第4話

 嘉隆には上級生の知り合いがいる。家が近かったために子供のころによく遊んだ仲だった。


 嘉隆は真夕を百合から引き離そうとした。そのためにはその上級生を使おうと考えたのだ。名前は関秀典(せき ひでのり)。秀典を百合の彼氏にしてしまおうというのが嘉隆の考えた作戦だった。


 なぜ真夕の彼氏にしようとしなかったのか。一度はそれも考えたようだが、真夕と百合の仲がああなってしまった時とはまた違った嫌悪感が嘉隆を襲った。



(俺は、嫌なやつなのかもしれない)



 自己嫌悪と戦いながら嘉隆は作戦を練っていく。


 まずは秀典に百合の写真を見せた。秀典の反応はいい。百合はクラスで一、二を争うほどの美人である。当然といえば当然の反応だった。百合を紹介したいというと秀典は跳びあがらんばかりに喜んだ。


 次に百合のほうだ。しかし、こちらはすでに同性愛に目覚めているような雰囲気である。百合を秀典に会わせるだけでも苦労しそうだ。


 だが、とにかく話をしなければ始まらない。嘉隆は百合が一人になる隙を狙って話しかけようとした。しかし、百合の側には常に誰かがいる。瑠奈であったり、真夕であったり、時には他のクラスの女生徒であったりだ。その他にも男女の区別なく百合の側には人がいる。嘉隆からしたら邪魔でしかなかった。


 仕方がないので嘉隆は手紙を書くことにした。内容は、



「話したいことがあります。今日の放課後に一人で校舎裏まで来てください」



 と書いた。その場で秀典に会わせる作戦だった。


 手紙を百合の下駄箱に入れて反応を待つ。秀典も校舎裏へと呼び出している。これで準備は万端だろう。


 放課後、嘉隆は校舎裏で百合と秀典の到着を待った。秀典には早く来るようにと伝えておいたが、なかなかいいかげんな性格をしているためにどうなるかはわからない。


 危惧したように、先に顔を出したのは百合のほうだった。これではまるで嘉隆が告白するために百合を呼び出したようではないか。



(これはまずいな)



 無言でいるわけにもいかないので、とりとめもない話をしながら秀典の到着を待つことにした。しかし、嘉隆は百合とまともに話すのはこれが初めてなのである。何を話せばいいのかまったくわからない。



「あ~、来てくれてありがとう」


「はい。手紙を書いてくれたのはあなたでしょうか?」


「うん、まあ。ちょっと百合さんと話したいことがあってね」



 これでは完全に嘉隆が百合に告白する雰囲気である。何とか秀典に興味を持ってもらうしかない。



「百合さんって、男の人と付き合えるの?」


「えっ!?」



 質問の仕方に優劣があるとしたらこれほど下手な質問はないであろう。百合の顔が青くなっていくのも当然だ。



「えっ、あ、そうじゃなくて……。好きな人とか、いる?」



 百合は黙ったまま頷いた。瑠奈のことか、真夕のことか。



「もうその人とは付き合ってたりするの?」



 百合は「はい」とも「いいえ」とも言わない。ただ顔を赤らめて黙っているだけだった。



(それは「はい」って言っているようなものだぞ)



 しかし嘉隆は百合の態度を無視して話を進めていく。好きな人と付き合っていても相手は女性なのだ。男性の好きな人ができてしまえば女性の好きな人のことなど忘れてしまうだろうという浅い考えが嘉隆にはあった。



「もしまだ付き合ってる人がいないなら会ってほしい人がいるんだ」



 百合の顔は一気に紅潮していく。この様子だと男に興味がないというわけではないのか。



(単なる恋愛好きか)



 秀典はまだ来ない。もしかすると約束を忘れてしまっているのかもしれなかった。


 仕方がないので嘉隆は百合に秀典の写真を見せることにする。



「会ってほしい人ってのはこの人なんだけどね」



 嘉隆はスマートフォンを取り出して秀典の写真を見せる。そこには今日撮ったばかりの秀典の姿が写し出されていた。



「あっ、秀典先輩ですね」


「知ってたの!?」



 意外なことに百合は秀典のことを知っていた。しかし、百合の表情はどうにも冴えない。興味を持っていないというよりも、秀典のことを好いていないようだった。



(これは失敗だな)



 百合の顔色から作戦の失敗を悟った嘉隆はこれ以上百合を引き留めようとしない。少しとりとめもない話をした後、何事もなかったかのように別れようとした。


 しかし、意外なことに百合のほうから嘉隆を引き留めたのである。



「待ってください」



 嘉隆はこの場を去ろうとした足を止めて振り返る。



「どうした。まだ何かあるのか?」



 嘉隆の口調は平坦だったが、内心では百合のことを憎々しく思っている。それを悟られないようにわざと何気ない口ぶりをしているとも言えた。


 百合の頬は紅潮しており、身をよじらせている。明らかに普通ではない。


 百合は突然嘉隆に近づいてきた。身を嘉隆に預けながら上目遣いで嘉隆の顔をじっと見つめる。さすがの嘉隆もこれにはどぎまぎした。


 百合は嘉隆の瞳に視線をあわせながら小さくつぶやく。



「私、あなたのことが好きなの」



 これに嘉隆は喜ぶどころか怒りを感じた。



(散々真夕を自分の道に引きずり込んでおきながら俺を誘惑するつもりかっ!)



 嘉隆は百合を振りほどいて足早にその場を去っていく。その時百合の表情がどうなっていたかはわからない。しかし絶望に沈んだ顔をしていたことだろう。少なくとも嘉隆はそう望んだ。


 去り際、校舎の陰に瑠奈の姿を見たような気がした。もしかしたらこっそり百合の後をつけてきたのか。しかし、今の嘉隆にはそんなことはどうでもよかった。




 翌朝、登校すると下駄箱に手紙が入っていた。宛名を見るとそこには百合の名前が書かれている。



(百合……)



 嘉隆は読まずに捨ててしまおうかとも思ったが、人目がある学校でそう易々とできるものではない。気が進まないながらも封を切って中身を確認した。


 中身は昨日嘉隆が書いた内容と同じである。放課後、校舎裏まで来てほしいとのことだった。



(気が進まないな)



 どうやら昨日のことで嘉隆の気持ちは伝わらなかったようだ。ここははっきりと拒絶するためにも放課後校舎裏に行くしかない。



「その手紙、どうしたの?」



 急に現れたのは淳二だった。あまりの出来事に嘉隆は手紙を落としてしまう。



「あっ」



 手紙を拾い上げた淳二は内容まで目を通してしまった。



(まいったな)



 苦い顔をしている嘉隆とは反対に淳二は笑顔で嘉隆に話しかけてくる。



「よかったね。嘉隆にも春が来たってことだよ。ボクもこんな手紙もらいたいなぁ」


(あげられるくらいならあげてしまいたいよ)



 嘉隆は淳二から手紙を奪い返すと手荒く鞄の中にしまった。その様子を見て淳二は不思議に思ったようだが、特に言及してくることもなかった。

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