第2話

 体育祭当日。競技は問題なく消化されていった。現在行われている種目は二人三脚だ。


 その時、ひときわ大きな歓声があがった。その声の先にいたのは必死に汗をかいている百合と瑠奈のペアであった。息ピッタリに運動場のトラックを疾走する。経路の途中におかれた障害物も難なくクリアしていた。その二人の姿はどこか艶めかしいものを感じさせる。



(おかしいな。百合さんは瑠奈のこと避けてると思ったんだが)



 嘉隆は少し前の百合と現在の百合を頭の中で比較してみる。今の百合はどこか大人びていて、ある種の色気のようなものが醸し出されていた。



(まさか百合さん、瑠奈と……!?)



 今の二人を見ると可能性は十分あるように思われた。嘉隆には関係ないことだが、身近でこのようなカップルができるというのはなかなか複雑な心境になる。



(俺には関係ないことだ。きっと、これからもずっと……)



 嘉隆はそんな言葉を自分に言い聞かせながら百合と瑠奈から目をそらした。




 後夜祭では百合と瑠奈の関係は周知の事実となった。やはり競技中や待ち時間での様子があからさまに二人の関係をあらわしていたのだろう。


 そんな二人を恨めしそうに睨めつけている生徒も多かった。決して男子だけとは限らない。瑠奈と同じく女でありながら百合に恋心を抱いていた女生徒は多かったのだ。その代表とも言える人物の名は、マリであろう。


 マリは体育祭が終わった次の日から露骨に百合と接触するようになった。今まで女同士だからと気を遣っていたのを、百合と瑠奈の様子を見て遠慮することはないと悟ったようだ。


 選択授業の際、百合と瑠奈は離れ離れになる。そのわずかな時間を狙ってマリが百合に近づいてきた。



「ねぇ、百合さん。映画のチケットが二枚手に入ったのだけれど、今度の日曜日にでも一緒に行かない?」



 マリは百合の身体にべたべたと触れながら話しかけている。意図がわかりやすいだけに百合の返事もしどろもどろだ。


 ここで百合がはっきりと断ればよかったのだろうが、「はい」とも「いいえ」とも言わずにうやむやにしてしまった。それがマリにとってはまだ自分にもチャンスがあると感じさせてしまったようだ。


 マリはその後もことある度に百合と接触してきた。最初のうちは瑠奈がいない時だったが、次第に瑠奈がいても気にしなくなった。


 瑠奈にとってはとんでもない。自分が百合と最初に仲良くなったのだ。ハイエナのように近づくマリのような輩は瑠奈にとって目障りだった。




 そんなある日、マリが学校に来なくなった。一日や二日ならば風邪ということになるだろう。しかし一週間も姿を見せないというのはただ事ではない。


 噂も流れた。「家出をした」「誘拐された」などである。しかし、真夕が手に入れた噂は少し違っていた。



「鬼隠しよ、鬼隠し!」



 嘉隆は馬鹿みたいに大きく口を開けたまま固まってしまった。一瞬真夕が何を言っているのか理解できなかったのだ。



「鬼隠しって、ボクの家の近くにある、あの井戸の――」


「そう、その鬼隠しよ!」



 真夕は満面の笑みを浮かべている。そんな真夕を見て嘉隆と淳二は同時にため息を漏らした。



「何よ、あんたたちは私の言ってることが信じられないっていうの?」


「一度としてまともに信じたことなんてねえよ」


「ひどいいいようね」



 真夕は嘉隆にこれほどのことを言われても話を進めた。真夕が言うにはマリが行方不明になった前日の夜に、マリ本人を見た人がいるというのである。その場所というのが鬼隠しの井戸がある赤井戸神社というわけだ。


 目撃情報ではそれ以上のマリの行動はわからない。しかし、真夕にとっては鬼隠しの井戸の近くで人が消えたというだけで鬼隠しの想像を膨らませるには十分だった。



「なるほどね。でも、それだけで鬼隠しだと判断するには無理があるだろう」


「いいえ、鬼隠しよ。絶対!」



 真夕はそれでも鬼隠し説を譲らない。どうやら他にもマリに関する情報を持っているようだ。それを嘉隆と淳二に熱く語りだした。


 警察の話では赤井戸神社で血痕が発見されたらしい。その血痕がマリのものかどうかはまだ調査中らしいが、発見された場所が奇妙だという。



「まさか――」


「そう、鬼隠しの井戸の中なの」


「……!」



 これには嘉隆も驚いた。さらに話を聞くと血痕はまだ新しく、近くに死体もない。なぜこんなところに血痕が付着しているのかと警察も怪しんでいるようだった。



「ね、怪しいでしょう? もしその血がマリちゃんのものだとしたら、きっと赤井戸神社で殺されたのね。それで死体を裏の井戸に落とせば証拠隠滅。きっと血痕はその時に着いたのね。それさえなければ完全犯罪だもの」



 真夕は自説を自慢げに披露する。しかし、嘉隆はそんな真夕を不愉快な目で見つめていた。クラスメイトが死んだかもしれないというのに真夕の態度は不謹慎だからだ。だが、真夕は昔からこのようなところがある。今に始まったことではないだけに今更嘉隆も注意する気はない。



「真夕の話だとマリを殺したやつがいるってことだろう? そんなやついるのか?」



 真夕はこっそりと教室の隅で百合と会話している人物を見た。瑠奈だ。



「そんな、お前――。クラスメイトを疑うようなことするなよ」


「でも怪しいのは確かでしょう? 動機もあるし」



 ――動機。マリは百合に付きまとっていた。百合の彼女(もしくは彼氏)を自認しているであろう瑠奈にとっては殺したいほど憎かったに違いない。



「淳二はどう思う。家から赤井戸神社は近いんだろう? マリの姿を見たとかなかったのか?」



 話を振られた淳二の顔は暗かった。あまりこういう話は得意ではないのかもしれない。



「よく、わからない。ボク、ここ最近はすぐに寝てたし……」


「ふ~ん、そうなんだ。じゃあ、何か鬼隠しのことでわかったら私に教えてよ」



 真夕はそう言って席を立つ。



「ん、どこに行くんだ?」


「女の子にそんなこと聞く? お手洗いよ」


(別に聞いてもいいだろう)



 嘉隆は少しむっとしたが、その不満を口に出すことはなかった。

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