり、遂には水が途絶えていた。それを見て、メラが色々な意味で怒り出した。

 「……なんだよお!わざわざ遠まわりまでさせて、あげく街はビショビショ。疲れて足も痛くなってきたし、お腹も減ってきた!もう!頭にくるなぁ!」

 「ほんと……酷い酷い」

 さっきまでのポジティブな気持ちはなんだったのか、たまっていた感情が爆発している。隣にいるジェリーも他に言葉が見つからないのか、とにかくメラに同調して頷いていた。

 「さっさと行こう!ここにいるだけで腹が立ってくる!」

 「……あ……あれ?メラメラ」

 「……今度は何!?」

 「な……何か……今度は、白い岩が転がり落ちてきたけど」

 「……ん?」

 先程まで水が通っていた場所を転がり、家一軒と同じくらいの大きさをした丸い物体が落ちてきた。それが着水し、街に溜まっている水が大きく波を立てる。正体の解らない物体を発見し、メラとジェリーは立ち止まって観察していた。

 「……あ。ヒビが」

 「な……なんか出てきた!なにかの卵だ!」

 すべすべとした白い殻を押し破り、中から出て来たのは白くて長い謎の生物。体長は卵より少し小さく、どこに目があるのかも解らない。体の表面からは粘り気のある体液が出ており、体を動かすたび水が泥のように固まっていく。その全体を見届ける間もなく、メラはジェリーの手を持って逃げだした。

 「か……怪獣だ!」

 今まで生きてきた中でも出した事のない全速力で、メラとジェリーは怪獣と距離を取った。その後、振り返ったメラが別の事に気づいた。

 「もしかして……こっちに追ってはこないけど、大きくなってる?」

 「なってる……あんなに大きい生き物、見た事ないわ……」

 「……あたしたちの街を怪獣の巣にするつもりかな」

 「……巣?」

 立ちつくしているジェリーとメラに見向きもせず、謎の生物は更に巨大化。街の大通りをふさぐ程の大きな体でもって、街の建造物を押し倒している。生き物の体から出る粘液のせいで水が冷え、辺りには白い霧が浮かび始めていた。

 「……」

 悔しそうに街を見つめるメラの横で、ジェリーが悲しげに気持ちをくみとっている。ようやくメラが街から目をそむけ、行くべき道へ歩き出そうとすると、その手をとってジェリーが伝える。

 「メラメラ……まだ間にあうかも」

 「……ん?」

 「まだ、街は全て壊されてないから……」

 「え?あっ……」

 メラをかかえ上げ、ジェリーは巨大注射器に足を掛けた。

 「ハイドロドライブ!」

 注射器の先を逆さ向きにし、水を発射する勢いで飛び立つ。白い霧を裂き、ジェリーはメラを持ったまま街にある建物の上へと降り立った。

 「……乱暴だなぁ。で、何か倒す作戦でもあるの~?」

 「なんにもないけど……でも……」

 「でも?」

 「……うん」

 ジェリーは本当に何も考えがないらしく、困った顔で『うん』していた。それで察しがついたのか、メラも呆れたように頭をかいている。

 「しょうがないなぁ……勝てなさそうだったら、すぐ撤退するから、気を抜かないように」

 「うん」

 「よーし、行くぞー!ブーストファイア!」

 メラは砲火器に飛び乗り、怪獣に最も近い建物の屋根を目指した。白い霧のせいで視界は悪いが、ここはメラとジェリーが暮らした街だ。建物の位置や地形は把握が済んでいる。

 怪獣の方もメラの姿に気づき、口しかない顔を上へと向けている。メラは空中で砲火器から降り、落下しながらも攻撃を開始した。

 「いけっ!ファイアーボール!」

 砲火器から大きな火の玉が撃ち出され、怪獣の頭や体を焦がす。それに対して反撃するでもなく、怪獣は煙を噴き出しながら走り出した。

 「……あれ?思ったより気弱だなぁ。ジェリー、そっちに行ったよ!」

 「うん……ハイドロバスター!」

 怪獣が逃げた先を追い、別の場所でジェリーが攻撃を開始した。しかし、せっかくメラの攻撃で僅かに小さくなった怪獣が、ジェリーの放った水によって再び巨大化してしまった。

