九花


無数の牙に引き裂かれ、ぼろぼろになった人形のような娘が椿の花弁に埋もれるように横たわっていた。


山賊は娘を見捨て逃げて行ったようだ。


濃い鉄さびのような匂いに淀む空気のなか、目に鮮やかな白い花弁が娘の上に降り積もる。


あの人は来てくれる。きっと探しに来てくれる。

仰向けに花を見上げ、逢いたいという想いのみが娘を繋ぎ止めていた。


月光に揺れる木漏れ日の下、徐々に娘の色は失われ、その肌は花のように白く透けていく。その瞳にたまる泪が揺らぎ、雲間から見え隠れする月を映す。刹那、目尻より零れ落ち、時を同じくして夜露が消えるごとく落命した。

それでもなお想いは残り、留まりたいとあがき続ける。


一目でも、最後にせめて一目だけでも。


娘より流れ落ちた血潮は地に滲み、やがて根に辿りつき、白椿の花びらは命を吸い上げたかのように紅へ染まっていった。

そうして娘の魂は安らうことなく椿の老木へ宿ったのである。


今日は来る、明日は来るとひと月が過ぎ。

春秋めぐり、やがて白骨シラホネも朽ち葉と共に地中深く埋もれてもなお。


娘は男を待ち続けた。


四度の冬を超えた頃、娘の心に暗い影が生じた。

突然生まれたわけではない。はじめ焦りが生じ、次に心配し、戸惑いが訪れて、疑心暗鬼に心悩まされた。

寂しい山中で数え切れぬほど自問自答を繰り返し、待って、待って、待ち疲れた娘の心の中で闇は少しずつ大きく育っていったのだ。


そしてある日、娘は悟った。

男は自分を捨てたのだと。


あな、口惜しや。不義理な男を待ち続けて幾年。

なんと愚かなことであっただろう。


常緑の茂みは震えるように風に揺れた。

やがて地中より砂と崩れた白骨が、その身の形を取り戻して立ち上がる。朽ち葉や赤い花びらがその白骨にまとわりついて見る見るうちに人型を成していった。やがてそれはかつて美しかった娘そのままの姿を取り戻す。


打ち捨てられた包みより、かつて雅であった振袖を取り出してまとう。歳月にぼろぼろにされた衣は鴉の翼のように音もなく風にはためいた。暗い木立に縁どられた高い空を仰ぐ。

白い面を鬼女のごとくゆがめ、その双眸は流す涙もなく哭いていた。


月も身を隠す朔の夜。

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