断章

断章:幻影は覚める






 暗くじめじめとした場所だ。窓一つなく、唯一の出入り口である扉は錆びれてガタが来ていることから長年使われていないことが分かる。歩くたびにその後ろには埃が舞い、歩いた道には一筋の線が生まれている。

 こつんこつん、とやや軽い足音と、ずるりずるりと何かを引きずるような重い足音がただ広い空間の中にこだます。おい、そう声変わりをようやっと終えたと思しき若い声が機嫌悪く放たれた。

「収穫は無しか」

 上背は小さい。太陽の光を受ければきらきらと淡く透けるだろう金髪も、この閉じられた空間ではただ暗く見える。身体に見合わないローブを身にまとい、フードを目深く被る。彼は自身の何倍と背が高いそれを睨みつけ、静かに怒りを殺した声音を発する。

「慈善事業でしているわけではないんだ。分かるか」

 その大きな黒は、頭と思しき部分を縦に振った。それに彼は大きなため息を吐き出した。脳みそはあるようだが行動の決め手に欠けるのは、お前が合成獣だからかそれとも用無しだからか。そうぽつりと呟かれた言葉に、巨躯がぶるりと震えあがる。鳴き声を上げ、まるでまだ出来ると言わんばかりに彼に媚びへつらう仕草を見せるが、彼の方はそれに目もくれていなかった。

「お前が失敗した後の落とし前を付けるのは僕だ。加えて上への報告だってしなければならない。これからどうなるか、お前なら分かるだろう」

 冷たく尖った氷のような冷ややかな目がじろりと一瞥する。

 怪物は身をぶるぶると震わせながら、分からぬと態度で示した。こんなことは言いたくなかった、そう少年は言う。

「ここでの用無しの末路は知っているはずだ。あの人から使えないと烙印を押されれば、気分転換にずたずたに引き裂かれて殺されるか、下げ渡されるか。どのみち、残忍に死ぬことは避けられない。それよりなら、」

 死んで帰ってきた方が幸せだったよ、そう酷くやわらかな声音で彼が言った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る