 「……あら」

 「なにやってるのよ~。もう、ジェリーは黙って後ろで見てなさい」

 「は~い……」

 ジェリーの武器が役に立たないと解り、メラはジェリーに後方で待機するよう伝えた。やはり怪獣は水が得意な生き物であり、炎の方が効果てき面。ひるむ相手にも容赦なく、メラは火炎の攻撃を仕掛けた。

 「それ、焼き尽くせ!ビッグバーナー!」

 メラは飛行した状態で回転し、広い範囲に届く火で怪獣の体を切りつける。あぶられた怪獣は苦しげにもがきながら、徐々に体を萎めていく。

 弱まった炎を再点火しようと、メラが攻撃を強制的に中止した。怪獣は暴れるように四肢を動かし、小さくなった体を水の中に隠してしまった。

 「あっ!待てー!」

 待てと言われて待つはずもなく、怪獣は姿をくらました。どこを泳いでいるのか、姿が小さくなっていて認識もできない。それでも、メラは必死で街の下に溜まった水を見つめている。

 「どこいったんだ……もう少しで倒せそうだったのに」

 「……また大きくなって出てくるのを待つの?」

 「それじゃ、キリがないじゃん……何か良い方法を考えてよ~」

 「うん。考えておく」

 ジェリーへと作戦だてを任せ、メラは怪獣を探す作業へと戻る。そこへ、2つ向こうの一軒家をへし曲げ、巨大化した怪獣が姿を現した。

 「あぁ……長い歳月をかけて手作りしてた総隊長の家が……怪獣め!許さないぞ!」

 隊長のかたきを討つべく、メラは武器に足を乗せて飛び立とうとした。しかし、怪獣の様子が変わっているのに気づき、ひとまず足を下ろした。

 「……ん?」

 次の瞬間、怪獣のいる場所から氷のトゲが飛び出した。その攻撃で足場となっている家が破壊され、メラは瓦礫と共に水へと落下する。

 「うわっ!うわわっ!」

 粘つく水に体が飲み込まれ、メラは死にもの狂いで抜け出そうとしている。だが、水に入っても無事である事と気づいたのは数秒後の事。水に浮かんだまま、ジェリーの方を見つめた。

 「多分……防水のコート着てるから、水に入っても大丈夫」

 「謎な技術だ……とか言ってる場合じゃない!早く助けてよ!」

 [……うん。解った]

 砲火器をビート板のように使い、バタ足でメラが泳いでいる。その後ろからは怪獣が迫っている。ジェリーは注射器の先をメラに向け、つかまれとばかりに差し出していた。

 「もうちょっとで届きそう……ひゃっ!うわぁ!」

 バタバタと走り来る怪獣が波を立て、押し流されてジェリーとメラは水に引き込まれた。すぐにジェリーはメラの体を捕まえ、水の噴射で空へと脱出した。

 「は……ハイドロホバー!」

 先程とは飛び方が変わり、水を下に吹きつけて空中浮遊している。怪獣の攻撃が届かない場所まで避難し、、ジェリーとメラは様変わりした怪獣の姿を目にした。

 「た……助かった。ありがと、ジェリー……」

 「……うん」

 「……あれ?あの怪獣、体の周りが透明な石みたいなので守られてる。さっきまで、あんなのなかったよね?」

 「体に透明なトゲが生えてる……さっきの飛んできたのも、怪獣のトゲかも……」

 「なるほど。あれじゃ、炎も効かないかな……」

 「……あっ、水がなくなっちゃうから、下に降りるわね」

 巨大注射器の水が無くなる事に気づき、ジェリーはメラと一緒に近くの高台へと降りた。それを知った怪獣は再び体からトゲを発射し、高台の中ほど部分を破壊する。すぐにメラが飛行役を交代し、ジェリーをつれて飛び去った。

