第13話 魔術師の名門



 王都に到着した翌日、琉斗は寝坊せず起きることに辛くも成功した。


 簡単に身支度を整え、身分証を手にギルドへと向かう。




 冒険者ギルドに入り、昨日の受付の女性の窓口へ行くと、身分証を呈示し無事手続きを完了した。

 試験は午後からということで、女性が集合時間などを教えてくれる。


「これからはもっと早く申し込みに来るんですよ」と言われ、少し赤面しながらも琉斗はギルドを後にした。




 さて、試験までどうしようか。


 あてもなく歩き出そうとした途端、琉斗の腹の虫がこれでもかというくらいに吠えた。


 同時に激しい空腹感が琉斗を襲い、思わず膝を折りそうになる。考えてみれば、昨日から今日までまだ何一つ食べ物に手をつけていないのであった。


 自分でも気がつかなかったが、これでも今まで意外と気を張っていたのだろう。緊張の糸が切れたのを見計らうかのように、食欲が琉斗の理性を押し流していく。


 こうなると、あたりを漂う料理のにおいにあらがうことなどできない。琉斗は本能の赴くままに、においの元になっている露店へと吸い込まれていった。





 結論から言うと、この世界の食事は悪くなかった。


 単に琉斗の腹が限界を迎えていただけなのかもしれないが、露店で買った食べ物はどれも十分美味に感じられた。


 こんなところで売られているのだから、大衆向けのそんなに高価ではない食べ物のはずだが、鳥の串焼きにはしっかりと塩|胡椒で味付けがなされ、琉斗は瞬く間に購入した串を五本全て平らげてしまった。


 そのすぐ近くの露店で買ったパンとスープも、これまた予想以上にうまい。スープに入っている野菜の中にはかなりクセが強いものも多かったが、やはり香辛料で味が調えられていた。パンの焼き加減も決して悪くない。



 琉斗が異世界で最も危惧していたことの一つが、その世界の料理事情であったのだが、これだけの料理を食せるのであれば及第点と言って差しつかえなかった。胡椒が貴重品ではなさそうだというのは、彼にとってはまさに僥倖であったと言えるであろう。


 もう一つ琉斗が驚き喜んだのは、自分が空腹を感じられることであった。最悪、龍皇の力の影響でそのようなものを感じなくなるのではないかと内心では不安に思っていたのだ。先ほど腹の虫が鳴った時には、心底安堵したものだ。

 世界を滅ぼしかけたという龍皇が、まさかあっさり餓死するとも考えにくい。であれば、空腹感などという感覚は不要であるし、それを感じない可能性は十分にあった。

 餓死の危険がない以上、普通に考えれば空腹感などというものはマイナスの要素でしかないのだが、一方で空腹は最高のスパイスだとも言う。少なくとも、琉斗にとっては空腹感は生きる上でなくてはならない感覚の一つであった。




 露店で食欲を満たした琉斗は、特にどこへ行くあてもないので、試験の受付が始まる時間までギルドの中で待つことにした。


 再びギルドの扉をくぐると、軽食屋で飲み物を頼み、ホールの立ちテーブルでちびちびとそれに口をつける。


 そろそろ昼が近いから人も少ないかと思ったが、ホールには結構な数の人間が集まっていた。

 とは言え、そのどれを見てもこれからどこかへ向かうといった感じの装備ではない。おそらくは琉斗同様、この後の選抜試験の受験者なのだろう。




 しばらく一人で飲み物を口にしていると、黒髪の少年がこちらへと近づいてきた。


「よう、お前も試験受けに来たのか?」


「ああ」


 どうやらその少年も暇を持て余していたようだ。手頃な話し相手を見つけたとばかりに隣へとやってくる。


 年の頃は琉斗と同じくらいか。だからこそ彼も琉斗に声をかけてきたのだろう。


「思ったより人が集まるんだな」


「そりゃそうさ。月に一度の試験だし、このあたりの志望者はみんなここに集まるからな」


「へえ」


 琉斗は気のない返事をする。


「俺は剣士を志望してるんだけどさ。お前は何になるつもりなんだ?」


「俺は一応魔術師を」


「へえ、お前魔法の才能あるのか」


 感心した風に言うと、なぜか少し憐れむような目を向けてくる。


「でもお前、運がないな。よりによってあのミューラーと同じ回に受験するなんてよ」


「ミューラー?」


「知らないのか? 魔術師の名門ミューラー家の御曹司よ。何でも、もうすでに四級レベルの魔法が扱えるらしいぜ」


「それは大したもんだな」


 さほど感心した風でもなく琉斗がつぶやく。



 冒険者には一級から六級までの等級があり、試験に無事合格した場合、新米冒険者は六級から始まることになる。ただし、試験において特に優れた成績を修めた者については、特別に五級での冒険者登録が認められる。


 四級ともなれば、その実力はもはや中級冒険者の域にあると言える。

 冒険者になる前からそれだけの力があるというのは、言うまでもなく驚くべきことであった。


 もちろん、それはあくまで普通の人間を基準にした場合の話であるが。


 とは言え、選抜試験で四級以上に登録された例はないということなので、琉斗も今日の試験は無難に終えるつもりでいた。

 むしろ、なまじ力を出し過ぎて試験を台なしにしたりしないよう注意しなければならないかもしれない。




 しばらく少年と話していると、試験の受付を始めるというアナウンスがなされる。


 それを聞くと、少年はテーブルに立てかけていた剣を手に取った。


「それじゃ、またな! 試験頑張れよ!」


「ああ、お前も頑張れよ」


 お互い言葉を交わすと、少年は窓口の方へと駆け出していった。


 そう言えば、名前を聞いていなかったな。

 琉斗は空になったグラスを握りながらそんなことを思う。まあいい、機会があればそのうちまたどこかで会うこともあるだろう。




 グラスを軽食屋に返却すると、琉斗も試験の受付の列へと加わった。


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