第12話 冒険者ギルド


 冒険者ギルドの中は、質素な造りをしていた。



 大きなホールには、パーティーが集まって話し合えるような席がいくつも設置されている。立ち話用の立ちテーブルも並んでいる。


 右の壁の方には、受付がずらりと並んでいる。

 中には簡単な軽食を提供する店も混じっている。一見すると、ちょっとした駅の構内のように見えなくもない。


 そんな冒険者ギルドであったが、今は日が暮れて一仕事終えたからか人影もまばらであった。


 受付はまだやっているかと心配になり、琉斗はやや駆け足で壁際へと向かう。



 まだ空いているらしき受付があったので、そこに行くと、二十代とおぼしき女性が声をかけてくる。


「こんばんは。もしかして、冒険者登録ですか?」


「え? はい、そうですけど、どうしてわかったんですか?」


「初めて見る顔ですし、こんな時間に慌ててこちらへやってきましたから。もしやと思いまして」


 何となく行動が見透かされているような気分になり、琉斗は少し気恥ずかしさを感じる。


 だが、いつまでも恥ずかしがっているわけにもいかない。琉斗はうなずくと、用件を切り出した。


「その冒険者登録なんですが、今からでもできますか?」


「本当はもう締切なんですけどね。明日の午後が試験ですから」


「そうなんですか? そこを何とかお願いできませんか?」


「そうですね、それでは特別に受け付けておきましょう。定員を超えているわけでもありませんし」


「本当ですか? ありがとうございます」


「でも、これっきりですよ? 今度からは遅れないでくださいね?」


 そう言って、受付の女性がウィンクをしてくる。


 申込書を手渡されると、琉斗はそこに必要事項を書き込んでいった。


 意外にも、用紙はごく普通の紙であった。

 もちろん質は今まで使っていたものに比べれば遥かに劣るが、木簡や羊皮紙のようなものでないことに琉斗は安堵する。


 そこに書かれていたのは見たこともない文字であったが、琉斗にはそれを読むこともできるし、書くこともできる。氏名や性別、年齢などを書き込み、住所は『声』からもらったメモ用紙を見ながら書き写していく。


 そして希望の役職という欄を見て、琉斗はしばし考え込む。

 一応彼はどんな武器でも使いこなせるし、魔法についても一流の腕を持っているということなのだが、さて、どれでいくことにしようか。


 少し悩んだ後、琉斗は役職欄に「魔術師」と書いた。せっかくの魔法があるファンタジー世界なのだ。やはり魔法を使っていきたい。



 全ての欄を書き込んで女性に手渡すと、彼女は笑顔で身分証の提示を求めてきた。


 家に忘れてきたと答えると、女性は少し困った顔をしていたが、明日の午前中に自分のところへ身分証を持参するように、と言った。


「まったく、遅刻の上に身分証を忘れるなんて、困った新人さんですね」


 そんなことを言って笑いながらも、女性は選抜試験の手続きを進めてくれた。




 一応の手続きが終わり、琉斗は受付の女性に礼を言うとギルドを後にする。


「明日は忘れずに持ってきてくださいね。午前中の間にですよ。寝坊しないでくださいね」


 女性の声と、それを聞いた冒険者たちの愉快そうな笑い声を背中に浴びながら、琉斗は少し赤面しつつギルドの扉をくぐった。






 その後は、『声』が用意してくれたという自宅を目指す。


 と言っても、王都の道は東京に負けず劣らずわかりにくい。

 大通りから無数に分かれている裏道は、無秩序な建物に合わせるかのように細く曲がりくねり、通り抜けた先がどことつながっているのか、初めての人間にはとても理解できるものではなかった。


 それでも、琉斗は『声』からもらった地図を手掛かりに、何とか自宅へとたどり着く。


 そこはどうやら王都の北東方面の区画になるようだ。商業地から離れたからだろうか、むやみに背の高い建物はあまり見当たらない。

 比較的裕福な家が多いのか、建物の造りも悪くない。


 とは言え道は狭く、一、二階建ての建物がこれでもかとせめぎ合っているのだが。




 琉斗の自宅は、そんな住宅地の一角にあった。


 落ち着いた石造りの建物の中へと入ると、これまた質素な造りの部屋が目に入る。

 椅子やテーブル、ベッドなどの家具もすでに準備されており、新生活を始めるには何の問題もなさそうだ。


 ふとテーブルの上へと目を向けると、何か四角い紙切れが無造作に置いてある。

 つまみ上げてみると、どうやらそれが琉斗の身分証のようであった。あまりの雑さに、思わず苦笑がこみ上げる。




 それにしても、今日は一日いろんなことがあった。あり過ぎた。


 今日はもう休もう。


 そう決めると、琉斗は布団へと潜り込み、そのまま異世界での初めての眠りについた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る