 「ブーストファイア!」

 「ごめんなさい……水が足りなくて」

 「あんなに水があるんだから、ちゃんと補充しておいて欲しいものだ」

 「……水がネバネバしてて、ハイドロバスターじゃ吸い込めないみたい。だから、無理」

 「……なるほど。それにしても……あの怪獣がきてから、急に冷え込んできたなぁ」

 「メラメラに触ってるから、私は寒くないけど……」

 「人の体で、ぬくぬくと……」

 怪獣から遠く離れ、3階建てを誇る町長の家へと飛び乗る。3階のベランダへとジェリーを下ろし、メラは飛び立つ準備をしながら告げた。

 「ここに隠れてて。何か解ったら、頑張って呼んで」

 「解った」

 頑張って呼んで、という無茶な要望にジェリーが応じると、メラは勢いよく怪獣へと向かっていく。半端な火力では怯ませられないとみて、メラは武器の火力を引き上げて攻撃に臨んだ。

 「シャイニングフォース!」

 砲火器の中で高めた熱を集中させて放出し、レーザーのようにして怪獣へと撃ちこむ。しかし、放出できる時間は短く、敵の装甲に一点の穴を開けただけで途絶えた。怪獣は二、三歩だけ後ずさるも、体を震わせながら水へと浸かり、開けられた欠点を氷で埋めてしまった。

 「ダメかぁ……あ!うわっ!」

 怪獣が水から背を出すと、そこに生えていた無数のトゲが飛び出し、メラの立っている建物めがけて一直線に迫った。避ける事は叶わないと知り、すぐにメラは次の技を口にした。

 「……レッドドロップス!」

 メラは炎の塊を真下に飛ばし、自分に落とす。敵の飛ばしたトゲは熱へと近づくたびに小さくなり、幾つかは消失し、また幾つかはツブテとなって建物にヒビを入れた。一難が去って、メラは再び空へと逃げ出し、怪獣もトゲを再生させる為に水の中へと逃げ込んだ。

 攻撃手段が消えた怪獣を上から見て、メラは弱点を探っている。ただ、メラの攻撃では先程のレーザーが最大出力であり、更なる高温を出せる技は他にない。

 「中身は弱そうだけど、あの殻が面倒だなぁ」

 「……」

 「……ん?」

 「……メラメラ!待って!」

 声には全く気づかなかったが、水の噴き出す音でメラは後ろを飛んでいるジェリーの存在に気づいた。怪獣から離れた場所へ足を下ろすと、先にメラがジェリーへと質問した。

 「あれ?水は補充できないんじゃなかったの?」

 「メラメラが炎を出してた時あるでしょ?その時……その周りだけ、水が元に戻ってたから。多分、怪獣の水を固める能力も、熱くなると消えてしまうんだと思う」

 「……試してみよう!それっ!ファイアーアロー!」

 鉄の桶に溜まっているゼリー状の水へと向けて、メラが勢いよく炎の矢を撃ちこんだ。すると、立ち上る湯気の中に滑らかな水が残った。

 「ほんとだ……って、そういえば、あたしが炎を出してた時、近くにいたの?あんな状況で、よく水が戻ってるって気づいたなぁ……」

 「呼んでも届かなかったから……あとね。怪獣の作るプルプルの水、私の作った粉で固めた水に似てるから、もしかしたらと思って……」

 「ジェリーの作った粉?えーと……あぁ、初めて水の軍団を見つけた時に使ってた、あの役立たずの粉かぁ」

 「役立たず……」

 「あぁ、ウソウソ!それで……」

 「あっ……ハイドロドライブ!」

 メラの背後に走り来る怪獣を見つけ、ジェリーはメラを抱えて急いで飛び立った。旋回しながら怪獣の遥か上へと逃げ、そこで空中浮遊へと移行した。

 「ハイドロホバー!」

 「あ……ありがと。でも、なんでジェリーの武器って、そんなに必要な時に使える技が揃ってるんだ?大量に登録しておいてるの?」

 「……え?あ……私のは、戦いながらプログラムしてるから。でね。さっきの」

 「えぇ!そんな事できるの?!だったら……」

 「メラメラ……聞いて……」

 「あぁ……うん」

 テンションが上がり気味なメラを落ちつけさせ、ジェリーは水を固める砂の話へと戻した。

 「私が作った粉と、怪獣の能力が凄く似てるの……似てるだけかもしれないけど、でも……だけど、弱点も見つけたから倒せるかも……」

 「あたしの攻撃じゃ殻を消すだけで精一杯だし……その作戦は自信あるの?」

 「じっくり敵を観察してたから、私は自信があるけど……メラメラに手伝ってもらわないといけないの。とても危険な目にはあわせてしまうかも。この戦いは、避けようと思えば避けられる戦いだから……」

