第11話 王都レノヴァ
街道をしばらく歩くと、琉斗の前に王都の入り口が見えてきた。
市壁は思っていたよりも高い。四メートルから五メートルくらいはありそうだ。その上を、何人もの警備兵が行き来している。
この壁が、町をぐるりと囲い込んでいるのだ。これでは門を通らず内部へと侵入するのは容易なことではないだろう。
入り口の門に近づくと、門番たちがこちらへと視線を向けてくる。
何せ琉斗はあまり見かけない顔であるどころか、まずこちらの人間とは顔立ちからして違うのだ。やはり門番もいつも以上に警戒するのだろうか。
と思ったが、意外にも特にチェックされることもなく中へと通される。ひょっとすると、先にここを通った王女一行が一言告げていってくれたのかもしれない。
内心ほっとしながら、琉斗は王都へと足を踏み入れる。
そこには、何とも雑多で熱気にあふれる空間が広がっていた。
大通りらしき道を歩きながら、琉斗はまるで観光客のようにあたりを見回していた。
すでに日も落ちたというのに、通りは人であふれている。
大通りの両側には、様々な店がこれでもかというくらいにせめぎ合い、通りまで張り出している店も少なくなかった。屋台や露店が立ち並ぶ一角もある。
建物はたびたび拡張されているのか、まるでつぎはぎのように上へ上へと無秩序に付け足されている。しまいには建物と建物がまるでデパートの連絡橋のように、綱やら橋のようなものやらでつながれている始末だ。
琉斗はてっきり「中世ヨーロッパ風」の街並みを想像していたのだが、目の前の光景は琉斗が想像していたそれとはまったく異なっていた。西洋風ファンタジーRPGや、あるいは西洋風テーマパークなどでよく見られるあの街並みとは似ても似つかない。
むしろ、この猥雑とも言える街並みは昔見た香港映画などの舞台に近いように思われた。
思い返せば、古い歴史ものの映画などでもこれに近い街並みを見たような気がしないでもない。あれはヨーロッパが舞台だったか、それともアラブや中国だっただろうか。
ともあれ、町は活気に満ちあふれていた。まるで祭りでも行われているかのようだ。
人口は十万人前後と聞いていたが、はたして日本にこれほどの熱気に満ちた人口十万の町があるだろうか。
しかしこれなら人口密度が大きいのも納得だな、と琉斗は思う。何せどの建物も無理やり三階、四階と増築しているのだ。今にも崩れそうなあの狭い建物の中に、きっと住人がぎゅうぎゅう詰めになっているのだろう。
確か東京二十三区の人口密度がおよそ一万五千人程度だった気がするが、ひょっとするとこの町も、それに迫る密度があるのかもしれなかった。
行き交う人たちの顔も、実に様々だ。
髪や瞳の色も、そして肌の色も、およそ考えられうる全ての組み合わせがあるのではないのかと錯覚するほどに多様であった。この世界では人種の概念も異なるか、ひょっとするとそんな概念自体が存在しないのかもしれない。
自分の顔立ちが他人と違うことを気にしていた琉斗だったが、それは杞憂であったようだ。そもそも行き交う人たちの外見に共通項を見出すことの方が難しいし、むしろ違っていることが当然だとさえ思えてくる。
肌の白い黒髪の青年と、色っぽい身体つきをした黒い肌の金髪女性が腕を組んで歩いている姿に、琉斗は理解が追いつかず頭が混乱する。
そんな異様な街の雰囲気に半ば飲まれかけながら歩いていると、道の左側の立派な看板が目に入った。
「こんなところに冒険者ギルドがあるのか」
思わず琉斗はつぶやいていた。まるで無意識下の自分が、自分に目的を思い出させようとしているかのようであった。
事実、そうしなければ琉斗は場の空気に飲まれたまましばらく街をさまよい続けていたかもしれない。
当初は先に自宅に行こうと考えていた琉斗であったが、予定を変更してギルドへ立ち寄ることにする。身分証がないと登録できないかもしれないが、段取りだけでも聞いておこうと思ったのだ。
冒険者ギルドの前までやってきた琉斗は、その建物を観察する。
大きな建物だ。ちょっとした食品スーパーほどの大きさもあるだろうか。店が立ち並ぶ大通りにこれほどの大きさの建物があることに、琉斗は少し驚く。
以前『声』に聞いたところによれば、冒険者ギルドというのは他のギルドと同様に、各国の管理下にある組織なのだそうだ。各国は条約のようなものを結び、冒険者ギルド間の連携を一定程度認めているらしい。
お上の組織であれば、こんな一等地に大きな建物があってもそれほど不思議ではないか、と琉斗は思い直す。
外見はさほど凝った装飾などはなされていない。武骨で、荒くれ者の冒険者が集まる場にふさわしい外見をしている。
もっとも、その造りはいかにも丈夫そうだ。今にも崩れ落ちそうな周囲の建物とは違う。
ひょっとすると、血の気が多い冒険者たちが暴れても崩れないように配慮しているのかもしれない。
若干緊張しながら、琉斗は重厚な三階建ての建物の扉を開く。まずは冒険者にならないことには、何も始まらない。
この世界での本格的な第一歩を踏み出すべく、琉斗はギルドの中へと足を踏み入れた。
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