10.路地裏のカフェ
「...なぁフェリア。 俺、どうやって城下まで降りるの...?」
「またか」とでも言いたげな表情で溜息を吐き、ふわふわと飛びながら近くに寄ってきたかと思うと、突然俺の額に手を当てた。
「な、何すんだよ...」
すると、手を当てられた部分が光り、何か未知の力が流れ込んでくるような気がした。
「魔王が前まで使えていた魔法を、あんたにも使えるようにした。 城下には転移魔法でいきな」
「いや、俺魔法の使い方なんて...」
「いいから、城下町に転移するのを、イメージしてみて」
...言われる通りにイメージしてみると、その瞬間、体が青白く発光し、眩しさに目をつむった。
気が付くと俺は、様々な姿をした魔族たちが賑わう見知らぬ町中にいた。
背後を見ると、そこにはさっきまでいたであろう魔王城が納得の迫力と存在感で佇んでいる。
...それにしても、本当にイメージするだけで魔法を発動できるなんて...。
高位の魔導士や、その魔法を極めた者は呪文を唱える際、詠唱を必要としないと聞くが、まさかそれを自分の身で知ることになるとは思いもしなかった。
しかし、魔王がいくら魔術にも長けているとしても、俺はそれらがどんな魔法でどう使うのかさえ知らない。 その時その時でフェリアに教えてもらうことになりそうだ。
いろいろ考えながら朝食を食べる店を探して通りを歩いているのだが、俺はどの店が評判が良くて、かつそこそこの情報が仕入れられるなんてことを知るわけがない。
ちなみに、魔族の料理は見た目も味も安全な物だということは、昨日の城での夕食で確認済みだ。 魔族の食べ物などどんなゲテモノが来るかと覚悟していたが、食材こそ違うものの人間界のメニューと大差はなく、下手したら俺が今まで食ってきた物より美味かったかもしれない。 まあ、王宮で王に出される料理なのだから絶品なのも当然か。
店を見ていると、どれが料理店なのかというのは何となく雰囲気でわかるのだが、とりあえず俺は今、人が大勢いる店はできるだけ避けたい。 先日のように、また何かやらかすのはもう御免だ。
そう思っていると、細い路地裏の奥に、小さな店らしき建物があるのが見えた。
正確には扉だけなのだが、近くの看板にはカフェということと、営業中の文字が書いてある。
扉を開け、店に入ると、いい具合の照明と、清潔に保たれた店内。 客は一人もいないようだったが、カウンターの向こうにはマスターと思われる渋い老紳士が一人、グラスを磨いている。
「いらっしゃいませ」
まさに俺が今求めていた理想に限りなく近い店だ。 それどころか、理想を超えているといっても過言ではない程素晴らしい。 いや、いくら雰囲気が良いとしても肝心なのはまともな食事にありつけるかどうかだ。
「ご注文は」
俺がカウンター席につくのを見計らって、マスターが聞いてきた。 やはりこの老紳士、相当できる男だ。
正直、メニューを見てもどれがどれだがよくわからない。 せっかくなので、この雰囲気にそぐわないよう俺もできる男風に注文してみるか。
「軽食でいい...。 今日のお勧めの品を頼む」
持ち金には十分余裕があるので、最悪わざと高価なメニューを押し付けられても大丈夫だろう。
「かしこまりました」
そう言うとマスターは厨房の向こうへと消えていった。
あのマスター、店に入った時は普通の人間のようにも見えたが、近くで見ると灰色の髪に紛れて左右に羊のような角が生えていた。 だが、それ以外は大して変わった所はなく、人間と大差はない見た目だ。 他に気になった所と言えば、モノクルを付けていたところだろうか。 いずれにせよ、マスターの名がふさわしい老紳士に変わりはない。
城へ帰ったらどうしようかと考えていると、ふと魔王の机に開いたまま置いてあったノートのことを思い出した。 前のページをパラパラと見てみると魔王の日程や今後の予定、さらには魔界の状況や政治関連のことまで綿密に書き込まれていて、改めて魔王の真面目さを実感させられる物だったが、俺がそれ以上に気になった物がある。 それは、俺が来た時から開いたままになっていたページ前後の内容。
『ケルベロス』 庶民の平和や、生態系の保護を目的として暗躍する組織。 魔界の各地で活動が確認されているが、その正体に関する報告は人によって様々であり、組織のメンバーを誰一人として特定できていない。
民衆からは、
唯一分かっているのは、常識はずれの能力を持つ3人を筆頭にした組織だということだ。
そんなことが書かれていたのだが、俺としては非常に興味深いことだ。 庶民の平和を守るダークヒーローなんて、夢があって格好いいじゃないか。 ページ隅にはケルベロスのエンブレムらしき、切れた首輪のイラストが描かれていた。 ...でも、今の俺の立場からすると敵対関係になるのか...?
夢を膨らませて数分後、例のマスターが料理の乗った皿とカップを運んで戻ってきた。
見ると、少しお洒落なフレンチトーストと、コーヒーといった、人間界でもよく見かけるようなメニューだった。
もしかして、俺が昨日食べたのは王宮の食事だから魔族感溢れるメニューだっただけで、庶民が食べるのは人間界と同じ物もあるのか?
勿論、味の方も見た目通りの絶品で、この爺さんが作ったとは思えない程だった。
それにしても、何故こんなに雰囲気も料理も良い店なのに
ただ時間帯の問題で、夜に来ると繁盛しているとかいう単純なことだろうか...。
だが、この老紳士以外に従業員がいる様子はない。 店内の広さと料理の完成度とは釣り合わないのだ。
何か他に理由があるように思えてならないが...さすがに俺の考えすぎか? いくら考えても疑問は残るばかりだ。
そういえば、コーヒーの方はさっきから普通に飲んでいたが、こういう店のコーヒーといったら妙に豆や苦みに拘った物が出されるんじゃないだろうか。 俺は苦い味は余り好きではない。 しかし、これは何故か俺の好みの味に作られている。 まさかとは思うが...。
「ここのコーヒーは、客の好みに合わせて出しているのか?」
「はい、コーヒーだけではありませんが、常連の方は勿論のこと、初めて来店なさったお客様でも、このモノクルがあれば、大まかな好みを判断できます」
モノクルがあれば...? ということは、あのモノクルに何か秘密があるということか?
第一に考えられるのは...
「そのモノクル...魔導具の類か?」
「ご察しが良いようで...。 お客様の言う通り、これは...」
「おいお前、殺されたくなければ、金を出しな」
マスターがモノクルの秘密を言いかけたところで、低い男の声がそれを遮った。
声が聞こえた方を見ると、黒いマントを纏った男が、俺にナイフを突きつけていた。
ああ...俺はなんてついてないんだ...
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