 「……なによ~。お父さんからもジェリーの事を頼まれてるし、争いごとなら、あたしの方が慣れてるんだぞ」

 「……あとで怒られるかも」

 「怒られるのはヤだけど……それはジェリーも一緒でしょ?」

 「……うん。解った。メラメラ……私を守って。そして、近づいたら、怪獣の体全体を一気に温めて」

 「了解!」

 それだけで作戦は伝わったらしく、メラはジェリーの後ろに乗り込めるよう移動した。あとはホバーを解除して、ジェリーが怪獣の方へ飛行を開始すれば良い。

 「……」

 「ジェリー、怖いの?」

 「……メラメラは、怖くないの?」

 「あたしは……ちょっと怖いけど、ジェリーがいるし大丈夫」

 「……うん」

 そこで決心がついたらしく、ジェリーは後ろにメラを乗せて急降下。作戦を決行した。

 ジェリーとメラの動きを知り、怪獣が空へとトゲを発射する。すかさず、メラは蓄えていた熱エネルギーを膨らませて投げつけた。

 「レッドクリスタル!」

 怪獣と同じ程の大きさを持つ薄い炎へと入り込み、それと共にジェリーは怪物の懐を目指して飛ぶ。溶かし切れなかったトゲがジェリーとメラの近くをかすめるが、それでもジェリーは勢いを殺さない。

 「逃がさないぞ!」

 トゲを攻撃に使い果たし、怪獣は逃げ出そうとしている。感づき、メラは炎の塊が落ちる場所を調整。ジェリーに頼まれた通り、怪獣の全身を一気に熱した。

 体温の上昇によって怪獣は暴れているが、無防備な腹の下へとジェリーは急ぐ。

 「……ハイドロバスター!」

 ジェリーは水面でメラと分かれて水中へ入り、泳げないながらも飛び込んだ勢いに任せて弱点へと辿り着く。ジェリーは注射器の先を怪獣へと突きたて、怪獣の体にある水分を一気に奪い取った。粘り気を失った水は、渦を巻いて注射器へと吸い込まれていく。

 「……ぷぁ!」

 先に水面から顔を出したのはメラであり、そこには怪獣の姿もジェリーの姿もない。5秒ほど遅れて、ジェリーが水中から出てきた。彼女の上げた手を見ると、手のひらサイズに縮んだ怪獣のシッポを捕まえていた。

 2人はレインコートの浮力で岸へと辿りつき、小さくなった怪獣を改めて眺めていた。先程の仕返しとばかり、メラが指で突いている。

 「よくもやってくれたな!こいつめ!」

 「もう暴れないよう……ビンに入れておくね」

 ジェリーはカバンに入っているビンを取り出し、その中へと小さな怪獣を滑り込ませた。そのままフタをすると息苦しそうに見えたのか、ジェリーは再び怪獣をビンから取り出してメラへと渡した。

 「……少し持ってて」

 「……え?それ、触っても大丈夫なの?かぶれたりしない?」

 「手袋していれば、大丈夫」

 いやがるメラに怪獣を任せ、ジェリーはピックのようなものでビンのフタに小さな穴を開けた。その後、ビンを怪獣の下へと持っていき、メラの手から直に落として入れた。怪獣は元気よく、ビンの中をはいずり回っている。それを2人は別々の表情で眺めていた。

 「……うわぁ。気味が悪いなぁ」

 「……」

 「……ジェリー、ちょっと可愛いと思ってるでしょ」

 「……え?ううん。メラメラは、いつも可愛いよ」

 「夢中じゃん……」

 なにくわぬ動作でジェリーがビンをカバンに収めると、2人は再び炎の神殿を目指して歩き始めた……のだが、すぐにメラは立ち止まり、ジェリーをその場に立たせたまま街へと戻って行った。

