二章:こんにちは非日常
01昔馴染み
「学校に筆入れもリュックもローファーも忘れて、うち履きで家に帰るなんて、いったい何が起こったの? あなたの天然ぶりは幼稚園の頃から見てるけど、こんな酷いの初めて見たわ」
「……今日は大変お世話になりました。このご恩は必ず……」
「数学の宿題のお手伝いに、古典現代文の予習、お代は高くつくわよ」
「はい、心に確と……」
広がる淡い色の空を虚ろに眺めて苦笑いをしながら、朔利はそう答えた。
学校からの帰り道、所属している部活動が休みの朔利とすずは早々と帰途へ就いている。少し遠回りして土手の上の小さなあぜ道を歩いて帰ろうと言ったのはどちらだったか。途中で学校近くの駄菓子屋でアイスを買い、高校生の特権である買い食いをしていた。
「帰るまでに気が付かなかったの?」
「なんか気が付いたら家に居て……」
「聞いてあきれるわ」
このようにすずが辛辣なのも、幼い頃から一緒に居るからこそである。それこそ生まれた時からだ。しかしながらここまではっきりと言われると胸にザクリと刺さるものがある。朔利がそんなに言わなくてもいいじゃん……、と項垂れれば、朔利は昔からどこか抜けていたものね、とすずは澄ました表情だ。
昨夜気が付くと朔利は、自室のカーベッドの上に寝転がっていた。夢のようなあの出来事を瞬時に思い出してはっと手元に本が無いかと見るも、そこに無かった。しかし制服のまま、しかもうち履きを履いて倒れていたのだ。あれは夢ではなくもしかして本当にあったことだったのか。そう思って鈍痛を訴える頭をさすりながら起き上がる。すると一人部屋になったときに買い与えられた、いつもは置物のごとく触れても使ってもいない、部屋の隅に置いた姿鏡が倒れていた。朔利はただの悪い夢だと済まそうとしたが、不可解なのはうち履きを履いたままだということだ。それにリュックも家に無い。次の日朝早く起きて学校へ向かってリュックが自分の机にさがっていることを確認して急いで予習をしたけれど授業まで間に合わず、にすずにノートを貸して貰ったというわけだった。
「結局シャーペンは見つかったの?」
「それが、たぶん失くしたかも……」
「帰る前に言ってくれれば、一緒に探しに行ったのに」
「いや、いいや。なんかもう見つからないような気がするし。家帰ったら近くの本屋さん行って同じの買うことにする」
「そう」
あたり、すずがそう言う。珍しいね、と朔利が返せば何千分の一本だもの、と返ってくる。
小学生が、色とりどりのランドセルを置いて河原で駆けまわっている。きゃあきゃあと悲鳴を上げながら、一人から逃げ回る姿を見ると鬼ごっこをして遊んでいるように見えた。昔はよくここであそんだなあ、とふと朔利は思い返す。
「小学生のとき、私たちもここでよく遊んだよね」
「そうね。かくれんぼしたとき、朔利があまりにも隠れるのが上手すぎて、町内の大人たちが懐中電灯持って捜索隊結成したの覚えてる?」
「あー、覚えてる! 私疲れて眠ってて、気が付いたらたくさんの人に名前叫ばれて探されてて、驚きながら出てきたらめちゃくちゃ怒鳴られた」
「みんな川に落ちたか誘拐でもされたんじゃないかって心配してたのよ。壊れた垣根の隙間にはまりながら疲れて眠ってたって言われれば、そりゃあ怒るに決まってるじゃない」
「ほんとそれー。あとですずにもこたにも怒られて叩かれたね、そう言えば」
「あと朔利がかくれんぼしようって言った範囲外に隠れてたのも一因よそれ」
「うわーなんでそんなの覚えてるの、もう忘れちゃったよそんな細かいこと」
「された側はいつまでも覚えてるものよ」
こた、とは朔利とすずと同じ高校に通う幼馴染のことだ。朔利たちが呼んでいるのは彼のあだ名で、本当は岸琥太郎(きしこたろう)という少し古風な名前をしている。三人とも親同士の仲が良く、はいはいをする前からずっと一緒に居た。加えて三人とも家が近所で、特に朔利とは家が隣同士でベランダを通して互いの部屋に行き来できてしまうぐらいの距離なので、幼馴染というより兄弟に近い。
「昔からあなたはどこか抜けていて心配だったけど、まさかここまで続くなんて……」
「失礼な、ここ最近は抜けてなかったでしょ」
「まあ確かに、とは言いたいけど、今回でだいぶ大きなボケをしたから」
「うっ、それはカウントしないでいただけると……」
すずはにやりと笑った。
土手を下りて細い道路に入る。下校の時刻と買い物時なのもあって、まばらに人が居る。
細い道と比較的大きな道に面した古風な日本家屋。ぐるり囲うようにと青々と茂るマサキが植えられている。それじゃあまた明日ね、そう言うすずに手を振る。
すずの家から真っすぐと歩き、二本目の角を右に曲がると朔利の家だ。徒歩3分走って1分、なかなかの好立地だ。昔はすずの家に三人で集まって、広い庭だからと秘密基地を作ったりして遊んでいた。それは今もあまり変わらないか。流石に秘密基地は作らなくなったが、昔と同じくすずの家に集まってお菓子なんかを持ちよって勉強会はよくするものだ。
黒に近い灰色の外観に、朔利の母が趣味でいじる庭。ガレージの中に車が無いことから、まだ誰も帰宅していないことが分かる。庭の手入れをするお向かいさんに軽く挨拶をして、玄関の中へ。重いリュックをどすんと床に落として、財布を取り出した。千円だけを制服の内ポケットの中に入れて、リュックを玄関の脇に寄せた。そのままドアを閉めてから鍵をかける。
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