十三花
それは突然のことだった。
女の体が燃え上がったのだ。
咄嗟に椿女は弥三郎を突き飛ばす。
弥三郎は後ろへ倒れてしりもちをついた。
「弥三郎! 逃げなさい!」
椿の大木のそば、老僧と与助が立っていた。
弥三郎を助けようと追いかけてきたのだ。
幹に札を張られた樹は恐れおののくように身をゆすり、不思議な炎にまかれて燃え上っている。それと同じく炎に包まれて、椿女がこの世のものとも思えない恐ろしい声を上げて燃えている。
「畜生。畜生。騙された」
椿の木が、椿女が、恐ろしい妖気を放って暴れだす。
余波を喰らって弾き飛ばされた老僧を見て、弥三郎は声を上げた。
「与助さん、太一さんの魂は元に戻ったよ。私はいいから和尚さんを連れて逃げて!」
大きく手招きをしている与助は激しく首を横に振り、さらに手招きを繰り返す。鬼から離れるように全身で叫んでいるように見えた。
「私は大丈夫だから、和尚さんを助けてあげて!」
与助はおろおろと迷った挙句、和尚を背負うと最後に大きく手招きをしてその場を離れていった。
それを見届けた弥三郎は椿の樹に走りより、幹に張られた札を剥がそうとするも、火に炙られた紙は脆く崩れ去ってしまった。その間にも椿の樹を炎がなめて焦がしていく。
自分の身を抱いて苦しむ椿女の衣から、火を払い落とそうと袖で叩くが勢いはおさまらない。燃え移ることも構わないといった弥三郎の行動に、騙し討ちを疑っていた椿女も誤解を解きつつあった。
炎に包まれながら女は弥三郎を振り返る。
「無駄だよ。私は椿の樹と一蓮托生。あれが燃えれば私は生きていられない」
「そんなことさせてなるものか」
やっと、娘が自分の元へ帰ってきたと言うのに、消えてなくなるなんて。霊験新たかな札の炎は弥三郎を焼くことはなく、腕の中の椿女のみを燃やさんとする。
苦しみのあまり爪を立てる娘を抱き止めて、無駄と知りつつも炎を払おうとし続けていた。
「もし、消えると言うなら私も連れていってくれ。今度こそ一緒にいくよ」
腕のなかで徐々に弱っていく女に、弥三郎はすがるように頼むといった。それを受けて椿女は弥三郎の首にたてた両手の爪に力を込める。
されど、引き裂くことは出来なかった。
「出来ないよ……」
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