 「あっ……ジェリー、少しだけ待ってて。すぐに戻るから」

 すぐに戻ると聞かされたジェリーだったが、ゆうに30分は待たされた。ジェリーが怪獣の鑑賞や注射器の改造で暇を潰していると、嬉しそうに走りながらメラが戻ってきた。

 「おまもりのペンダント、無事に見つかって良かった!」

 「……あぁ、それを取りに行っていたの?」

 「うん!これがないと、落ち着かないんだ!」

 メラはペンダントを首から下げ、レインコートの中へと入れた。ちなんだ話題などを取り出しながら、先へ進もうとばかりに歩き始めた。

 「……そういえば、このペンダントに使われてる銀色の石、どこから拾ってきたの?見た事のない綺麗な石だけど」

 「よく解らないけど……気がついたらポケットに入っていたのよ」

 「そっか。産地はジェリーのポケットか」

 「正確には、私がメラメラの家に行った時から持っていたのだけど、私も凄く元気をもらったから……今は必要ないから、今度はメラメラにあげようと思ったの」

 「そうだったんだ。もらっちゃってよかったの?」

 「うん。大丈夫」

 しばらくは岩の突起が多い地面を進んでいたのだが、そこを抜けると凹凸の少ない土地へと出た。代わりに緑色の石が散らばっており、ところどころで石が着火して火の粉を出している。これはファイアーフラワーと呼ばれており、メラが所持している砲火器の燃料となっているものである。それにジェリーが気づき、燃料の補給を勧めている。

 「これ……メラメラの武器に入ってる石よね?補充した方がいい?」

 「ここの地表に出てる石は熱をまとってるから、入れると中で勝手に発火しちゃうんだ。だから、入れておける石は冷めてるものって決まってるんだよ」

 「へぇ~」

 「それと、この辺りにはファイアーフラワーを食べる獣がでるから、まちがってナワバリに入ると面倒なんだよね」

 「……どう注意して歩けばいいの?」

 「ほら、こことか……」

 ジェリーの質問に答える形で、メラが地面を指さしている。そこは立ち上る火の粉が少なく、掘り返された跡が僅かに見て取れる。

 「こうして、食べた跡が残ってるから、そこを避けながら歩くのが得策だね」

 「メラメラ、見て見て」

 メラが真面目に説明しているそばから、ジェリーは近くにいた小さな動物を持ち上げている。メラはジェリーから動物を取り上げると、押し出すようにして逃がしてあげた。

 「こんな所にいると、凶暴なのに襲われちゃうぞ。すみかへ戻るんだ」

 「あぁ……行っちゃった」

 「残念そうな顔しない。あれは安全な動物だから良かったけど、危ないのもいるんだから勝手に触らないように」

 「……ごめんなさい。ところで、天空の岩場というのは、どこにある場所なの?」

 「ここを超えた先にあるんだけど、とっても高い岩の柱が多い場所なのよ。隠れやすいから、小動物達の隠れ場になってるんだ」

 「そうなの?行った事がないから、楽しみ」

 メラにとっては見知った場所だが、インドアなジェリーにとっては初めての場所も多い。それ故にジェリーは楽しげで、メラはジェリーの先を歩いている訳である。その先もメラがジェリーを誘導し、危険な獣とは遭遇せずにファイアーフラワー地帯を抜けた。

 大きな山が景色の中で目立っており、そこが天空の岩場である事はジェリーにも想像がついた。しかし、山肌が崖のようで登るのは困難だという事、滑らかな質感のドーム状になっている事が、近づくにつれて解ってくる。天空の岩場を麓から見上げ、ジェリーは岩場攻略の策をメラに尋ねた。

 「登るのも、中に入るのも難しそうだけど……いつも、どうしているの?」

 「防衛隊で入り口を作ってあるんだけど……あ、あっちの方だと思う」

 小動物が開けたと思しき無数の小さな穴を見つけ、その近くをメラは屈みこんで探っている。少しして、メラは岩場の表面にある窪みへと指を入れ、扉のようにして重く引き開けた。

 「う……うぁ~!とりゃ!」

 「こんな所に入り口が隠してあるのね」

 「ここから中に……うわっ!水だ!」

 岩場の中から水が流れ出し、扉が閉まらないよう支えていたメラが後ずさる。水の出が収まってから中を見ると、暗がりが広がっていた。湿気の多そうな場所にメラが怖気づいているのを見て、ジェリーが先に水へと足をつけて入った。

 「真っ暗で何も見えないわ……」

 「ちょっと待って。今、照らすから……ファイアーリード!」

 メラの武器から赤い光が発せられ、継続的に暗闇を押しのけている。明るくなって初めて、2人は岩場の中が水浸しであると知った。そこで、メラはファイアーフラワー地帯に小動物がいた理由を考えた。

 「なるほど……これじゃ暮らすにも不便だし、小さい動物が外へ食べ物を取りに出る訳だ」

 「じゃあ、水の軍団が来てるのかしら?でも、どうして、この場所を攻めたのか理由が解らないわ」

 「ここは拠点でもないし、火山みたいに熱源がある訳でもないからね。静かだから、もう誰もいなそうだけど……」

 溜まっている水を蹴って進んでいくと、遥か上の方から日の光が入っていた。その光にジェリーとメラが目を細めると、なにやら見覚えのある乗り物が岩場に引っかかっているのを見つけた。

 「……あれってさ。ジェリーが火山で吹っ飛ばした、水の軍団の乗り物じゃないの?」

 「言われてみれば、そんな気も。あれの中から水が流れ出したのかも」

 「つまり、ほんの少しだけ、あたしたちのせいじゃん……」

 責任の大部分は水の軍団に引き渡し、メラは足元に溜まっている水を改めて見降ろした。そこで考えが決まったらしく、ジェリーに相談を持ちかける。

 「よーし。ここの水を片づけて行こう。ハイドロバスターなら、簡単に外へ持っていけるでしょ?」

 「うん。でも……」

 「でも?」

 「これだけの水を外に出すのなら……どこかに水を溜める場所がないと、他の場所が水浸しになってしまうわ」

 「……なるほど。う~ん……どこに持って行っても邪魔な水だなぁ」

 この星は元より水が少なく、つまりは並々とした水に耐えられる場所も限られる。運ぶ先の目星も立たぬ内、ジェリーは水の軍団が乗っていた乗り物を指さして言った。

 「ひとまず、あの乗り物をどうにかしない?岩場が崩れて落ちてくると危ないから……」

 「そうだね。とはいえ、下へ降ろすのも一苦労。なにせ、かなりの大きさだし」

 「任せて」

 ジェリーはハイドロバスターを水で満たした後、絶妙なバランスで岩間に引っかかっている乗り物の下へ移動。注射器の先を地面の水へとつけ、上を確認しながらハイドロバスターのスイッチを押した。

 「……ハイドロタワー!」

 水が柱のように沸き、岩場の隙間から乗り物を持ち上げた。さすがに天井までは水が持たないようで、一つだけ高い岩場へ乗り物を乗せると、ジェリーは噴き上げた水を回収した。完全に観客の目線で、メラがジェリーと同じ場所から上を眺めている。

 「……器用だなぁ。これは流石に、炎じゃ真似できない」

 「この調子で上の穴から外へ出すから、メラメラは上の様子を教えて」

 「解った。了解」

 湿っている岩場を登り、メラが四つん這いの体勢で見降ろす。あとは上の地形を見ながら、ジェリーが巨大な乗り物を少しずつ持ち上げて行けばいい。

 「ハイドロタワー!」

 「……こっち、ぶつかるよ!そっちに動かして!」

 「こっち?」

 「……もうちょい、あっち!ここが危ない!」

 「うん」

 大雑把なメラの指示を受けながらも、ジェリーは乗り物だけを見つめながら運搬している。乗り物より先回りし、メラは更に上へと登って行く。ただ、こちらも乗り物の方ばかりを見ていたせいで、岩の足場をくずして落下させるという、考えつく限りでも最もな大失態をやらかした。

 「……わっ……と!あ!ジェリー!あぶない!」

 「……え?なに?わわっ……ハイドロセイントガーディアン!」

 岩に押されて落下してきた乗り物から身を守ろうと、ジェリーは適当な技を作って適当に水でガードした。心配したメラがジェリーの元へと降りてくるも、ジェリーが無事である事は一目で理解できた。

 「大丈夫……そうでなによりだ。ごめんごめん」

 「とっさだったから……変な技、作っちゃった……」

 「とっさの割にカッコイイの出たなぁ……」

 「とにかく……もう一度、下から運びなおすね」

 最下層まで転がり落ちていった乗り物を追い掛け、ジェリーが危なっかしくも岩場を降りて行く。下に到着したジェリーから呼ばれ、メラが足場の隙間から下をうかがっている。

 「……ねぇ。メラメラ?」

 「今度はなんなの~?」

 「……この乗り物、なんだか数字みたいなものが出てるんだけど」

 「……え?」

 ジェリーの指さした部分を見つめようとし、メラが必死で目を細めている。すぐに状況が判断できたらしく、メラは減っていく数字を指さしてジェリーへと伝えた。

 「……それ!絶対に爆発する!早く逃げよう!」

 「待って。山の入り口が、さっき落ちてきた岩で塞がってるわ」

 「こんな時に!なんて事をしてくれたんだ!」

 なんて事をしてくれた人の口ぶりからすると、山への入り口は先程の一つしかないらしく、出口は先の先にあるようである。こうなったら、爆弾と化した乗り物を追い出さなければ、山ごと爆破される恐れがある。

 「やばい!ジェリー、急いで上から放り出そう!」

 「解った。ハイドロアッパー!」

 パス、とばかりにジェリーは水をはね上げ、乗り物を上の方へと打ち出した。巨大な鉄の塊が宙を舞っており、それが落ち始める前にメラは考えるのを止めて行動した。

 「ファイナルヴォルケーノ!ジェリー、任せたよ!」

 「うん。ハイドロスプラッシュ!」

 ジェリーは巨大注射器に乗って水流で飛びあがると、メラが全力の炎で持ち上げた爆弾に追いつき、巻き上げるかのような水で更に持ち上げた。山の頂上に空いている穴まで残り僅か。しかし、メラが爆弾に追いつかない。

 「うう……ごめん!間に合わない!」

 「大丈夫!ハイドロロケット!」

 「わ……うわっ!」

 武器の炎で飛びあがろうとしているメラを小脇に抱え、ジェリーは水を身近に纏ったままロケットの様子で飛び出した。そのまま、重力に引かれ始めている爆弾へと体当たりし、爆発する水の勢いで山の頂上にある穴へと押し込んだ。

 「なんで、あたしまで……」

 「ごめんなさい……抱えやすそうだったから」

 「……あっ!あれ!」

 「え?」

 メラが上を指さし、つられてジェリーも上を見た。なんと、爆弾が山の頂上にある穴へとハマっており、外へ出ていない。

 「あそこから入ったんだから、出ないのおかしいじゃん!」

 「でも、たまにあるよね……っ!ハイドロセイントガーディアン!」

 爆発のタイマーが0になるのを確認し、ジェリーは注射器内の水を全て使って自分とメラの体を守った。水の軍団が乗っていた乗り物は白く輝くも、特に爆発は見せぬまま穴に固定されていた。

 「……爆発しないじゃん!」

 「……中身が空だから、爆発に使う水が無かったのかも」

 「それもそうだ。早く言って欲しかった……」

 ジェリーの見解を受け、メラは納得と安心を両方とも手に入れた。しかし、そもそも爆発しそうだったのか……という真実は、いまや水の軍団のみぞ知る。爆発事件が解決したと見て、ジェリーは山の最下層から水を補給。乗り物を良い具合の方向から射ぬき、山の外へと転がし落とした。同時に水を隔離する案も浮かんだようで、腕組みながらに事を見守っているメラへと相談した。

 「……ここの水は乗り物の中に入っていたのだから、乗り物の中に戻したらどうかしら」

 「ば……爆発するんじゃない?」

 「あ……爆発しないよう、私が先に見ておくわ」

 「うむ。頼む」

 山の真上だけは天気が良く、ぽっかりと雲に穴が空いたような晴れ模様である。山の中にある水を乗り物へと移すには4回程の移し替え作業が必要であり、ジェリーは乗り物の上側から注射器の先を挿しこみ、水が漏れないよう注意しながら注いでいる。一方、メラは一つとしてする事がなく、ジェリーの横に座って空ばかり見ながら雑談していた。

 「ねぇ、ジェリー?」

 「なに?」

 「あたしたち、結構がんばってるよね。帰ったら、何かもらってもバチはあたらないと思うんだ」

 「……何が欲しいの?」

 「ジェリーは何か欲しい物ある?」

 「特にはないけど……」

 「うん。あたしもない」

 なぜ、その話題を切り出したのか。続いて、メラは気だるそうな声でジェリーに質問している。

 「あと何回で終わりそう?」

 「あと1回だと思う」

 「あっ……山に動物たちが戻って行くぞ。ゆかいだなぁ」

 特に面白い話もなく、こんな会話がジェリーの作業終了まで続いた。山に溜まった水を移し終え、改めて入った山の中は非常に歩きやすい。その体験を、すぐにメラが言葉へと変えている。

 「さっきまでは水が膝を浸していたけど、これなら歩きやすいぞ。足が軽い」

 「……出口は、かなり先なの?」

 「う~ん……昼いっぱいくらいはかかるかな。ここは危険な動物もいないから、ゆっくり進もう」

 「メラメラ……灯りはつけられる?」

 「あぁ、ごめんごめん。ファイアーリード!」

 メラは砲火器の先に火を灯し、それを高くは上げられないながらも高く上げながら、空洞となっている山の中を照らした。先程までは水浸しで見えなかったが、地面には鉄の杭が打ち込んであり、出口までの最短ルートを示してある。それに火の灯りをぶつけながら、2人は平坦な道を軽快に進んだ。

 メラが前を歩いている訳だが、後ろを歩いているジェリーが何か手作業している。後ろを向いたまま歩き、メラがジェリーの手元を気にしている。

 「今度は何してるのさ」

 「うん。水の軍団の乗り物から部品を取る事ができたから、また新しく改造してみてるんだけど……」

 「歩きながら、器用なものだ。それだけ器用なら、なぜ家の食器を頻繁に割るのか」

 「それは……考え事をしながら洗っているからかも」

 「なに考えてるの?」

 「……なるべく楽しい事」

 「なにそれ。どうせ、水の研究についてでしょ?」

 「まぁ……うん」

 楽しそうなメラへと困り笑顔で返答し、ジェリーは数秒の間をおいて話題を持ちかえた。

 「水の軍団の人達、もう山の中にはいないみたいね……」

 「さっき、あれだけ大きな音を立てても出てこないんだから、もうとっくに上の穴から避難してるでしょ。きっと。それにほら、動物たちも隠れる様子がない」

 「……それも、そうね。でも、ここを出て、どこへ向かったの?仲間の誰かに迎えに来てもらったのか……近くに拠点があるのかも」

 「あ~……ここから先、どこが占拠されてるかも解んないもんね。ここを出たら、隠密行動を心がけよう」

 珍しく実のある会話をしつつ、2人は休まずに先へと進む。なぜ、この場所が天空の岩場と呼ばれているかというと、その由来は山の中央付近にある風景から見えてくる。岩壁全面が白い水晶で覆われており、合間合間から突き出た黒岩が浮かんで見えるのである。

 「綺麗ね……」

 「空に岩が浮かんでるように見えるから、天空の岩場って名前を付けたんだって。総隊長が」

 「……え?総隊長さんが名づけたの?」

 「ジェリー。そんな驚いちゃ失礼だぞ。総隊長は結婚した時から100回の朝晩が巡るごと、奥さまに贈り物をされる律儀な方だ」

 「逆に……メラメラの、お父様と……お母様は、祝ってるのを見た事がなかったから……」

 「うちは……あれじゃん。お母さんの方も忘れてるし」

 「……あぁ。それはそれで、気が合っているのね」

 「そういう事。ここまで来たら、2分の1くらいは進んだ感じかな」

 「外側からの入り口は見つけにくかったけど……出口は内側から見つけられる?」

 「来た方の入り口は防衛隊が作ったものだけど、逆側は最初から穴が空いてるんだ。だから、手を使わないで出られる」

 「そっか」

 山の中を先へ先へと進み、メラが言っていた出口の穴を発見する。メラは両手を上げて伸びをしながら外へ、ジェリーは頭をぶつけないよう脱出した。

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